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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【それからの物語 2】



 所変わって、こちらは空京。
 式典まで残すところ後二日に迫った、ある街角での出来事だ。
「セレモニー? へえ、何時もの通りやけど……」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の問いに、エリュシオン第三龍騎士団所属のキリアナ・マクシモーヴァは首を傾げた。式典での服装についてだ。
 キリアナにしてみれば女装であることが常であったため、女性用の正装を選ぶことに何の疑問も抱いてはいなかったのだが、そこに待ったをかけたのが唯斗である。
「いやいや、ここはちょっと、ちゃんと男の格好で出ましょう」
 良いですか、と、ずいっと妙な熱意で推してくる唯斗に半ば戸惑いながら、キリアナはスカートの裾を掴んで小首を傾げた。
「けど……ウチの顔やと、こっちのがしっくり来ますやろ?」
 それとも見苦しいですやろか、と眉尻を下げる姿や仕草は、どこから見ても可憐な美少女である。
「ああ、似合ってる。どっからどう見ても完璧な美少女だけど、勿体無さすぎんだよ」
 唯斗が更に不思議そうにするキリアナの前で指を振って「いいか」と力説するにはこうだ。
 まず、両国家の正式な式典で性別を偽るのはどうか、また、キリアナは素材が良いから男装も問題ない、寧ろ中性的魅力に会場の老若男女がメロメロになるだろう、と。
「何より、俺が見たい」
 何のかんのとそれが最大の理由のようだ。少し笑ったキリアナは、メロメロはともかく、確かに式典なら正式な格好をすべきという点に同意して頷いた。
「そうやね……もう、隠す意味もあらへんし」
「よっしゃ」
 返答にガッツポーズを決めた唯斗は、飲み忘れていたコーヒーに改めて口をつけながらふと「そういえば」と口を開いた。
「ずっと気になってたんだけどな、キリアナは何でそんな格好してんだ?」
 その言葉に一瞬詰まったキリアナは、誤魔化すようににこりと、それこそ花のこぼれるような笑みで笑ってみせる。
「……似合いますやろ?」
「ああ、滅茶苦茶似合う。おかげですっかり騙されちまったぜ」
 そんなキリアナに、ちょっと惚れそうとか思ってたのにさ、と笑う唯斗に、曖昧に笑いながら、少し間を開けて「笑わんといてな」とポツリと躊躇いがちに話し出した。
 樹隷とはエリュシオンの人間にとって、触れることの許されない不可侵の民である。故に、本来存在しているはずがない、それがキリアナ達ハーフという存在だ。禁忌の下に生まれた子供の行く末は想像に難くなく、キリアナは片親が貴族であったための稀なる幸運によって、恵まれた生活を送っていたが、それがイコール幸福ではない。本来無条件で受けられる筈の愛情は、その生まれのために、肉親からもうことは叶わなかったのだ。遠く幼い過去を思い出して、ちり、と痛む胸を押さえて、キリアナは苦笑する。
「女の子やったら、こっちを見てくれるんやないか、声を掛けてくれるんやないか……そんな阿呆な期待をしとったんどす」
 そうして装う内にその姿は馴染み、騎士として実力をつけて認められ、自分の居場所を手に入れた一方で、美貌と美剣の名で讃えられるようになってからは、そうして女として過ごすことがごく自然なものとなっていたのだ。
「……目立ちたいわけやあらしまへん。けど、ウチが期待されとるんはこの姿や」
 見惚れて貰えるのは嬉しい。誉めて貰えるのが嬉しい。それは、自分を認めて欲しいと渇望した幼少期が根底にあるのだろう。剣を極めたのとはまた別の、もっと内面に根ざす必死な想いをそこに見て、唯斗はくしゃくしゃとその頭を掻き撫でた。
 きょとんと目を瞬かせるキリアナに、唯斗はにっと笑って「キリル」と本名を口に出した。
「怖がんなくて大丈夫だ。少なくとも俺は女だろうが男だろうが、キリルのダチだぜ」
 まぁ女の子だったらダチのままほっとかなかったけどなと茶化す唯斗に、キリアナはくしゃりと笑うのだった。



 一方。
 セルウスの滞在する同じホテルの別階に部屋を取っている、エリュシオン北西カンテミール地方選帝神ティアラ・ティアラの部屋を訪れていたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
 堅苦しいのはイヤだからとティアラが断ったおかげで、室内にいるのは、彼女のパートナーである龍騎士ディルムッドと、やや落ち着かない風情の大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)だけである。
 今更お互いに堅苦しい挨拶もいるまいと、武尊は単刀直入に本題に入った。
「まずが相棒に頼まれた件だ」
 どうやら、武尊のパートナーである猫井 又吉(ねこい・またきち)が式典の最後のコンサート会場で、ポスターやブロマイドの等のティアラのグッズ販売をしたいと言っているらしい。
「流石に勝手にってのは色々面倒だろ。だからオレを通してティアラ嬢のの許可が欲しいんだとさ」
 特に今回は参列者の関係もあって取り締まりは厳しい筈だ。無許可での販売はリスクが高すぎる。考える様子を見せるティアラに、武尊は軽く身を乗り出した。
