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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
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リアクション


■遺跡調査4


「ラルク。そいつはお前にターゲットを絞ってくれたらしいな」
 後方で分析と指揮を行うダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の冷静な声が聞こえる。
「そりゃ嬉しいな」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、崩れた地面から飛び退りながら、笑みを吐いた。
「力量から見て、お前一人でも大丈夫だと思うが……足場が悪い。不安があれば俺の機晶犬をつけるが?」
「いや――」
 隣はすぐ断崖絶壁な上に、床は地下水で緩んでいる。
「なかなか良い修行になるからな。遠慮しとくぜ」
「そうか。では、任せる。後の二体は風天たちに対処してもらうから安心して、そいつに集中してくれ」
「ありがてぇ。じゃ、そうさせてもらうぜ、っと!」
 ラルクは、目の前に迫っていたイェクの繰り出す爪の横っ腹を掌で軽く押し逸らした。
 短く切った息が口笛のように軽い音を鳴らす。
 もう一方の手で伸びきった相手の肘裏を上方へと小突く。相手の体が開く。
 そして、ラルクは反撃に転じるために体を滑らせた先で――
「っと、わっ!?」
 床石の間に足を取られた。
 じゅぶっと、ぬかるみが足を飲み込む。
「おいおい……っても、ここでタンマってわけには――いかないよなぁ、やっぱり」
 片足を地面から抜く余裕もなく、追撃してきたイェクの爪が次々と襲いかかってくるのを、両手片足を使って次々に打ち払っていく。
 その合間合間にドラゴンアーツを乗せた拳やら蹴りやらを交えてやるが、どうにも相手を引き剥がすまでに至らない。
「っと、と、と、と、と、と、と、ととととと、って、いい加減しつけぇ!」
 気を吐くと共に、ラルクは鳳凰の拳でイェクに拳二つ叩き込んで、乱暴に片足を地面から引き抜いた。
 泥飛沫を散らしながら体を強引に捻り巡らせ、ゴゥ、と重い風切り音と共にイェクを蹴り飛ばす。

 ラルクがイェクを蹴り飛ばしたのを音と気配で知る。
 九条 風天(くじょう・ふうてん)は、鞘に収めたままの二刀の柄に両手を添えたまま、体を沈めた。
 イェクの太い腕が頭上の空気を掻っ攫う。
「――――」
 静かな吐息を走らせて、二刀のウルクの剣を抜き放つ。
 踏み込み。
 次の瞬間、冷ややかな閃きが虚空を梳き、両の切っ先はイェクを貫いていた。
 それでもイェクが活動を続けるのを感触で知る。
「殿には触れさせません!」
 坂崎 今宵(さかざき・こよい)が両手に構えた2丁の曙光銃エルドリッジを十字に撃ち放って、イェクに隙を生む。
 風天はイェクから刃を引きながら身を翻した。
 彼の体を追ったイェクの肩と足へ今宵の的確な射撃が行われる。
 勢いを挫かれた巨体へと風天の刃が滑り込む。
 
 なんかしら、大将と嬢ちゃんの方はスマートな戦い方をしている。
「――あー、なんつーか、おっさんは駄目だな」
 宮本 武蔵(みやもと・むさし)は、豪快に竜骨の剣を旋回させながらボヤいた。
「おっさんは雑にしか戦えねぇ。特に、こっちのおっさんはブランクがあるからなぁ、っと!」
 放ったソニックブレードがイェクの爪を強引にねじ伏せながら、地面を叩き砕く。
「もう少し丁寧に戦えんものか」
 渋面の白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が鬼払いの弓でイェクを追撃しながら言う。
「無茶言うな、俺ぁしばらく家でゴロゴロしてたんだぜ? 気合は十分だが、気を使うってのが出来ねぇ!」
 カッカッカと笑いながら、襲って来ていたイェクの爪に正面から刃を叩き込む。
 と――思い切り踏み込んだ地面で、プシュッと妙な音が鳴る。
「ぅお?」
 刹那、武蔵とイェクの立っていた地面が砕けて、地下水が噴出した。
「ぅおおおおおおおお!?」
「やれやれ」
 口を曲げたセレナが、こりっと肩を鳴らしてから、魔法を構築し、ブリザードを解き放つ。
 産み出された氷雪の嵐が吹き荒れて、瞬く間に地下水を凍らせていく。
 地下水の氷結は、崖底の暗闇へと放り出され掛けた武蔵を捉え、足を凍った地下水に取られた彼の体がぶらんっと逆さまに踊る。
「……白姉、あんた天才だわ」
「それは良いから、上」
「あ?」
 セレナが人差し指を天井側へと向けたので、武蔵はそこへ視線を滑らせた。
 虚空を飛んだイェクが非常に近くまで迫っていた。
「おおおっ!?」
 武蔵は背筋にめいっぱい力を込めて逆エビに沿って、その攻撃を寸でで避けた。


