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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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第1章 ヴァイシャリーに集い

 シャンバラでもっとも風光明媚な土地といわれているヴァイシャリーに、活気が戻ってきた。
 まだ戦いの傷跡は街の至る所に残っており、皆不安を抱えてはいるけれど、行き交う人々の顔は今日は暗くはない。
 毎年8月下旬に、ヴァイシャリー湖の辺では、盛大な花火大会が行われている。
 沢山の協力を得て、今年もどうにか開催できそうだった。
「よーし、そこに固定してくれ」
 湖の辺から、職人達の声が響いている。
 不安定な情勢の中、少しずつ進められていた花火大会の準備も、大詰めだった。
「了解ヨ〜」
 茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーのキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、職人達の指示通り木材を組んでいく。
 動き回ってすさまじく暑いが、今年はそんなことは言ってられない。
「この花火は開始直後の予定ヨ」
 見学に来ている人々や、取材をしている記者へも愛想よく接する。
 今年は彼にとって特別な年なのだ。
「花火というのは妾の前世では出来たばかりじゃったからのう。ずいぶん華やかになったものじゃ」
 姫宮 みこと(ひめみや・みこと)のパートナーで英霊の本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)は、花火の設置を手伝いながら、感慨深げに言う。
「しかし、妾が手伝ったのに、普通に花火を上げるだけではかぶき者の名折れじゃ。もう一工夫して皆の度肝を抜いてみるのはどうじゃろう?」
 花火の設置を手伝いながら、思いついたことを職人達に提案してみることにする。
「……しかし、それは危険すぎる」
「妾が行うから平気じゃよ。場所も人の居ない場所でな。名付けて『星降花火(ほしふりはなび)』ぞ」
 揚羽が強気の笑みを浮かべる。
 その提案に、職人は難色を示すも、ヴァイシャリー家に確認を取り、一定の条件をつけて許可を出したのだった。

「よっと、これはこの辺だな。頼むぜ、職人のおっさん!」
 教導団の新入生レオン・ダンドリオンが、どさっと花火玉が入った箱を置く。
「雨降らなくてよかったな」
 同じく、教導団に入団したばかりの天海 護(あまみ・まもる)のパートナー天海 北斗(あまみ・ほくと)も、レオンの隣に箱を置く。
「あ、それはこっちに置くか」
 北斗が下ろした箱に、レオンが手を伸ばす。
「……っ!? そ、そうだな!」
 レオンの手が北斗に軽く触れた途端、北斗は小さな声を上げて挙動不審になる。
 北斗は機晶姫。体は機械で出来ているというのに、何故だか胸が苦しかった。
「お疲れ様。2人共頑張ってますね」
 スポーツドリンクを手に、教導団員の水渡 雫(みなと・しずく)が近づいてくる。
 初々しい2人の姿に微笑みを浮かべながら、ボトルに入ったスポーツドリンクを差し出す。
「はい、休憩とっていいそうです」
「サンキュー!」
 レオンがにかっと笑みを浮かべて、雫の手からスポーツドリンクを受け取る。
「そうだな、少し休もう」
 北斗はタオルを取って、レオンに渡した。
「気が利くな」
 タオルを受け取り、レオンは汗を拭う。
 夏の暑い風が、辺りを吹き抜けていく。
 すがすがしさを感じる、柔らかな風だった。
 3人は水辺に置いてある木材の上に腰掛けて、休憩ととることにした。
「レオン君、楽しそうですね。私は銃の扱いがどうも苦手で……火薬についても素人同然だから、仕掛け花火のお手伝いは任せきりでごめんなさい。逆に指導いただけると嬉しいです」
「ん。任しとけ〜! っていえるほどの知識はないけどさ、力仕事ならオレらの方が向いてるから、重い物持つ時は呼んでくれよな」
 レオンは北斗と笑いあいながら、雫にそう答えた。
「お友達、出来たみたいですね」
 雫は仲の良さそうな二人の様子に、微笑みを浮かべた。
「おーい、手伝ってくれ〜!」
 花火職人から声が上がる。
「今行きますー」
「おー!」
「よっしゃ〜」
 元気よく返事をして、3人は仕事に戻るのだった。
 少しずつ、夜が近づき。
 ヴァイシャリーがより賑やかになっていく。