「カンテミールで売ってるティアラ嬢のグッズのシャンバラへの輸入販売も考えているみたいだし、ちょっとした経済効果も見込めると思うから」
 頼むよ、と続ける武尊に、ティアラは考えるように「そうですねぇ」と呟いた。当人のコンサート、しかもセレモニーの一環としてのそれでのグッズ販売は、広報手段としても良い一手だ。輸入販売の太い線を作るには良いだろう、とティアラはにっこりと頷いた。
「寧ろ、ティアラの方からよろしくお願いします、みたいな? 今後の事も含めて、ね」
 許可証などの手配はティアラから進めておいてくれるというので、ひとまず安堵すると、きしりとソファに深く座り直して、武尊は僅かにだけ声を潜めた。
「んで、だ……こっちがオレ的には本題だな。表彰式の件だ」
「……? あなたは表彰の対象に入ってると思いますけどぉ、何か問題ですかぁ?」
 首を傾げるティアラに、大有りなんだ、と武尊は苦笑した。
 武尊は、過去にシャンバラ国内で問題――万博で起こした騒動の件で教導団から放校処分を受けていること、そして現在も放免されていない旨を説明すると肩を竦めた。
「オレに処分を下した金団長や政府の連中から感謝状を受け取るってのは、互いに気不味いと思うんだよ」
 そう言いながら「と言うか、アレだ。オレが耐えられねぇ」と、ぎしりと背中をソファに埋めた。
「オレに感謝状渡す奴に、ねぇねぇ今どんな気持。ねぇ、どんな気持って厭味ったらしく煽っちまう」
 そう言う煽りに、誰もが耐性を持っているわけではない。最悪、それこそ組みかかって来る人間も出ないとも限らず、下手をすれば会場が大惨事になってしまうから、と武尊は苦笑する。
「だから、ま……表彰式には不参加って事で頼むわ。知り合った留学生連中に会えないのはちょっと残念だが、仕方ないだろ」
 当日会場でティアラ嬢に恥かかせる訳にも行かねーしな、と続ける武尊に、ティアラも僅かに苦笑し、まずは「承りましたぁ」と結論を口にすると肩を竦めた。
「ですがぁ、ティアラ的には残念ですねぇ……」
 ちょっとその煽りも見たかったですしと冗談めかし、ちらりとその視線が斜め後ろに控える自身のパートナーを伺う。それを受けて、ディルムッドの生真面目そうな顔が口を開いた。
「留学生達は、今後もシャンバラとの間の橋渡し役になっていく。これきりの縁ではないし、必要ならば私が間に入ろう」
「贅沢な繋ぎだな」
 武尊がやや大げさに驚いてみせると、ディルムッドは「感謝状の代わりだと」と続け、ティアラがそれを引き取って、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「正直、エリュシオンとしてはぁ、シャンバラ側の処分は“関係ない”っていうかぁ……こちらの顔を立てていただいた分とはちょっと釣り合わないって言うかぁ」
 今度は丈二も一緒に軽く目を瞬かせる中、ティアラはにっこりと続ける。
「とは言え、ただでさえ面倒な事だらけですしぃ、これ以上無駄にお互いを拗らせるのも本意じゃないのでぇ“ティアラ個人のお礼”と、グッズ販売事業拡大への前払いも兼ねてと考えて欲しいな、みたいな?」
 それを受け取っていただくのを表彰の代わりとしましょう、という遠まわしな言葉と共に、片目を瞑って見せるティアラに、武尊は肩を竦めた。
「悪いな、いずれ穴埋めはするからさ」
 それ受けてにこりとティアラが笑みを深める。そんな、空気の中。
「う、ど、どうも、難易度の高いミッションでありますね……寧ろ今、意図的に上げれられてしまった気がするのは錯覚でありますか……?」
 思わず呟きながら、肩身の狭そうに縮こまっている丈二に気付き(というより今思い出した、と言わんばかりの態度で)ティアラは手を叩いた。
「こちら、武尊さんのお客様なんですよぉ」
「オレの?」
 首を傾げる武尊に「も、もう少しタイミングと言うものをっ」と慌てつつぶつぶつ言いながら丈二は腰を上げた。とは言え、そうして立ち上がってしまうと気持ちは切り替わってくれるようで、びしっと姿勢を正すと見本のような敬礼をして、何が始まったんだとばかりに目を瞬かせる一同の中で、丈二は口を開いた。
「この度は、突然押しかけに参りまして申し訳ありません。えー、小官は武尊殿に、お届けものを預かりして参りました」
 一同が更に首を傾げる中で、丈二は妙にもったいぶった仕草で風呂敷包みを取り出すと、そっと前に出しながら続ける。
「公式にては表彰の憚られる立場なれど、その尽力については疑うべくもなく、この度非公開ながら感謝の意を形とするものである、と」
「は?」
 思わず声を上げる武尊に、半ばやけくそ気味に、丈二は持っていた風呂敷包みを解いて前へ掲げて見せた。どこからどう見ても、例えば運動会のような場所で見かけるようなそれよりはだいぶ精巧なのが逆に違和感を与えるような、金紙で作られたメダルである。 非公式の場で、表彰する側の使者としては相応と思えない地位――兵卒が、更に正規とは思えない表彰物を届ける、という勘ぐられる要素を徹底排除しようと言う念の入れようにも驚くところではあるものの、何よりそれそのものが相当に、奇妙だった。
「…………メダル?」
 誰からともなく呟きが漏れると「はい」と丈二は頷き、そして。
「“金“団長が“金”紙を折って作った“金”メダル。更に金一封をつけて、18金ならぬ4金であります!」
 そう言って、どやあ、と胸を張る丈二に、その後室内がどの様な状況となったかは、ご想像にお任せしたいところである。