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第3章 歓迎

 夕方ごろには招待客が友人と共に訪れ始める。
 百合園の高潮 津波(たかしお・つなみ)は、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)と一緒に、オレンジ色の『姫百合』の造花を作った。
 また、同じ学校のマリアンマリー・パレット(まりあんまりー・ぱれっと)と、よしの なんちょうくん(よしの・なんちょうくん)も、造花作りをしていたため、一緒に楽しく作成をして校門前に運んだ。
 校門脇の左右に立って、訪れた人達にそれぞれ造花をつけていく。
「あっ……」
 津波は小さな声を上げた。
 対照的に、ナトレアは無言、無表情で近付いてくる少年を見る。
「よぉ! 招待状ありがとな」
 にやりと笑みを浮かべたのは蒼空学園の永夷 零(ながい・ぜろ)だった。
「ごきげんよう」
 パートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)が、百合園生に習い、スカートの裾を持ち丁寧な挨拶をする。
「お越しくださり、ありがとうございます」
 花火観賞会に他校生を招いてもいいと聞いて、津波は零に個人的に『ぜひ来て下さい』と、招待状を送っていたのだ。
「みなさん、楽しんでいってください」
 ルナにはナトレアが姫百合の花をつけて、身体を屈めて微笑みかけながらルナの耳元でこう囁いた。
「パートナーの方が一番大事なのは、わたくしもあなたもおなじですわよね? わたくしたち、誰よりも仲良くいたしましょう? そう、お互いのパートナーを、しっかりと、捕まえておけるように……」
 ルナは目をぱちくりと瞬かせる。
 零には津波が姫百合ではなく――1つだけこっそり作っておいた華蔓草の赤い造花を、何も言わずに付けた。
「サンキュ、じゃまた後で!」
 零はルナの手を引いて、校舎の方に向かっていく。
 彼の後姿をじっと見送る津波に軽く目を向けた後、ナトレアはルナの背に目を向ける。
(彼女が、永夷さんと恋人になれば、津波は元のように、わたくしだけのものになるのですわ……)
「今日は本当によくいらっしゃいました。お楽しみくださいね」
 その間、マリアンマリーはびしびしと来客に花をつけていた。
 彼女達が作った花は、白い『山百合』の造花だった。
 造花はカモミールティーのティーパックと一緒にダンボールに詰められており、ほのかにカモミールの穏やかな匂いがついている。
 なんちょうくんがダンボールから取り出してマリアンマリーに渡し、マリアンマリーは、クールダウンするといいなと思いながら、沢山の客の来場を喜び、笑顔で迎え入れていく。
 津波も再び、姫百合の造花を来場者につけ始める。
 やってきたお客様が、花をみて穏やかな気持ちですごせるように。
 お花が踏みつけられるようなトラブルが起きないように。
 そして、参加した方が「姫百合の花言葉―誇り」を今後も大事にできるように。
 そんな思いを抱きながら、1つ1つ、丁寧に――。

