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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―

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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―
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ずっと手を繋いで

 男性しか入ることの許されない薔薇の学舎。そして選ばれた者しか入ることの許されないルドルフの薔薇園……サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)の見送りでやってきたカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)は、薔薇学生徒であり、かつ前回の参加者ということで特別に薔薇園内の各エリア入り口まで見送りを許可されるが、それでも2人の警備係に挟まれてやっと薔薇園の敷地へ入ることが出来たほどだ。
「あらあら、どうせだったら可愛い男の子が良かったわね」
 ウインクしてみるも靡く様子の見せない警備係をつまらなく思い、弟のアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)の腕に抱きついて耳打ちをしてみる。
「デートだからって、サトゥが嫌がるような事をしたら………解ってるわよね?」
「あぁ……」
 薔薇園が見えてくるとすぐにでも解放されると思っていたアルカナは、まさか薔薇園内まで姉が一緒に来るとは思わず既に疲れ切った顔色をしている。前回は恐れている姉に弄り倒され、今日こそはと少しの希望を抱き楽しみにしていたのに最後の最後まで精神力を奪い取ろうというのか。
 あくまで規則というのを建前に厄介払いをしようと思っていたのに、サトゥが少し残念そうな顔をするものだから、結局警備係にギリギリの所までの同行を交渉してしまう始末。
 カーリーから不穏な空気を感じたのかはアルカナにしかわからないが、懸命な説得により3人揃って仲良くエリアの入り口へ向かうこととなった。
(あと、少しだ……! もうすぐ悪魔から解放される!)
「アルー、お土産期待してるからね?」
 どこか釘を刺すかのような微笑みに無言で頷くと、やっと腕から離れてくれた。
「それじゃあ、いってきます!」
「サトゥ、存分に楽しんでらっしゃい」
 元気よく薔薇園の中に入っていく2人を見送り、カーリーは再び門まで送られる。
(今日は2人でゆっくりしてくるだろうし……アルの部屋でも掃除しておいてあげようかしら)
 本人を弄るのが飽きたらしい彼女は、ウキウキと今日の予定を考える。それがまた弟の心に深い傷を残すことになることを知ってか知らずか、自分好みの可愛らしい部屋に模様替えをしようと試みる。
 最も、部屋として存在出来ているかどうかは――彼女のプライドを守るためにも伏せておこう。
 薔薇の中で定番のイメージを持たれているのか、はたまたその花言葉にあやかっているのか。2日目の今日も赤エリアは大盛況だった。中には1日目に顔を出していた面々もいるようで、違った楽しみ方をしようとその行動は様々だ。
 そんな中で、おどおどと周りの様子を伺う人物がいた。薔薇の学舎の制服に身を包み、おずおずと参加者の顔色を伺っている姿は、まるで新入生そのもの。この彼が、普段はマント1枚で派手な仮面をつけている変熊 仮面(へんくま・かめん)だと誰が思うだろうか。
 誰かに声をかけてみようかと口を開いては噤み、中々輪に混じれない様子を見かねた瑞江 響(みずえ・ひびき)は、彼の席を用意してから声をかける。
「もしかして1人かい? よかったら俺たちと一緒にどうだ」
 その指さす方向には、少しだけ機嫌の悪そうなアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が座っているのだが、響に「いいよな?」と頼むような視線を送られて笑顔で迎え入れる。
「こういうのは、たくさんの方が盛り上がるからな。1人なんてつまらないだろ?」
「あ、ありがとう……」
 緊張しながら椅子に腰掛けるも、何を話せばいいものかわからない。マナーは一通りわかるので不快にはさせないだろうが、もし自分が変熊だとバレてしまったら2人はどんな態度をするだろうか。
「そういえば、まだ名前を聞いて無かったな。俺は瑞江 響。で、こっちがアイザック・スコット」
 どうも、と頭を下げて変熊は汗のかいた手のひらを握りしめる。運命のときは、すぐに訪れてしまった。
「へ、へん……くま…………です」
「え?」
「あ、いや! ヘンリー熊田だ、よろしく!」
 慌てて偽名を名乗ることにしたものの、何となく心が痛む。もう少し打ち解けられたら話せるだろうか、こうしてお茶会にやってきた理由も、自分の本当の名も……。
「しかしヘンリー、貴様は器用だな。その制服、裏表だろ?」
 よくボタンを止められたなと変なところで感心するアイザックに、まさか入学してからまともに制服を着たことがほとんどないと言えるわけもなく、愛想笑いを浮かべることしか出来ない。
「あ、はは……流行の最先端を狙ってみたけど、難しい、よね」
 いつもの偉そうな口ぶりを押さえて、近くの木陰で手早く着替えると辺りに霧が立ちこめてきた。
「さっきまでいい天気だったのに、勿体ないな……」
 響が残念そうに口にすると、周囲でお茶を楽しんでいた人に異変が起き始める……ようにも見えた。
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)カシス・リリット(かしす・りりっと)は、さすが正妻公認の内妻とあって仲睦まじい様子は他の参加者と比較しようがない。2人がいるテーブルは、まるで結界でも張られているかのごとく近寄ることが出来なかった。
「ほら、カシス。スコーンついてる……うん、これも美味しいね」
 言うが早いか唇で取られてしまい、いくら人目を気にしなくても良いお茶会だとは言えカシスは恥ずかしそうに頬を拭う。
「ばっ……! 食べ終わってから取るつもりだったんだよ! どうせまた付けるだろうし」
「いくらでもとってあげるけど?」
「だから、まとめて1回でいいんだよっ!」
 照れ隠しのように黙々と食べ続けるカシスを見て、ヴィナは微笑ましげに目を細める。
「1度きりなんて、寂しすぎるな」
「ヴィナ?」
 スコーンが付いていようともいなくとも、唇の端を掠めるように口づけを繰り返してカシスに想いを伝えていく。この温もりが心まで届くように何度も軽く、時に深く――。
「ヴィ、ナ……なに、して……んっ」
 薔薇の学舎の中では、確かに珍しくはないのかもしれない。だからといってどうどうと学舎内でくっついていられるかと言えば、パートナーもいるし学生としての規則もあるのでそうはいかない。寮に戻っても、ヴィナは奥さんへ電話をしたりしているから中々部屋に行くことも出来ず、2人きりでいられる今は貴重な時間だ。
(だからってこんな、たくさんの人が見てる前で……!)
