リアクション
◇ ◇ ◇ 空の遺跡から、門の遺跡へと帰還した都築達の目に飛び込んできた光景。 それは、剣圧に飛ばされたイルダーナが、壁に激突して跳ね、地に沈む瞬間だった。 「イルダーナ!」 トゥレンは倒れるイルダーナに駆け寄り、二人を背にして、カサンドロスがリューリクの前に立つ。 「容態は」 「生きてます」 佇むリューリクを見据えたまま、トゥレンの返答にカサンドロスは頷いた。 「お前はその方を連れて撤退しろ」 無言で了解を返し、トゥレンは意識の無いイルダーナを抱え上げる。 後ろも見ずに走り出したトゥレンを、リューリクはちらりと見やった。 「ヴリドラ。追って、とどめをさして」 ヴリドラは迷いを見せた。新たに現れた敵の多さを懸念しているのだろう。 「この程度。数が多いだけよ」 ものともしていないリューリクに、ヴリドラはトゥレンの後を追った。 飛行するヴリドラは、トゥレンが遺跡部分からドワーフ坑道に出る前に追いついたが、ニキータ達がその前に立ちはだかった。 「ここは引き受ける」 シキの言葉に頷いて、トゥレンはよろしく、と走って行く。 空の遺跡から戻って来た者達の中から、鬼院尋人達が走って来て、ヴリドラは挟まれる形になった。 リューリクは、現れた者達を見渡し、一点に目を留めた。 「ティ。あれは何」 ボロボロに傷ついたトゥプシマティは、リューリクの見るものを見て、微かに驚く。 「あの剣は、世界樹です」 「成程ね」 リューリクは、くすくす笑って、持っていた剣を身体の前に突き立てる。 「そちらから持ってきてくれたということ。手間が省けたわ」 「……それは、こっちだって同じよ!」 美羽が叫んだ。 「これから、あなたを捜しに行くところだったんだからっ!」 「あなたに、用はないわ。 そこの者。その剣を渡しなさい」 す、と手を差し伸べる。 優雅な動作、少しゆっくりと放たれた言葉に、有無を言わせぬ迫力があった。 ビリビリと、全身に電気のようなものが流されるような痛みと硬直が、同時に来る。 佳奈子やエレノアは、へなへなと座り込む。何故かぼろぼろと涙が溢れた。 「何だ、これっ……」 羅儀が頭を押さえる。言葉の中に、何か込められている。 呪詛か、それとも皇帝の皇気に圧倒されているのか。 気絶しそうになって崩れ落ちるジールの腕を、刀真が掴んで支えた。 震えるジールの前に立ち、カサンドロスがリューリクを見据える。 「……驚いたわ。 いつからエリュシオンの龍騎士は、他国の寄せ集め兵を率いるまでに堕ちたの?」 リューリクの言葉に、カサンドロスは首を横に振った。 「皇帝陛下。無念ながら、我が身は最早、龍騎士に非ず」 リューリクは、不思議そうに首を傾げる。 「……まあいいわ。 散々足止めされて、もう充分なのよ。 あなた達、死になさい」 ヴリドラの隙をついて、ドワーフ坑道入口を突破した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と富永 佐那(とみなが・さな)達は、長い坑道を、中々目的の場所へ着けなかった。 「前に進むより、下に下る方が長いような気がするわ」 佐那の言葉に同意を得る。 「ねえ呼雪、此処、もしかしてパラミタ内海の下だよね」 「多分な」 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の言葉に、呼雪は頷いた。 『門の遺跡』は、パラミタ内海の下に位置しているのだ。 「ねえコユキ、ティさんってもしかして、今まで食べ物とか食べたことないのかな?」 ヘルの【御託宣】によって、知らなかったことを幾つか知ることができたが、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の最大の関心事はそこだった。 「食べたことがない、ということは無いだろうが、昔、リューリクの時代に彼女に仕えて、死後は共にナラカに行っていたのなら、最近の食べ物は知らないかもしれないな」 パンは勿論あっただろうが、メロンパンがパンに見えなかったのかもしれない。 「そっかあ。 でもそんなの勿体無いよね。だって世の中には、いっぱい美味しいものがあるのに。 じゃ、会ったらボク、ティさんにいっぱい美味しいもの教えてあげないと! ……今はプリンしか持ってないけど」 「えっ、持ってるの?」 ヘルはそこに驚く。 「でも、なーんかティちゃんって、純粋っぽいし世間ズレしてなさそうで、心配だよねー」 リューリクのような人物に仕えるには、不似合いなように思えるのだが。 リューリクは、何故彼女を傍に置くのだろう。 死後を共にし、召喚されたリューリクを追って、今またナラカから戻って来た。 トゥプシマティは今回の件を、どう受け止めているのだろうか。 途中、誰かとすれ違う。 相手を見て、呼雪や佐那達は驚いたが、トゥレンの方は、足を止めずに走り去った。 「佐那さん、あの方は……」 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が佐那を見る。 彼が抱えていた人物、あれは。 「イルダーナさん……遅かったみたいね」 佐那は悔しそうに呟く。 「呼雪……」 ヘルが呼雪を見る。呼雪は、ぎゅっと奥歯を噛んだ。 「……先に進もう。トゥレンと一緒なら、彼は大丈夫だ」 そして、彼等は『門の遺跡』に到着した。 奥にある、舞台のある空間にリューリク帝とトゥプシマティが、都築やジールらと対峙し、その手前の回廊では、ヴリドラがニキータ達と対峙する。 呼雪達は、ヴリドラを気にしつつも、回り込んでリューリク達の方へと向かった。 ◇ ◇ ◇ 突き立てた剣の柄を、組んだ両手で握る。 リューリクのその仕草、その姿に、ジールは何故か、ぞくりとした。 一方刀真は、リューリクの剣の扱いに、違和感を覚えた。 「その剣……、剣、か?」 リューリクは艶然と笑った。 「いいえ」 身の前に剣を下げるそれは、剣を振るう構えではない。 「わたしは、剣士ではないわ。 これは、剣の形をした杖。 正統なる所持者たるわたしのみが使える、この剣の本当の能力」 バチリ、と皇剣レーヴァティンが魔力を帯びる。 「私の前にある全ての運命よ。ここに終焉を命じます」 ――剣の形をした杖。 ならば、この聖剣は、剣の形をした祈り。 ジールは、両手を祈るように組みながら、聖剣アトリムパスの柄を持つ。 「私の前にある全ての運命よ」 心の中で、祈る。 運命を紡ぐ。そう、彼は言った。 「お願い。死なないで」 魔力の爆発と、それを絡め取ろうとする力。 遺跡を護る為にあった結界は既に、存在しない。 二つの力は、遺跡いっぱいに広がって、破裂した。 |
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