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リアクション
『人と魔族の違い』
フィオーレに乗り、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)と共にパイモンの下を訪れた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)へ、パイモンは国の王としてはいささか気軽過ぎるのではと思われるほどにお茶会の誘いを受けた。
「軽い気持ちで誘っちゃったけど、あたしに付き合って大丈夫なの?」
のぞみもその事を気にして尋ねれば、パイモンは苦笑を混じえてに答えた。
「天秤世界の件に専念していたツケと言いますか、処理しなければならない案件の山にここ最近は忙殺されていましたもので。流石にロノウェさんに任せるわけにもいきませんし……」
「あはは、つまりパイモンは、逃げ出してきたわけだ」
「ええ、その通りです。ですがこの事はどうかご内密に」
カンの鋭い臣下が居るので、とパイモンが付け加え、のぞみが分かったよ、と頷いた。
「パイモンはさ。今のザナドゥをどう思ってる?」
のぞみの問いかけに、パイモンはしばし考え込む。数千年の間、人間――地上に住まう者達――の敵としてあり続けた過去から、人間と共存の道を選択した魔族。
「……表に見えている部分は、温厚に事が運んでいるように見えるでしょう。ですが裏に隠れている部分では、未だ人間への憎悪が残っていると思います」
パイモンの示した回答に、のぞみはそうだよね、と納得の気持ちで頷く。魔族全員が人間との共存を望んでいるとは思えない。どちらでもいい、というのはまだいい方で、まだまだ影では人間なんて滅んでしまえばいい、と思っている魔族だって居ても全然おかしくない。だって魔族が人間との共存を決定したのは、ほんの数年前の出来事でしか無いのだから。
「……あたしは今も、あきらめないで居続ける事ができてるのかな」
そんな言葉がフッ、とのぞみの口から零れた。隣のロビンが口を挟もうかと悩んでいると、パイモンが先に口を開いた。
「のぞみさんの事はすみません、詳しく伺っていないので私からは何も。
ですがこうして私に会いに来てくれたこと、パートナーであるロビンさんと仲良くしているように見えることから、十分己の出来る事を果たしているのでは、と思います」
「……ありがと。……あはは、そんなつもりじゃなかったのに、元気付けられちゃったなー。
そうそう、あたしね、ロビンともっと仲良くなろう、って思うの。身近な所から始めてみよう、って。応援してくれるかな?」
「私に出来る事であれば、ぜひ」
パイモンの言葉に、のぞみは笑顔を見せて礼を言った。
「パイモン様、先程のぞみが話した件ですけども……」
しばらくの談笑の後、のぞみが席を外したタイミングを見計らって、ロビンがパイモンへ話し掛けた。
「確かに最初は、魂が欲しくてのぞみに近付きました。ですが今ではただ仲良くしたい、ずっと傍に居たいと思うようになりました。
……でものぞみには未だに冗談だと思われているみたいで……。それなのにのぞみは僕に「結婚しよう」と言ってくるんです」
のぞみの行動と言動は理解に苦しむ点が多いのだと、そうロビンはパイモンに愚痴っていた。
「人の考えは、我々魔族の考えとは異なります。それは寿命の違い、住む環境の違いから来るもので、容易には一致しません。
たとえば人の、思考の切り替えの速さはまさに一例では無いでしょうか。彼らはせいぜい百年程度しか生きられないが故に、一つの考えに固執するだけの時間が許されない。
……ですがロビン、あなたも身に覚えはありませんか? あなたは最初はのぞみさんの魂が欲しいと思っていた。ですが今は違うと言った。その考えが変わるまでの年数は、これまでのものと比べてずっと速い、そうではありませんか?」
「……確かに、言われてみればそうですね」
