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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―

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薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―
薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編― 薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―

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あなたの幸福を祈ります

 薔薇園を襲っていた霧も、すっかりと収まった。次の種に吸わせることで平穏を取り戻すことが出来たのは、生徒の協力あってこそだ。3人では同時に全てのエリアを攻めていけないので時間がかかってしまったことだろう。
 青エリアを訪れたヴィスタもまた、一仕事を終えて生徒たちの様子を見て回るが、どの生徒も平和そうだ。
(こないだは、ここにきた連中は酷い目にあったって話だしな……)
 大惨事になる前に止められて良かったと思うのも半分、少ないながらも被害を被った生徒が悪い作用を起こしてなければいいがと心配な気持ちも半分残っている。
「さて、お2人に茶ぁでもいれるか……邪魔しないようにどっかで昼寝でもして帰るか」
 幸せそうな生徒たちの顔を目に焼き付けて、ここでの邪魔者にもならないよう、さっさと退散するのだった。
 なぜなら、このエリアを訪れているの半分以上はカップル。あっちを見てもこっちを見ても、ごちそうさまですと溜め息が漏れそうだ。現に、学校が同じでも普段中々会うことの叶わない藍澤 黎(あいざわ・れい)ゴードン・リップルウッド(ごーどん・りっぷるうっど)は、ピクニックセットを広げて自分たちの世界を作ってしまっている。
 小さなシートの中、2人分のお弁当を広げれば何もかもが近い。座った膝が触れそうだったり、おかずを取ろうと手を伸ばせば手をぶつけてしまいそうになったり……笑い合う顔だって、いつもよりもずっと近い距離に黎の鼓動は落ちつかない。
「どうしました、気分でも優れませんか」
 緊張してロクに食べることも出来ず、顔を赤くして俯いた黎を心配するように大きな手を額に当てる。火照らせた顔にはひんやりと心地良い手だけれど、それがゴードンの物だと思うだけで全身が心臓になってしまったかのように脈打っている気さえする。
「大丈夫、だ。我の体温が少し高いだけで、別に疲れているわけでは……」
「……そうか?」
 額に置いた手を滑らすように頬を包んで、顔色を見るように顎を引き寄せるのだが、それはまるでキスをするような体制。今までのことですら緊張している黎に耐えられるわけもなかった。
「…………っ」
 驚いて見開いた目も、正面にゴードンの顔だけを捕らえれば見つめ合うことすら出来なくてギュッと目を閉じる。離れたくはないけれど、離してもらわなければ壊れてしまいそうだ。
「あまり、夜更かしはしないように」
 クックッと笑うように手を離され、やっと一定の距離が保てたことに落ち着けばいいのか何事も無かったことに落ち込めばいいのかわからない。
「……ゴードンのばか」
 こっちは姿を見るだけでもドキドキして大変だというのに、大人の余裕を見せつけるその態度は狡いと思う。自分も、彼と同じくらい人生経験を積めばそんな風に余裕が生まれるだろうか。
 けれど、もうゴードン以外目に入らない黎にとって、その頃はさらに経験を積んだ彼にドキドキさせられるのだろう。
(そんな先まで、一緒にいてくれるだろうか)
「黎」
「なんだ……っ」
 口を開けた瞬間を狙って、放り込まれた1口サイズのおかず。料理が出来ない黎に代わってパートナーが用意してくれたのだが、デートだからと気を遣って、おにぎりまでもが口元を汚さない小さく可愛らしいサイズに作られていた。
