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フロンティア ヴュー 2/3

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フロンティア ヴュー 2/3

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第9章 sightseeing
 
 
 ルーナサズの守護を引き受けたテオフィロスの従者として、気を引き締める大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)に、イルヴリーヒは微笑んだ。
「楽にしていてください。
 街にでも行ってみたらどうですか。観光を楽しめるほどの街ではないですが」
「いいの?」
 パートナーの、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が言って、ちらりとテオフィロスを見る。
「無論、テオフィロス殿も一緒に」
「構わないのでありますか」
「ええ。できるだけ呑気に過ごしていてください。――その方が、民も安心します」
 何事も起きないのだと。そう思わせることが重要ということか。
 元皇帝の出奔については、勿論民は知らされていないが。
「……イルヴリーヒ殿は、どのような『有事』を想定されておりますか」
 有事の際には、とイルダーナは言った。
「大熊」
 テオフィロスが制する。
 それを構わないと言って、イルヴリーヒは苦笑を見せた。
「『有事』は起きません。
 ですが兄の言っている『有事』は、自分の死です」
 はっとする。
「かつて、リューリク帝がエリュシオンを治める際、この国は二分し争乱が続きました。
 当時のミュケナイの選帝神が、選帝の儀の前に死亡したことが、その発端のひとつとされています。
 だから、『ミュケナイの選帝神』の存在が鍵となる――そう判断して、リアンノン殿は、兄に協力を求めたのでしょう」
「皇帝を連れ戻すのは、難しいの?」
 ヒルダが訊ねた。
「一筋縄では行かないでしょうね。
 エリュシオン最強の騎士と言われる黒龍騎士達ですら、阻めなかったのです」
 そのリアンノンはイルダーナに同行せず、シボラの巨人族の遺跡にアンドヴァリというドワーフがいるという話を聞くと、何か思うことがあるようで、そちらに向かうと言った。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が、それに同行している。
「……まあ、心配だけど、こっちは呑気に過ごしていればいいのね?
 護る街の地形や道を調べておくのも一応必要かもだし、行きましょうよ。イルヴリーヒは?」
 余計なお世話かもしれないが、テオフィロスとイルヴリーヒが仲良くなれるのかと気になったヒルダは、イルヴリーヒも誘ってみる。
 気を遣っているのに気がついているのだろう、そうですね、とイルヴリーヒは頷いた。

 ということで、四人、イルヴリーヒの案内で街を歩きつつ、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)達の姿も目撃しながら、ヒルダはテオフィロスの都築少佐へのお土産も物色する。
「そういえば、テオフィロスは兄弟とか、いるの?」
 道々、話題が無いと思ったヒルダは、話を振ってみた。
「ちなみにヒルダは、姉も妹もいたような気がするけど、思い出せない。
 だから兄弟ってどんなのか気になるのよね」
 丈二は、そんなヒルダを見るが、何も言わなかった。
 初対面で、丈二はヒルダを、姉と間違えたのだ。
 よく似た外見の、活発な、日露ハーフの少女だった。
 姉と間違えたことでヒルダに怒られたので、姉のことは話題にしない方が良いかな、と考えていると、
「いない」
とテオフィロスが短く答える。
 イルヴリーヒがそれに苦笑した。

 ふと、テオフィロスの目が酒場の看板に留まる。
 その視線を見て、ヒルダはお土産の話を思い出した。
 都築へのお土産が思い浮かばず、途方に暮れているテオフィロスの様子を見て、事情を聞いたイルダーナが、相手が男か女かを訊ね、
「男にやるもんなら酒だろ」
と言っていたのだ。
 このままでは都築への土産はビールに成りかねない、とヒルダは思った。



「噂には聞いてたけど、あれが『龍王の卵』なのね。
 でっかいわねえ。あれを削り取って使うんでしょ? すごいわー」
 初めてルーナサズ観光、もとい調査に来たニキータは、街中からでもよく見える崖上の卵岩を見てそう言うと、横のトオル磯城(シキ)を見た。
「二人は、ルーナサズ初めてだったかしら?」
「おう。シキは?」
 ニキータのパートナー、三毛猫姿のポータラカ人、三毛猫 タマ(みけねこ・たま)を腕に抱いたトオルの言葉に、シキも同意する。
 ずっと抱っこされていて楽ちんのタマは、ゴロゴロ喉を鳴らして、
「少年、これからはいつでも我を抱っこすることを許可しよう」
と上機嫌だ。

