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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【両国の絆、その始まり】



 そして――式典当日。
 空京、シャンバラ宮殿。

 シャンバラとエリュシオンという、パラミタ大陸中最大同士の合同式典であり、エリュシオンの新たな皇帝が訪問するということもあって、物々しい雰囲気に満ちた宮殿入り口を潜った契約者達を出迎えたのは、錚々たる顔ぶれだった。
 壇上に女王ネフェルティティ・シュヴァーラ(ねふぇるてぃてぃ・しゅう゛ぁーら)を中心として、シャンバラ政府高官や、鋭鋒らをはじめとした国軍の将校が並び(その一角に、見知った顔が髭を落とした姿で並んでいるのに、数名が目を瞬かせていたのは余談である)、逆側にはエリュシオンの龍騎士や高官の姿がある。が、彼らはあくまでこの式典では脇役である。
 そんな彼らに迎えられ、契約者と留学生達――つまり、主役達は思い思いに会場に入ったのだった。

 華やかに飾られた花、奏でられる音楽。勿論、式の性質上、訪れている者達の衣装こそ煌びやかではあるものの、宮殿の本来持つ荘厳さが幾らか控えめに抑えられているのは、この式典で迎えられる者達を意識しての事だろう。
 ざわめく人々を、鳴り響くファンファーレが静まり返らせたのを合図に、開始された式典は、その開催をいくらか危ぶまれていたのに反して平穏に、粛々と進んだ。

「――この度は、斯様な機会を得ることが叶い、大変嬉しく思います」

 エリュシオンの正装に身を固めたセルウスが、案外に堂々とした態度でステージに上り、丁寧な挨拶と共にネフェルティティの前へ立つ。応じて、彼女が前へ出ると、抑えられない様子で声が漏れた。それも当然だろう。どちらも国の頭としては新しいが、両者の背負い、そして互いの間に横たわっている歴史は決して軽くはないのだ。
 多くの目の見守る中で、シャンバラの女王とエリュシオンの皇帝がそれぞれ、両国のこれからの和を約する旨を述べて握手を交わす。その行為自体は形式的なものだ。だが、それが持つ意味の判らない者はいないだろう。
 単純な喜びにはなれない様々な想いがその光景の上に重なり、万感は拍手となり、それは細波のように、中々途切れようとしなかった。

 それからは、両国の代表者達からの挨拶が続き、お互いの国の協力についての感謝の口上を述べていく。勿論、その内容の全てが額面通りではないし、互いの後ろ暗い部分を押しやった、幾らかは表面上のものであることは互いに承知の上だが、それでもこうして公の場で互いへの親意を示しておく事に意義があるのだ。
 シャンバラ側からの感謝の口上を終え、エリュシオンはジェルジンスク地方での一件も公のこととなり、契約者達の奮闘に感謝の言葉が送られた。続き、オケアノス地方より遺跡での救出劇について――その際遺跡の崩壊に繋がった件は、前述の通りマリーの働きで伏されている――の健闘を称える旨の口上が始まる中ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、で小さく溜息をついた。
 彼女がダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に居たのは、表彰台のあるステージ脇だ。
(交流試合でのことは軍務ではなかったのに軍の服で……ってのは一寸)
 と、スーツタイプの正装を選んだのだが、式典の内容が内容である。当然ながらそのまま教導団の列に並ぶことは出来ず、着替え直しての参列である。
 そんな風にして、教導団員たちが表彰者を見守る形で並ぶ、酷く堅苦しい空気に満ちるその逆側では、家族の出番をまだかまだかとそわそわする保護者や関係者達が、固唾を呑んで表彰台を見つめていた。
 フォーマルに身を固める御神楽 陽太(みかぐら・ようた)、そしてエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)も、その中の一人である。公式な式典ではあるが、妨げにならない程度ならば撮影も許されている為、カメラを持つ手も真剣そのものだ。
 報道陣や記者も控え、式典の内容は大々的に放送されるのだろうが、彼らが撮り、放映するのは主にこの式典の主役である彼ら――ヴァジラ達、エリュシオン帝国からの留学生だ。大事な家族の晴れ姿はやはり、きっちり収めておきたいものである。

