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第一章 行動開始
本校からやや離れた蒼空学園溜池キャンパスは、絶え間なく降り続く雨に覆われていた。
その雨の中、巨大なてるてる坊主を吊るした小型飛空挺が浮かぶ。操縦するのは銀枝 深雪(ぎんえだ・みゆき)。水着姿で飛空挺をゆっくりと旋回させる。
「酷い雨ですね……。グラウンドが水浸しです」
ほう、と息をつく。黒く長い髪を払うように首を振った。
「どうにか真相を明らかにしたいところです」
目を細め、双眼鏡で下界を見下ろす。彼女の視線の先に寮の屋上があった。
雨の降りしきる屋上端、手すりの近くで巨大な防水布が広がった。
「よし、これで【水害対策本部】は完成だな」
満足げに微笑むのは武来 弥(たけらい・わたる)だ。布の正体はテント。屋上の手すりとワイヤーで作り、床を底上げした強固な代物だ。
武来弥は着ていた合羽を脱ぐ。
「枠組みは完成ですね、弥くん。あとは必要な物を設置するだけです」
武来弥の背後で彼のパートナーエスペディア 龍姫(えすぺでぃあ・りゅうき)が緑の目を細めた。武来弥は大きく頷く。
「ああ。無線を繋げる作業は終わったか?」
「ええ。パソコン用の電源も寮内から引いてきました」
エスペディア龍姫の片手には屋外用コードリールドラム(巻き取り式延長コード)が握られていた。
武来弥はノートパソコンのコンセントをコードリールドラムのプラグに挿した。電源ボタンを押すとパソコンが立ち上がる。
それを見届けてからキャンプ用品、飲食物を取り出して並べ始める。……と、テントに近づく人影。
「お疲れ様! アドレス交換にきました縲怐c…ってあれ、まだ忙しいかな?」
とびっきりの笑顔でテント内に飛び込んできたマリー・ストークス(まりー・すとーくす)が小首を傾げる。
「いや、問題ないよ。マリーっちは【水害対策調査】だったか?」
「うん。皆の連絡先と差し入れを届けに来たんだよ〜」
そう言って携帯電話とホットドリンク、手作りクッキーを取り出すマリー・ストークス。
「ありがとう、助かる」
「【水害対策遊撃】のメンバーのアドレスまとめて持ってきたぜ!」
「さっさと交換しちゃいましょう!」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)とパートナーリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)も元気よくテントにとび込んできた。
「そうだな。よろしく頼む」
携帯電話とパソコンを並べ、アドレスと電話番号の送受信を行う。作業を行いながら、緑の髪を掻き上げる武神牙竜。
「【水害対策調査】とも連絡してぇんだけど」
「あ、じゃあアドレス交換しよう! メンバーみんなのアドレス送っておくから」
「おぅ、頼むぜ!」
楽しそうな二人を横目に、武来弥がエスペディア龍姫を小突いた。
「騒がしくなってきたようだな」
「どうやら、【水害対策遊撃】の先行メンバーがやってくるようですね」
武来弥の鋭い瞳がテントの外を睨む……。
雨に濡れるコンクリートの屋根に百鬼 那由多(なきり・なゆた)が降り立った。
彼女のパートナーアティナ・テイワズ(あてぃな・ていわず)の操縦する小型飛空挺に乗ってきたのだ。飛空挺は屋上上空を旋回。
「調査開始、です」
百鬼那由多は【隠れ身】を使用し素早く物影に隠れる。
「早く梅雨を終わらせたいところです」
深く息を吐いて耳を澄ます。雨音と共に機械の動作音が耳朶に響いた。
「ちょっと、もっと早く下ろせませんの!?」
「……精一杯です」
「もーちょっと我慢してよっ!」
百鬼那由多は視線を上げる。小型飛空挺が屋上に降り立とうとしていた。
乗っているのは頬を膨らました美少女東重城 亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)と、操縦する青眼の男性菅野 葉月(すがの・はづき)。