パイモンの言葉に納得の表情を見せるロビンへ、パイモンが助言のようなものを口にする。
「あまり深く考え過ぎないことです。人間は時に一瞬で考えを変えさせてしまう程の力を持ちながら、一つの考えを熟成させるには年数が足りない。
その事ですれ違うことだってあるでしょう。ですが相手に悪意がないのであれば大した問題でないと考え、相手の考えに合わせる選択をしてみてはいかがでしょう」
言い終えた所で、のぞみが戻ってきた。
「何を話していたの?」
「少し、先達として助言を、ですかね」
何気ない言葉で先程の会話を打ち切って、のぞみと話を続けるパイモンに小さく礼をして、ロビンはこれからののぞみとの関係をどうしていきたいかを思案する――。
『魔界の友人へ、「これからもよろしくね」』
「うむ、来たか。こちらは一仕事終えて一息ついた所だ。まだやるべき事は山積みだが、一日程度どうとでもなる」
迎えに来た夏侯 淵(かこう・えん)にロンウェルの現状を説明されたルカルカ・ルー(るかるか・るー)の瞳に、「じゃあ、ロノウェと遊びに行きたい!」という意志が煌めく。
「遊びに来たわけでは無いんだが……」
呆れた様子で呟くダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だが、決して遊ぶのが嫌ではなく、皆が了承するのであれば付き合うか、くらいの考えは持っていた。
そして……。
「ぷはぁー! うーん、気持ちいいー!」
水面から顔を出したルカルカが、実に生き生きとした顔をして周囲を見回し、ロノウェを探す。
「元気ね、あなた。まるで魚みたい」
ゴムボートの上から、ロノウェの声が降ってきた。視線も言葉遣いも冷たく映るが、律儀に付き合ってる所に別に嫌ではない、というのが見て取れた。
「ロノウェも泳がない?」
「私はいいわ」
「えー、せっかく来たんだし、泳ごうよー」
「子供じゃないんだから……分かったわ、後でイタズラされても面倒だから、ちょっとだけ付き合ってあげる」
「えへへ、ありがと♪」
屈託のない笑顔を見せたルカルカからつい、と視線を外して、ロノウェはゴムボートを魔法でその場に繋ぎ止めると、水面に飛び込んだ。流石に眼鏡を付けているわけにはいかないので代わりにゴーグル装備だ。
「それじゃあ向こう岸まで勝負よ! よーいどん!」
言うが早いか、ルカルカが水飛沫をあげて泳ぎ出してしまった。
「ちょっと! ……もう、勝手なんだから」
呆れつつも仕方ないわね、と言いたげに息を吐いて、ロノウェが後を追った。
「ふっ!」
ダリルの振るったラケットが、パイモンの鋭いサーブを打ち返す。ラインギリギリを狙ったコースはしかし、パイモンに先読みされており既にパイモンは次のショットへ身構えていた。
「はっ!」
剣を振るうような動作でもって放たれたショットは、ネットにギリギリ引っかからないコースを飛んでダリルの今居る位置からかなり手前でバウンドした。ダリルは地面を蹴ってボールを拾うが、流石に通常の態勢では拾い切れず、次の動作が若干遅れた。
それを見逃すほどパイモンは甘くなく、猛然とダッシュしたパイモンは飛んできたボールをダイレクトに打ち返し、今度は後方ギリギリの位置に落としてポイントを得る。
「これで、セットカウント7−5。私の勝ち、ですね」
「……ああ、そうだな」
あと一歩の所で及ばず、ダリルは悔しさを完全には隠し切れない様子で、それでも好勝負を演じたパイモンとネットを挟んで握手を交わした――。
周囲を照らしていた光がやや陰った所で、湖から上がってきたルカルカとロノウェ、一勝負終えたダリルとパイモン、それに淵とカルキノスでテーブルを囲んでのお茶会が始まった。
「……それにしても、やっぱりまだ違和感があるわね、あなたのその姿」
ロノウェが視線を向けたのは、人の姿に変じているカルキノス。
「はは、だろうな。最初なんて「……誰?」だもんな」
