空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

リアクション公開中!

【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」 【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

リアクション




【それからの物語 3】




 そこは、シャンバラでも人里から遠く離れ、風の強い場所だった。
 
 思い出の場所だと氏無は言っていたが、彼や“彼ら”が好き好んでいたとは思えないような殺風景さだ。
 大陸の端、眼下には雲海のみが広がり、周囲は砂の隙間に岩肌が覗くばかり。それでもきっと“彼ら”には、彼だけに見える光景があるのだろう、とそんな事を思いながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)は掘った穴の前へと屈み込んだ。
「全員分、揃って良かった」
 そう言って、そっとその穴へと入れたのは、ローブ姿のアンデッド、いや、氏無の元部下四人の使っていた武器だ。それぞれ使い込んだ年季を感じさせられる。そしてそこへ、一緒にしてやって欲しいと早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が添わせたのは出雲しぐれの骨だ。
 はたから見れば、彼らは利用した側とされた側である。だが、検分の済んだその武器を受け取る際、氏無は「別に利用されたんじゃないと思うよ」と口にした。
「アンデッドにされちまっても、あいつらには意思があったみたいだし。だったらあいつらが、ただしぐれに利用されるなんて、有り得ない話しだよ」
 そう言って苦笑した氏無の言葉を思い出し、北都は咎めずにそれを見守り、そうして五人分の遺留品を埋めると、静かに目を伏せた。
「……人目に付かない場所で、良かったですね」
 そんな北都にクナイ・アヤシ(くない・あやし)がそう言って辺りを見回した。
 周囲に集落はなく、ここへたどり着くまでも殆ど人の行き来は無かった。恐らく、目印でもなければ見咎める者もいないだろう。此処でなら、安心して眠れますね、とクナイは複雑な笑みを漏らし、北都はそれに頷いた。
 彼らはある意味では被害者であるが、同時に加害者になってしまったのも事実だ。そのために犠牲も出ている以上、彼らの埋葬を快く思わないものも居るだろう。
「だからって、使者を蔑ろにするわけにはいかないからね」
 そう言って、砂を整えながら北都は目を細める。軍人であった彼らを弔うのが、関係の無い自分たちであるというのも可笑しな話だが、だからこそ、本来は成し得なかったろう埋葬も叶った、とも言える。例えば、こうして、と、北都はクナイが抱えた花束を供えるのを見やった。
「大きなお世話だ、と言われるかもしれませんけど」
 そう言って清廉な花の彩るそこへ、更に捧げられたのは、呼雪の爪弾くリュートの響き。そしてその唇から静かに紡がれるレクイエムだ。悲しみや寂寥感ではなく、ただただ静かで魂の眠りと、その行き着く旅路へ導くようなそんな響きに、一同が各々の黙祷を捧げること暫く。
 歌い終えた呼雪は「彼らの魂はもうナラカへ、世界の理に従い輪廻の輪の中へ還っていったのだろう」と、ぽつりと呟くようにして口を開いた。
「墓というのは、ある種生きている者の為にあるものなのだろうな」
 こうして、弔うと言う行為そのもの。記憶を埋葬し、墓と言う形へ収めるのは、彼らの為であり、同時に彼らとの区切りをつけることだ、と、呼雪はしぐれに見た嘆きや怒りを思い浮かべ、そしてピュグマリオンという少年の中からも消滅していく様子を思い出して眉を軽く寄せながら目を伏せた。忘れようにも忘れられない光景を抱きしめるように胸を軽く押さえる様子にヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が痛ましげに俯き、墓と言うには余りに簡素なそれを見下ろした。
「こういうのはやりきれない部分も大きいけど……しぐれくん達にも、浮かばれるところがあればいいね」
 そうぽつりと漏らした声に「大丈夫、きっと」と北都はほんの少し笑った。
「彼等には信念があったんだ。やり遂げたい目的を貫いて――果たしたんだから」
 埋もれる筈だった過去は暴かれ、憎しみの根幹は目に見える形で破壊された。ある意味で彼らの復讐は、果たされたのだ。後はそうして現れた歴史と、その問いかけを、自分達がどうしていくのかだ。
「……この世界は生者のものだから」
 生きる者が動かし、巡らせていく。彼らに答えを返すように。
 呼雪の言葉に、北都は屈んでいた身体を伸ばし、空を仰いだ。
 
