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リアクション
第二十六章:オリュンポス激震!?
その頃、多くの人たちが忘れていたが、蒼空学園の名物男、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は、自室でいつも通りの朝を迎えていた。
昨日は、分校から帰ってきたのだが、もはや事件など彼にとってもどうでもよかった。あんな俗物や悪党たちに構うつもりはない。好きにしてくれ、だった。完全に興味を失ったので、日課の研究と世界征服に取り掛かろうとしていた。
「……」
ハデスは、パートナーの天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)とデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)の姿が見えないが、まあそのうち帰ってくるだろう、と気にも留めていなかった。
愛用の大型コンピューターにアクセスしようとしたハデスは沈黙する。オリュンポス特製の堅牢なシステムがクラッシュしている。何者かによって内部から破壊されていたのだ。システムは完全に乗っ取られていた。
“Xルートサーバー”並みだと自負する彼のコンピューターを沈黙させることが出来る人物など、いないはずだった。いるとすれば、身内でも十六凪くらいか……。
「なるほど。何かが起こっているな」
彼は、早くも異変に気づいていた。
オリュンポスの基地の一つへと出向いてみると、いつもの活動はなく静まり返っている。パートナーの一人でオーナーでもあるミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が全て撤収さえたのだ。もう、彼に従う者もいなさそうだった。
「……」
さて、どうするか。
少し考えていると、背後から人が近づいてくるのが分かった。
「おはようございます。ドクター・ハデスさん。ご高名はかねがね。お会いできて光栄です」
振り返ると、そこにいたのは、パラ実の女子制服を着た見たこともない女の子だった。蒼学の女子制服を着せても違和感なさそうな大人しくて真面目な雰囲気の委員長タイプ。
「招待した覚えはないが?」
ハデスが何者かと目で尋ねると、彼女は小さく微笑む。
「極西分校、決闘委員会委員長の赤木桃子と申します。突然の訪問ご無礼お許しください」
桃子は、名乗った。やっぱり委員長だった。
「それで?」
「ハデスさん。決闘なさいませんか?」
桃子は聞いてきた。
「興味ない。俺はもう分校の事件とは関係がない」
ハデスがそっけなく追い払おうとすると、桃子はもう一度尋ねる。
「あなたの元お身内、いいえ今では新オリュンポスの総帥となろうとしている天樹十六凪さんと決闘なさいませんか? オリュンポスの支配者の座をかけて」
「どういうことだ?」
ハデスは聞き返した。
「天樹十六凪さんと仲間たちが、特命教師と手を組み、今分校の研究室およびサーバールームなどを占拠しており、私たちは困っています。追い出していただけませんか、とお願い申し上げているのです」
桃子は、ハデスを見つめながら言った。
「分校では、訓練や農場決闘をはじめとしてイベントや事件が起こっていますが、最も重要な決着が人知れず終結したのです。残念ながら私たちは敗れました。もう、天樹十六凪さんたちが占拠する理由がないのですよ。しかし、帰って下さる気配はありません」
「もっと趣旨をはっきりと言え。天樹十六凪は、確かに俺の身内の一人だが、お前に指図される覚えはない。彼がやりたいのなら、やらせておくがいいだろう。そして、誰が相手でもヒャッハー! するのがパラ実生だろう。気に入らないなら遠慮せずに全力で叩き潰してやるといい」
そういうことかとハデスは納得していた。十六凪は、分校のコンピューターからハデスのシステムを乗っ取っていたのだ。事情が分かれば簡単だ。オリュンポスを取り戻すために追い出してやってもいいが……。
「ハデスさんほどの方に、このようなことをお訊ねすることをお許しください」
「なんだ?」
「分校のコンピューターを乗っ取り返せますか?」
「どんなもんだろうな」
いまいち気乗りしないハデスは、能力をひけらかすことなくとぼけた。
「色々と別の手法を使ったのも確かですが、あの蒼学の“Xルートサーバー”と一時は互角に戦った、分校のコンピューターを乗っ取り返せますか?」
桃子は、ここでも繰り返し聞いた。
