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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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『共に歩む者達と』

 ある日、アーデルハイトは手元の書類に目を通していた。
「生徒会役員候補の一覧ですか?」
 飲み物を机の上に置いて、風森 望(かぜもり・のぞみ)が尋ねる。うむ、と頷いたアーデルハイトが書類を机の上に並べたので、望はそちらへ目線を落とした。
「お前にも推薦の声が上がっておるぞ」
「そのようですね。まあ、黙っていれば清楚な大和撫子に見えますからね、私は」
「それを自分で言っちゃいますか、あなたは……」
 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)のツッコミを軽く流して、望は自分の人物評をつまみ上げると二つ、四つと折って懐に入れてしまった。
「推薦してくださった方には悪いですが、私は表舞台に立つようなキャラではないので。
 アーデルハイト様の私設秘書……いえ、愛人枠なんてものがありましたら、即届け出を済ませましたけども」
「お前、言い直す所が間違っておるぞ……。
 ただ実際、お前が生徒会に所属することは、あちらにとっては都合が良い話かもしれんがな」
「そうかもしれませんけど、その事であちらからアレコレと無理難題を吹っかけられたらたまったものではありません。
 ようやく、生徒による自治、その第一歩となる生徒会の発足が認められたのですから、いらぬ横槍を挟まれる要因は作りたくありません」

 二人が話していたのは、イルミンスールとその背後関係であった。
 学校を謳うからには当然ありそうな生徒会がここまで作られなかった理由の一つには、生徒が自立する力を持ち過ぎてはこちらの意向に従わない場合を危惧した地球側の思惑があった。

 思惑の元凶はEMU、ミスティルテイン騎士団に混乱をもたらし続けてきたが、最近ようやくそれらも払拭されると、生徒たちを自分たちの政治の道具とせず、生徒自身に道を選ばせ、必要な学びを受けさせようとする流れが主流となった。これは主として、ワルプルギス家当主、ノルベルト・ワルプルギスの意向が働いての結果であった。

「ノルベルト様のおかげで、今までよりはずっと調整もスムーズに済みました。これからは地球に降りることもそうなくなりそうです……あ、こちら、前回の出張の時のおみやげです」
「ほう、マカロンか。ミーミルたちが喜びそうじゃな。
 ……ふむ、少なくとも欧州は、しばらくは騒動の種を撒いてくるような真似はせんと思う。今後は関係の修繕が最優先じゃな」
 アーデルハイトがそのように結論付けた。現状のイルミンスールとEMU側の問題としては、EMUが自分たちの混乱によってイルミンスールへ迷惑をかけた点を考慮して距離を空けており(だからこそ生徒会の発足がスムーズに行われた)、双方に密接な関係を築こうとする動きが弱い点であった。これについてはフレデリカフィリップが骨を折っている。
「そうなるようでしたら、こちらとしては助かりますね。私も存分にアーデルハイト様とキャッキャウフフ出来るというものです」
「あなた、またそのようなことを……! あなたもそれなりの地位に立つ者なのですから、振る舞いには気をつけるべきではありません?」
「ですから、生徒会入りは辞退しましたが? 私の様に事あるごとに、愛人愛人連呼してる風紀問題娘では生徒会のイメージがた落ち必至ですしね。私個人がとやかく言われるのなら兎も角、それでアーデルハイト様が尽力してきた事にケチがつくのは避けたいですからね」
「……自覚があるなら、改善するとならないのかしら……」
 ノートがため息を吐いて、望を忌々しげに見つめる。望は鼻で笑って受け止めた。
「人にはそれぞれ、適役というものがあるのですよ。例えばここに挙げられている遠野様は、表舞台に立つに相応しいお方ですね。
 対して私は、影に徹する方が合ってます。メイドというのは主人の半歩後ろで控えてこそ。表舞台なぞ、私には少々眩し過ぎます」
 望の発言はやはり、外見だけを見て判断すれば好意的に受け止められるだろう。だが素性を知るノートは素直に受け入れられなかった。
「貴女が背後にいると、色んな意味で安心できないのですけど?」
 再び向けられた視線に、望は薄く笑って応えた。そして思い出したようにアーデルハイトへ向き直って言う。
「来ないとは思いますが、もしも万が一お嬢様に推薦なんて来ていたら、取り消しでお願いします」
「……随分と棘のある言い方ね! まぁ、わたくしとしても生徒会参加は遠慮しておきますわ。
 生徒会は、生徒による自治なのでしょう? シュヴェルトライテ家を継いだばかりの身としては、当主としての仕事を覚えるだけで手一杯ですもの」
「当主云々かんぬんよりも、直情径行で考えなしに突っ込む猪なんて、他の方にもご迷惑ですから辞退ですよ、辞退」
 胸を張ったノートを、望がいつも通り折りにかかる(別に意図してやっているわけではないが)。しかしその程度で折れるノートではなかった。
「まぁ、もしもどなたかが推薦してくださると言うのであれば、その信頼に応えなければいけませんけども。応えなければいけませんけども!!
「安心せい、お前には一票も来ておらんぞ」
「…………そう、ですの……」
 アーデルハイトという別方向から放たれた一撃に、ノートは部屋の隅っこでいじけてしまった。そのままにしておいてもよかったがこれはこれで面倒なので、望はノートの復帰を試みる。
「お嬢様は推薦されたい方が居ますか?」
「……そうね、わたくしからはアッシュとアゾートを推薦しておきますわ。あの二人どこか影が薄い所がありますし」
「またとんでもない評価をしよる。アゾートはエリザベートと縁ある故、必然と表舞台に出てくるはずじゃ。アッシュは一時期何があったと首を傾げとったが、最近は豊美と行動を共にしている事が多い。
 まあ、こちらもまた、何があったという気分じゃがな」
 二人の評価をそのように済ませて、アーデルハイトは再び書類に目を落とした。