「さっきから全く手をつけていなかっただろう。細いのだから、食べなさい」
 そうは言われても、人前で口を開けたりモゴモゴと口を動かすのが恥ずかしくて中々食べることが出来ない。確かにいつもはガサツで、そんなこともないかもしれない。けれど、相手がゴードンとなると何もかもがいつもと同じ調子ではいかなくなってしまう。
 咳払いをするかのように自分の手で口元を隠し、今されたことを注意しようと平静を装うが、呼吸を整えて伏せていた目を開けてみれば食べ終わるのを見届けるようにゴードンが覗き込んでいる。
「見ていないで、食べたらどうなのだ」
「いえ、あまりに黎が絵になるので見惚れてしまったよ」
「――貴方はっ!」
(愛らしいからといって、やりすぎてしまったか)
 顔を真っ赤にさせている黎にお小言をくらいながらも、ゴードンの口元は緩みっぱなしだった。
 そんなラブラブっぷりを見せつけられて黙っていられるわけもない麻野 樹(まの・いつき)は、一緒に薔薇を見て回っていた雷堂 光司(らいどう・こうじ)に抱きついてみた。
「光司ー、俺もあれやりたいなぁ。ラブラブーって感じの」
「ばっ、何言ってんだ。あんなの、人前ですることじゃないだろ」
 せっかく男同士でデートしていても怪しまれない場所に来たのに、素直じゃない光司は手も繋いでくれない。気にしなくていいのにと樹がスキンシップをとろうとしても、人前は人前だろと言って全くデートらしくない。
 確かに今までは公に出来ない関係だと思っていたから人目を忍んでいたけれど、堂々としていられる所でもコソコソしなければならないのが樹にとって残念でならない。
「うー、じゃあさぁ、人のいないところだったらいいわけぇ?」
「……考えてやらないこともない」
 なんともハッキリしない答えに、樹は力一杯光司を抱きしめる。
「ヤダとか言うなよぉ、せっかくのデートだよ? 光司と出かけられるって楽しみにしてたのにぃ」
「んなこと一言だって言ってないだろ! だいたい俺だって――」
 言いかけて、しまったと口を閉じる。楽しみにしてただなんて絶対言いたくない。そうしたら樹は嬉しそうに笑って、こうしてくっついたら離れないような気がする。
 笑ってる顔も抱きしめられるのも嫌いじゃない。あくまで嫌いじゃないと主張しなければ、凄く恥ずかしい気分になって耐えられないからだ。
「続きはー? 俺だってなんなのさぁ」
「……教えない」
「そんなぁ! 光司一筋の俺にも言えないことぉ!?」
(まさか。だって樹は誰にだって優しいし、素直になれない俺なんて……もう)
 一応は付き合っている、そんな間柄だと思っていた。人付き合いの苦手な自分と違って、人気者の樹。そんな彼の1番になれるだなんて自信はまるでなかったのに。
「反論が返ってこないところをみるとぉ、信じられてない?」
 口をとがらせたままポケットを漁り、今日の申込書の控えを見せる。そこにはしっかりと大切なモノの欄に光司の名前がある。
「そんなの、俺と来るつもりだったから書いただけかもしれねぇしっ」
(なんですぐ、こういう返事をしちまうんだろうな)
 一拍だけでも考える間をとれれば言葉を選べるだろうか、相手を傷つかせずにすむだろうか。どうしても裏腹な態度をとってしまうのは性格のようで、改善できる自信もない。
「光司、好きだよ」
 酷いことを言ったのに、樹はにこにこと光司を見ている。けれども自分を責めずに好きだと言ってくれる樹の考えが分からなくてただ立ち尽くしているしか出来ない。
「俺は光司が好きだよ。俺は、一生光司のものだからぁ♪」
 だいたいどこによそ見をする時間があると言うんだろう。正直モテたことのない樹と違い、光司は整った顔立ちをしているからいつでも不安いっぱいになりながら見ているというのに。
「……俺にとって、樹は世界の全てだから」
 光司が呟くように言った台詞。自分を見ながらは言ってくれなかったけど、少し赤い頬が彼の最大限の譲歩だと思ってそこにキス贈る。
「だか……っ! あーもう、他の薔薇も見に行こうぜ」
「うんうん♪ それでぇ、迷子になって2人っきりだねぇ」
「なんでわざわざ迷うの前提なんだよ」