笑って、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が一部変身を解くと、彼の本来の姿である竜の顔が現れる。そして額には緋色の宝石が煌めいていた。
「最近コイツが力を発揮するようになってな。普段の姿じゃ色々と不都合が出てきちまった。人の姿でずっと居るのも疲れるしな……」
カルキノスがはぁ、と息を吐く。あくまで人の姿は変身なので、それなりに精神力を使う。カルキノスほどであれば一日中変身しているのも造作ない……がやはり疲れるのに代わりはなかった。
「ザナドゥの方が楽だ、というのであれば、普段の拠点をザナドゥに移したらどうかしら。
魔族が地上へ移ることは多々あっても、契約者がザナドゥへ移るってそうなかったし。いい一例になると思うけど」
ロノウェの提案に、カルキノスはしばし考え込んで、よし、と回答を出す。
「そうだな。んじゃ、そうさせてもらうわ」
「いやーん! カルちゃん行っちゃうのー?」
ルカルカがイヤイヤと首を振る(そしてダリルに呆れられる)が、別に強く反対しているわけでもないので結局、カルキノスの拠点移動問題はあっさりと解決した。
「そうか、カルキがこちらに住むというのなら、丁度いい案件があったな。
いや、前々からザナドゥの経済活動を活性化させたいと思っていてな。カルキにその手伝いをしてもらえたらと考えたのだ」
話を聞いて淵が、以前より計画していた『シャンバラ電機・ザナドゥ支店』の案を口にした。その話を以前より聞いていたらしいロノウェは特に動じたりせず、パイモンは興味深そうに淵へ視線を向けた。
「人の行き来は行われているが、物の行き来はまだまだと言える。それが十分根付くことこそ正常な国交と言えるし、金銭面でも輸入するより遥かに安く物品を提供出来る。
シャンバラ電機は電気・機晶製品や日用雑貨、生活用品も取扱っておるゆえ、ザナドゥの物流を今より豊かにするぞ。実際扱う品については、魔族の風習や周囲の景観を損なわぬようデザインを一部変更する必要があるだろうが、決して悪い話ではないと思うぞ」
「確かに、双方に益のある話のようですね。ロノウェさんはこの話をご存知でしたか?」
「はい、以前に淵より聞かされていました。話を聞く限りでは特に反論すべき内容ではないと思います」
ロノウェの判断を聞いて、パイモンは少し思案すると、ロノウェに向き直って告げた。
「ではこの件は、ロノウェさん、あなたに一任します。淵さんとカルキノスさんと密に連携して、事を進めていただければと思います」
「承知しました」
パイモンの指示を受け取り、ロノウェが淵とカルキノスへ振り向いた。
「そういうことだから、あなた達にも協力してもらうわ」
「もちろんだ、これは我が言い出した件だからな」
「おいおい、俺もいつの間にか協力者かよ。ま、住まわせてもらうんだ、それくらいはしねぇとな。
んで、俺は何をすればいい?」
「カルキには店の長を務めてもらいたい。責任者を決めるのは大切だからな」
「オーケーだ、やると決めたからにはやってやるよ」
――こうして、ザナドゥにまた一つ、新たな息吹が吹き込んだのであった。
辺りはすっかり暗くなり、空にはいくつかの光点が煌めいていた。
「楽しかった一日も、あっという間ね」
ルカルカの声に、隣に立つロノウェがそうね、と相槌を打つ。……本当は色々と口にしたいことがあるけれど、そのどれもなかなか声となって出てこなかった。
「世界はなんとかなる。いえ、なんとかする」
それだけをルカルカは口にした。あまり長くなっても雰囲気が重くなってしまい、せっかくたのしかった一日が塗り潰されてしまう気がしたから。
「そうね」
ロノウェも空気を読んだのか、短く返答して黙った。……言葉にせずとも、通ずるものはきっとある。
(これからもよろしくね。魔界の大切な友)
心にそっと呟いて、ルカルカは帰り支度を整えた一行に合流する――。
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