「どうぞっ」
 百合園の遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)は、訪れた女性2人組みに、小さな手で紙を差し出した。
「ありがとうございます」
 蒼空学園のエルミル・フィッツジェラルド(えるみる・ふぃっつじぇらるど)は屈んで遊雲の頭を撫でて受け取った。
「学園ごとのスペースや、迷子センターの場所など記してありますので、1人1部ずつ持っていってくださいね」
 遊雲のパートナーのレイ・ミステイル(れい・みすている)も、エルミルと一緒に訪れたルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)に地図を渡した。
「んーとね、お花と地図だけじゃなくて、ちょうりしつでおかし焼いてるお姉ちゃん達がいるの。だから、上でたくさんおかしももらえると思うよ!」
「それはとても嬉しいです。他にお勧めのお店とかありますか?」
 エルミルが訪ねると、遊雲は地図をじっとみて、カキ氷のお店を指差した。
「ここで、花火が始まるまで、冷たいカキ氷売るんだって。花火終わった後は買えないんだよ。だから早く行った方がいいの! あとこっちでは、焼きそば売ってるの! こっちはアツアツなの!」
 遊雲は一生懸命2人に説明をする。
「ありがとうございます」
 今度はルミーナが優しく微笑んで、遊雲の頭を撫でた。
「お洋服、汚さないよう気をつけて下さいね。混雑していますので、どこかで座って召し上がられた方がいいと思います」
 2人が綺麗な浴衣をまとっていたので、レイは注意を促しておく。
「お気遣いありがとうございます」
「はい、気をつけます」
 エルミルとルミーナはそう返事をして、レイに軽く頭を下げ、遊雲に手を振って校舎の方へと向かっていった。
 遊雲は小さな手をぶんぶん振りながら見送り、レイは遊雲を微笑みながら見守るのだった。
「屋上には、校舎に入り、壁の矢印に従い右側の階段を上っていって下さい。出てすぐの場所に迷子センターがあります」
 生徒会執行部の腕章をつけた百合園の秋月 葵(あきづき・あおい)も、地図を配って丁寧な口調で蒼空学園の少女達に説明をする。
「女の子が多いけど……可愛い子多いわね」
 小谷 愛美(こたに・まなみ)は地図を受け取り、誘ってくれた少女達朝野 未沙(あさの・みさ)朝野 未羅(あさの・みら)に目を向けた。
「うん、男の子もいると、思うけど……」
 言いながら、未沙はちょっと複雑な気持ちだった。親睦を深めたくて未羅と一緒に誘ったけれど、また愛美はここで運命の人を見つけちゃうのかなーと。
「さすが百合園、綺麗な人沢山いるのっ! 早く行くの!」
 未羅は待ちきれない様子で、未沙と愛美の腕をぐいぐい引っ張る。
「お手洗いは本日のみ、2階が男性用となっていますので、他の階をご利用下さい」
 葵のパートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、校舎内の地図を指しながら、そう説明をする。
「一応男性用って紙は貼ってありますけれど、間違えないように気をつけて下さいね」
 葵はそう付け加えた。百合園女学院は男子禁制なので男子専用トイレは存在しないのだ。
「そっか、2階のトイレには自然に男子が集まるのね……でも、トイレ前じゃ運命感じないかも!?」
 愛美が笑い、未沙、未羅も一緒に笑いながら、葵とエレンディラに礼を言って、校舎の方へと歩いていく。

 階段を出て、屋上に足を踏み出すと穏やかな音楽が控え目に流れていた。
「ようこそお越しくださいました……あ、あれ?」
 生徒会執行部の腕章をし、ドレス姿で来客に挨拶をした百合園のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だが、見知った顔に目を瞬かせる。
「あー、えーとお疲れ様」
 目を泳がせたのは、浴衣姿の黒髪黒目の凛々しい顔つきの女性。
「おーほっほっほ! ご苦労様ですわ、ヴァーナー・ヴォネガットさん。おーほっほっほ!」
 並んで現れた女性は、同じく生徒会執行部に所属するロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だ。
「なかなか可愛らしいお姿でしょう? 白い百合が描かれた、薄桃色の浴衣を用意しましたの。おーほっほっほっ!」
「か、可愛らしいとか、いうな」
 隣に立つ女性は僅かに照れながら、ヴァーナに目を向ける。
「警備兵も雇っているから大丈夫だ。何事もなければ、キミも花火を楽しんでいいんだよ、ヴァーナー」
 その声は聞きなれた声。顔も勿論知っている。
「はい、副団長。いえ、優子お姉ちゃん達も楽しんできて下さい」
 ヴァーナーはぺこりとその女性――白百合団副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に頭を下げた。
「勿論、楽しませていただきますわ。有事の際には直ぐに駆けつけられるよう、優子様をお誘いしましたのよ。おーほっほっほっ!」
「こ、こら、引っ張るな」
 ロザリィヌが優子の腕に腕を絡めて引っ張って行く。
 らしくもなく優子はロザリィヌのペースに押され気味だった。