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ヴァイシャリーの夜の華

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ヴァイシャリーの夜の華

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○    ○    ○    ○


 百合園女学院の校長桜井静香(さくらい・しずか)の元には、各学校から挨拶に訪れる者も多く、また静香自身も時々挨拶に回っていたため、静香達はなかなかゆっくり観賞というわけにはいかなかった。
 それでも最後が近付く頃には、訪れる者もなくなり学院の生徒や、親しい者達と落ち着いて花火を観賞していた。
「あの……静香さまの他校の皆さんとの事を心配する気持ち、凄くよく分かります」
 ずっと傍についていた悠希が、静香に小さな声で語りかける。
「なので……この催しは素晴らしいと思います。でも……まだまだ皆が分かり合えるまで時間がかかるかもですね」
 ここに集まった人達は友好的な人達で。
 集まらなかった人達の中にこそ、蟠りを持った人がいるはずだから。
「大丈夫、皆仲良くできるよ」
 静香はにっこり微笑んだ。
 悠希はその微笑みを眩しそうに見ながら、頷いて言葉を続ける。
「その時まで……争いは嫌でも、静香さまを守れるナイトとしてボク……頑張ります」
 瞬間、夜空に光が瞬いた。
 赤と白の光が描いたのは文字だった。
『静香さまのナイトより』
「あっ」
 悠希は小さな声を上げて、真っ赤になる。
 勿論、この言葉は花火設置を手伝った代わりに悠希が依頼した言葉だ。絶好のタイミングというか、最悪のタイミングというか……。
「ありがと、悠希さん」
 静香は少しだけ思いを巡らせた後、悠希に目を向け優しい笑みを見せた。
「僕も校長らしく、皆のシアワセを守れるように、ならないと、ね……うん」
 悠希は真っ赤な顔で俯きながら頷いた。
「見て、うさぎさん!」
 小さな女の子の声に、静香や皆が目を向けた。
 浮かび上がったいるのは、白いうさぎ。赤いリボンを耳に結んでいる。
「可愛らしいですわね」
 百合園女学院の生徒達にも好評で、皆の顔に微笑みが広がった。
 ふと、1人の女性が振り向いた。
 微笑む人々と、喜びの声を上げる小さな女の子が女性の目に入る。
 少しだけ着飾っている子や、浴衣姿の男女も。
 辛い表情を浮かべている人も、怒っている人も誰一人おらず。
 辺りには明るくて優しい空気が流れていた。
「空に、文字やうさぎを魔法以外で描けるとは不思議なものだな」
 カキ氷を片手に、女の子が不思議そうに仕掛け花火を見ている。
 ……カキ氷屋をやっていたジュレールだ。
「人の力って凄いよね!」
 お揃いの浴衣姿のカレンは無邪気な笑みを浮かべている。
 店を畳んで、2人並んで腰かけて、夜空に浮かぶ光の模様をのんびり観賞していた。
ドン
 音に、振り向いていた女性――は再び花火に目を戻す。
 蛍の顔も微笑みに包まれていく。
「花火大会って、良いものですねぇ〜……」
 柵に近付いて手をついて、自分が提案したうさぎの仕掛け花火と、空に浮かんだ美しい花に目を細め――そして、何よりも人々の喜びの声に感動を覚えた。

○    ○    ○    ○


「素敵ですわ……」
 シルフェノワールは思わず声を漏らした。
 下方から見ても、花火は丸い。
 遠くから見ている人と同じ形に見えるのだ。
 空に咲く、美しい光の華。
 この場所にはちらちらとその光さえ降り注いでいる。
「少し煩いですけれど、我慢するだけの価値はありますわ」
 その光をもっと浴びたくなって、シルフェノワールは立ち上がり、少しだけ花火に近付いた。
 携帯電話を切って、ルカルカも、発射台の方に目を向ける。
「次の3発が終わった後に、例の花火ね」
「そうだな、成功するといいが」
 隣に座るダリルが目を向けた先に、共に花火設置を手伝った人物が依頼した仕掛け花火がある。
パン パン パン
 大きな音が響き、辺りに光が飛び散る。
 ルカルカ達は準備だけではなく、打上げも手伝っていた。
 丸太の上だけれど、ここは特等席だ。花火の直ぐ近くで、打ち上げられる数々の花火を見ていた。
 2人が提案した水上花火の打上げも、もうすぐだ。
「来年も一緒にこようね」
 近くの屋台で買った林檎飴を食べながら、ルカルカがそう言うと、ダリルは彼女の頭に大きな手を置いて、そっと撫でた。
「あぁ、来年も来たいものだ」