 雲ひとつも無い、日差しの強く、色素の心なしか薄いような、そんな青い空だった。







「ふふん♪ やはり時代は科学でしたね!」

 同じ頃、とある病院の一室。
 得意満面な笑顔で、尻尾をふりふりとさせたのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
 精神波の影響で失った右腕の治療と、他への影響の調査を兼ねて、ヒラニプラの病院へ入院中だった氏無の元へ彼が訪れたのは、先日の交流戦での事件の折、事後の連絡先として「ボクのとこにおいで」と招かれていたためだ。
 備え付けの椅子の上で、スポットライトを浴びているかのような、きりりとした姿を微笑ましそうに見やる氏無に気付いているのかいないのか、ポチの助はふるふると首を振る。
「まぁ、不憫先生の魔術力は認めますが……エロ吸血鬼はもっと精進しやがれでしたねっ」
 ぺっと吐き捨てる身振りも、ポチの助の姿ででは、何となく和んでしまうのも無理からぬ話だろう。この名調子は何処まで続くかな、と氏無はのんびりと構えていたが、くるり、と振り返ったポチの助の表情は一変、研究者然と真面目な顔で「ところで、僕が構築したデータなのですが」と切り出した。
「あれは機密データなので……」
「うん、判ってるよ。ちゃんとこちらで預からせてもらうから」
 安心していいよ、と笑う氏無の実際の地位については知らないポチの助は無精ひげにだらしなさげな見た目に一度胡散臭そうな目を向けたものの「言うだけならタダなので、言っておきますが」と真面目な声で続ける。
「今後同様の事件が起きた時の防衛策として、専用防衛装置を作っておく事をお勧めしておくのです」
 今回使われた遺跡兵器のようなものが、他にあるとは余り考えたくはないが、絶対にない、とは言い切れない。そして悲しいかな、一度見たものをもう一度作ろうとする者は、必ず出るのである。そうなった時に、今度はたった一人の強者に頼らないで済むようにしておく必要がある。その指摘に、氏無は深く頷いた。
「そうだね……その通りだ」
 その声の響きで、適当に流したのではない様子を悟ると、それで満足したようでポチの助は先の調子を取り戻してきらりと目を光らせた。
「もしそれを作る時に僕の力が必要ならば、連絡を下されば出張サービス犬として設備設計から手伝いに来てやるのです!」
 そう言って胸をそらしながら「犬の無償サポート期間は3年と思っておいて下さい」とも付け加えるのに、氏無は微笑ましさに顔が緩みそうになるのを堪えながら、それを隠すように「よろしく、頼りにしてるよ」と頭を下げると、その態度と、言うだけ言って、目的も果たした事に満足してか、ふんすと息をつくと「さて」とポチの助は独り言のように口を開いた。
「これで僕はご主人様のお手伝いが全て終わりました」
 ふう、と息を吐き出したポチの助は、表情も晴れやかに言って、椅子から床へと、ポチの助は見事に着地を決めると、ぺこんと氏無に頭を下げる。
「僕も修行中なので、自分へのご褒美に限定ほねっぽんを買って空京へ帰りますね」
 そう言って軽く手を振ったポチの助は、それでは、ともう一度病室の扉の頭を下げると、廊下の先へと駆け出して行ったのだった。


