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ヴァイシャリーの夜の華

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ヴァイシャリーの夜の華

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第4章 花火を観ながら

「イルミンスールの森の湧き水で作ったかき氷のようです」
 百合園のセラ・スアレス(せら・すあれす)は、カレンジュレールの屋台で作られたカキ氷を、白百合団の副団長神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に渡した。
「スイカお持ちしました。お召し物を汚さないよう、小さく切りましたけれど食べ難いようでしたらもっと小さくいたします」
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は、小さく切ったスイカを優子とロザリィヌに差し出す。
「ありがとう。キミ達もその可愛らしい紅色と水色の浴衣、汚さないように」
「頂きますわ。おーほっほっほっ!」
「はい。……それにしても」
 フィルは周りを見回してくすりと笑みを浮かべる。
「男性でも女性ものの浴衣を着てらっしゃる方がいますね。百合園は男子禁制で……閉鎖的ですから、こういった時にでも訪れにくい男性もいるのでしょうね」
「よい機会になるといいですね」
「そうだな。でも、次はもっとシックな格好を望む――」
「考えておきますわ。おーほっほっ」
 セラとフィルは微笑みながら可憐な浴衣を着せられた優子の隣の座布団に腰掛けた。
 優子をこの場所――学校関係ナシのスペースに招いたのはセラとフィルだった。
 こうしていると優子は、自分達を含め集まっている浴衣姿の女性達と何も変わらないなと思う。百合園はお嬢様学校といわれていいるけれど、同じ場所にこうして集まったのなら他の学校の私服、浴衣姿の生徒達と何も変わりはしないのだ。
 ……ただ。
 ちらりと優子が目を向けた先を、セラもそれとなく見る。
 ――パラ実席だ。
 優子は時々気にしているであり、あの席にはちょっとアブナイ格好をした男性がいる。
「軽食や飲み物、テーブルの上においておくね」
 ラーフィンドンがテーブルにサンドイッチとジュール類を並べていく。
「ありがとうございます」
 生徒に対してはやや厳しめな口調の優子だが、他校生や一般客にはほぼ丁寧語で接している。
「スイカもテーブルに置いておきますね。サンドイッチ、種類も沢山あって、美味しそうです」
「私はその焼きそばパンを戴くわ。ホント、美味しそう」
 そう言って手を伸ばしたフィルとセラに、
「焼きそばパンは、百合園の人から焼きそばを分けてもらって作ったんだよ」
 と、ラーフィンが説明をする。
「あたしも貰っていい? 卵のサンドイッチがいいなー」
 来客の案内を終えたが現れて、サンドイッチの中から卵のサンドイッチを選ぶ。
「葵ちゃん。お疲れ様でした。」
 エレンディラが、サンドイッチを手に嬉しそうに腰かけた葵に、グラスを差し出した。
「はい。冷たいお茶をどうぞ」
「ありがとー。お疲れさま!」
「そろそろ、始まりますね」
 自分の分の飲み物もとって、微笑む葵の隣にエレンディラも腰掛けた。
「肉が入ってるサンドイッチ食いたい〜」
「スイカちょうだいー!」
 若者達が次々に飲食物に手を伸ばしていく。
 若者達は所属学校関係なく、自然にほのぼのと会話をしながら、その時間を迎えた――。

パン
パパン
パパパン

 最初の花火が空に美しい花を咲かせた。
 百合園女学院の屋上に集まっていた人々が一斉に空に目を向けた。
 続いて空に描かれたのは、赤、白、黄色の光の花。
 暗い夜の空に一瞬だけ輝く可憐な花々だ。

「皆さんの浴衣姿も綺麗ですが、ふふ、リアさんの甚平姿もキュートですね。眼福です」
「ほ、褒めても何も出ないぞっ」
 明智 珠輝(あけち・たまき)に褒められたリア・ヴェリー(りあ・べりー)は、顔を赤く染めた。
 そして、
「珠輝は……相変わらず派手だな」
 と、苦笑する。
 珠輝は黒地に赤薔薇の派手な浴衣、リアはグレーのシンプルな甚平姿だった。
 まけじと、派手に明るく空に花が咲いた。
 今度は仕掛け花火だった。
 一斉に咲いた6つの花には特徴があった。
 薔薇、百合、ひまわり、コスモス、紫陽花――残り1つの花はなんだか分からなかった。
「各学校をイメージした花です」
「へぇぇ……これ珠輝の提案なのか」
 感心するリアの後方から、女の子の小さな声が響いた。
「情熱的、純愛、熱愛、調和、元気な女性……」
 振り向くと、彼女はにこっと微笑んだ。
「知っている花でしたので、思いついた花言葉を言ってみました」
 ぺこりと頭を下げた後、彼女はパートナーの の方へと歩いていった。
「花言葉か……っと、準備してて腹減ってるだろう。ほら、これ食べれば」
 それまで1人で食べていたケーキにマドレーヌ、サンドイッチを入れた袋を珠輝に渡す。
「ありがとうございます。ふふ」
 夜と花火の光の中。艶やか浴衣を纏った珠輝の含み笑いは、いつにも増して妖艶だった。

