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リアクション
聞き覚えのあるそのメロディは、浮遊島群のものでなく地上のものだった。
「あ、ナ・ムチさん」
曲に導かれるように人混みから現れたナ・ムチたちを、源 鉄心(みなもと・てっしん)が歓迎の笑みで迎える。
「こんにちは。おひさしぶりですね」
にこやかにあいさつをしてくる鉄心とあいさつをかわしたあと、ナ・ムチは尋ねた。
「ここで何をしているんですか?」
「芸能のお披露目のような催しをされていたので、うちの音楽隊が飛び入り参加を申し込んだんですよ」
祭りとなれば、こういった人の集まる場所には大道芸人がやってくる。それは自身の肉体を使ったパフォーマンスであったり、手品であったり、動物を使ったりなど、さまざまだ。広場のあちこちを回らなくても見逃すことがないよう、そして芸人にはアピールの場となるよう、広場の一角に小さいながらも特設ステージが組まれていた。
それを見つけたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、参加を提案した。
「シャンバラと浮遊島群との文化交流の架け橋になるのです、うさ!」
主催者側は、まさにティーの言うとおりだと、彼らの申し出を歓迎した。
フルートのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)、ディーナのスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)、そして竪琴のティーが壇上に立ち、奏でる音は、雨上がりの空を思わせるような音色だった。高く澄んで、透明感がある。
雲間から差す太陽の強い光を受けた雨つゆのきらめき、葉を伝い落ちる滴。地に落ちるまでの束の間、透明の雨滴をくぐり抜ける光はプリズムで、完成された1つの世界だ。風が巻き上げ、空へと飛ばす。滴はすべて光となり、空に満ちて、輝きとなる。喜びの賛歌だ。
演奏を終えたあとも、イコナやスープが楽器を下ろしても、余韻に浸るかのようにしんと静まった客席を前に、3人はぺこりと頭を下げる。そこでようやく拍手が起きた。
ティーとイコナが下げていた頭を起こしても、スープは下ろしたままだ。やけに長い、と後ろのティーが見守る前、スープの体がふらふら揺れて、そのままぐらりと前に倒れた。
「ティーおねーちゃん、スプーどうしたのっ?」
ステージを降りたところでスク・ナが待ちかまえていた。やきもきしている様子の彼に、ティーは心配いらないというように首を振って見せ、腕に抱いたスープを見せる。スープは人型を解き、幼竜形態でぐったりとティーの腕に掴まっていた。
「全力で演奏して、疲れたのです」
「スプーは軟弱なのですわっ。わたくしも演奏しましたけれど、このとおりですの。もちろん、このあともまだまだ演奏できますわ」
「イコナちゃん、おつかれさま! すっごくきれいな曲だって、みんな喜んでたよ! あ、ティーおねーちゃんも、おつかれさま」
胸を張って降りてきたイコナとティーをねぎらったスク・ナは、ぐったりしたスープにも「スプーもおつかれさまー」と言って、頭を撫でた。
その様子を見守りつつ、鉄心はナ・ムチへ向き直る。
「ナ・ムチさん、以前たしか弐ノ島で、ピアノが弾けるとおっしゃっていましたよね?」
「ええ。それが何か?」
「ティーたちと一緒にセッションしてみてはどうでしょう?」
え? と驚くナ・ムチに、鉄心はたたみかける。
「こういう場ですし……島民が楽しめるよう心を砕くのも為政者の務めですよ」
「いや、ですが――」
「飛び入りも歓迎ですの!」
話を小耳に挟んだイコナがすかさず飛びつく勢いで言う。期待の眼差しで見上げられて、う、と言葉に詰まったナ・ムチの肩を、くつくつ含み笑いしながらかつみが後ろからたたいた。
「きまりだな」
「でも……、いきなりセッションは無理です」
「すぐではありません。スープがあの状態ですから。次に出る予定は3時間後です。それまでにはスープも回復しているでしょう」