 確かに霧が立ちこめて見えづらくはなっているかもしれない。けれど、薄ぼんやりとしか見えないシルエットが、余計にこちらを見ているようにも見えて、僅かながらの抵抗を見せるように押し返す。心のどこかで期待していたのか、その弱々しいものに効果はあまりなく、それはヴィナに縋り付くような形になるだけだ。
「カシス、俺の我が儘を聞いてくれるか?」
 久しぶりの口づけに酔いしれながらヴィナを見れば、にっこりと微笑んで手のひらに小箱を置かれる。
「……なに?」
 これと、我が儘とがどう結びつくのだろう。ぼんやりとした頭で箱を開けば、一見シンプルな中に緑の輝き。カシスの誕生石であるエメラルドが埋め込まれているリングが収まっていた。思いもよらぬ物が飛び出て来たので、カシスは自分の目を疑う。
「カシスに正式な求婚してないから。受け取ってもらえるかな」
「受け取るも何も、俺は内妻で……こういうのは、彼女にあげた方が」
 本当は凄く嬉しい。けれど、認めてもらっているとは言え全く劣等感がないわけではない。自分は2番目で、男である以上世継ぎを作ってやることも出来なくて。地球で待っている奥さんには子供だっているのに、自分には何が出来るのだろう。
 箱を閉じようとした手を掴み、ヴィナは祈るようにその手のひらへと口づけた。
「……確かに二人目だけど、カシスを愛している気持ちに偽りはない。どちらも大事なら、俺は両方選びたい」
 手のひらに残る温もりは、懇願の印。それとともに真っ直ぐな瞳で捕らえられては、痛いくらいにヴィナの想いは伝わってくる。遊んでいそうな見た目とは裏腹に、真面目な性格も十分過ぎるほど知っている。そんな彼の言葉を疑う必要はない。
「本当に、俺がもらっていいのか?」
「カシスのために用意させたんだ、当たり前だろ? 愛してるよ、カシス」
 掴んでいる手に指を絡め、不安そうな顔はやがて恥ずかしそうな顔へと変わる。それに安堵したヴィナが幸せそうに誓いのキスを贈り、なに1つ問題のない風景に思えたのだが。
(濃紅の内気、それとも黄色の嫉妬か――どちらにしても、良い作用をもたらしているなら問題ないんだが)
 辺りに広がる魔力の気配を探ってみても、特定は出来ない。ルドルフは1番参加者の多い赤エリアに来たものの、想像以上の状態に冷や汗が伝う。
「魔力が……混ざっている」
 防犯装置のように、その場のエネルギーを増加するだけならば混ざることはない。よって、どのような症状が出るか事前にわかるので対処の仕方もそれぞれに異なり、どのエリアを優先するかなど作戦をたてられる。
 しかし今回は、こちら側が仕掛けた物ではない。雫が霧となり、そのエリアの魔力を吸い……そして、他のエリアと連鎖するかのように霧が混ざり合ってしまった。もはや、どのエリア効果が参加者を襲うのかはわからない。
 その上視界が悪い以上、地道な作業になることは明白だった。
 霧の発達ピークは過ぎたのか次第に視界は開けてくるが、それでも混沌とした魔力の渦が消えることはない。元々薔薇園に関する謎を解こうとしていた黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)にとっては、それが普通の物ではなく自分たちが探し求める答えのヒントになるのだと推測していた。
「しかし、その発生源が何であるか……」
 普段より大胆だったり感情的だったりする相手に驚く参加者の声が聞こえるが、知人ならともかく初対面の参加者の異変など気付いてやれるはずもない。
「この感じ、トラップだとしたら厄介だね」
(事前に聞いていた特性付与というより……全てをさらけ出したくなるような感じだ)
 怪しげな霧と、むせかえる薔薇の香りから身を守るように口を手で覆う。こんな抵抗がいつまで続くかは分からないが、原因を突き止めれば愛の雫について確かな情報も手に入るだろう。
「素直や勇気、ね。君はどんな効果だと思う?」
 噂はあくまで噂。自分の目で確かめるまでは信憑性に欠けてしまう。何よりこの飽くなき知的好奇心を刺激したものを放っておくことなど出来るわけがなく、苦痛と闘いながらも歩みを止めることはなかった。
「……噂の効果と校長か。そのヒントだと素直だと思うが」
「――君もか」
 校長が素直にしたい人物。薔薇の学舎内だけで限定すれば、たった1人しか思いつかない。パートナーのラドゥだ。
「あの2人に必要かどうかはさておき、まずは霧の濃い方へ向かおう。何かしら残されているかもしれない」
 そのとき、霧の向こう側から見知った姿が現れた。このお茶会を主催するルドルフだ。
「君たちは……まだ平気そうだね」
「おかげさまでね。これが噂の防犯装置かい? 滅多とない機会だから、色々調べてみたいことがあったのだけどね」
 情報が少ない今、当人が出てきてくれるなら話は早い。少しの間ルドルフは悩み、そして導いた策が最善だと考えたのだろう。
「参加者に頼むのは忍びないんだが……1つ、頼まれてはくれないか」