 手を握りしめて、うきうきと歩き出す樹を訝しんで見ると、それはもう満面の笑顔。
「だって、考えてくれるんだよねぇ? ヤダじゃないって言ってたしぃ♪」
 何の話だと言おうとして、やりとりを思い出す。そういえば、そんなことを言ってしまった気がする。
「か、考えるだけだぞ! するとはまだ言ってないからな!」
「うんうん。まだ、言ってないよねぇ」
(つーか、んなこといちいち言わせんなバカ)
 拗ねたような顔をしつつも立ち止まることはなく、2人は仲良く薔薇を見てまわるのだった。
 けれども、来ているのは何もカップルだけではない。久途 侘助(くず・わびすけ)は2日目の今日も1人で参加していた。
「1日目はなんとか女の子と出逢えたけど……今日は無理そうだな」
 歩いている途中に見かけてきたのはカップルか、とても仲の良いパートナー同士。親睦を深めているそこに邪魔するわけにも行かず、当てもなく散策していた。
(そういや、白薔薇には愛の雫があるっていう噂があったよな)
 視界に入った真っ白い薔薇を見て、それなら御利益でももらいに行くか! と奥に進んでいく。けれども、彼の目的は雫を手に入れることではなく昼寝をすることだ。
「ここだけ冬みたいだ……綺麗だけど、何か淋しいもんだな」
 少し進めば、どちらを向いても真っ白な雪景色のようで、入り口を飾っていた色とりどりの薔薇とは対照的だった。こんなところで寝れば、冬の王子のようで格好良いかもと自分の青い髪が映える様子を思い浮かべて見るが、視点を誤ればどう見ても死体。他人を驚かさないように「起こさないでください」の札でも作っておくかと考えていると、童話の1シーンのような場所にたどり着いた。
 白い薔薇に囲まれて、ソウガ・エイル(そうが・えいる)が横になっている。色白の肌と白い髪がその背景に溶け込むようで、今にも消えてしまいそうだ。
(ど、どうやって起こせばいい? やっぱり、定番は……)
 ゴクリ、と唾を飲み込み顔の隣に腰を下ろす。これは、人命救助なので疚しいことではない、罪悪感を感じる必要もない! そうして顔を近づけるが、やはり何か思うことがあったのか唇は額に近づいて行く。
「――何のマネだ」
「お、おお、起きていらっしゃいましていたんですか!」
 慌て過ぎて言語が怪しくなっている侘助を睨みつつ、ソウガは起き上がって土を払う。
「ったく、同じ趣向の人ばかりでのんびり出来るかと思ったのに、ある意味のんびり出来ないな……」
「すいません」
 確かに、まずは一声かけた方が良かったのかもしれない。けれど、丁度想像していた状況が目の前に現れたので、そうだとばかり思い込んでしまっていた。
「あの、お前1人か? 良かったら俺と――」
「今日は1人だが、俺は1人身じゃない。それだけは忘れるなよ」
「……ハイ」
 出逢いが出逢いだった分、警戒されてしまっているらしい。けれども、暇つぶしには付き合ってやると言わんばかりのその態度は、完全な拒絶ではなさそうだ。
 2度と変な気を起こさないようにと釘を刺されつつ、他の参加者で賑わう休憩スペースへ向かうことにした。
 その休憩スペースでは、瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)がお茶を楽しんでいるのだが、見た目に似合わずかなりの量を食べるミミのために専用の配膳係が出来てしまっていた。
 いつもなら何よりもまず財布の心配をする壮太も、今日ばかりはその食べっぷりが心配だった。
「……食いすぎて腹壊すなよ」
 けれども、普段はバイト代の都合で思いっきり食べさせてやれる機会もないので満足行くまで食べさせてあげたいとも思う。それよりも、毎日これくらい食べたいのに我慢させてしまっているのかと気になった。
(バイト、もう少し長く入るかなぁ……)
「あれ、壮太はもう食べないの?」
 こんなに美味しいのに、と不思議そうな顔をしているが人には限度というものがある。いくら美味しいモノでも食べられる限界というのはあるわけで、目の前でそんなにたくさん食べられたら見ているだけで胸焼けがしそうだ。
「ああ、オレの分まで食べろよ。さすがに食えねーし」