菅野葉月のパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)も乗っている。
「お仲間ですか……」
周囲への警戒はそのままに苦笑する百鬼那由多。するともう一つ飛空挺が近づいてきた。
「さーて、なにしよっかなー♪」
楽しげに小型飛空挺を操縦するアクア・ランフォード(あくあ・らんふぉーど)。可愛らしい顔が悪戯っぽく微笑んでいる。
「じ、自分はとにかく調査すべきだと思うであります!」
「とりあえず降りようぜ。このままだとこいつがもたない」
アクア・ランフォードの隣で目をつぶって敬礼するのは比島 真紀(ひしま・まき)。
比島真紀を支えるようにサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が立って赤い瞳を細める。
「思ったより仲間がいるみたいだな」
梯子を昇って屋上に降り立った龍堂 雷(りゅうどう・らい)が金髪を振って辺りを見回す。その背後から津崎 洸(つざき・こう)がやってきた。
「この人数なら大丈夫そうだ。調査もはかどるぜ」
津崎洸は合羽の中に銀髪を押し込めて腕を組んだ。
「皆さんのお手伝いをさせていただきます!」
ふわりと屋上に降り立った草薙 葵(くさなぎ・あおい)が胸に手を当てて言い放つ。
「いっくよ縲怐I」
黒い一本三つ編みを振り乱すてるてる坊主の描かれた段ボールロボット。あーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)は楽しげに足を進めた。
「屋上の怪人物、待ってなさいっ!」
張り切るあーる華野筐子をやや後ろから見守る青い目が光った。なぜか段ボールロボットを着たアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)だ。
百鬼那由多はため息をついた。これだけ騒がしくては、【隠れ身】も無意味だ。視線を下げると、地上からこちらを見上げる視線に気づいた。
東重城亜矢子の契約者バルバラ・ハワード(ばるばら・はわーど)だ。じっと黙ってこちらを見上げている。と同時に、飛空艇の影が差した。
「……私がやるべきは、観察ではなく調査ですね。忘れるところでした」
すっくと立ち上がり、百鬼那由多は調査を再開。物影に隠れながら慎重に進む。
「あっ! ここが怪しいですわ! 行きますわよ葉月、ミーナ」
「待ってください。迂闊に行動すると危険が……」
「あー……行っちゃった」
東重城亜矢子は雨に構わずずんずんと進む。先には倉庫が建っていた。菅野葉月はこめかみを押さえつつ彼女に続く。
その後にミーナ・コーミアがついていく。
「うーん、どこから探そっか?」
「じー、自分は……あのあたりが怪しいと思うでありま、すからしてッ!」
「おい、大丈夫か? 目が虚ろだぜ」
「あのへん……室外機かな? とりあえず行ってみよ!」
比島真紀が足もとをふらつかせながら指す方向へ、水溜まりを蹴って駆け出すアクア・ランフォード。
倒れそうになりながらも比島真紀、サイモン・アームストロングも続く。
「洸、葵。俺達は向こうの室外機を調べに行かないか?」
「賛成だ。草薙さんは?」
「大丈夫です。行きましょう」
龍堂雷を筆頭に津崎洸と草薙葵が進む。合羽の下で草薙葵の束ねた茶髪が揺れた。
「これはもう、真っ正面にどかーんと行くしかないよね!」
もう一体の段ボールロボットを背後に、屋上のほぼ中央に並ぶ貯水タンクに近づくあーる華野筐子。
「さて、私は――」
「那由多さん、怪しいものを発見しましたわ」
百鬼那由多が振り向くと、小型飛空挺から降りるアティナ・テイワズが背後で微笑んでいた。
「アティナ! 本当ですか?」
「ええ……あの貯水タンクの間に」
「行きましょう」
百鬼那由多はあーる華野筐子に続いて慎重に歩を進める。
雨脚は未だ弱まることなく、断続的に降り続いていた……。
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