ナ・ムチは観念したように空を仰ぎ、そして鉄心に戻した。
「……楽譜を拝見できますか」
それからの時間はあっという間だった。
鉄心とティー、イコナは屋台を回って食事をしたり、スク・ナと近況を話し合ったりして、祭りを楽しむ。その間、かつみたちと別れたナ・ムチはスープから彼らトリオの演奏について話を聞いたり、アドバイスをもらいながら曲目の練習をする。
休憩を終えて戻ってきたティーやイコナとも合わせをして、それから4人はステージに立った。
ナ・ムチが参加したのは2曲だけだ。名前は出さず、ピアノの影に隠れるようにして極力客席からは見えないようにした演奏が終わったあとも3人と並んで客席の拍手に応えようとはせず、そっと滑り込むようにステージから退く。そして何事もなかったように、イコナだけ、ティーだけで演奏したりと、曲目は進んだ。
「おつかれさまです。とてもすばらしかったですよ」
テーブルへ戻ってきたナ・ムチを鉄心がねぎらった。
「ありがとうございます」
ほぼぶっつけ本番のセッションはかなりナ・ムチを緊張させていたらしく、なんとか失敗らしい失敗はせずにすんだといった様子でナ・ムチはふっと息をついて緊張を解くと、イスを引き出してかけようとする。
時の経つのは早いもので、もうすっかり夜だった。あらかじめテーブル用意されていたあかりが灯され、ぬくもりを感じさせる黄色い光を放っている。
テーブルを回って注文を受けているウェイトレスの女性の姿が目について、何か飲み物を注文しようとそちらに身をねじった、その動作でナ・ムチを見つけることができたのだろう。人の間をすり抜け、ナ・ムチたちのテーブルまで木曽 義仲(きそ・よしなか)が駆け寄ってきたのは、そのときだった。
「こんな所におったのか、ナ・ムチよ! 大変だ! ツク・ヨ・ミ嬢がさらわれた! どうやらまだ残党が潜んでおったようだ。今陣たちが追っておる。さあぐずぐずするな、我らも行くぞ!」
蒼白し、体を強張らせたナ・ムチの腕を鉄心が握った。
ナ・ムチが自分と視線を合わせ、彼がそばにいると認識するのを待って、鉄心は言う。
「先に行ってください。私も彼らの演奏が終わり次第、あとを追います」
一緒に行きたい気持ちは山々だったが、ステージのティーたちを置いて行くわけにもいかない。ナ・ムチはうなずいた。
「案内してください」
義仲と一緒に走り去るナ・ムチを見送り、鉄心は首を振ってテーブルに掛け直すと、苛立ちを鎮めるように組んだ指に力をこめた。
「なんだって今になってそんなことに……。彼女たちに復讐したいというのなら、地上でいくらでも襲撃できたはずだ」
彼女が島へ上がってくるのを待っていた、ということか?
地上にいるのはいいが、島へ戻ってきたそのときは、ということなのだろうか?
だが今回、相当数の人間が地上から上がってきた。そのなかにツク・ヨ・ミがいること、仮装している大勢の女性たちのうちのだれがツク・ヨ・ミだと、相手は分かったのか? そもそも地上にいない人間が、彼女が上がってくるのをどうやって知ったのか。額に刺青を持つツク・ヨ・ミの安全のため、そして島民に不要な警戒心を生まないようにと、秘密にされているはずだ。
どうもおかしい。
なんだかつじつまが合わない気がした。
とにかく陣から詳細を聞こうと携帯を取り出す鉄心の視界に、それまで町のあちこちを走り回ってビラ配りをし、集客に勤しんでいたティーのミニミニ軍団――ミニうさティーとミニいこにゃ――が、こちらへテケッテッテッテーと駆け戻ってくる姿が入る。何気なくそちらを向いた次の瞬間、鉄心は驚愕を通り越してあっけにとられてしまった。
「すみません。あの……ナ・ムチが、こちらにいるって、聞いたんですけど……」
落ち着きなく飛び跳ねるミニミニ軍団の真ん中で、おずおずと控えめに尋ねてきたのは、仮面をつけていたけれどまぎれもなく、ツク・ヨ・ミ本人だった。
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