 降参という感じに両手を挙げれば、ミミも遠慮して手を止める。いつもなら食べ過ぎると怒られてしまうし、そろそろ止めた方がいいのかもしれない。あんまり怒らせて、嫌われてしまったら嫌だから。
「……壮太、本当にありがとう」
「なんだよ改まって。ここならカネかかんねーし、連れてきてやるよ」
「ううん、それもなんだけどね」
 口では文句を言ったり乗り気じゃなさそうなことを言っていても、見捨てることは絶対にしない。仕方ねぇなって重い腰を上げれば、いつだって一生懸命で、そんな壮太がミミは大好きだった。何よりも大切な、友達として。
「これからも僕とずっと友達でいてね」
 笑顔で差し出した右手。改めて言われると少し照れくさくって、その手を素直に握り返せなかった。
「バーッカ。ダチってのはな、ンなこと言わなくてもダチなんだよ!」
「うわぁっ!? い、痛いよー」
 握手と言うには強すぎる力で握り、慌てて手を引っ込めるミミに苦笑いしながら紅茶を飲む。
「おら、こんな高ぇモン買えるワケねーんだから、食いだめしとけよ」
「さっきは食べ過ぎるなって言ったじゃん」
 本当はもっと食べたいけど、と言いたげな目がテーブルに広がったお菓子たちを眺めている。
「腹さえ壊さなけりゃ許す。だから食え」
「……うんっ!」
(んで、夕飯の食べる量を減らしてくれ、頼むから)
 そんな壮太の願いに気がつくことなく、満腹になるまで堪能したミミが夕飯もしっかり平らげたかどうかは……翌日の壮太の様子を見ればわかるかもしれない。
 そして、そんな休憩スペースの隅では、相変わらず2人っきりの世界を演出している黎とゴードン。無事にお弁当を食べ終わり、今は黎の膝枕で昼寝をしているようだ。
 寝息を立て始めた彼の髪を撫で、こうしてくれていたら触れる勇気もあるのにと、その手を頬へ滑らせる。
(口づけをしたい場所、か……)
 申し込み用紙にあった設問を思い出して、つい見てしまう唇。頬を撫でていた指もいつのまにかそこを撫でていて、自分自身も引き寄せられる。
 あと、数cm……鼓動を聞かれないように、髪がかかって起こしてしまわないようにと慎重に近づいて行く。けれど、唇にばかり意識を取られていた黎は、いつの間にか背中にまわっていた手に気がつかなかった。
 急に抱きしめられて、言葉もなく固まっていると開かれる瞳。
「思った通り、黎に良く似合います」
 静かな金属音に気がついて首元に手をやれば、青い小さな薔薇がモチーフのネックレス。いつの間にと瞬いていると、このネックレスに込めたれた思い出や黎への気遣いを説明してくれる。
 それが終わる頃には、ようやく思考が働きはじめて今の状況を理解した。
「あの、これは……っ」
 言い訳さえ出来ないけれど、なんとか弁解したい気持ちで慌てて離れようとするが、ゴードンの腕がそれを許さない。
「もう一眠りする、黎のお守りが効いてるみたいだな」
 そう言って再び閉じられた目。けれど、1度意識してしまえば再び同じことなど出来るわけもなく。どうせならそのまま、もっと強く抱きしめてくれていたら勢いで触れていたかもしれないのにと、撫でていた指で自分の唇に触れる。
「……ばかっ」
 収まることのない、乙女のような思考。彼と一緒に薔薇園にいる間はいつもの自分でいられないけれど、それは彼にだけ見せる自分だから良いかと、諦めているような幸せなことのような何とも言い難い気持ちが込み上げるのだった。
 その様子を遠目ではあるが見かけてしまった清泉 北都(いずみ・ほくと)は、向かいで微笑むクナイ・アヤシ(くない・あやし)にほんの少し疑惑の目を向ける。
「……こういうお茶会だって、知ってたの?」
「まさか、誘ってくれたのは北都でしょう?」
「そう、なんだけどさ」
 申込書を見たときは、単なる珍しいお茶会だと思っていた。イエニチェリのお茶会だし、クナイも喜んでくれるだろうと誘ったのだが、今思えば申込書を見たときの喜び方はどこかおかしかった気もする。
「まぁ、仲睦まじいのを邪魔する理由もないし……僕たちには関係ないよね」
「……そうですね」
(あくまで、「今のところ」ではありますが)