 そして、対する表彰者側席。
 留学生や契約者が、様々な思いでその時を待っている中。水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、自分の名前が呼ばれるまでの間を、表面上は大人しく待っていたものの、その間に巡る思考は、相変わらずじりじりと絡み付いているものが溢れないよう押さえ込むのに必死だった。海中都市ポセイドンでの強烈な体験の折、触れてきた「女」が今も自分の中に住み着いている感覚がある。
(やっぱり……離れていかないわね)
 ゆかりは思わず溜息を吐き出した。直前まで、宿泊先のホテルで体を洗ったが、それで何かが洗い落とせる筈もなく、精神を蝕むシミのようなものはそのままに、じりじりとおぞましい感覚が纏わりついて汚されていくような錯覚がある。本来なら少しは誇らしげな気分も沸きそうなものだが、そんな気分になれないほどにだ。ゆかりは不快を顔に出さない程度にこっそりとまた溜息を吐き出す。
(エリュシオンで忙しくなれば……この感覚も薄くなるかしら……)
 このセレモニーが終わったら、その足で再びエリュシオンへ向かう予定なのだ。そうすれば暫くそこで過ごすことになるだろうが、そうやって忙しくしている方が、考える時間もなくなって良いだろう。そんな事を思いながら、ふと隣のマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の顔を盗み見た。
 酷く抱いてしまった日の後、その時のように傷付けるようにではなく、慈しむように触れる事が出来るようになった。目を細めるゆかりに、マリエッタの方は薄っすらと頬を赤らめた。なにしろ昨晩に、彼女と閨を共にした後なのだ。乱暴にされはしたが、ゆかりの闇の中の一部を受け止められた。何かから逃げるような行為を、受け入れる事で助けられるならと思ったところで、優しくされたのだ。意識するなというのが無理な話で、早く名前が呼ばれてくれないかな、とマリエッタは落ち着かない意識をそう誤魔化すのだった。
 そしてもう一方、こちらも正装に着替えさせられて裏椿 理王(うらつばき・りおう)が居心地悪そうに腰を下ろしていた。
「堅苦しい場は似合わないんだけどな……」
「そうやっていると別人ですね……」
 理王のぼやきに、同じく正装姿の桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)も苦笑がちに肩を竦める。
 こういった式典を極力避けるようにしていた理王である。ネットの世界が自分の居場所であり、生身の顔を出す機会はできるだけ避けたかったのだが、叶 白竜(よう・ぱいろん)に出席を頼まれたこと、ネットという手段がシャンバラとカンテミールとの繋がりを深める一つの大きな力になるだろうということを、周知させる機会でもあると思えば、無碍にも出来ない。
 白竜からは、教導団に戻らないかとも言われていたが「やっぱりオレには縛られるの合わないから」と、断った。今後も情報面で協力できるところは協力していくつもりなのは変わらないし、寧ろそこから離れたからこそ、出来る事もあるはずだという理念も変わらない。
「……でもやっぱり、こういう場所はなあ」
「ここまで来たら腹を括るしかないですよ」
 ぼそりと吐き出された溜息に、屍鬼乃は苦笑を更に深めるのだった。
 そんな一方。世 羅儀(せい・らぎ)と表彰者列に並ぶ中、そんな理王の姿をその中に見かけて、白竜は軽く安堵の息を吐き出していた。と同時に、彼に投げかけられた言葉が不意に頭を過ぎる。
「どっぷりと軍部に浸かっているとろくなこと考えないこともあるみたいだしね。旦那もたまには外の空気を吸ったほうが良いよ」
 及ばない部分が多かったと思うが、するべきと思ったこと、自分が正しいと思った行動をしてきた。それに対してを疑うことはないが、理王の言葉を一理ある、と思ったのはその生真面目さ故だろう。例えば今回の件で、鋭鋒の権限でも判断がつきかねるような事態に対して、彼の立場が負ったものの大きさ、逆に彼自身がある種招いた事態を、あるいは軍というものの外から見ることが出来たならばどうだったのだろうか。もっと別の、違う方法もあったのかもしれない。
 そんな風に自分の視野について意識を始めた彼とは真逆に、緊張感なく口をモゴモゴとさせていたのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。どうやら立食パーティの会場からくすねてきたお菓子がその中身のようである。その隣で、白の騎士正装でびしりと決めているララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が、呆れを隠せないようで肘でその脇をつついた。
「リリ、そろそろ始まるぞ。さっさとソレを飲み込み給え」