「アーデルさん。自分は生徒会役員に立候補をしたいと思います」
 アーデルハイトの所にやって来たザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がそう告げ、立候補に必要な書類を提出する。
「ほう、お前は生徒会に属するか。して、その心は?」
 アーデルハイトに尋ねられたザカコが、淀みない口調で答えた。
「『アインスト』の活動にも興味はあります。ですが今の自分は『アインスト』をバックアップする方に力を入れたいと考えました。
 基盤となるイルミンスールを守ってこそ、外へ行こうとする者たちを安心して見送り、出迎えることが出来る。そのために生徒会への所属を決めました」
 理由を聞き、アーデルハイトはふむ、と頷いて思案する。『天秤世界』を巡る事件ではアーデルハイトのサポートを務めてきた彼であれば、生徒会の事務仕事を任せるに十分だろう。
「よかろう。お前の生徒会入りを認めよう。後日発表が行われるまでは仮決定となるが、お前には書記を担当してもらうことになるだろう」
 アーデルハイトの決定に、ザカコがありがとうございます、と頭を下げた。
「……もちろん、アーデルさんが何処かへ向かおうというなら、何処まででもご一緒しますけどね」
「何を言う、そんな暇などありはせんよ。
 これからどんどんと外へ旅立っていくのは、若い彼ら彼女らじゃよ」
「老け込むのはまだ、早いのではありませんか?」
 ザカコの問いにアーデルハイトは、さてな、と答えた。何気ない言い回しだったためザカコはそれ以上詮索せず、改まって「よろしくお願いしますね」と頭を垂れると、背を向けてその場を後にした。