 とはいえ、あまりのんびりもしてられない。当初は愛情表現を苦手とする北都の感情が追いつくまで見守っているつもりだったのに、彼の魅力に惹かれてどんどんとライバルが増えてくる。そうした者に振り回されることで感情が芽生えてしまったらとクナイは気が気ではなかった。
「愛情、っていうのはよく分からないけれど……パートナーはどちらが欠けても生きていけない。だから長生きしようね」
 せめて、何らかの感謝の気持ちや頼りにしていることは伝えたいと微笑みながら告げた言葉。普段と違う雰囲気だから、当たり前だと言われそうなことでも改めて約束してみたかった。
「ずっと生きてきた私ですが、貴方と一緒ならもっとずっと生きていたいと……そう思います」
 特に目的もなく、ただただ生きてきただけの自分。時間なんて流れるだけのもので固執などしていなかったのに。北都と出逢って良い方に変われたクナイは、同じように北都にも生きる幸せなどを教えてあげたいと思う。
「……しても、いいですか?」
 立ち上がり、頬に伸びてきた手。真面目な瞳になぜだか恥ずかしくなって、慌ててむしり取る。
「い、一体何だよっ」
「いえ、守護するものとして改めて誓いをと……」
(誓いって確か――)
 契約をしたあの日。確か、儀式だなんだと言いくるめられてしまって口づけをしたんだと視界にはいったそれを避けるようにそっぽを向く。そういうのは、やはり特別な人にするものだと思う。確かにクナイは特別だろうけれど、それはパートナーであったり傍で支えていてくれたり……大切だけど、何かが違う気もする。何となく、だけれど。
「クナイがそうしたいなら……唇以外なら……い、いいよ」
 兄弟格差で育てられた北都には親兄弟からもそんな愛情を受けたことがなく、それで何を表現したいのかがわからない。
 友情、尊敬、いろんな気持ちが込められているのだろうけれど、他人の唇が自分に触れるのは気恥ずかしい。
「いつまでも、お側に――」
 手の甲に落とされる誓いの印。自分からは同じように返せないけれど、少しずつ気持ちを伝えられたらいいと思う。
 とても大切に思っていることだけは、変わりないのだから。
 そんな休憩所に歩み進める侘助とソウガは、とても静かだった。警戒されている上に元々無口なソウガと意気投合して話そうというのがそもそも難しかったらしい。
(あー、もう話題も思いつかないぞ!?)
 表情も変わらないので楽しんでくれているのかもわからないと悪戦苦闘をする侘助を「うるさいけれど飽きないヤツ」程度にはソウガが思っていることなど気付くこともなく、懸命に尽くし続けていたのだった。
「……随分、仲の悪いパートナーだな?」
 それを見かけた猫塚 璃玖(ねこづか・りく)は不憫な気持ちで2人を見送り、自分のパートナーは慕ってくれていて良かったと思うのだった。なぜなら、ルゥース・ウェスペルティリオー(るぅーす・うぇすぺるてぃりおー)はこうして庭園を歩いているだけで涙している。
(リク様が私とご一緒して頂けただけでももう……!)
 薔薇に感動するなら気持ちはわからなくもないが、薔薇を見る前からこの有様だったのでルゥースが一体何をしたいのかがわからない。そもそも、そんな状態で肝心の薔薇は見れているのだろうか。
「これだけ広大な場所に植えると圧巻だな、手入れもされていて綺麗だし」
「ええ、大変素晴らしいです。凛々しく聡明そうで惚れ惚れ致します」
(聡明……? 逆にバカっぽそうな薔薇でもあるのか?)
 見ている物の違いから感想も食い違ってしまうが、こうして来たいと言っていたルゥースが喜んでいるならいいだろう。
 当てもなく白い薔薇の中を歩いていると、人の気配が全くしなくなった。どうやら、奥地に来ていたのはあの2人だけだったようで、虫の声すら聞こえない。
「2人だけ、か」
 噂になるくらいだから、もっと他にも人がいるのではないかと思っていたのに宝探しに挑戦しようかというのはあまりいなかったようだ。ライバルがいないのは物足りないけれど、せっかくだから探してみたいとも思う。
「なぁルゥース、手分けして宝探しでも――ルゥース?」
(り、リク様と本当に2人きり……! なんと恐れ多くも幸せなシチュエーションでしょうか)
(……たまにこんな風になるけど、何か発作でも持ってるのか?)
