リアクション
◇ ◇ ◇ 廊下を歩いていた長曽禰中佐が、個室の前で立ち止まる。 中を覗くと、藤堂中尉らが、部屋を片付けていた。 「ご苦労さん」 声を掛けると、藤堂達は振り返って敬礼する。 「ああ、気にしないで続けてくれ。ちょっと覗きに来ただけだ」 都築中佐の死亡が確認された。 彼と付き合いの長い部下達が、部屋を片付けている、その最中だった。 長曽禰は、都築の机の上の、意匠の見事な砂時計に目を留める。 「奴らしくない物を持っているな」 「テオフィロスさんに貰った物らしいです」 藤堂の返答に、成程、とそれを手に取る。 「貰っていいか?」 「喜ぶと思います」 砂時計をポケットに入れて、後はよろしく、と長曽禰は都築の部屋を出た。 タイプを打っていた、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の手が止まった。 溜息を吐きそのまま暫くぼうっとして、不意にはたと我に返る。 もうそれを何度も繰り返している。 報告書作成作業は、ちっとも捗っていなかった。 「……」 はた、と何度目か、手が止まっているのに気付いたゆかりは、作業を再開しようとして、これまでの作業のタイプミスの多さにがっくりと肩を落とす。 「……カーリー、どうしたの?」 ついに溜まりかねて、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が声を掛けた。 「え? いえ、別に……」 「気分転換でもしに行こうよ。あたし喉渇いた」 疲れているのかな、と思ったマリエッタは、そう提案する。 「そうね……」 頷いて、二人は気分を紛らそうと、わざわざ外の自販機まで足を伸ばした。 いい天気だ。外を歩きながら、ゆかりはふと溜息をつく。 何だろう、何だか調子がおかしい。 のろのろとカフェオレに口をつけながら、何となく、これまでのことを思い出していた。 二十歳の頃にパラミタに来て、もう五年。三月に25になった。 (四捨五入して三十、ってもう私も立派なアラサーね……。 本当に、季節が過ぎるのは早過ぎるわ……) 変わったこと、変わらなかったこと、色々あった。 「カーリー?」 思考に沈んでいたゆかりは、マリエッタの言葉にはっとする。 「またぼーっとしてる。 報告書、早く出さないとヤバいでしょ。しっかりして。 カーリー最近変だよ、アイツがいなくなってからずっとこの調子! 一体どうしちゃったのよ!」 ぎくり、と体が強張った。 「か、考えてないわよ、彼のことなんか別に! そう、報告書ね、そうだったわ。そろそろ戻りましょう」 残りのカフェオレを一気に飲んで、ゆかりは立ち上がる。 考えてない。同僚の男のことなんて考えていなかった。 ここのところ、別任務でずっとオフィスに姿のないあの男のことなんか。 彼がいなくて快適に仕事が出来る。そう喜んでいたはずだったのだ。 オフィスに戻って行くゆかりの後に続きながら、マリエッタは密かに溜息をつく。 その様子はまるで、恋する少女のよう。 そう、口に出すことはできなかった。 朝永真深の遺体はシャンバラに移送され、ツァンダの共同墓地に埋葬された。 「……真深」 墓前の前に佇んで、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、そっと声を掛ける。 「真深……私、後悔してるわ」 死の門の前での戦いで、真深のことなど、もうどうでもいい、と決心して戦いを決めた。 けれど、本当は、もっと別の選択があったのではないか、そう考える。 真深を、死なせずに済んだ選択が。 「ねえ、真深……私は……あなたのこと、どれだけ知っていたのかな……?」 彼女のことを知っていると思っていた。 けれど、真深が何を考え、どうしてパラミタを裏切り、カラスと同盟を組んだのか、全く解らない。 カラスに見捨てられ、その後パートナーロストによって命を失ったことは聞いたが、その詳細を知る人とは会っていない。 そうして考えてみれば、自分は表面的なことすら知らなかったのでは、と思えてならない。 意気消沈して俯くさゆみの、少し離れた背後から、パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はそっと見守っていた。 痛々しい姿に胸を痛めながら、さゆみが、振り向いて、戻って来るのをじっと待つ。 「……さよなら、真深」 やがてそう呟いて、さゆみが踵を返した。 とぼとぼと戻ってくるさゆみに、アデリーヌは微笑を向ける。 「元気を出して、さゆみ。 明日からまた、<シニファン・メイデン>としての仕事が始まりますわよ? それに、大学の方もこれから忙しくなりますし」 「……そうね。立ち止まっている暇は無いんだわ……」 元気付けようとしてくれる気遣いが解って、さゆみも笑ってみせる。 ちらりと真深の墓を振り返ってから、アデリーヌと共にその場を後にした。 これからも、自分は引きずって行くのかもしれない。先のことは、まだ解らない。 今はただ、心に抜けない棘を抱えながら、今を精一杯生きて行くだけだ。 |
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