 リボンを追いかけて、百合園女学院の校舎の外へ出たシャーロット誠治は、植え込みの上に落ちていたリボンを無事、回収した。
 シャーロットがリボンを結んでいる隙に、誠治はルカルカと連絡をとった。
「あのあたりなら花火見えそうだ!」
 誠治はシャーロットの腕を引いて、庭を歩いた。
 3連発の花火が空に大きな花を描いた後。
 点火の音が響き渡り、また1つ空に文字が浮かび上がる――。
『シャロ 好きだ』
「あの花火がオレの気持ちだ!」
 刻まれた言葉と声に驚きながら、シャーロットが誠治を見上げる。
「えっと……あ、わ、私もですぅ……」
 しどろもどろになりながら、シャーロットはそう言葉を発した後、赤くなって俯いた。
「で、でも、普通の格好だったら、もっと嬉しかったですぅ」
 そう言って、シャーロットは顔を上げ、お揃いの浴衣を着た誠治と共に満面の笑みで笑い合った。

「うーん、美味しいわぁ〜」
 百合園のオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、ジェラートを食べながら、空を見上げる。
パンパパン
 浮かぶ空の花々も本当に美しく、光が水に溶けるように消えていく様子も綺麗だった。
 船尾でオールを操り、船を漕ぐ街の壮年男性が舟歌を口ずさんでいる。
 オリヴィアはゴンドラに乗って、パートナーの桐生 円(きりゅう・まどか)と共に花火を楽しんでいた。
 街のライトアップは2人の提案だった。百合園女学院に要人が訪れることを知り、市民に呼びかけてヴァイシャリーのアピールに繋げたのだった。
 ゴンドラ1つ1つにも、ランタンが装着されている。百合園女学院の屋上からでもゴンドラの動きが見えるだろう。
「マスター、ジュースも飲まれますか?」
「飲むわぁ〜]
 円が瓶を持ち上げると、オリヴィアはグラスを手にとった。
 円は赤い色のジュースを注ぐ。
 トマトジュースではなくて、これはオレンジジュースだ。ヴァイシャリー近くの農村で栽培した赤い実のオレンジから作ったものだ。
 ビスコッティの詰め合わせと共に、学院にも何本か送ってある。
 シューッという音と共に、水の上に火柱が上がる。
 ルカルカダリルが提案した、水上花火だ。
 色は6色……6つの学校を現している。
「わぁ〜」
「綺麗ですね……」
 オリヴィアと円はゴンドラの上でゆっくりと花火を楽しむのだった。

 ジンベエを纏ったてると浴衣姿のグレーテルは、百合園女学院から近い、湖の辺に出ていた。
 花火が良く見える場所は、観客で酷く混雑しているが、花火の方向ではないこの辺りには人の姿はなかった。
 後を振り返れば、ヴァイシャリーの美しい夜景が見えて。
 水路や湖に浮かぶ、ゴンドラにもライトが取り付けられ輝いていた。
 この場所からは全ての花火が見えるわけではないが――。
 花火設置の手伝いを行なったてるが依頼した花火は、この位置から見えるはずだ。
 桃色を基調とした明めな浴衣を纏ったグレーテルをエスコートし、てるはその花火が見える位置へと誘う。
 グレーテルがそっと首を捻って空を見上げる。
 てるの目に、彼女の白いうなじが目に入る。今日は何時にも増して、グレーテルは艶やかだった。
パン
「わぁ……っ」
 空に広がった光に、グレーテルは小さな声を上げた。
 それは、大きな大きなアジサイだった。
 てるは彼女の髪に手を伸ばし、アジサイのかんざしを挿す。
「グレーテルにはいつも世話になってるから、たまにはこういうサプライズもいいよな」
「あ、ありがとう、わ、私……っ」
 花火の音が響いている。
 グレーテルは緊張のあまり震える手を握り締めた。

ドン
ドドン
パン
パパン
パパパン

 ヴァイシャリーの夜空に、最後の花火が咲き乱れる。
 人々は飲食や会話を止めて、空の花々に見入っていた。
 歓声が上がり、最後の光が消えた後、大きな拍手が街中から沸きあがった――。