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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

リアクション


【一 緒戦】

 空京バーチカルビューランドの、浮島下面に突き出る空中展望塔は、上層からそれぞれ最上層、上部第二層、下部第三層、最下層という四つの階層に分かれている。
 いずれの階層も高い天井と広い床面積を誇り、建造物内であるにも関わらず、相当に開けた空間で構成されていた。塔全体の構造から見ると、浮島下面に接している最上層の直径が最も大きく、最下層の直径が最も小さい先細り状の形になっているのだが、その先細りの先端に当たる最下層に於いても、その床面積は二千平方メートル程はあるというのだから、空中展望塔の規模の大きさが分かるというものである。
 通常であれば、これだけの巨大な建造物なら安全で安心なリゾートポイントとして人々が楽しむことが出来るのであるが、今はそうではない。
 塔全体を襲った謎の衝撃の直後、下部第三層と最下層では壁面の一部が崩れ、塔を支える主柱が上部第二層と下部第三層間の床面付近で大きく歪み、その絶対的な構造強度は既に大半が失われてしまっていたのである。
 あれだけの頑強さと安全性を誇った空中展望塔が、今にも崩落する危険をはらみ、内部の人々を戦慄に震わせる恐怖の館と化した現実を、平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)は宮殿用飛行翼を装着した細身の体躯で宙を舞いながら、沈痛な面持ちで眺めていた。

「……酷いもんだな」
 鼓膜を激しく叩く気流の轟音の中で小さく呟いてはみたものの、レオ自身はまだ、空中展望塔をここまで痛めつけた犯人の姿を見ていない。
 だが、幾つもの目撃証言から、それが極めて巨大な何かであったことは容易に察せられる。それが再び襲ってくる可能性については確証の程は無いのだが、もし再び襲ってくるようであれば、レオは全身全霊を以って迎え撃つ覚悟を決めていた。
 そうしなければならない、という使命感のようなものが、レオの中に込み上げてきていたのである。
 と、そこへ同じく塔周辺を哨戒している他のコントラクターの姿が、視界に飛び込んできた。
「おぉーい、レオちゃんや〜い! ちょっとちょっと!」
「あれ、縁?」
 見ると、それは空中展望塔備え付けの小型飛空艇を操縦している佐々良 縁(ささら・よすが)であった。空飛ぶ箒の類を持参し忘れた為、仕方無く小型飛空艇を借りたらしい。
 レオは小首を傾げた。縁は若干困ったような表情を浮かべているが、緊急性は認められない。
「いやぁ、参った参った。優雨さんが、どこかいっちゃってねぇ」
 曰く、パートナーの天達 優雨(あまたつ・ゆう)が、『ちょっと興味があって』といい残し、どこかへふらふらっと飛んでいってしまった、というのである。
「うーん、さすがにそれを僕にいわれても……」
 縁以上に困った様子で、レオはポニーテールに束ねている艶やかな黒髪の上から頭を掻いた。
 すると、意外なところから助け舟が入った。
「おぉいちょっと、そこのお嬢さん方ぁ」
 見ると、黒革の翼を大きく広げた魔獣バジリスクの背に乗って、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)がふたりの前に現れた。翼を羽ばたかせる魔獣の不安定な背筋上であるのに、三郎はいささかもバランスを崩さず、器用に両脚で踏ん張っている。
 何事か、とレオと縁が顔を見合わせていると、三郎の口から思わぬひとことが飛び出してきた。
「えぇっと、あのお嬢さん……天達さん、だっけ? 何か知らぬが、オイレに乗って、ひとりでふらふらと飛んでいってしまいましたぞな。ありゃ、放っておくと危ないのではありませんかな?」
「嘘ぉ……マジでぇ?」
 あれだけ好奇心は抑えるようにと釘を刺しておいたにも関わらず、結局優雨は縁が目を離した隙に、謎の巨影が矢張りどうしても見たかったのだろう、ひとりで持ち場を離れて飛んでいってしまったらしい。
 縁はさすがに頭を抱えた。
「んで、そのう、優雨さんはどっち方面に?」
「確か西の方角ではなかったかなぁと」
 三郎からの答えを聞き取るのもそこそこに、縁は慌てて小型飛空艇のハンドルをその方角に向けて、エンジンを思い切り吹かした。

