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リアクション
【13】
藤林 エリス(ふじばやし・えりす)は立ち入り禁止の場所を調べていた。
見たところ目立つ建物は第6聖堂と、南門と北門にある見晴らしの塔だが、特に立ち入りが制限されているわけではない。制限されているのは”守護者の聖堂”と”時の聖堂”と呼ばれる施設だった。特別な役職の神官しか入れないらしく、コルテロもここには入れないと言った。
「俺の勘では、超国家神様の公式グッズを作る施設だろうがな……」
「それは絶対違うと思う……」
それからエリスは、教団の組織実態や資金源のことを尋ねる。
「……組織の実態か」
教団の規模はもはや正確に把握すること出来ないとコルテロは言う。何せ、パラミタ大陸全土が教団の傘下だ。その数たるや膨大。あらゆるところに支部があるため、幹部もたくさんいることしかわからない。
そして、その把握しきれない数の信者が収めるお布施が教団の資金源となる。パラミタというひとつの世界が、まるまる教団の金蔵となっていることから、彼らの力が如何に強大なものかが窺い知れる。
「……しかし何故そんな当たり前のことを聞く?」
「えーと……祈芸に熱狂してたらど忘れしちゃってー」
テへペロと誤摩化すと、コルテロは特に追求はしなかった。
「……あ、そう言えば、あんたはどうやって幹部になったの?」
「幹部? 俺は幹部ではないぞ?」
例えばアイドルがいて、そのファンの中でファンを仕切り一目を置かれる者を”幹部”とは呼ばないだろう。あくまでも彼は熱心な信者の一人なのだ。
「そうなんだ……でも、いずれは神官になりたいの?」
「それはムズカシイところだな。超国家神様にお仕えしたい気持ちはあるが、一人の信者として信仰する……その距離感も大事な気がするのだ」
例えばアイドルがいて、そのファンから運営するスタッフ側になることが必ずしも幸福とは限らないだろう。
しかし超国家神のことを語るコルテロは本当に幸福そうだった。
資本主義の搾取や圧政に苦しむ労働者を救うには、革命をもって体制を打倒し
人民の理想郷たる共産主義社会を実現せねばならない。
その革命は暴力革命によらざるを得ない。
マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)の中にはそう書かれている。
力なき正義は無力。勝てば官軍、勝者こそが正義となる。それは無数に繰り返されてきた歴史。では、この社会はどうなのだろうか。
「……少なくとも町の皆さんは平穏に日々を過ごしているように見えます」
「……あたし達は余計なことをしようとしているのかも知れないわね」
共産党宣言の言葉に、エリスは複雑な心境だった。
幸せに暮らしている人達の生活を壊すのは正しいことなのだろうか……?
「誰も泣かない世界が欲しい。あたしは常にそう思ってる。最大多数の最大幸福なんてベターであってもベストじゃない。でも、ベストな社会にたどり着くためにはベターな選択を積み重ねるしかなくって……」
この未来は、無数に存在する選択肢の中でベターな未来なのか?
