校長室
薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―
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静かな愛と熱い契り そんなことになっているとは露知らず。友情を確かめ合ったり初々しいデートをしたりと自分たちのことで忙しい参加者たち。 前回は1人きりや片思いなどが多かったのに対し、今回はほとんどがカップル。片思いでも思い人と来られるという幸せな人が多い。 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)とオウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)の場合はオウガの片思いだったりするのだが、主に恋人がいることも理解しているため、物悲しい空気はない。けれども、ラルクから飛んでくる真っ直ぐな家族愛は、たまにオウガを苦しませるのかもしれない。 「そういやオウガってよ……英霊なんだよな? 有名なのか?」 体格の大きな2人は、用意された椅子とテーブルでは小さすぎるため、シートとテーブルを借りてメイン広場の隅を陣取っていた。お茶会と言うよりもピクニックと呼べるような豪快な食べっぷりに、配膳係も大変だ。 「私が有名か……ですか? そんなに有名では無いと思いますよ?」 「そうなのか、まぁオウガの価値はそんなもんじゃ決まらないしな!」 契約したはいいものの、相手のことを全くもって知らないラルクは少しだけ不安だった。もし有名な奴ならばそれなりの持て成しをするんだろうかとか、好き嫌いの問題ではなく活躍した時代くらいは勉強してやるべきかと色々考えていたのだ。 これから仲間としてやっていくのだから、最低限のことは知りたいが無理矢理聞き出したくはない。迷ったあげくの直球勝負だったが、全ては杞憂に終わったようだ。 「じゃあ……オウガってどんな奴が好きなんだ?」 (鈍い人って羨ましいですね。私も人のこと言えませんが) 最近出来たらしい年上の恋人にゾッコンだからか、ラルクはこの質問をしているだけで頬が緩んでいる。本来なら自分の話をしつつ君はどうですかと尋ね返して会話を盛り上げるのかもしれない。けれども、散々話は聞かされているし、わざわざ自分から傷つきに行くような話題を踏みたくはない。 「ん? 好きな人ですか? そうですねー……」 (私の好みは筋肉質で豪傑で明るい男ですと答えたら、どんな反応をするんでしょうね……はぁ) きっと自分とは気がつかずに、頑張れと言うんだろうと思いつつ、当たり障りのない答えを返す。その表情はにこにこと笑っているから、きっとオウガにも幸せが訪れることを願っているんだろう。 「へぇーそうなのかー見つかるといいな!」 「ええ、見つかればいいんですけどね。きっと難しいです……ほらほら、お茶が冷めてしまいますよ?」 (優しい分、残酷な人です。恋人いるようですし諦めてますけどね) いつまでも続きそうな恋愛話にピリオドを打つように、紅茶やお菓子の方へと話題を逸らす。今は、こうして並んでゆっくりお茶が出来ることが幸せだ。 「なぁ、オウガ。おまえに恋人が出来たらの話なんだが」 (またですか……) この話題からは逃れられないのかと諦めて溜め息を吐くと、ラルクは少し困った顔をする。 「俺はオウガを手放す気はないんだが、嫌なら言ってくれてもいいんだぜ?」 「急に、何の話ですか」 大事な部分が抜けていて、伝わらないその言葉。紅茶のおかわりを貰いながら、続きを待っていると、差し出される拳。 「互いに人生のパートナーが出来たとしても、依頼はオウガとやってみたい。だから手放す気はないぜ」 「買いかぶりすぎですよ、私が人並み程度の力しかないのをご存じでしょう?」 「それでも、だ。まぁ、これからもよろしく頼むわ。」 観念したかのように、自分の拳もトンっと合わせると、オウガは表情を隠すように眼鏡をかけなおした。 自分の思いと違っても、頼られるのは悪くない。 「こちらこそ、よろしく頼みますよ?」 (やっぱり恋人がいいだなんて、悲しいこと言わないでくださいね) そんな風に願いながら、自分より小さく若い主を慕い続けるのだろう。好きになったら負けとは言うが、幸せそうな顔を肴にお茶会というのも悪くはない。1つでも特別視してくれるものがあったことに喜びを噛みしめつつ、オウガは穏やかな気持ちで1日を過ごすのだった。 そんなまったりとお茶会を楽しむペアもいれば、薔薇園をゆっくり見て回る者もいるのだが、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)とフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)は、どちらかというと薔薇園という巨大迷路をクリアすることが目的のようだ。 なぜだか友人に背中を押されたり、売り言葉に買い言葉状態で参加したという2人。そんなスタートで楽しめるのかと思えば、意外にも大丈夫なようだ。 