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獣人どうぶつえん

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獣人どうぶつえん

リアクション


#1 ストライキ前日





「ふむふむ、なるほど。つまり
ストライキを止めてほしいってことだね!」

 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は後ろでまとめたこげ茶の長い髪をゆらして、こくりこくりとうなずく。

「はい。ストライキなんて起こったら、動物園は閉鎖になってしまいます……」

 歩がうなずいた相手は、デニーという少女。

 共に話を聞いていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が口を開く。

「どうしてまた、そんなことになったんだい?」

 北都は、詳しい経緯の説明を求める。



 空京内、いや、パラミタ大陸に数ある動物園の中でも、抜きんでた人気を誇る、空京どうぶつえん

 この動物園の人気の秘密は、何といっても人間の言葉が分かるかのような、動物たちの愛想の良さだ。

 子供がライオンの雄々しい姿を見たいと言えば、ライオンは岩山の上でポーズを決め、ケンカの仲直りにやってきたカップルがいれば、ゾウの番いが鼻先をからめて、恋人たちの雰囲気を盛り上げる。

 かと思えば、上空ではタカやワシがアクロバティックに飛び交って、観客は歓声を上げる。

 動物たちのあの手この手のパフォーマンスに、一日中居ても飽きることはない。

 そしてここの動物たちは、絶対に観客に危険を及ぼさない。柵や囲いは極端に低く、例えトラやヘビにだって、簡単に触ることができる。

 それもそのはず。この空京どうぶつえんの動物たちは、全員獣人なのだ。


「うおおおおっ! もう我慢できねえ! ストライキだ!」

スタッフであるジョナサンは、溜まりに溜まったストレスを吐き出す。

「やめて、ジョナサン! そんなことしてどうするっていうの!?」

 空京どうぶつえんきっての良識派のデニー。彼女は華奢で小柄な体で、精一杯ジョナサンを諌めた。

「もう一年近く! 休憩はろくにねえ、有給の申請も通らねえ。サービス残業、飼育員の削減! あげくエサまで安っぽいヤツにとっかえやがった! もう俺たちは限界だ。あの守銭奴に分からせてやる」

ロイホさんだって話せばきっと分かってくれるわ!」

 デニーは小柄な体と整った美人顔で、2メートル近い大男に食い下がる。

「話して聞かねえからストライキをやるんだ! なあみんな! 俺たちは動物じゃねえ。いや、動物だけど、そういう意味の動物じゃなくてな。とにかく、労働環境の改善のために、立ち上がろうじゃねえか!」

 ジョナサンはその熱い目を、他のスタッフ達に振る。

「みんな待って。確かにロイホさんは最近はお金儲けのことばかり。でも初めは、みんなでこの空京に夢を提供しようって、たくさんの人に楽しみを与えようって、そうやって声を掛けてくれたじゃない。もう一度、ロイホさんの掛けあってみましょうよ」

 二人が正反対の主張をした後、控室には沈黙が流れる。

 それを最初に破ったのは、ライオンの獣人、ヴェニヤ。

「デニーには悪いが、俺はジョナサンに賛成だ。お前の意見も一理ある。だが園長みたいに夢からカネに変わった奴は、そう簡単には目が覚めるもんじゃない。ストライキはやるべきだ」

「そんな……」

「俺もストライキ強行はいいと思うぜ。まあ俺は一人身だから、差し迫って困ることじゃないんだが、俺はタカの獣人だ。タカ派につくぜ」

 本気か冗談か分からない鋭い目つきで、スカイラークは呟いた。

 その二人を皮切りに、ワニ、トラ、チーター、など血の気の多い肉食系がタカ派、つまりストライキ強行派に流れた。

 それに勢いづいたジョナサンは、巨体を震わせて宣言する。

「よっしゃあ! ストライキは明日決行だ……で、ストライキって何するんだ?」

「お前、知らないで言ってたのかよ」

 即席の会議が始まり、肉食たちが口々にしゃべる。

「まあ、ストの定番は業務の放棄だ。俺たちで園内を練り歩くってのはどうだ」

「パレードだと思って観客が喜ぶだけだろ。園長が喜んじまう」

「そういえば、俺たちが獣人だってことは、表向き秘密だったよな」

 その言葉に、ジョナサンはピンとひらめいた顔をする。

「それだ! 観客の前で人間の姿になる! こりゃあ前代未聞のストライキだ!」

「待って! そんなことしたら、ストライキどころか園が閉鎖に……」

「ようし、決まりだ! 時間は明日の午後二時! アンニュイな午後の昼下がりだ!」

「ちょっと! あなたたち、仕事に入る時いつも全裸……

 デニー達草食ハト派は必死に食い下がるものの、ジョナサン達は明日に備えてそそくさと帰宅していった。

「どうしよう……」

 シマウマやキリンやハト達草食は、呆然とジョナサン達を見送った。



 少し複雑な表情で、白銀 昶(しろがね・あきら)は腕を組む。

「なるほど、獣人たちのストライキねえ」

「私たちが獣人だと知られれば、たくさんの子供たちががっかりするでしょう」

 経緯の説明で少し疲れたデニーに、歩がホットミルクを差しだした。

「空京どうぶつえんを守ろうとしてるんだね、ガストちゃんは」

「え? いや、デニーです」
 
「観客たちにはすべからく、完璧に調教された動物たちだと思われていたいわけだ」

「そのとおりです。それにジョナサン達は、獣化するとき何故か服を脱いで変身します」

 それには昶も目を丸くする。

「は? 獣化するのに服脱ぐ必要ねえだろ。消えちまうんだから」

「彼らのこだわりのようです。より本物に近い状態でパフォーマンスをするんだと」

「よくわかんねえプロ意識だな……」

 同じ獣人の立場からしても、昶には理解できないようだ。

「ガストちゃんも服脱いでゾウになるの?」

「デニーだろ」

「私は服は脱ぎませんよ!そんな必要ないんですから」

 デニーは慌てて手を振る。

「でも、ロイホさんに要求を通すどころか、園がつぶれかねないんじゃない?」

 北都は冷静に総括する。

「そうなんです! ジョナサンは全く後先考えていません。ただロイホさんにひと泡吹かせたいだけなんですよ」

「できれば、ストライキ開始前に止めたいですね。ストライキ強行派のリストがいただけると、助かるな」

「基本的にストライキ強行派は、血の気の多い肉食系の動物たちが揃っています」

「なるほど、それは分かりやすい」

「ストライキの言いだしっぺはジョナサンなんだろ? そいつは何の獣人なんだ?」

「肉食動物を率いてるんだよ? 百獣の王ライオンに決まってるよ!」

 歩は断定するが、デニーは首を横に振る。

「いえ。パンダです」







「……草食じゃん!」