それを見極めるため、エリスはここにいる。
「さて……そろそろ俺達も動くか」
斎賀 昌毅(さいが・まさき)は聖堂の入口に向かった。
昌毅は祈芸と称し、ガンメタリックなイコン型全身魔鎧カスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)を纏っている。成り行きでこんな格好になってしまったが、スナイパーライフルを持ってても誰も咎めないので重宝してる。
昌毅はメルキオールの姿を見た。まだ彼の事はよく思い出せていないが、しかしライフルをぶち込もうと思ってた事は覚えてる。第6地区に入れたのはスナイプポイントの目星をつけるチャンスだ。
「……どこへ行くのだ?」
鋼鉄の勇者コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は呼び止めた。
「ああ。ちょっと野暮用があってな。こっからは別行動にさせてもらうぜ」
「しかし……」
ハーティオンはコルテロを横目に見た。
「私もちょっと調べたいことがあるから抜けるわ」
高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)博士も言った。
「博士まで。危険だ、賛同しかねる」
「大丈夫よ。あなたが時間稼ぎしてくれれば」
「ああ、コルテロに気付かれないよう上手い事誤摩化しといてくれ」
「え……?」
二人はそう言うとどこかへ消えた。
「またハーティオンに向いてない仕事を頼んじゃって……」
妖精ラブ・リトル(らぶ・りとる)は言った。
「仕方がない、どうにかコルテロ殿に気取られないよう時間を稼ごう」
「何の話だ?」
振り返るとコルテロが立っていた。
「こ、コルテロ殿! いや、特に何もあるわけではないのだははははー! 鈿女博士や昌毅がいないとかそんな事は……ははは!」
「このバカ……」
ラブは、自分で火を点けて回るハーティオンにため息。
「……ね、コルテロのおっさん。無駄にマッチョメンだけど、おっさんの祈芸はやっぱマッスル体操なの?」
「む?」
「解説は上手だけど、全然祈芸してるとこ見せないじゃん。せっかくのお祭りなんだから見たいな〜」
「そう言えば、俺の祈芸はまだ見せてなかったな。よかろう」
そう言って構えると「セイッ!」の声で拳を床に打ち込んだ。
放たれた技はグラウンドストライクだ。しかしただのグラウンドストライクではない。石が飛び出る過程で削られ、超国家神の彫像となって出てくる。
突然、聖堂内に出現したたくさんの超国家神像に歓声が上がった。
「す、すご……」
「これが俺の編み出した祈芸”まごころを君に”だ」
聖者コルテロ。グランツ教に入信し、神への愛を表現するため修行に明け暮れた今、彼の実力は高位の”聖者(セイント)”の域に達してしまった。ただ己の愛を伝えたい、表現したいという想いだけで。
「……流石、一目置かれているのもわかる気がするわ」
「突然、石像が出てくるなんてもう奇跡だぞ。聖者の名に偽りはないな」
鈴蘭と茉莉もその技にびっくりした。
「……いや、俺が聖者と呼ばれているのは、この技が理由ではないぞ?」
「え?」
コルテロが一目置かれるようになったのは、超国家神のDVDを百枚買ったからだ。握手券も選挙券もましてやツーショットチェキ券もないのに百枚買った。
こんなに買っても何も出ないよ? と言った売り場の神官に彼はこう言った。超国家神様の生活の足しになるならそれでいいと。その直後、彼は現場にいた信者、神官から聖人認定された。
「ほう。あたしもDVDを百枚買えば、教団から認められるということか」
「同じことしてもダメなんじゃないかな……?」
茉莉に鈴蘭は苦笑した。
「てか……おっさんって、元々は何をしてた人なの?」
ラブが尋ねた。
「……元はただのドルヲタだ」
大好きなアイドルの恋愛スキャンダルに打ちのめされたコルテロを救ったのは、超国家神の存在だった。神様なら俺を裏切らない。俺を裏切ってスポーツ選手と合コンしたり、変なカラオケ個室に行ったりしない。そうして信仰に目覚めた彼は、あっという間にグランツミレニアムの(一部の)実力者となった。
「……む?」
コルテロは招待した仲間を怪訝な顔で見つめた。端から端まで見回したあと、ひぃふぅみぃと何か人数を数え始めた。
「あ……あっ!」
ハーティオンは慌てて何か話題を探した。
「あ……あれは何だろうかコルテロ殿!」
聖堂の柱にくっ付いた石像を指差した。竜のような形をしている。
「……ん、ああ。サルベージ品で作った装飾品だろう」
「そ、そうか。廃品もこうして利用しているのだなぁははは……」
しかし竜は何かに似ている気がした。
ハーティオンはそれに気付き、不意にくちをつぐんだ。
「まさか……これは……! ドラゴランダー!?」
その竜は深い眠りについていた。
『未来で必ず君の力を欲する時が来る』
『それまで何があっても生き延びなければならない』
誰に言われたのかはもう思い出せない。
けれどあの雷鳴の轟く世界で、獣のような鳴き声のするあの世界で、竜はその言葉を信じ、敵に背を向けて深い眠りについたのだった。
己が相棒が名を呼ぶ、目覚めのその日まで。
「そうか、お前は”この時代の”……! 訪れるとも知れない私を待っていてくれたのか……ドラゴランダー……!!」
竜の、いや龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の目に光が宿った。
『ガオオオォォォォォン!!』
目覚めのその日は訪れた。
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