 そして、リリがお菓子を飲み込んだ直後。
 誘拐事件発生前より犠牲になった龍騎士へ黙祷が捧げられ、ファンファーレと共に表彰式は始まった。
 最初に名を挙げられたのは勿論、交流試合に参加していた帝国からの留学生だ。
 一人一人名を呼ばれて前へ出る若者達は、緊張の面持ちながら、それぞれが騎士や貴族に名を連ねる者達だ。臆することなく歴々の前に並んで姿勢を正す。
 そうして全員が並んだ所で、留学生総代として前へ出るのはヴァジラである。流石に何時もの仏頂面は消え、だが矢張りどこか不遜さの滲む佇まいは、深い色に纏められた正装に映えていた。緊張した様子もなく前へ出ると、セルウス、ネフェルティティ両名の前に頭を垂れる。
 美羽達がそれを感慨深げに眺める中、両国からの感謝の言葉と共に感謝状が手渡された。
 瞬間、ざっと音を立てる勢いで、ヴァジラに併せてエリュシオンの留学生達が敬礼する。きっちり挙動の揃った一連は、本職に及ばないまでも、中々に壮観だ。
 陽太やエリシア達から大きな拍手が起こる中で彼らが席へと戻り、続けて留学に助力していた関係者達の名前が挙げられた後。シャンバラの契約者であり、エリュシオンへの留学生の一人でもあるノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の名前が、両者の間を繋ぐ重要な役割を果たしたため、と呼ばれて壇上へ上がっていくのを、陽太のカメラが追いかけた。
 本人の、いつでも明るく前向きな笑顔は、家族の欲目を抜いても眩しく、式典に華を添える。そんなノーンの姿に、ドレスの僅かな衣擦れに隠すようにして、エリシアはひそひそと囁いた。
「それにしても留学中のノーンとの連絡が途絶えた時は心配しましたけれど、何とか無事に一件落着してホッとしましたわ」
「そうですね」
 頷く陽太も僅かに苦笑する。留学中のノーンからの便りはいつも楽しげで、危険については思いも寄らなかっただけに尚更だ。それがこうして、国家間の大事に巻き込まれて、表彰台に上っている、というのは不思議な気分である。照明の中できらきらと眩しいノートの姿を、目にもデジカメにも焼き付けながら、陽太は表情を和らげた。
「ツァンダに帰ったら環菜たちにもノーンの立派な姿を見せてあげようと思います」
「きっと喜ぶか悔しがるかすると思いますわ」
 家で待つ伴侶や娘達、そしてそんな彼女らを守る家族達が、自分も見たかった、と言い出すのだろうと容易に想像がついてエリシアは肩を揺すり、視線を再びノーンへと戻すと、感慨深げにその目を細めた。
「ノーンはどんどん友人が増えますわね。天真爛漫で社交的……身内贔屓かもしれませんけれど、両国の友好の懸け橋にはうってつけの存在かもしれませんわね」
 表彰状を受け取り、セルウスと握手を交わし、振り替えたその顔に義理ではない拍手を送る留学生達の様子は、その未来を皆に予感させる。いずれ現実になるだろう光景を心に描いて、エリシアは眩しげに笑みを浮かべる。
「わたくしはノーンのことを誇りに思っていますわ」
 その言葉に「そうですね」と頷いて、陽太は顔をほころばせて、壇上を降りるノーンのこぼれるような笑みにシャッターを切った。
「俺にとっても自慢の“家族”です」
 そうして、陽太が誇らしげにエリシアに囁いている中。続けて呼ばれたのは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)をはじめとした、会場で留学生達と協力して戦った契約者の面々だ。
 共に剣を取り共闘した姿を、両国の絆の象徴として称えると言う旨で、一人一人の名前が挙げられる中、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)も名を呼ばれて壇上に上がり、エリュシオン側の代表であるセルウスが迎える形で協力への感謝を述べていく。続けて、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が名を呼ばれ、謝意の言葉を受けながら恭しく表彰状を受け取った。
 理王たちのように、サポートへ貢献した者や、会場警備側の避難誘導と、その後の観客のフォローへ貢献した酒杜 陽一(さかもり・よういち)の名も挙がり、ディミトリアスら結界の担当者の名もそこに連ねられた。