「次はドッチに曲がったらイイと思う?」 巨大迷路を攻略しようと地図を参に考歩き続けてきたが、よく見れば地図に載っていない細い路地があり「隠し通路〜♪」とサミュエルがはしゃぐ中、フリッツは頭を悩ませていた。そもそも方向音痴だというのに迷路がやりたいというのが無茶なお願いだろう。 「白薔薇の方だと言っていたが……こちらか」 薔薇園に来るまでは、何が行われているのか知らなかった2人。参加者が男性ばかりなのは薔薇の学舎だからだろうと思って中に入ると、それが理由とも思えず……また、ジェイダス校長が貴重な物を隠していると聞いてフリッツは黒い笑顔を浮かべる。 (あのジェイダスが隠すような物、見つけ出さないわけにいかないだろう) 余程のことがあったのか、一方的に嫌っているのかはわからないが、参加のついでに弱みを握れるのなら、それだけで参加した理由はあるというもの。記されていない細道を地図に書き込みながら進んで行くと、後ろから袖を引っ張られた。 「手、繋ごうゼ」 最初はあまり乗り気ではなかったフリッツは、サミュエルに合わせて歩いてくれていた。なのに、ジェイダスの隠し物の噂を度々耳にして確信めいたものになってくると、自然と足が速まっていったので方向音痴のサミュエルは置いて行かれるのではないかと思ったのだ。 「……まあ、今日くらいは構わん」 どうやら、今回の趣旨はそういうイベントらしいとなんとなく理解出来てしまったので抵抗もとくにない。強いて言うなら、2人の長身を活かしても迷路を攻略出来ないと言うのが誤算だったので仕方のないことだ。 (最終手段として、サミュを肩車する気でいたのだが……この視界ではな) 2mを超える大男2人が肩車をすれば、普通の迷路など答えが丸見えだろう。けれど、その作戦を知っていたかのように幾分か収まってきた薄い霧が行く手を阻む。 「これカラも任務でいろんなダンジョンへ行くんだろうケド、とりあえず俺に許可なしに死んだりするなヨー」 大切な仲間は、誰1人だって失いたくない。そんな気持ちをこめて視線を送れば、呆れ顔で片眼鏡に手をかける。 「我がそう簡単に倒れるとお思いかな」 「まぁそうだナ。じゃあフリッツ、嫁に来い!」 どこがどう繋がって嫁に来いと言っているのかわからない上に、彼がそのようなことを言うことは珍しくない。フリッツのこめかみがピクリと動き、一呼吸置いて冷静に返事を返す。 「サミュ、我は嫉妬深いのだ。卿は他の人間にも随分沢山同じような事を言ってるってのに、我の頭の血管をぶち切れさせるつもりかね?」 「……まぁ冗談だがナ」 (半分くらいは本気だったケド、他のヒトに言わなきゃなってくれるのカネ) そもそも、自分は団長も仲間もみんな大切で、その愛情表現として言っている。その中で誰が特別だと自覚しない限りは、たった1人に言葉を紡ぐことは難しいだろう。 「ま、冗談なら良いさ」 (たくさんの人を愛せるのは美徳だろうが……自然体のままのサミュを受け入れるには、我は心が狭すぎるのだろうな) 普段は女性しか意識しないのに、性別の枠を超えてサミュエルのことが気にかかっていても、鈍感な彼には伝わらないだろうし、伝えるつもりもない。今はまだ、互いの感情より自分自身に向き合うべきだと思うからだ。 「――っ!」 そう考え込んでいると、不意打ちのような頬へのキス。またそういうことを……とゲンナリするが、彼が言葉以上の態度で示すことなどあっただろうか。 「フリッツには、感謝してるヨ」 頬へのキスは、厚意の証。にこにこと微笑むサミュエルに、フリッツは降参の溜め息を吐くのだった。 他にも、休憩所とは別のところで小さなティーパーティを開く参加者もいた。折りたたみのテーブルセットを取り出し、手作りクッキーやお茶を入れて、見知った顔だけのお茶会は心和むことだろう。ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)は、作ってきたものが次々となくなる様を見て、にこにこと微笑んでいる。 昔、同じ戦場にいたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)も、久しぶりに飲めるディオロスのお茶を堪能していた。 「さってと! お腹もいっぱいになったし、雫探しにいこうよ!」 パートナーであるエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、なにやら弟と話しがあると言っていたので、わざとらしくならないようにディオロスを誘い出す。その理由が無かったとしても、何千年も1人で探し続けていた人に会えたのだ。落ち着いていられるわけもない。 「ええ、この手入れの行き届いた庭園を歩くのも良いですね」 いってきますと席を立つ2人をパートナーが見送り、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)も席を立つ。 「折角来たんだ、俺たちも行ってみるか?」 