 ルナはぱたぱたとに歩み寄り、じっと胸に飾られた赤い花を見る。
「ん?」
 視線に気付いた零の胸を指差して、こう言葉を発した。
「あなたに従います」
パパン
パパパン
 空にまた、赤い大きな花が咲いた……。

 気付けばこの付近だけ流れている音楽の音が大きい。
 テーブルの下にレコーダーが置いてあるようだ。
 イルミンスールのシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)は、大好きな人とこの場にいられること。こうして花火が見られることをとても嬉しく感じていた。
 手は彼――蒼空学園の渋井 誠治(しぶい・せいじ)と繋がれており、このまま肩を寄せて寄りかかりたいな、と思う。だけど。
 目に入る彼の姿に思わず笑ってしまう。
 百合園女学院で観賞と聞いた誠治は、百合園に入るには女装をしなければならないと思いこみ、シャーロットとお揃いの浴衣を用意し羽織っているのだ。
「おおっ、空中でまた弾けた。綺麗だなー!」
 最初は恥ずかしげだったけれど、今ではすっかり慣れてしまい、誠治は周りにいる人々とも楽しげに会話をしている。
「あっ」
 突如、シャーロットの髪からリボンが解けた。
 ふわりと飛んだリボンは地上へと落ちていってしまう。
 シャーロットと誠治は、柵に近付いて地上を見下ろすも暗くてよくわからない。
「風、強くないのに変に飛ばされたよな。それだけ熱気が凄いってことだろうな」
 シャーロットは一方に軽く目を向けた後、誠治の言葉に頷いた。
「一緒にとりに行ってくださいますかぁ〜」
「勿論!」
 2人は、手を繋いで階段の方へ向かっていく。
 ――光学迷彩を解き2人の後姿を、柵の傍で教導団の佐野 亮司(さの・りょうじ)は見送った。
「いってらっしゃい」
 音楽も、リボンを解いて落としたのも――。
 友人と思っている2人に、デートを楽しんでもらいたくて亮司が2人に秘密で行なった行為だ。
 尤も、シャーロットには気付かれてしまったようだが。

「あっ! 学校名の仕掛け花火です」
 蒼空学園の席で、紅茶を配りながらテレサが声を上げた。
 空に浮かんだ6つの言葉。それは、蒼空学園、イルミンスール魔法学校、シャンバラ教導団、百合園女学院、薔薇の学舎……そして、波羅蜜多実業高等学校。
「こんな風にずっと名前を連ねていられたらいいですね」
 テレサから紙コップを受け取りながら優斗がそう言う。
「どうぞ」
 複雑そうな表情で、アイナもテレサから紅茶を受け取った。
 ちらりと後に目を向ければ、隼人環菜に、椅子が硬いだの、見え難いから踏み台になれだの、煎餅が食べたいだの、我がまま言われ放題、こき使われまくっていた。……殴る必要はないようだ。
「どうぞ」
 少し後方に避難していた蒼空学園の葛葉 翔(くずのは・しょう)にも、テレサは紅茶を差し出した。
「ありがとう」
 翔は受け取って、コップに口を近づける。良い香りのする紅茶だった。
 一口飲んで、歓声の上がる周囲を見回す。
「また来年も変わりなく、全ての学園の人々が集い、全ての名前が光り輝きますように」
 消えていく花火を見ながら、テレサが目を細めて願う。
 翔は首を軽く縦に振った。
「それがここの校長の願いでもある。俺もその手伝いをしたい」
 少女が多い席――百合園生達のスペースに、桜井静香の姿がちらりと見える。
 まだきちんと会話をしたことはないが、翔は静香のファンだった。
 百合園席にいる静香もまた満面の笑顔を浮かべているようだった。
 空に浮かんだ6つの学校の名前を見て。
 その様子、皆の喜びを見て、翔も密かに微笑んだ。
 花火設置を手伝い、学校名の仕掛け花火を依頼したのは翔だから――。