リアクション
◇ ◇ ◇ 根の後を追いかけるキャンティを追いかける聖は、根の尻尾の一部が微かに光っているのに気づいた。 ビー玉大程の、小さく、弱い光。 「お嬢様、あれを撃ち落とせますか?」 「もっちろんですわよぅ、わたくしを誰だと思ってるんですの〜」 キャンティは一旦立ち止まり、銃を構えて狙いを定める。 発砲した弾丸は、確かに光を捉えたが、やはり幹にめり込んだだけだった。 「――仕方ありません」 と、ダッシュで距離を詰めた聖が、背負っていた対物ライフルを手早く設置する。 多少の照準の狂いは構わず、光を狙って撃った。 弾は命中し、幹が抉り取られる勢いで爆ぜ、木片と共に、小さな光が弧を描いて宙を舞う。 「フシャアアア!」 それにキャンティが飛びついた。 「方法を考えよう、カラス。 聞いてくれ。俺はアールキングを助けたい。アールキングは本当は、邪悪な樹なんかじゃないんだ……。 一緒に、生きよう」 カラスは、これ以上無い程の憎悪を以って、呼雪を睨みつけた。 早川呼雪の説得は、カラスの心には届かなかった。 「闇を知らない者の声なんか、聞かない。 アールキングが、闇を統べる世界樹でないと言う奴なんか死ねばいい。 お前達になんか、アールキングを助けられるもんか! アールキングが死ぬのなら、私も、一緒に行くわ……」 ――一緒には行けない。 アールキングは、既に壮絶な最期を遂げていて、此処にあるのは意思も持たない残り火に過ぎない。 アールキングにとって、自分など塵に等しいことなど、カラスは本当は、解っている。 それでも、一緒に行きたかった。 闇に染まった世界樹が司る世界でなら、か弱く非力な、光からも闇からも隠れて生きるような小さな闇でも、きっと何にも怯えず生きて行けるのだと信じた。 アールキングは、小さき自分を覚えてすらいないかもしれない。 それでも、彼が気紛れに与えた力のお陰で、自分はここまで来れたのだ。 (ごめんなさい、アールキング……復活させられなかった……) 倒れた黒い少女が、小さな、黒い小鳥に変わる。 それはすぐにボロリと崩れ、砕けた塵は風に散らされ、後には何も残らなかった。 びくっ、と、突然体が撓り、朝永真深が痙攣を始めた。 「う、うううっ!」 「お、おいっ、どうした!?」 苦しそうにもがく真深に、トオルが慌てる。 「うぁ、あああっ、あーっ」 口から泡を吹き始めた真深に、トオルを押しのけて、シキが容態を見た。 暴れる真深の様子を手早く確認した後、トオルを振り返った。 「トオル、向こうを向いてろ」 ぎゅっと眉を寄せてから、トオルは「馬鹿にすんなよ」と返す。 今、真深はパートナーを失ったのだろう。 その影響は人それぞれだが、現れた症状は、決して治るものではない。 苦しむ真深を楽にしてやるべく、シキは腰のナイフを引き抜いた。 (根の動きが鈍くなりました。弱体化を始めた模様です) 「ああ、惰性で動いてる感じだな」 ゴスホークの操縦席。 ヴェルリアの報告に、同じことを手応えとして感じていた真司は頷く。 「とは言っても、気は抜けないわ!」 ルカルカは、未だスポットへの侵入を諦めない根の動きに、緊張を解かなかった。 力の供給はなくなり、増殖は止まったが、まだ残っている力で動いているのだろう、根の動きは、急速に弱まっているけれども、止まらない。 最後の瞬間まで、ルカルカは油断なく防御を続け、やがて―― 力を使い果たした根の動きが止まり、堅くなり、パキンと砕けて、崩れて行く。 ヘルは、そっと右手を開いた。 聖から受け取った小さな欠片が、そこに握られている。 最初にカラスの手にあった時よりも、若干欠けて小さくなっていたが、微かに、まだ生気のようなものを感じた。 「……これが、大元かぁ……」 枯れてはいないが、急速にそれが失われて行くのも感じる。 アールキングの、最後の残り火が今、消えようとしていた。 呼雪が、欠片の乗るヘルの手の上に、そっと自分の手を重ねた。 「どんなに時間をかけても、彼の怨嗟を解きたい……。 一緒に生きよう、アールキング。 行き場が無いならこの身に巣食えば良い。 ちっぽけな場所で済まないが、貴方さえ認めてくれるなら、この器は揺り籠に、魂は子守唄になれる」 欠片の反応は無い。 これにはアールキングの意思はなく、復活しない今は、ただの力の残滓に過ぎなかった。 「……それは、無理ですぅ」 イルミンスールが教えた。 「人一人の体で、アールキングを維持することはできませぇん。 逆にその欠片の力で、あなたの病を癒すことなら、できるでしょうけどぉ……」 ヘルが目を見張る。 「……ねえ、さっき、アールキングの根があったら、とか何とか、言ってたよね?」 ヘルは、気になっていたことをイルミンスールに訊ねた。 「それ、詳しく聞かせてくれない? 選ぶって言ってもさ、予備知識無しの人達に選択を委ねるのはどーかと思うわけで」 「予備知識など、必要あるまい」 ヘルに顔を向けないまま、ユグドラシルが呟く。 イルミンスールは、ちらちらとユグドラシルを窺っていたが、つんとそっぽを向いているユグドラシルが、それでも止めようとして来ないのを見て、声をひそめた。 「都築中佐を、助けてあげられたのですぅ」 異常な程の生命力を持つアールキングの根を、都築の蘇生に利用すれば。 都築は、コーラルワールドにて死亡した。 だが、アガスティアは、その魂を自らの内に、このコーラルワールドの中にまだ留めている。 契約者達が、それに気付いて彼を助けることができるのなら、その選択に委ねようと。 「もう遅い……」 ユグドラシルが、低く呟く。お前達は、選択しなかった。 |
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