天御柱学院

リアクション

対立

　ゴダート・グリーンベルトのレナトゥスへの“人形”呼ばわりと、続いてルシア・ミュー・アルテミス（るしあ・みゅーあるてみす）への“実験体”呼ばわり。あまりの言い草に周囲にはしばしの沈黙が落ちた。
光条兵器が安置された部屋にゴダートの声が響き渡る。
「なにをぼんやりしている！　とっとと動け！！」
ゴダートの言い草を黙って聞いていた九条　ジェライザ・ローズ（くじょう・じぇらいざろーず）はきっと口元を引き結び、静かに部屋を出て、まっすぐにヘクトル・コンモドゥスの元へと向かった。戦闘の合間、今自室で報告書を読んでいるという話だったので、ヘクトルの部屋へ向かい丁寧に入室許可を得、部屋に入る。ヘクトルは俯いて何かチェックしていたが、頭頂部よりやや左前方に、円形脱毛症と思しき無毛部ができているのに九条は気付いた。ストレス性のものであろう。
「……それで、何の用かな？」
顔をあげ、九条をまっすぐに見るその目には憔悴の色が浮かぶ。
「あの……ゴダート氏に捕まればレナトゥスさんはどうなってしまうのです？」
「ゴダートはレナトゥスを可能な限り、調べあげ、全力で巨大光条兵器との関連を知ろうとするだろう。
　遺跡が次々と潰されている状況が続いている以上、巨大光条兵器や遺跡の謎の解明は何よりも優先される。
　レナトゥスの“人権”よりも」
「ヘクトル教頭！」
息を呑む九条の瞳から、ヘクトルは目を逸らし、天を仰いだ。
「君はどう考えている？」
「私個人としましては……。
　例えレナトゥスさんが研究の発展の鍵であっても……人を人とも思わないゴダート氏には心から調査の協力をする気にはなれません。
　彼女らはあくまでも創世学園の生徒であり教師は生徒を守る義務があると思いますから」
「……レナトゥスが捕らえられた際は可能な限り、彼女を守ることを誓う。今の俺に言えるのは、それくらいだ」
「教頭としてはどうすべきなのか……教師陣に示してほしかったのですが……」
九条は言ったが、ヘクトルの立場上、自由にものが言えないのも理解はできる。
「わかりました。失礼します」
ルシアの携帯はわかっていた。メールで自分の携帯番号を教え、機を見て自分とできるだけ通話状態にしたままにすることを指示する。携帯を盗聴機がわりに、調査隊の動きを独り言で確認すると見せかけてルシア達に情報を流せないかと考えたのだ。
『……携帯の通話もそう長くはもたないでしょう。自分ができることはささやかなものです、悔しいですけどね。
　ですが信じてください
　私は、あなた達生徒を見捨てるつもりはありません。レナトゥスさんがどんな存在であろうと』
メールは送信された。

　ルシア、レナトゥスを追うようにという命を受け、わけがわからないままゴダートの元にはせ参じた契約者たちは、不機嫌そのもののゴダート、彼の直属の強化人間の少女たちとともにスポーンの町を捜索するよう命を受けた。桐ヶ谷　煉（きりがや・れん）はゴダートをちらりと見やる。
（ルシアがレナトゥスを連れて逃亡した……？　その確保の任務の手伝いをしろ……？
　そもそもルシアが何故逃げ出したんだ？　一体何が起きた？
　そもそも、この男は何か信用ならない感じがしている。
　レナトゥスやルシアにもそうだが、部下の強化人間の少女たちにも人間扱いしてないように見えるのが気になる。
　何か嫌な感じがするな……）
「一体どうしたっていうんだ！　何故レナトゥスを連れて逃げ出したんだ……ルシア、何があった？」
密かにルシアに通信を入れてみる。
「レナを人形って言って……徹底的に調べろって……モノ扱いよ……怖いじゃない……！」
ルシアから切れ切れの返答が帰ってくる。
（やはり……か）
ゴダートがあれこれ指示しながらのっそりと近づくのを待つ。煉のパートナー、エヴァ・ヴォルテール（えう゛ぁ・う゛ぉるてーる）、やはり解せない様子だった神条　和麻（しんじょう・かずま）がただならぬ様子に、どうした？　といった様子で煉を見た。彼らにかいつまんで事情を話し、ゴダートに向き直った。
「ルシアたちが逃げ出した理由がやっとわかった。
　ゴダート、これはどういうことだ？
　確かにレナトゥスは一時敵対していたとはいえ、あんたがやろうとしていることは非人道的じゃないか？」
「人道？　バカを言うな！　そんなものは地球人だけに適用されることだ」
神条とエヴァがゴダートの前にいきなりつかつかと歩み寄ると、殺気も何も感じさせないまま、何気ないような仕草でエヴァはゴダートの頬に、上条はゴダートのあごに凄まじいパンチを見舞った。エヴァが息巻く。
「おっさんのあたしら強化人間を見る目がなーんか嫌な感じだとは思ってたけどよ！
　ルシアたちが実験体だ？！　人間以下扱い？！　あぁ、もうガマンならねぇ！」
さしものゴダートも完全に不意を突かれ、もろにその一撃を食らい、よろよろと後ろによろめいた。痛む顔を押さえ、顔を真っ赤にして喚く。
「――キサマ！　指揮官であるこのワシに手を上げるとはッ！　抗命罪だ！
　何をぼんやりしているッ！　この若造どもを叩きのめしてひッ捕まえろ！」
その言葉を受け、背後に影のように控えていた強化人間の少女たちが動くより早く、煉がすっとゴダートの横に立っていた。アーム・デバイス、黎明を起動し、ゴダートの喉元に切っ先を突きつける。
「悪いが俺らはあんたの部下じゃない。
　俺は俺が正しいと信じる正義に基づいて行動しているだけだ
　彼女たちは人形ではなく、意思を持った１人の存在だ。彼女らを人として扱わないあんたに正義があると思えない」
神条が怒りで目をきらめかせて叫ぶように言う。
「二人は仲間だし、守らなくちゃいけない存在だ。
　実験体だから人形？　人の真似事？
　そんなふざけた事を言ってる奴に弄り回させる訳にはいかねぇよ。
　いや弄り回させるもんか！
　俺はルシアの事を好ましく思ってる、そんな私情が影響してるのは否定しないさ。
　でもそんなの関係なく、ルシアもレナトゥスもこの世界に存在して、心をちゃんと持っている。
　無理やり調べる権利なんて誰にもないんだ！
　それに上から目線で言ってるが、人はそんなに偉いものだとでも思っているのか？
　人はあんたの様な自分勝手で卑小な奴らばかりだ、それのどこが偉いんだよ？！
　人間はお前が思ってるほど偉くねぇ、そんな驕りを思い直させてやるよ」
煉の脅しが牽制だけとみた強化人間たちが、隙を見て襲い掛かってくる。神条が空蝉の術を使い、幻惑を狙う。煉は素早く飛びのき、潜在開放を行い、一騎当千の力を使った。
「そこのご主人様はお前達のことも人として扱ってはくれねーみたいだぞ
　お前ら！　それでいいのかよォッ？！！」
エヴァが叫び、神条と協力して疾風突きで強化人間の少女たちを牽制し、ヒュプノシスを使う。だが幾分動きが鈍くなった以上の効果は見られない。煉とエヴァはアクセルギアとポイントシフトで一気に接近し、少女たちの肩を素早く掴んで掴んでサンダークラップを見舞う。
「か、ハァッ！」
「ウ、クッ！」
声にならぬうめきを上げ、少女たちが昏倒する。