「数日後、パラミタ大陸を未曾有の危機が襲う可能性が非常に高くなっています。分校のコンピューターと天樹十六凪さんたちの技術によって。あなたに助けていただきたいのです」
「俺はオリュンポスのためにしか動かない。人助けなどお門違いだ」
ハデスが答えると、桃子はさらに近寄ってきた。
「失礼、お耳を貸していただけませんか?」
それから、桃子は小声で何かを囁いた。
「……なんと!?」
ハデスは驚く。
「それは本当か?」
「興味を持っていただけましたか?」
「悪くない」
朝一から、テンションの上がらなかったハデスはようやくいつもの笑みを浮かべた。
「くくく……。面白い。裏でそんな事件が進んでいたとはな」
「天樹十六凪さんと、戦っていただけますか? オリュンポスの支配者の座をかけて。パラミタの運命をかけて」
桃子は微笑みながらまた同じ質問をしてきた。
「いいだろう。この世界は俺のものだ。身内の一人や有象無象の好きにはさせん」
「ありがとうございます」
桃子は深々と頭を下げた。
「くくく……。しおらしいマネをしなくてもいい。赤木桃子よ、真面目そうなふりして香ばしい悪の匂いがするぞ。お前、【魔王】だろ?」
ハデスは一目で見抜いていた。
「その通りです。お恥ずかしい」
桃子は可愛らしく猫をかぶって答える。
本性は腹黒そうだ、とハデスはにやりとした。
「それで、俺はどこへ行けばいい?」
「分校の地下教室へご案内いたします。もしお入り用でしたら【ハカセ】と呼ばれているマッドサイエンティストの施設を使っていただきます。オリュンポスほどではありませんが、ハデスさんなら支障はきたさないかと」
懲役千年の脱獄犯がいるらしいが、ハデスは特に異を唱えなかった。全ては、彼と比べれば大した存在でもあるまい。
「コンピューターの乗っ取り対決だな? 俺が、天樹十六凪と特命教師たちが操る分校のコンピューターを乗っ取ることが出来れば勝ちということか」
た易いことだ。ハデスは元気を取り戻し、ふははははは! と高笑いする。
「天樹十六凪よ。このドクター・ハデスに弓引いたこと、後悔するといい」
彼には彼なりの戦いが待っていたのだった。
○
「はっくしょん!」
その十六凪は誰かが自分の噂をしているのを感じながらも、まだ分校に居残っていた。彼が想像していた以上に価値のあるシステムが、分校のサーバールームにあったからだ。
「これは素晴らしい。悪党たちだけに使わせておくのはもったいないですね」
オリュンポスが世界を支配するのにも役立ちそうで、ハデスなら欲しがるだろう。
「『全能なる知能の樹木』なるマザーコンピューターをここから操れるようになっていたのですか」
調べ物に熱中していた十六凪は感嘆を交えた驚きの声を上げていた。
パラミタ大陸の知識を全て吸い付くし自分のものにできるシステム。特命教師たちが構築していたのは、まだその一部だった。
先ほど聞いた話によると、特命教師たちは農場での決闘にあっさり敗れ、写楽斎は素直に地下教室へと去って行ったという。
あれだけ大口を叩いておきながら何をやってるんだか。
まあいい、これで十六凪の独断場だった。
「あの布施とかいうポンコツ教師も使い物にならなくなってますわ」
ミネルヴァは、操作ルームの片隅にあるソファーに腰かけて優雅にティータイムを楽しんでいた。
ミネルヴァは、サーバールームのある建物内のいたるところに、【トラッパー】スキルを使い【機晶爆弾】や【リボルバーボム】、【手榴弾】、【機雷】などの多数の罠を仕掛けており、様子を見に来た布施は、それに気づかずに引っかかっていたのだ。
「これで思う存分楽しめますわね?」
ミネルヴァは、十六凪の様子をうかがいながら言った。
「もちろん。“Xルートサーバー”にも負けない見事なつくりです。新たなオリュンポスにふさわしいですよ」
すでに彼は、ハデスの家にあったコンピューターを沈黙させている。今頃慌てているだろうが、もう遅い。
ミネルヴァの協力により、部下たちもこちらについてきている。すでにオリュンポスはほぼ彼の手中にあると言って過言ではなかった。
「地球を周回する人工衛星を乗っ取れるシステムもいいですね。これも私のものにしておきましょう」
「ふふふ……」
十六凪が楽しそうなのでミネルヴァも満足そうだ。
「まだ、時々侵入者がくるよー。どーなつ五個追加でまた追い払うけど」
すぐに帰ってきたデメテールもやはり手伝わされていた。今頃ハデスはどうしているだろう? 彼ならもっとドーナツをくれるだろうか?
まあ、彼女にとってはどうでもいいことだ。
「ふはははは……」
十六凪はハデスのような笑い声をあげた。オリュンポスの総帥としての貫録が出てきているのかもしれなかった。
いずれにせよ、悪党たちの戦いはまだ続くのだ。