 などなどイェクとの戦闘を切り抜けた後―――――
 彼らは、断崖絶壁の底へと下り、更に幾つもの通路を経て、遺跡の奥へと進んでいた。
 濁った地下水が足首を隠すほど溜まっている。
 通路に冷たく反響する水音。
 崩れかけ、太い“枝”の這う壁には、ルカルカの光精の指輪によってもたらされた明かりによる、長い影が滑っていた。
 滑り止めの効いた作業靴を履いた彼女の背嚢には、ロープやデジカメ、非常食など様々な物が詰め込まれていた。
 ルカルカは、籠手型HCでマップを確かめながら、チョークで通路に印を付け終え、一人うなずいた。
 振り返り見れば、ダリルたちは次に進むべき道を検討している。
 ルカルカは、“枝”の再生速度を確かめていたザカコの方を見やった。
「ザカコさんはさ、どうしてこんな危険な調査に参加したの?」
 ザカコが振り返り、笑む。
「一言で言えば……ロマン、ですね」
「ほうほう」
「5000年以上前から存在している遺跡に、謎の枝……」
 ザカコが片腕を広げるように伸ばし周囲を指し示す。
「この奥には一体何があるのか、確かめてみたいじゃないですか」
 ルカルカは、ひふふ、と笑った。
「どんな笑い方だ……」
 言ったのはダリル。
 いつの間にか二人のそばに来ていた彼の方へルカルカが顔を向け、
「だって、ルカルカもザカコさんと同じなんだもん。同志発見ー」
 声が踊る。
「前から興味があった幽霊船も見れたし、遺跡には潜れたし、あとは遺跡の秘密を解き明かせれば大満足」
「行楽で来てるんじゃないんだぞ」
 ダリルが嘆息する。
「しかし……本当に興味深いですよ」
 ザカコは興味深そうに細めた眼で近くの枝を見やっていた。
「この“枝”の大元には何が存在しているのか」




 “枝”のカーテンを切り開き、進む。
 そこにあったのは、奇妙な光景だった。
 広いドーム型の空間。
 頭上には無数の“枝”が這っていて天井を覆い隠している。
 しかし、その所々で、それは枝の形を保っていない。
 こうこうと逆さに燃え盛る炎の形をしていたり、天井を流れる透明な川の形をしていたり、巨大な人の手のような形をしていたりして、不安定なまま固まっているようだった。
「なんつったらいいか……とっ散らかった光景だな」
 ラルクが呟く。
 周囲を回していた風天が、小さく息をつき。
「炎に熱は無く、川に流れは無い。まるで形を借りているだけ。真似事だ。思えば……この辺りに蔓延る枝も同じような感じがするな」

「……これが、根本か」
 クレアは、混沌と騒がしい風景の中央に埋もれているモノを見据えていた。
 そこにあったのは、大きな機械の塊のようだった。
 この遺跡の雰囲気とは明らかに違う。
 近くに寄って確かめてみる。
「……機晶技術を使った、何かの装置だ」
「この遺跡の最奥にして、機晶技術の装置。これが件の……」
 ザカコが、その装置をカメラに収める。
 クレアは少し迷った後、装置へと近寄った。
 後ろからザカコの声が聞こえる。
「下手に刺激を加えない方が良さそうに思えますが」
「少し、見るだけだ」
 クレアは土埃が厚く積もる装置の表面を、軽く撫でた。
 指先が通った跡、埃の奥に窓のようなものがあることに気づく。
 少し躊躇ってから、ゆっくりと更に埃を撫で除けて行く。
 そして、彼女が見たのは、窓の奥、装置の中で横たわる老人の姿だった。