「アーデルハイト先生! 私は、イルミンスール生徒会役員に立候補します!」
 まるで宣誓の勢いで、遠野 歌菜(とおの・かな)がアーデルハイトに生徒会への立候補を告げた。
「うむ。お前ほどの実力者であれば、即決定としても良いのじゃが……理由を聞こう。
 お前がどう思っているか、私としても興味があるでな」
 アーデルハイトの言葉に、歌菜ははい、と頷いて思っていたことを口にする。
「私はこれからもイルミンスールに骨を埋めるつもりです。ここは私にとって大事な、大切な学び舎……。
 イルミンスールのために、何か出来る事があるならやってみたい、そう思ったんです。アピールポイントはその……えっと、諦めの悪さ、でしょうか?」
「……くっ」
 それを聞いた月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、懸命に笑いをこらえていた。これがもし投票前の場であったらヒヤヒヤものだが、ほぼ当確の現状では笑いを誘った。
「あー! 羽純くん、笑っちゃダメだってば!」
「いや、すまん、歌菜。続けてくれ」
 表情を引き締めた羽純にもぅ、と呟いて、歌菜が口を開いた。
「あと、イルミンスールの事を思うハートには自信があります。
 ……思えば、イルミンスールに在籍して5年間、色んな事がありました」
 歌菜の脳裏に、イルミンスールに初めて足を踏み入れてからの事が蘇る。
「入学当初は、私は魔法はからっきしで。槍に出会ってからは、槍術を頑張って。
 授業で段々と魔法が使えるようになった時のワクワク感は、今でも忘れられません。やっぱり私は魔法使いになりたくて、ここに来たから」
 それはきっと歌菜だけでなく、他の生徒も同じ事を思っていただろう。ほぼ大多数の生徒は、最初から魔法がうまく使えたわけではない。
 授業を受けて、課題をこなして、時には冒険に出て、少しずつ上達していった。うまくなる度に喜びを感じていたはずだ。
「学生として勉強する傍らで、世界は色々と動いていて。
 色んな戦いがありました。その度、イルミンスールの生徒として、パラミタの一員として、一人の契約者として、戦ってきました。
 皆と一緒に、未来を勝ち取って来ました」
 契約者はただ学生として過ごすことを許されなかった。小さな事件から世界を揺るがす大きな事件まで、彼らは翻弄され続けてきた。
 その中で脱落してしまうものも、当然居た。それらを乗り越え、歌菜は今、最愛とするパートナーを得て、ここに立っている。
「私はその事を、誇りに思います。……これからも、きっと守る為の戦いは続くでしょう。
 武器を持って戦う以外にも、色々あると思います。そしてその時はまた、どんな形でも、私はイルミンスールの一員として、戦います。
 イルミンスールの皆と一緒に、これからも生きていきたい。
 皆と一緒に生きていく場所を護りたい。
 ……だから、立候補しました」
 話し終え、ふぅ、と息を吐く。聞き入っていたアーデルハイトが良いものを聞かせてもらった、とばかりに拍手を送った。
「実はお前には、他の生徒から推薦が来とる。お前の功績はしっかりと、他の生徒にも認められているということじゃな。
 ……歌菜、お前の生徒会入りを認める。お前には会計を、という推薦の声があるが、羽純、どう思う?」
 アーデルハイトがちらり、と視線を羽純へ向けた。そこに何がしかの企む色が潜んでいるのを、羽純は感じ取りつつも思う所を口にする。
「歌菜はどんな役割でも、やるからにはきちんとやると俺は思います。
 ただ、歌菜は決して万能ではない。苦手な部分もある。それを俺が補佐できれば、会計という職務も果たせると信じています」
「羽純くん……って、あれ、それだと羽純くんも、生徒会に立候補するってこと?」
 歌菜の声に羽純が頷き、同時にアーデルハイトが満足気な表情を一瞬、浮かべた。
「歌菜の話じゃないが、俺にもイルミンには、歌菜と過ごしてきた思い出が数えきれない程ある
 そして、それはきっとこれからも増えていく。……俺は、大切なこの場所を護りたい。歌菜と共に」
「……よかろう。会計補佐として羽純、お前を生徒会役員として認める。発表は後日とする、それまで楽しみに待つがよい」
「……はい!」
 ぺこり、と歌菜が頭を下げた。