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小ババ様の一日

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小ババ様の一日

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    ★    ★    ★
 
 大図書室の天井まで届く壮大な書架の列を前にして、関谷 未憂(せきや・みゆう)がちょっと難しい顔をしていました。
「あっ、小ババ様。ちょうどいい所へ。カナンの資料がどの辺にあるのか分かります? 『カナン風土記』みたいな本があればいいんですけど。さっきから探しているのに、博識でも、精霊の知識でも、トレジャーセンスでも、資料検索でもいっこうに探せないんです」
「こばあ?」
 関谷未憂に聞かれましたが、小ババ様にもそれはまったく分かりません。それだけ探しても見つからないのであれば、それは最初からないか禁書の可能性があります。
「あ、みゆうすごーい、小ババ様と話してる!」
 ちょっと大きな声が響きました。リン・リーファ(りん・りーふぁ)です。
 あっという間に周囲からシーッとされてリン・リーファが黙り込みます。
 関谷未憂が、二言三言小ババ様と言葉を交わした後で、リン・リーファの所へ戻ってきました。
「ねえねえ、何を話したの? 小ババ様の言葉が分かるんだあ。なんて言ってたの?」
 それまで読んでいたチェスの入門書と、それに合わせて動かしていたチェス盤を脇に追いやってリン・リーファが関谷未憂に聞きました。
「ぜーんぜーん、分からなかった」
「えー」
 関谷未憂の答えに、リン・リーファがそれはないよという顔をします。
「少なくとも、私が探していた資料がないことだけは分かったけどね」
 ちょっと溜め息混じりに、関谷未憂が言いました。カナンがなぜ砂漠化したかを調べたかったのですが、資料がないのでは仕方ありません。また別の方法を探すまでです。
「ねえねえ、ゆせん……って、なあに?」
 隣で料理の本を読んでいたプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が、関谷未憂の袖を引っぱって聞きました。
「お湯の上にボウルを載せて、中身を暖めながらかき混ぜることよ。よく直接火にかけちゃう人がいるけど、それすると悲惨だから」
「へーえ」
 関谷未憂の説明を聞いて、一つ覚えたとプリム・フラアリーがうなずきました。
 
    ★    ★    ★
 
「ふう、忙しい忙しい。なにも、こんなにたくさんの本の貸し出しを僕に頼まなくてもいいのに……」
 パートナーに頼まれたたくさんの本をかかえたフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が、小ババ様の横をあたふたと通りすぎていきます。
 それを避ける形で、小ババ様は箒に乗ってふよふよと移動していきました。
「ちゃんと約束通りに、図書室につきあったはいいけど、いったいいつまでいるつもりなんだ?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の乗った書架用脚立を押さえながら樹月 刀真(きづき・とうま)が言いました。イルミンスールの森の霧の中で無理矢理約束させられたまではいいのですが、まさか、夜明け前にツァンダを出て、大図書室の開館からずっと本を読みっぱなしと言うのは予想外でした。本を探したり読んだりしている漆髪月夜本人はいいのでしょうが、横で待っている樹月刀真としてはものすごく退屈です。
「イルミン生みたいに本が勝手に飛んでくるわけじゃないんだから、気をつけて探せよ」
 脚立の上で本をかかえてふらふらしているように見える漆髪月夜に、樹月刀真が注意します。
 イルミンスール魔法学校の生徒だからと言って、読みたい本の方から勝手に飛んでくるようなことはありませんが、いかんせん、この図書室自体が魔法使い用にできています。紙ドラゴンを使った検索方法も、なじみのないものです。
「うん、大丈……あれっ!?」
 高い所にある本を、脚立の上でつま先立ちで取ろうとした漆髪月夜が、バランスを崩します。いわんこっちゃないという事態です。
「おい、危な……!」
 とっさに、樹月刀真が、落ちてくる漆髪月夜をだき留めようとして、そのまま後ろにひっくり返って下敷きになりました。
「こばっ!」
 偶然それを見ていた小ババ様が驚きます。もしかして、重かったのでしょうか。
 倒れた樹月刀真は、その拍子に頭を打ったらしく、ちょっとぼーっとしています。
「刀真? ……大丈夫? 刀真?」
 ぼーっとしている樹月刀真に、漆髪月夜が必死に呼びかけました。怪我はしていないようですが、ちょっと意識が飛んでいます。それを見てとった漆髪月夜が、さっと周囲を見回して人がいないのを確認すると、素早く樹月刀真の唇に自分の唇を重ねました。
 軽く閉じていた目をうっすらと開いた漆髪月夜の視界に、こちらをジーッと見ている小ババ様の姿が映りました。小さいので、見落としてしまったようです。
「じー」
「こ、小ババ……様!?」
 さすがに焦って、耳たぶまで真っ赤にした漆髪月夜が樹月刀真から離れます。
「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「……見た?」
 ブンブンと、思いっきり小ババ様がうなずきます。
「これ、口止め料……。内緒だよ」
 ポケットから小さなハートチョコを取り出すと、漆髪月夜が小ババ様にくれました。
「こばあ、こばこばこばば」
 自分は何も見ていないと、現金に答えて小ババ様がその場を後にします。
「いててててっ。つっ……油断したか。くそ、頭打っちまった……」
 遅ればせに意識を取り戻した樹月刀真が、頭をさすりながら起きあがりました。
「月夜は大丈夫か? って、お前、顔が真っ赤だぞ。どこか打ったか?」
 心配して樹月刀真が聞きます。
「ううん、なんでもない」
 ちょっとはにかみながら、漆髪月夜がそう答えました。