     * * *

 空京バーチカルビューランドが礎を置く浮島から離れること、西に数十キロ。
 丁度三郎が、優雨が飛び去った方向だと縁に告げた方角の遥か沖合いに当たる空域で、幾つかの影が雲海の外縁部を滑空していた。
 先頭を行くのは自慢のスパイク小型飛空艇コンドルを駆る御弾 知恵子(みたま・ちえこ)。パラ実らしいごつごつとした無骨な外観とは裏腹に、その飛行速度は後に続く幾つかの影に比すると恐ろしく速い。どんなに少なく見積もっても、通常の小型飛空艇の二倍程度のスピードは出ているように思われる。
 知恵子のコンドルから少し遅れて、桐生 理知(きりゅう・りち)の小型飛空艇オイレ、北月 智緒(きげつ・ちお)の通常型小型飛空艇、そして重武装の小型飛空艇ヴォルケーノを駆る湯島 茜(ゆしま・あかね)と続く。
 いや、もう少し正確に表現するならば、知恵子のコンドルと併走する別の小型飛空艇の姿も見られた。知恵子のパートナーフォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)である。
 ただフォルテュナの場合、知恵子と同じ速度のまま距離を近づけて併走すると、敵の奇襲を受けた際、ふたりが同時にやられるという危険性を考慮し、わざわざ機間距離を開けて飛行していたのである。
 そのフォルテュナの表情には、空中展望塔を飛び立った直後から、険しい色が張りついたままであった。
(知っている……)
 フォルテュナの脳裏に、巨大な魚影と、獰猛な牙の列が映像が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。フラッシュバックのように明滅する記憶の中で、しかしフォルテュナは確かに、その名を口の中で唱えていた。
「メガディエーター……」
 正直なところ、詳しい能力や生態までは思い出せない。だが、あの凶悪な容姿と圧倒的な恐怖は、決して忘れはしない。
 そんなフォルテュナのいつもとは異なる様子に、勿論知恵子は気づいていた。が、知恵子だけでなく、理知と茜も、そのただならぬ鬼気迫る形相を、遠巻きながらに眺めていた。
「あのフォルテュナって子……何かを知ってるっていうか、気づいてるって感じだったね!」
 強度の気流と、冷たい向かい風の為、近くを併走する相手であっても、大声で呼びかけないと意思が伝わらない。理知が斜め後方にぴたりとつける茜に向けて、叫ぶように声をかけると、茜も喉を嗄らさんばかりの勢いで叫び返してきた。
「さっき聞いたんだけど、あの子、古代の兵器さんらしいよ! その兵器さんが知ってるってことは、今回現れたっていう大きな怪物だか何だかよく分からないあの影も、昔の兵器に関係あるんじゃないかな!」
「ごめーん! 智緒、よく聞き取れなかったんだけどぉ! 兵器が何ってぇ!?」
 やや話に乗り遅れた感のある智緒が、茜以上に大声を張り上げて問いかけてきたその時。
 不意に、彼女達の小型飛空艇のインストルメントパネルが赤く明滅し、高い音域で警告音をけたたましく鳴らし始めた。
 何かと思って視線をハンドルの間に落としてみると、そこに、

   WARNING!
   A HUGE TARGET DRONE
   “MEGADIATOR”
   IS APPROACHING FAST

 の文字が躍っている。
 フォルテュナが無線で送り出してきている警告表示であった。
「な、何事ぉ!?」
 思わず理知が叫んだ。いや、頭の中では何が起き、誰がこの警告表示を送ってきているのかは理解しているのだが、感情がついていけなかったのである。
「あぁ! ま、前! 前!」
 茜が叫んで前方を指差す。
 理知と智緒が慌ててインストルメントパネルから茜の指先が示す方向を視線で追った。見ると、丁度右手側に広がる雲海が切れるところに知恵子のコンドルが差しかかろうとしていた、まさにその時。
 宙に浮かぶ真っ白な綿状の塊の中から、この世のものとは思えない程の巨大な牙の列が、奇怪な程にせり出した歯茎と共に口腔の外側へと飛び出す超ド級戦艦の穂先のような姿が、そこにあった。

(来た!)
 知恵子は右手から迫る洞窟のような赤い空洞と、その上下に並ぶ巨大な歯列を視界の片隅で捉えていた。その非常識なまでの巨大さを除けば、知恵子に襲いかかる獰猛なる姿は、まさに獲物に喰らいつかんとするホホジロザメそのものの姿であった。
 だが、知恵子に恐怖は無かった。
 コンドルの質量センサーが捉えていた巨大物質の速度を計測してみたところ、コンドルの速さには及ばないことが既に分かっている。慌てる必要は無かった。
 知恵子はエンジンをフルスロットルまで噴かした。するとコンドルは、絶望の象徴たる上下の巨大な歯列が噛み合わされる前に、知恵子の体を遥か前方にまで移動させていた。
 敵の噛みつき攻撃は、空振りしたのである。
 直後、知恵子が既に駆け抜けた空域でいくつもの爆音が聞こえた。茜のヴォルケーノに搭載された火器が火を噴いたのである。
 ここまでは、予定通りである。問題はこの後、敵がどう出るか、であった。