 感動と緊張に打ち震えているとは思わず、体調を危惧してルゥースの様子を伺うが、顔色を見るために長い髪を掻き上げられてはルゥースもたまった物ではない。
「リク様、なにを……! いえ、大丈夫ですが!」
「……? ああ、大丈夫なら別にいいんだ。あまり無理するなよ」
(勿体ないお言葉ですリク様、私はリク様のためでしたら全てを捧げ、どんな苦難も乗り越えて見せましょう……!)
 あっさりと離れて行く璃玖に寂しいと思うよりも、気遣って頂けたということが幸せなルゥースはキラキラとした視線を送り続けるが、そんな様子に本当に大丈夫かと璃玖は心配になる。
「そう言えば、噂の雫は素直に言葉を言えるとか……本当にそうだとしたら、どうしたい?」
「私はリク様に隠し事など致しません。至らぬ私ですが、どうか末永くお傍においてください」
 先ほどまでの挙動不振な態度とは違い、真面目な返答をする彼に安心して璃玖も微笑み返す。
「……これからも、よろしく」
(あぁああっ! リク様の微笑みを独り占めなどなんと贅沢なっ)
 ……だが、やはり彼には何か隠し事があるのではないかと疑問に持った璃玖だった。
 素直が良いことばかりではない。そうすることで、全ての罪を一緒に被ってしまうことになるのだろうと早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は覚悟を決めたような目で薔薇を見る。
(それは、惹かれたと気付いたときにはわかっていたことだ)
 自分はそれで良くても、パートナーはどうなってしまうのだろう。自分と一緒にいることで肩身の狭い思いをするかもしれない、いっそ向こうから離れると言い出してくれたら辛いけれど傷つけることはないのかもしれない。
(最終的に自分が選ぶ選択肢よりは、いいかと思うけど)
 心配そうに見るユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、とくに感情表現が豊かなもう1人のパートナーとは違い、こちらの言葉を全て命令だと受け取ってしまいそうな節がある。どうにか今後のことぐらいは自分自身で選択させたいと思うのだが、人間らしさの欠けるその心では難しいだろうか。
「ユノ、ここはどうだ?」
「……美しいと思います」
 じっと目の前に広がる薔薇を見続けるユノに話題を振っても、淡々とした答えが返ってくるだけ。それがらしいと言えばそれまでだが、もう少し何か感じて欲しいとも思う。
「どんな形でも良いから、同じ世界で一緒に生きたい……というのは贅沢だね」
 相手があんな立場でなければ、もっと違う出逢いをしたら。もしという言葉を繰り返してみても現実は変わらないし、今という状況だから惹かれたのかもしれない。残酷な出逢いであったとしても、こうして胸に残してくれた想いまでは悲観したくないから、呼雪は前だけを見る。
「呼雪」
 遠くを見ていた自分を呼び戻すような凜とした声。それに振り返れば、その瞳は決意に満ちあふれていた。
「私があなたを守ります」
「ありがとう、俺もユノを――」
「違います」
 いつも主と付き従う呼雪の言葉に反発が出たことに驚いていると、ユノは珍しく言葉を続ける。
「私が、守ります。呼雪は進んでください」
「……ありがとう」
 気付かないところで成長はしているようで、ユノは自分自身のことを選択できるようになっている。
 もう心配することは、何もないんだ。大切な友達は自分がいなくても大丈夫だ。
「自分の決めたことは、貫き通すよ」
 軽く額に口づけてやれば、それが感情表現の一種であることは認識していても意図までは読み切れなかったのだろう。不思議そうな顔をしたまま見上げている。
「それじゃ、残りも見て回ろうか」
 微苦笑を浮かべる顔に隠した、呼雪の決意。きっとそれは良いとは言えないものなのだろうが、その選択に口を出すつもりもない。
(問題ありません、守り通します……どんな道を選ばれても)
 この想いは、伝えなくていい。彼はただ困難になる道を真っ直ぐ走り、自分は行く手を塞ぐ茨を切り刻む剣となればいいのだからと、この決意を深く胸に刻み込むのだった。