 勿論、遺跡側でヴァジラ達と共に戦った者達の名前も挙がり、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)もまたその中に名を連ね、セルウスからこっそりとウインクが贈られたことや、ゆかりに続いて壇上に上がった、童顔で幼げな体系のマリエッタが大人に見えるように振舞った、つもりで、背伸びしているのがバレバレという微笑ましい光景に、会場が一時和んだのは、また別の話だ。
 続いて、ジェルジンスクで戦った者達の名や、マリーや白竜たちをはじめとする、一連事件全体の状況への対処についてへの表彰と流れは運び、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は自らの名前が呼ばれるのに腰を上げた。
 直前まで船をこいで、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)から肘でつつかれていたとは思えないような、しゃんと背筋を伸ばした姿は、普段の露出の眩しい水着姿ではなく、きちんとした教導団の正装であるからということもあって、やることなすこと「大雑把・いい加減・気分屋」を地で行く彼女の普段の姿からは想像できないほどに凛々しい。
 いつもそうしていればいいのに、とセレアナはそっと息を吐き出しながら、自身も表彰台へと上ると、二人分の凛と美しい佇まいが、ステージの上を華やがせた。まさか昨晩、一晩中二人で愛し合っていたとか、そのせいでたまににやけたり、眠りこけそうになっていたり、ましてやそれを咎められてセレアナに足をぐりぐりと踏んづけられていたとは誰も思うまい。セレアナの方は全くおくびにも出さないから尚更である。
 その後も、自ら辞退した者以外の名があらかた連ねられた、その時だ。南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)に続いて呼ばれたオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、壇上に上がるとくるり、と踵を返したのだ。
 どよめく一同の前で、やけに堂々とした身振りで「この表彰式のセレモニーの場で、それがしあえて申し述べたいことがあるッ!」と声を上げた。何事かと、ステージ上のセルウスたちも咄嗟に行動を取りかねて見守ってしまっている中で、オットーは続ける。
「それがしドラゴニュートである、鯉ではない」
 ぽかん、とする一同の中で、オットーは尚も力強く続ける。
「それがしドラゴニュートである! 鯉ではないッ!」
 くわっと目が見開かれ、繰り返すオットーに、流石に会場側もはたと我に返り、取り押さえようと警備兵がステージに上ろうとしたが、それより一歩早く。見事な足払い一閃、どずんと表彰台に転がったオットーを、ティアラのそれはもう冷たい視線が見下ろした。
「あなた、先日ティアラのローアングル撮影をしようとしてたヘンタイさんですねぇ?」
 公共の電波には辛うじて乗らずに済む程度の小さな、しかし低く恐ろしいような声がその口から漏れた。そして、反論の返るより早く、ディルムッドに引きずられながらステージの脇、幕の影にしょっぴかれたオットーに、ティアラが極寒の微笑を浮かべて顔を近づける。
「こんな場所で鯉じゃないとかぁ、どう証明するつもりだったんですぅ? まさか脱ぐつもりだったんですかぁ?ローアングラーの上に露出狂なんて最低ですぅ。第一見せられる体してんの? っていうかぁ?」
 矢継ぎ早に浴びせられる罵声は容赦が無く、聞いていたディルムッドの方がそっと目を逸らすような有様だったが、そんな罵声に、オットーはといえば。
(それがし新たな何かに目覚めてしまいそうだわい。ふはははは!)
 と、何だか怪しげな表情を浮かべたものだから、更にティアラからとことんまで罵声を浴びせられるという、ある意味ご褒美が暫し、見えないところで繰り広げられたのであった。この一幕が事件とはならずに何となくスルーされてしまったのは、ある種の奇跡、と言える……のかもしれない。