 装置のそばに在った機晶メモリーのデータ。
『実験は失敗した。
 検体のイメージは暴走し、力は形を失ってしまった。
 しかし、遺跡を揺るがした衝撃の後、何故か力は再び形を取り戻しつつある。
 理由は分からないが、このまま安定しようとしているらしい』


 亡霊艇、仮設の調査本部――
 ザカコからの通信。
『画像と資料データを送信しておきます』
「了解しました。……改めて慎重に調査を進めた方が良さそうですね。その場はそのままに、一度、地上へ戻ってきてください」
 ザカコから送られて来たのは、場所の情報と画像だった。
 古い装置の中で横たわる老人。褐色の肌をしており、その胸元に複雑な文様の刺青がある。
「ニコロ君。私は今、喜びで失禁しそうです」
「……我慢してください」
「君だって嬉しいでしょう? これで君の研究も飛躍的に進むかもしれない。研究者として、これほど喜ばしいことはないはずです」
「僕は……僕は、ただ、僕たちが前に進めるようになれば、それで……」




「まあ……食料と水をたらふく持って来たのは正解だったな」
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、遺跡の天井付近の壁に開いた横穴の奥で身を丸めながらボヤいた。
「さすが氷藍殿でござるよ。拙者、こういった調査にはあまり心得があらぬ為、なかなか勝手が分からんのでござる」
 真田 幸村(さなだ・ゆきむら)が、ぐっと拳を固めながら感動を表している。
「よし、分かったから少し静かにしとけ」
 幸村の口に乾パンを突っ込み、氷藍は暗がりで通路の気配を伺った。
 まだ、複数のモンスターの気配がある。
 イェクの生態を探るべく、群生地らしいポイントへやってきたのだが、調査に夢中になっている内に退路を失っていた。
「やれやれ。面白い事は分かったが、ここを切り抜けるのは、ちと難だな……って、幸村」
 穴の中に有った、何かしらの仕掛けの名残りに触れようとしていた幸村が、びくっと動きを止める
「妙なとこ触ろうとすんな」
「わ、分かったでござる。しかし、氷藍殿、何故か拙者、先ほどウズウズが止まりませぬ。そこかしこを調べ、触り、未知なる道を見つけ出したい……この気持ちは何でござろうか?」
 どうやら遺跡探索に心が躍っているらしい。
「はは、そりゃアレだな。男のロマンってヤツだ」
「男のまろん……! くぅ、いてもたってもいられぬこの荒ぶる気持ち、男のまろん!」
「いや、ロマ……まあいいか。さて、援軍が来てくれるまでに、もう少し助けられやすいとこに移動しとくとするかね」


 コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は機嫌が悪いようだった。
「…………」
「…………」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)志位 大地(しい・だいち)は、なんとなく妙な緊張感に包まれながら、氷藍達からSOSが出された場所へと向かっていた。
 彩蓮は先ほどまで医療班として活動していたが、怪我人が出るかもしれないということで、他調査団の護衛を行っていた剛太郎たちと大地と共に、氷藍らの方へと向かっていた。
 とはいえ、現在のところは複数のイェクに退路を塞がれただけで、二人は安全な場所に居るらしいので緊迫した状況でもない。
 むしろ、何か妙に緊迫しているのは、こちらの方だった。
 先頭を行く大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が、意を決したように朗らかな声を出す。
「やはり、こういった遺跡というのは興味深いものが沢山ありますな」
「あ……っと、そうですね」
 大地もまた努めて朗らかな調子で言った。
「きっと歴史的価値が高いものばかりなのでしょうね。こういった何気ない壁一つ一つからでも古代の状況を読み解けたりするようですし」
「自分は、そちらの方の学はさっぱりで。しかし、興味はあるのです」
「考古学ですか?」
「はい。この年になっても、やはり心に沸き立つものがあります」
 二人の会話を聞きながら彩蓮が、コーディリアの方へ振り向く。
「コーディリアさんは、こういったものに興味ありますか?」
 コーディリアが柔らかな微笑みを浮かべ、
「そうですね、昔の人の暮らしや想いを想像するのは好きかもしれません」
「それなのでありますよ、まさにその――……その……」
 剛太郎が大チャンスとばかりにコーディリアに話しかけた、その瞬間、コーディリアは南極の果てもかくやという冷たい真顔で、剛太郎を見据えた。
 一言も発さずにジッと見据えた後、スッと彼女の顔が逸らされる。
 剛太郎の方は、次の言葉を失ったらしく、しばらく口を開いたまま固まってから、やがて諦めたように肩を落としながら前方に向き直った。
「……あれは、効くんですよね」
 大地がぽつと小さく零す。
 原因は剛太郎の考古学好きにあるらしい。
 コーディリアは亡霊艇の住み込みでの炊事洗濯バイトを希望していたらしいのだが、遺跡調査に心が沸き立ち過ぎた剛太郎が強引に遺跡の護衛を決めてしまったという。
 そして、調査団でも剛太郎はコーディリアを放置して考古学に熱を上げるばかり。
 気付いたら、氷結のコーディリアが出来上がっていた、というわけらしい。