 そんな賑やかな退室の後、入れ替わるように訪れたのは、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)だ。
「どうも、お久しぶりです」
 燕馬が最初に尋ねたのは、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)の体調についてだ。偶然に巻き込まれた誘拐事件の折に、無免許なので大きな声では言えないが、医者間近で看ていたため、その後の経過はずっと気になっていたのだ。氏無ならば把握しているだろう、とアポイントを取ったのだが、その読みは正しく「彼女なら大丈夫だよ」と返答は速やかだった。
「あの後直ぐ、治療院に運ばれてったからね」
「はい。幸い、身体的な負傷はありませんでしたし、現在は退院されていらっしゃいます」
 負傷者の収容を担当した綺羅 瑠璃(きら・るー)が頷いたのに、氏無は続ける。
「キミの早期治療のおかげで回復も早かったみたいでね。今回の遺跡の件で、方々早速動き回ってるよ」
 全くタフだよねえ、と笑う氏無に「真似はしないでくださいね」と釘をさしたのは沙 鈴(しゃ・りん)だ。交流戦の際、氏無の代行として動いていた彼女は、現在もまだその役目を継続中である。
「目を離すと直ぐ逃げ出そうとなさるのですもの。仕事はわたくしが引き受けますから、大尉はしっかり養生なさってくださいませ……今回の事は、忙しさにかまけて忘れて良いことではないでしょう?」
 じっくり時間をかけて、考えるべきことを考えてください、としっかり釘を指されて縮こまる氏無に、燕馬はからかい混じりに少し笑う。
「どうやら首は繋がったみたいだな?」
「うん……まぁ繋がったって言うより、後始末は自分でしろって感じかねぇ」
 どっちかっていうと首が繋がったというより首輪が繋がったって感じだよと、肩を落とす氏無に、燕馬が更に笑いを深めて肩を揺らすと「繋がったどころか」と鈴は呆れた様子で、書類を片手に氏無にちらりと目をやる。
「表彰される側にいるのが嫌だからと、取り消し理由作りの為に、病室を抜け出そうとなさるのですもの」
 困った人ですわ、とその目線のトゲにどんどん肩を狭くさせる氏無に、燕馬は色々な意味で目を瞬かせた。
「いや、別にそういうわけじゃあなくって、ただほら、煙草が恋しくなってさぁ」
「そう言われるだろうと思いまして、隣の部屋を喫煙室に改装済みですわ」
 こうなるともうぐうの音も出ないようで、枕の上で指がのの字を描く。それが左手であるのに、燕馬は僅かに眉を寄せた。
 ヒラニプラはシャンバラで特に機晶技術の発達している都市だ。そこに居ながら、氏無の右腕の袖は、質量がなくてだらりと垂れ下がっているのである。何故そのままにしているのか。義手をつけたりはしないのか。浮かんだ疑問を、燕馬はそのまま飲み下して気付かれないように首を振った。
(俺のような子供が、土足で踏み込んじゃいけない場所だ)
 そう思って黙っていると、目線で気付いたのだろう。氏無はふっと小さく肩を竦めて見せた、その時だ。
 そんな、ほんの少しばかり静けさを纏った空気をすぱんっと割るように、病室の扉を勢い良く開けて、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が部屋へと入って来たのだ。
「よう、氏無ちゃん、元気?」
 そんな登場におや、と氏無が目を瞬かせていると、その傍で甲斐甲斐しく世話、もとい仕事中の鈴の姿に「やっぱりか!」と演技がかった調子でわざとらしく驚いて見せた。
「片腕失ったのをいいことに、「ボクの片腕になって欲しいなぁ」とかって、声かけまくったんだろ、そうだろ。それで早速女の子ゲットとか氏無ちゃんったら!」
 まくしたてながら氏無に詰め寄るのに、目を白黒させている燕馬を他所に、光一郎は今度はくるりと振り返って掌で鈴をさした。
「腕の代わりだけならいざ知らず、もしかしてアレとかこれとかしてもらったりしてんじゃないのか?」
「いやあのね、そういうセクハラ発言はちょっと待ってもらえるかな、折角繋がった首が本気で怪しくなっちゃうんだけど……」
 氏無が慌てた様子でちらちらと鈴と光一郎との顔を見比べる。が、冷や汗をかいているのは氏無だけで、鈴の方は割りと何処吹く風といった様子だ。今度は光一郎の方が二人を見比べて「待てよ?」と首を傾げた。
「そもそも、氏無ちゃんの第三の脚が使いものにならないという可能性があるじゃん?」
「ちょっと待った、誤解されるような事は言わないでくれないかな?」
 さらっと漏らされた言葉に、氏無のツッコミはすばやかった。見た目はいつもと変わらないが、鈴が言う通りまだ養生の必要な体だからなのか、珍しくもたじたじといった様子の氏無に、光一郎の目は妖しく光る。
「氏無ちゃんの塩化されたのは右腕だけだったのか? 大切な部分は無事なのか? 臣の名を持つ者として、ここは知っておかなければなるまい、ふふふ腐」
 わきわきと不穏な手つきをする光一郎に、氏無の顔はやや引きつったが、構うような相手ではない。いざ、とばかりにベッドへとにじり寄ると、そのまま遠慮なくその手が襟にかかる。