「百合園の屋上から綺麗に見えるらしいんだ」
 パラ実の新入生熾月瑛菜は仲間と別れて街に出て、街中の学生達に招待状を配っていた。
「ヒャッハァ〜」
 そんな彼女の元に、バイクに乗ったモヒカン男が急接近。
 瑛菜が身構えるより早く、彼女のウエストに腕を回し、強引に小脇に抱える。
「な、何しやがる!」
「ヒャッハァ〜いい所に連れて行ってやるぜ、今晩はたっぷり可愛がってやるからなァ〜〜」
「なっ、離せ〜!」
「暴れると落ちるぜ? 落ちて気絶したら悪戯し放題〜うへへ」
「うぐっ」
 大人しくなった彼女をサイドカーに乗せて、モヒカン男――南 鮪(みなみ・まぐろ)はバイクを走らせる。
 かわいい新入生には本当のパラ実を思い知らせておく必要がある。断じて可愛い子に悪戯したい訳じゃないのだ!(嘘)

「気温、低くはないはずですが……」
 百合園女学院に向いながら、レン・オズワルド(れん・おずわるど)のパートナーノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、言いようもない悪寒に1人震えていた。
 ヴァイシャリーの街は、活気を取り戻していた。
 傷ついた建物や、怪我人も時々見かけはするけれど、今日は観光客も多く、街は決して沈んではいない。
 雰囲気は悪くないのに。
 沢山人がいるからだろうか。
 何故だかわからないのに、血が騒いだ。
 ここは危険だ。
 早く逃げろと。
 わからない。わからないけれど、助けを求めなければならないような気がして。
 ノアは百合園に向って、擬似翼をパタパタ羽ばたかせて飛び立った。
「ん? おおっ、パンツの約束の娘だヒャッハー!」
 しかし突如ノアは足を掴まれてしまう。
「あ、あなたは……南鮪さん!?」
「ヒャッハー! 引ん剥いて可愛がってやるぜ〜!」
「あっ、引っ張らないで下さい。いやっ、パンツが見えちゃいます!」
 抵抗むなしく、ノアも鮪に拉致されてしまうのだった。

〇     〇     〇


「随分賑やかになってきたな!」
 買出しから戻ったキーン・水橋(きーん・みずはし)が、百合園女学院前に集まっている人々に目を留める。
 校門脇に、受付が設けられており、案内板や配布物の準備が進められている。
 招待されているのは、主に契約者達が通う9校の生徒達だ。
 今はまだ招待客は少なく、準備に勤しむ学生達で賑わっていた。
「俺達も急ぎましょう。味見もしていただきたいですしね」
 薔薇の学舎の新入生フェンリル・ランドールがそう言い、警備員に挨拶をして百合園女学院の校舎の中へと足を進める。
「おおっと、待ってくれ〜。結構重いぞ、これ」
 フェンリルとほぼ同じ量の荷物を持っているキーンだが、身長が低く、おまけに近眼なので前が見辛くよろよろしてしまう。
「お帰り〜。こっちこっち!」
 そんな彼らを調理室から手を振って招くのは、百合園生のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。
「うひょー。可愛いお嬢さん方がいっぱいだ。天国だな、ここは!」
 近眼なので遠くは良く見えていないが! 華やかな女の子達が集まっているだけで、可愛らしいものだ。
「そうですね。薔薇の学舎とはまた違う、美しい学園です」
 フェンリルはキーンにそう答えて、共に調理室へ向う。

 調理室に着いてすぐ、フェンリルは自校から持ってきた豆と器具を使って、珈琲を淹れる。
「アイスコーヒー用には、この豆が良いと先輩に聞きました。少し苦味が強いですが、如何でしょう?」
 グラスに注いだアイスコーヒーを、キーンとレキに渡す。
「うん、苦い! これがセレブの味か〜」
 キーンが素直に答え、フェンリルが微笑みを浮かべる。
「うん、芳醇な香り、そして強いコク。とっても美味しい」
 レキも一口飲んで、微笑みを浮かべる。
「でも、苦いのが苦手な人もいるし、ガムシロップやミルクも忘れずに配布しなきゃね」
 言って、レキはガムシロップとミルクを用意していく。
「あとは……ジュース類とお茶類もあった方が色んな人に対処出来ると思うよ」
「そう思って、買って来たぜ!」
 得意気に、キーンが紙袋の中からジュースを取り出していく。
「ジュース類は量を用意するのは大変ですから、紅茶などを多めに用意するといいかもしれませんね」
 フェンリルはそう言い、ティーポットを手に取った。
「やはり珈琲も紅茶も淹れ立てを飲んでいただきたいですから、器具類を屋上に運びましょう」
「うし、手伝うぜ!」
 キーンはカップや器具を箱の中へと入れていく。
「じゃ、ボクはこれ飲んだらミルクや砂糖類をもっと用意して持っていくよ」
 レキは先ほどのアイスコーヒーにミルクをたっぷり入れて、自分好みのカフェオレに仕上げた。
 そして嬉しそうな笑みを浮かべながら飲んでいく。
「ホント、凄く美味しいよ、これ」