 ルーナサズは、エリュシオンの一地方の首都にしては、それ程大きな街ではない。
 鉱山都市、と表現するにも半端な感じだ。
 『鉱山』が龍王の卵のみであり、またその採掘量が管理されている為、取り尽されることは無いが、これ以上規模が大きくなることも決して無い。
 十年程、ルーナサズを訪れる商人は厳しく規制がされていたが、イルダーナが選帝神になった後はそれも解消され、他から買い付けに来る商人や旅行者、それを相手にする商店街などが賑わっていた。
「あら、あの屋台の美味しそうね! 折角誘ったんだからお姉さん幾らでも奢っちゃうわよ!」
 漂う匂いに視線を向けた屋台に、ニキータが言うと、
「おー、太っ腹!」
とトオルも喜ぶ。
 そんな間も、ニキータは叶 白竜(よう・ぱいろん)とテレパシーによる情報交換を続けていた。
 ふと静かになったニキータを見て、ウインナや野菜をナンのようなもので包んだものを頬張りながら、どうかしたかとトオルが訊ねる。
「巨人族の遺跡に向かった調査隊と、情報交換中」
「巨人族の遺跡?」
「……巨人族と言えば、引っかかってることがあるのを思い出したわ」

 ドージェの代わりに大地を支えた時に、アトラスの足元から這い出した巨人族の男がいたのだ。
 アトラスの力は、本来は自分のものだと叫んでいた。

「あれ、何だったのかしらね?
 あの時はてっきり、魅力的なあたしを奪い合う、新たな男が現れたのかと思ったんだけど」
 ふう、とニキータは溜息を吐く。
「それは突っ込んでいい所かよ、ニキ姐」
「まあ、そんな感じで『門の遺跡』ってところに向かうらしいわよ。
 そこがウラノスドラゴンの居場所に繋がっているのかしら」
「ウラノスドラゴン!?」
 トオルは目を丸くした。
「皆、ウラノスドラゴン探しに行ってるのか?」
「そういうことになるのかしら?
 世界樹を護ってる、って話が出てるようだから」
 叶達、都築少佐の調査隊が捜しているのは世界樹と聖剣だが、目的地はどうやら同じだ。
「うわー……」
 がく、とトオルは肩を落とす。
「俺も行きたかったーっ」
 以前、トオル達はウラノスドラゴンを捜しに空を探検したことがあったのだ。
 その時は見つからず、捜していた対象の正体は、巨大な白鯨だったのだが。

「あら、あの子……」
 ニキータはふと雑踏に目を留めた。
 見覚えのある少女が一人で歩いている。
 言われてトオルも同じ方向を見て、もう一度目を丸くした。
「ハルカ?」
 声を掛けられて、ハルカは振り向いて手を振った。
「トオルさんと、おねにーさんなのです」
「お姉様とお呼びなさいな」
「おねーさまなのです」
 ニキータに訂正されて、ハルカは素直に言い直す。
「どうしたんだ、一人で?」
「みっちゃんが迷子になっちゃったのです」
 ニキータ達は、一様に苦笑する。
「あなた、毎回迷子になってるわねえ」
 前回もヒラニプラで、ハルカが迷子になっているところを見つけたのだ。

 程なくして、連絡を受けた光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が走って来た。
「ハルカ!」
 屈託なく、ハルカが手を振る。
 ハルカの持つペンダントと、ついでにハルカに貰った自分のペンダントにも『禁猟区』を掛けておいた翔一朗だが、無論ハルカが迷子になったくらいではそれは反応しない。
 無事にハルカを発見して、はあっと盛大に息を吐く翔一朗に、
「大変ねえ」
とニキータは労った。
「あなた達も、ルーナサズ観光に来てたの?」
「あー、調査じゃの」
「ええ、調査だったわね」
 翔一朗はそう言い、ニキータも頷いて訂正する。
「龍王の卵、近くで見たらものすごく大きくてびっくりしたのです。
 今日も行ってみようって話してたのです」
 しかし空気の読めていないハルカが、台無しな発言をする。
「まあ、厄介ごとに巻き込まれてなくてよかった」
 肩を竦めて、翔一朗はそう言った。
「時に、『調査』はいつまでの予定?」
 ニキータが訊ねた。
「ルーナサズには、動きは無さそうじゃない? ちなみにあたしは、元皇帝捜索の件が気にかかっているんだけど」
 元皇帝、の部分は、街の住民には聞こえないよう、声をひそめる。
 翔一朗は唸った。
 確かに、一通り観光はし、観光ついでに情報も色々仕入れたが、ハルカを危険な場所へ連れて行くわけにはいかない、という思いがある。
 そういえば、トゥレン捜索に出て行く前の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)とばったり出会った時に、一緒に行かないかとも誘われたのだが。
 コハクは二人に、後で一緒にミュケナイでご飯を食べよう、と言っていた。
「トオル達は? 観光で誘っておいて何だけど、つきあって貰えるかしら?」
「おう。折角此処まで来たんだしな。シキも、いいよな?」
 トオルは勿論頷いて、シキにも確認を取る。
「ハルカは?」
 翔一朗の問いに、勿論、とハルカは笑った。
「みっちゃんと一緒に行くのです」