 晴れ渡った薔薇園を見下ろしながら、ジェイダスは笑う。優秀な生徒ばかりを集めているつもりでも、自分から見れば発展途上の彼らには難しいと思える試練。これを2日ともクリアされたとあっては、やはり自分の目には狂いがなかったこと、そして他校にも素晴らしい逸材が眠っていることは認めざるをえない。
「……で、そんな面倒なものが何故ここにある」
 霧の発生理由や効果を一通り説明を受けたとしても、その内容には理解出来ても存在理由がわからない。元々、この薔薇園は魔力による品種改良の効果を比べるために同じ花を4つのエリアで育てているだけ。それを何故、わざわざ特殊な物まで育てなければならないのか。
「ラドゥには必要のない物だったとしても、私には大切な物なのだよ……誰かさんのせいでね」
「――即刻処分しろ」
 開発するには時間がかかったのだけれどねぇ、と笑うジェイダスの意見を聞きもせず、ラドゥは不機嫌に紅茶を一気に煽る。
 どうせなら、こんな物を頼らなくてもいいように、言葉か態度のどちらかだけでも素直になってくれれば……妖艶な視線で見た先には、口元を押さえてこちらを睨む愛しい人がそこにいた。

担当マスターより

▼担当マスター

浅野 悠希

▼マスターコメント

この度はご参加ありがとうございます、GMの浅野悠希です。
家の諸事情でNL編が大幅に遅れ、そのしわ寄せでこちらも遅れることとなりまして、申し訳ありませんでした。

1日目ですでにネタバレをしているので、こちらでは最初から仕掛けを作動させました。
しかし、その雫を採取するのではなく調べるアクションを取った方がいらっしゃいましたので、ルドルフたちで足りない分を補うことが出来、後半が平和な形となりました。
また、今回アダルトなシーンがありましたが、あれが本当にギリギリボーダーラインのようです。
本編提出前に抜粋で運営側に確認して頂いたりと、出来るだけBL編と銘打つサービス内容になるよう努めましたが、あくまで蒼空のフロンティアは全年齢が対象の作品です。生ぬるい描写にヤキモキされる方もいらっしゃるかとは思いますが、そちらを十分ご理解頂いた上でのアクションを頂ければと思います。

BLは特殊な恋愛スタイルだと思うので、がっつり甘めや重苦しいくらいに切ないものは、こうして分けた方がいいだろうなと執筆していて感じました。
少なからず、希望される人がいるんだなと知ることが出来ましたので、良い機会となりました。ありがとうございます。

NL編には無かった選択肢。これは封印という意味があります。
する場所にはもちろん相手への感情、その思いや直前の言葉を永遠にするという誓いを封印するというものでした。
なので、友情でも愛情でも、スキンシップを取られる間柄ならお互いの関係を確かなものにするには良いのではないかと思い、選択肢に加えました。
意味を調べて頂いたのか、他の部分へ指定して頂く方もいて、それはそのままキス祭りにならない程度に採用させて頂いております。

お楽しみ頂ければ幸いです。
BL限定シナリオは少ないかもしれませんが、今後も作成したいと思いますので、よろしくお願い致します。


12月5日 追記
キャラクター名を含む、誤字脱字を修正致しました。
表示されていなかった個別コメントの修正を行いました(全員に配布しております)。