お互いのパートナー同士を遊ばせて、エースとエルシュの兄弟は仲良く薔薇園の奥地へ向かう。真っ白な薔薇が欲しいというエースのため、のんびりとエルシュは付き合うことにするが、人が多いだろうそこを選んだのは失敗だったと責める顔が容易に思いついた。 「改めて……入学おめでとう、兄さん」 「ありがとう、エルシュの薦める通り良さそうな学校だな」 創設者のジェイダス校長の話、そして一般生徒から選ばれる可能性もあるイエニチェリの制度。エリート校に通いたかったエースにとって、薔薇の学舎は申し分のない学校だった。 「気に入ったなら何よりだ。その制服も、似合ってるしね」 突然のエルシュからのキスに驚いていると、分かれ道の目印のような木に身体を押さえつけられてしまい身動きがとれない。罵声を浴びせようにも呼吸すらままならないくらいに深く舌を絡め取られてしまえば、抵抗など出来なくなってしまう。 軽い酸欠状態にまで追い込み、力なく垂れ下がった腕をみてエルシュはほくそ笑む。 「何、の……つもり、で」 地球では当主と呼ばれ、弟は影。その地位が欲しいならくれてやる、自分に出来ることならしてやるからと懇願の目で見つめたつもりでも、呼吸もままならない弱々しいエースには、弟を煽ることしか出来なかった。 「わからないの? 俺が何を考えてるか……何が欲しいのか」 何にも縛られない兄、自分だけの兄でいてくれるパラミタは何てすばらしいのだろう。地球と違って自分と兄を隔てるものもなく、こうして弱々しい姿をさらけ出してくれる。 誰が通るとも分からない路地。服は着せたままエースのシャツに手を入れると、少しひんやりとした硬い胸板を滑らせる。 「――っ!」 「まだ、何もしてないけど」 ささやかな抵抗のつもりだろうか。目線を逸らし、声を我慢するように閉じられる唇。そのさらけ出した首筋にそそられるようにエルシュは噛みつくようなキスをする。 「いっ……!」 ピリっと電気が走るような痛み。所有の証のように開いた華は、この薔薇園に咲くどの薔薇よりも鮮やかな赤だと思う。最も、エルシュにとって花も女も、当主の座にも興味がない。面倒なので建前上女が好きだと言っているだけで、興味があるのもずっと欲しかったのも、目の前にいるエースだけだ。 「誰にも……家にだって渡さない」 「エル、やめっ……」 胸に置かれた手は小さく主張するものをひっかけるように遊び、また逆の手は下腹部をまさぐる。兄弟で、こんな状況でとエースの理性が苦しめても、それすら非道徳なことをしていると興奮させるようだ。 「……うそつき」 触れられてしまえば伝わってしまう熱に、エースの顔は羞恥で染まっていく。真面目な性格で、このようなことに免疫のないエースは高まる物を逃す術は思いつかない。 「地球では兄さんは当主、俺は影。でもここでは……俺だけの物」 その想いを叩きつけるように、兄を包む手は早くなる。ずっとそのままでいてくれたらと、叶わぬ思いに胸を痛めながら。 その頃、お互いの再会を喜んでいるクラマとディオロスは、昔話に花を咲かせていた。 「……じゃあ、もうすっかりいいんだ?」 「はい、完全に修理していただいて、すっかり元通りです」 元気な様子に安心し、諦めなくて良かったと思う。 「信じ続ければ、きっと望みは叶うんだね」 にこにこと微笑むクラマにつられて微笑み返し、ふと話を切り出そうと元の表情に戻したときも、まじまじとお互いに顔を見合わせてしまう。この2度目の出逢いは奇跡じゃなく運命だと思いたいと、同じことを考えているとも知らずに。 「お互い契約者を持ったわけですし、今後とも宜しく」 敬愛の意味を込めて頬へキスを贈れば少し照れた顔をしてクラマも同じように返す 「オイラ達はこれからをまた生きていけるもんね……ディオロス大好き」 ほのぼのと幸せそうに笑う2人と対比するように、激しい愛情表現を取ったパートナーたち。疲れ切ったエースの髪を撫でながら、ふと首にかけているペンダントが気になった。普段は付けていない金色のそれは、小振りだがロケットになっているようだった。 起こさないようにと静かに開いてみると、そこには昔撮った自分たち2人の写真。それを見てエルシュは少しの罪悪感に苛まれる。一方的に想いをぶつけて、身体を重ねて……もう弟として見て貰えるかどうかわからない。 兄からも求めてはくれたけれど、それは本当に自分だったのか快感に酔いしれていたのかは分からずじまいだ。 「兄さん……」 「……少しは、反省したか」 ゆっくりと身体を起こすと気まずそうに顔を逸らされるので、その隙にエースはエルシュの頬へ口づけた。 「ここでの事は、2人だけの、秘密だ。……本音なんて、今しか言えないからな」 当主としての余裕さえ感じる顔に、自分の子供っぽさを痛感する。けれど、全ての言葉が本音なのだとしたら―― 「あのときの言葉も、熱に浮かされただけじゃないってこと……だよな?」 どうだろうね、という顔をして立ち上がろうとするから、逃さないように手を引っ張り愛しい兄を腕の中で抱え込む。 薔薇を見てまわるより、美味しいお茶を飲むよりも――時間の限り抱きしめ合おうと再び2人は唇を近づけた。