 大地の撹乱と剛太郎のライフル射撃の援護により、氷藍たちがイェクの群れの中から脱出したのは、それから、しばらく後のことだった。
「悪いな、助かった」
「いえ、大事が無くてなによりです」
 彩蓮は救急箱を開きながら、氷藍へと微笑んだ。
 イェクの群れを抜けてくる際に、氷藍と幸村は幾つかの傷を負っていた。
 幸村の方はコーディリアが診てくれている。
 機嫌がどうのという場合じゃなくなったのか、いつの間にか剛太郎にも普通に話しかけているようだった。
「しかし……何故、あんな危険な場所へ?」
 彩蓮は、傷の手当を行う手を止めずに訊ねた。
「イェクの生態が気になってなぁ」
「生態……?」
「今まで閉ざされていた遺跡で、あんなデカブツが大量に現れるってのは、何かしら面白い事実があるんじゃないかと思ったわけだ」
「何がありました?」
「見かけられたのは、ほんの偶然だったが――イェクが“枝”から出てくるところが見れた」
「……“枝”は力が形を得たものだという話ですよね。そして、その形は力を安定させている人間のイメージだと。だとしたら、枝から独立して動くことが出来て、人を襲う、アレらは一体……?」
「連中は倒されると土になる。つまり、形を保てなくなるんだ。……ということは、だ。
 奴らは、やはり『力』の一つの形でしかないんだろうが、土という媒体を使うことで、“枝”から離れて動くことが出来てるんじゃねぇかな」
「……なるほど」
 彩蓮は薄く息を吐いた。
 もしかしたら、イェクは人の遺骸に寄生したものなのではないか、と考えていたからだ。
 少なくとも、そういった物では無さそうなので安堵した。
「しかし、一体何故、そんな物が出現しているのでしょうね」
 そばで話を聞いていた大地が、考えるように片目を細めながらこぼす。
 氷藍は豪快に頭を掻いた。
「さてなぁ……雨や雷のようなただの現象、あるいは、不安定な状況にあると生まれる癌細胞みたいなモンと考えても良い気はするが……。
 例えば、安定して固定されたイメージを無意識の極地とするなら、あれは――」
「不安定に揺らぐイメージは意識のノイズ。さしずめ、『夢』というところでありますかな」
 剛太郎が言う。
「……夢……」
 彩蓮は氷藍の腕に巻いた包帯を留め、静かに繰り返した。




「この遺跡は、大きく3段階の歴史を歩んでいるようですね。
 一番最初――“力”を利用するために遺跡は作られた。
 それから、長い時を経て、ほとんどの技術は失われ、ただひたすらに安定させることに終始される。
 そして、古代のある日、研究者たちが機晶装置を持ち込み、亡霊艇が墜ちた……。
 おそらく、力が暴走した際、なんとか遺跡の外へ抜けられた者がSOS信号を発信したのでしょう」
 ロンは、興奮覚めやらぬ様子で続けていた。
「その時、救助に来たのがこの亡霊艇だった。
 装置によって機晶エネルギーによる信号に影響されていた力は、“切り取られていた力”を補うために飛空艇の巨大機晶石を求めた。
 そして、機晶石を取り込み、やや不完全ながらも安定することが出来たのでしょう」
 ニコロが続ける。
「今回、皆さんに見つけてきて頂いた成果は予想を上回るものでした。
 手に入った情報を元に、僕たちは亡霊艇をこの力から切り離す方法を探そうと思っています」
「とはいえ、現段階で既に幾つかの方法が考えられます。
 後は、それらを検討し、安全かつなるべく簡単に行えるものを選ぶだけ。 期待していただいて良いですよ」
 ロンは眼鏡に触れながら、子供のように笑った。