天御柱学院

リアクション

　少年が捕まったその時、少女はまだ箒でふらふら飛んでいた。
「そこの君、安心して。僕は君の仲間だよ！」
　小さなイルミンスールの少女を見つけたのは、ばっちりイルミンスールの服を着込み、両手を広げたアルフィエル・ノアだった。
「いーやーっ！」
　しかし安心するどころか少女は叫び声をあげ、彼を避けるように飛んで行った。　
「なんでだよっ！？　まさか偽物だって見破られた！？」
　驚いて立ちつくすアルフィエル・ノア。
「もう、いやー！　なんで追いかけられるのーっ！！」
　叫びながら池に程近い森に着いた少女は栗色の毛を振り、木の影に身をひそめた。

「……すみません、雨雲の件に関してお聞かせ願えないでしょうか？」
「ひっ！」
　音もなく少女に近寄った久慈宿儺は、少女の瞳を覗きこんだ。
「急ぎなのでね、強引にでも答えてもらいますよ」
　拳を構える久慈宿儺。少女は頭を抱えて小さくなる。
「あんまり強引にしたらかわいそうよ」
　ゆったりと板東　綾子（ばんどう・りょうこ）が近寄ってきた。その手は武器ではなく傘を携えている。
「ほら傘。綺麗な髪が雨で台無しになっちゃうでしょ？」
　板東綾子が赤い傘をさしてやると、少女が泣きだした。
「ふ、ふえええぇー」
「この子が犯人だとは限らないんだから」
「そうですが……」
　少し迷ってから、久慈宿儺が白い布を取り出した。
「泣かせてしまって、すみません。ハンカチどうぞ」
　少女に代わり、板東綾子が少女の涙を拭う。　
「あなた、名前は？」
「か、甲斐路、くるみ（かいじくるみ）」
　久慈宿儺はこれが好機と問いかける。
「くるみさん、あなたはどうしてこの近辺をうろついていたのですか？」
「くるみは、ただ……」
　ごくり、と涙を飲んで甲斐路くるみが言い放つ。
「氷魔法の練習をしてただけなのー」

「氷魔法の練習？」
　全員で問いかけると、下着一枚になった津田尚がびっくりして身を小さくした。
「そうだよ！　くるみは氷魔法が苦手だ。でも魔法学校のウィザードなのに魔法が使えないなんて恥ずかしい。
だから学校とは関係ない蒼空学園の近くなら、練習にもってこいだと思ったんだ」
「だから僕を見たとき、彼女は逃げたんだね。同じイルミンスール生に見つかったらマズいから」
　納得して頷くアルフィエル・ノア。迷った挙句、人が集まっていた津田尚のもとにやってきたのだった。
「では、梅雨について知っていることはないですか？」
「犯人と知り合いということはないか？」
「正直に答えなさい」
「なにもねぇよ！　知り合いでもねえし！」
　ナターシャ・ホフマンと高月芳樹、アメリア・ストークスの問いかけに頬を膨らめる津田尚。彼らは原因ではないようだ。
　どこか残念そうに、ナターシャ・ホフマンと六本木優希、スティド・ハルパニアが武器を下ろす。津田尚は急いで制服を着た。
「疑って悪かったなぁ」
　近付いてきた東條カガチが軽く頭を下げた。
「でも、怪しい動きをしたあんたも悪い」
「悪かったよ」
　頭を下げてから、津田尚がため息をついた。
「はぁ、ここにきていいことがねぇ。くるみの【氷術】は消えちまうし、持ってきたジュースは空になるし……」
「魔法が、消える？」
「どういうこと？」
「それは本当だ」
　スティド・ハルパニアとアメリア・ストークスが問うと、緋桜ケイが代わりに答えた。
「俺がさっき【氷術】を使ったときも、消えたからな」
「実際にやってみてくれよ」
　東條カガチが提案する。傍らのマリー・ストークスも頷いた。少年は頷いて呪文を唱えた。【氷術】が正体を現したかと思うと、勢いよく上空に飛び出した。
　寮の屋上へ向かっていく……。
「！　これはまさか……」
「尚！」
　一同が驚いていると、久慈宿儺と板東綾子に連れられて甲斐路くるみが走ってきた。
「くるみ！」
　二人は両手を合わせ、再会を喜んだ。
「……ともかく、これでイルミンスール生の疑いは晴れたな」
「この子達は私達が連れて帰ります」
「同じイルミンスール生として、責任持って連れて行くぜ」
　喜ぶ少年少女を背に、緋桜ケイとソア・ウェンボリスが進み出た。
「任せます」
　アルフレッド・スペンサーをはじめその場にいる全員の了承を受け、箒を取り出すと、四人が飛びあがる。
「先程の現象はやはり、屋上の何かが魔法を吸収しているということでしょうか……」
「寮の屋上が、雨を作り出しているんだねきっと」
　ナターシャ・ホフマンの言葉に同調するアルフィエル・ノア。
「連絡しよう！」
「そうだな。武来に連絡だ」
　マリー・ストークスが携帯電話を取り出す。東條カガチが頷く。
　全員の視線が、寮の屋上に注がれた。


「皆さん、得た情報をまとめましょう」
　本郷翔の呼びかけで、学校敷地内で聞き込みをしていたメンバーが集まっていた。
「私が聞いたのは……もともと囁かれている噂がほとんどでしたねぇ」
　シャーロット・マウザーが語る。
「私も大差ないですな。あと、怪しい人影は複数の人が見ているということくらい」
「なるほど……」
　月白葵の言葉に、九条風天が頷いた。
「二つの噂に関しては、私達も皆様と同じようです。しかし、気になることが……」
「気になること？」
　本郷翔の言葉に、首を傾げる渋井誠治。
「妙に養護教諭に関する話題が多いのです」
「あ、それ私も思いました縲怐Bよくいなくなるらしいですねぇ」
「私も。機械が好きだとか」
「やはり、そうですか……」
　シャーロット・マウザーと月白葵の言葉に、九条風天が頷いた。本郷翔は、顔をしかめて腕を組んでいたがやがてすっと顔をあげた。
「もしかしたら、そうかもしれませんね……予想とはだいぶ違いますが、疑わしいことははっきりさせなければなりません」
「そうって、なんだ？」
「武来様に連絡をいたします」
　渋井誠治の疑問には答えず、本郷翔が携帯電話を取り出し、文字を素早く打ち始めた。
　降り続く雨が、抗議の声をかき消した……。