「さあ、氏無ちゃんのからだにもしもししてみよう!」
「いやいやいやいやいや、ちょ、ちょっと待った! 待って!」
「ゴホンッ!」
 あれよという間に入院着を剥ぎ取られかけて、あわや本気で氏無が押し倒されかかっているように見えたのに、鈴がわざとらしく大きな咳払いをして、ぎろりと光一郎を見やった。危うく薔薇色な展開が行われそうになったとかそんなことはなかったが、忘れているかもしれないが一応病室である。
「相手は怪我人ですのよ。妙な事はしないでいただけますか?」
 そんな鈴に、光一郎はふふんと鼻を鳴らす。
「そんな事言って、その胸を押し付けちゃったりしちゃったりしてるんじゃん?」
「しておりませんわ」
 そうして今度は鈴と光一郎が睨みあい(?)のように、お互いの間で妙な火花を飛ばし始める中で、置いてきぼりをくらった氏無が入院着を直していると、瑠璃が真面目な顔をして、二人をとっちのけに「こちら、確認をお願いします」と鈴が途中のままにしていた書類を差し出した。記されているのは、負傷者の収容状況からその後の経緯、また今回に関わる情報の管理などの計画書である。
 事が事なので、全てを情報を完全に公にすることは出来ない。少なくとも、流出させる情報は選別にかけて吟味する必要があるためだ。氏無の言う「後片付け」――物理的な後片付けと、情報統制は、切って剥がせない一つの流れだ。廃棄処分する物資や警備人員の動員の流れに、矛盾や匂いが付かないように注意の行き届いた書類に氏無は頷いた。及第点、というところなのだろう。瑠璃が安堵の息をついて、そろそろにらみ合いも決着のつきそうな二人へ視線を移した、その時だ。
「随分、賑やかですね」
 と、呼雪がヘルを伴って、氏無を尋ねて病室のドアを潜った。とは言え、出かける前に一度立ち寄ったので出戻った、というのが正しいかもしれない。
「ああ……お帰り」
 そう言って氏無が招くのに、ベッドの傍へと寄った呼雪とヘルは、一向に直すつもりの無いらしい右腕にそれぞれ表情を変えた。呼雪はただ痛ましげに眉を寄せたが、ヘルの方は気負った風もなく空の右袖をつまみ上げると首を傾げて見せた。
「氏無さん大丈夫? 普通の人は生えてこないから不便だよね」
 そう言うヘルは、かつて半身が吹き飛ばされながら普通に再生を遂げた経緯がある。だからこその発言なのは判っていたので「お前じゃないんだから……」と呆れたように呼雪は呟いた。そんな二人に肩を揺らす氏無に、呼雪はそっと「しぐれを弔ってきました」と告げた。
「…………そうかい」
 対して、返答はそっけないものだった。そのまま、何処へ埋めたかすらも問う気配の無いのに、呼雪は軽く眉根を下げた。表情も殆ど変わらないその態度からは、真意を読み取る事が出来ないが、できるだけその傷口に触れないように気遣うような声音が言う。
「俺は、全てを救い切れなくても、埋もれたまま、なかった事にされたままにならなくて良かったと思っています」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
 氏無の声が、ほんの少し緩まり、無意識にだろうか、張っていた空気が僅かに落ち着くのに「いつか気持ちの整理がついたら……」とmと呼雪はそっと続ける。今は許せないかもしれない。だがしぐれも、死の間際に焼き付けられた強烈な感情に突き動かされての事だったのだと思うのだ。それまで信じていたものが覆された時、全てが裏返ってしまったが故の凶行だったのだろう、と語る呼雪の言葉を、氏無は何とも言えない顔で聞いて「別に、許してないわけじゃないよ」とぽつりと言った。
「ただ、どうせ地獄で会うんだろうから……今会いに行かなくたっていいかなって、思ってるだけさ」
 勿論、言いたいことは山ほどあるけどね、とそんな氏無の言葉に、呼雪と顔を見合わせたヘルは、何を思ってかそのベッド脇に腰掛けると「でも、ちょっとほっとしたよ」と笑った。
「腹の底で何考えてるか分からない人だったけど、意外と人間味があったんだね」
 聞きようによっては失礼な言葉だが、氏無は苦笑がちにくつくつと笑った。
「まあ、死に損ないなりにはね」
 その言葉に、反応して「なあおっさん」と口を開いたのは燕馬だ。
「俺はこれからも――他の誰でもないこの『俺』、新風燕馬であり続ける」
 そんな突然の宣言に、氏無が目を瞬かせている中で、燕馬は続ける。それは、氏無に聞かせているようであり、同時に自分への誓いのような言葉でもあった。
 死人は墓下に、ならば生者は大地の上に。 命ある者を現世に繋ぎ止める医者稼業を、これからも続けていくことを。そして――
「氏無春臣――貴方自身がどう思おうと、俺の目に映る貴方は『生きている人間』だ」
 まだ地上にいてもらうぜ、おっさん、と笑った燕馬に、氏無は苦笑を浮かべると溜息のような細い息を吐き出すと、そのまま顔を覆って「……そうか」と短く言うと、表情を隠したままの、けれどどこか泣き笑いのような声が続いた。
「――そうだね。まだ……キミらを見届ける仕事が……残ってるからね」