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リアクション
◆第二章◆
そして、土曜の朝。
「あれは、夢だったんやろか……?」
目覚めた音々が、ぼんやり呟いていると、廊下がギシギシと鳴り、襖の向こうに数人の影が現れた。
「女将さん、バイト募集の公告を見たコンダクターの方々がお見えです」
「ウチとしたことが、寝過ごしてしまったかのぅ」
源の声に慌てて身支度を整え、襖を開く。
「おはようございます」
「今日は、音々大女将の下で、若女将として働きますわ」
「早速ですが、改装工事の許可をお願いします」
そこで待ち構えていたのは、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)瀬名 千鶴(せな・ちづる)デウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)の3人だった。
「改装工事って……あんたら、この伝統ある風船屋を、勝手に造り替える気か?」
「ええやないの、源さん」
千鶴に詰め寄ろうとした源を、音々がたしなめる。
「ウチは、覚悟決めたのじゃ。この人らの言う通り、改装でも何でも、やってみようやないの。もしかすると、夜のアレは、夢のお告げだったかもしれんしのぅ」
「女将さん?」
「あ……いや、何でもない、何でもない……」
音々のお墨付きをもらった設計図を手に、庭に出たデウス・エクス・マーキナーとテレジアは、集まり始めたコントラクターに声をかけて回った。
「露天風呂周りも少し直せば、最高の絶景スポットになるのでございますー庭師や大工を雇わず、我々の手で、綺麗に整備して行くことで、経費を削減できるのではないかとー」
「手の空いている方に、できるだけ声をかけていただけますか? 設備工事と改装は、午前中のうちに終えたいのです」
テレジアの将来の目標は、北欧で日本式温泉を経営すること。その収益で生家を再興したいと願い、目標の実現に向けて日々奔走するテレジアにとって、風船屋でのアルバイトは、願ってもいない絶好のチャンスだ。
テレジアが契約した英霊の千鶴は、旅館で、若女将として働いていた経歴の持ち主だから、その気になれば、今日一日の経験で、様々なことを学び取れるはずなのだ。
「マキちゃん、テレサちゃん、次は、食堂に行って、ステージの設置について相談しましょう」
しばらくしてから、ふたりを呼び戻した千鶴の手には、女将が昨夜、赤字を書き込んだ帳簿があった。
「帳簿を見直していて再確信したのだけれど、伝統を墨守しつつも時代のニーズに答えられなければ、老舗旅館と云えど生き残れないのよ。リゾート開発会社に全て持って行かれる前に、此方から、変えるべき点を変えていかなければ……」
「元女将の経営感覚で見いだしたそれが、食堂なのでございますか?」
「ええ、食堂のステージ設置よ」
千鶴の提案に、テレジアが目を輝かせる。
「ステージを設けて、宴会場風にするのですね」
「催し物を開いて、お客様をおもてなしするのよ。プログラムは、直前まで秘密にしておいた方がいいわね」
「私、水面下でこっそりと、ステージに立つ人を募ります。見つからなかったら、私もステージに立ちます。こう見えても昔はフィギュアスケートの選手でしたから、色々とダンスは得意なんですよ?」
ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)とセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)は、改装工事の終わった場所の掃除を担当していた。
「家事雑用ならオレに任せろ! ガキの頃から下働きで鍛えた技を見せてやるぜ!」
まるっきりスポ根のノリ。だが、確かに、ヴァイスが雑巾がけした床は、他の部分とは、見違えるように輝いている。
「……って、おいセリカ、お前、何してんだ?!」
「何って……お前と同じだ、雑巾で床を拭いている」
「ビショビショじゃねえか! ああっ、ゴミが水溜まりに浮いている! セリカ、てめーはダメだ。てかダメすぎだろう?!」
「……俺は、ダメなのか?」
「掃除は、まず、表面のゴミや埃をはいてから、雑巾がけだろ!」
「何故、掃き掃除と拭き掃除を両方するんだ」
「あ、ちょっと待て! そっちの畳は濡れ拭きすんな! 湿気は畳の天敵だ! 乾拭きにしておけ!」
「ヌレブキ? カラブキ? 同じ雑巾だろう、分ける意味がわからん」
ヴァイスとセリカは、同時に、大きなため息をついた。
「まったく……セリカって、実は、いいトコのボンボンだったりする? 畳と着物はいいとして、基本的な掃除の仕方も知らないなんて、相当だぜ」
「たかが掃除が、これほど複雑かつ重労働だったとは……これなら戦っていた方が楽なくらいだ……」
「パートナーが家事能力壊滅なんて、オレの沽券に関わる! このバイトの間に、みっちり基礎を叩き込んでやるからな!」
ヴァイスの宣言に、頭を抱えたセリカだったが、ふと、あることに気付いた。
ヴァイスは、やたらと手際がいい。昔、セリカの所で働いていた下働きと比べても、動きが違う……。
「はっ! もしや、ヴァイスの身のこなしは、この下働きで鍛えられていたのか?!」
家事雑用、侮りがたし!
「よし、かかって来い、ヴァイス! このアルバイトで、見事、家事技能を習得してみせよう!」
こうして、スポ根ノリで仕事をこなす掃除担当は、ひとりからふたりに増えたのだった。
ドッシーン!
廊下中に、タオル、浴衣、シーツが、まき散らされる。
箒で掃き掃除をしていたセリカに、洗濯物の山を抱えたよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)が、ぶつかったのだ。
「あっ……あの、あの、ボク、あの……ゴメンナサイ……」
「おい、あんた、色物を白いのと一緒に洗ったら、ダメだろ!」
ビクビクおどおどおろおろと洗濯物を拾い集めるももたろうは、ヴァイスに怒鳴られて、今にも泣き出をしそうだったが……、
「ほら、オレたちが手伝ってやるから、がんばれよ!」
「俺も、洗濯は習得中の身だ。どうやら、漂白剤と洗剤はちがうものらしいぞ」
「……は、はいっ!」
一緒に洗濯物を拾い集めているうちに、すっかり打ち解けて、「えへへ」と笑い出した。
そんなももたろうと一緒に働いているはずの姫月 輝夜(きづき・かぐや)は、男湯でサボり中。
「ふぁ〜あ……うんうん、そ〜なんだよね」
周囲でせっせと働いている女性従業員に、適当な受け答えを返しながら、眠そうにうつらうつら……しかし、長く伸ばした前髪の下の絶世の美貌のおかげで、わがままも、やる気のなさも、許されてしまっているらしい。
「う……うん……」
次第に、おしゃべりもまばらになって、箒を抱えたまま、本格的に、うとうととろとろ……、
「こらあ! 怠けているんじゃないっ!」
「うわあっ!」
不意に、女湯の方から聞こえてきた声にビクリと目を覚また輝夜は、仕方なさそうに、働き始めた。
だが、しかし。
輝夜に発破をかけたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)の方は、男ふたりが女湯に入れないこといいことに、まったりと露天風呂に浸かっていたのだった。
たまたま「実録! 旅館の女将24時!」というタイトルのテレビ番組を見て、温泉宿の女将に興味を持ってしまった日にバイトの広告を見つけ……、
ももたろうと輝夜のふたりを巻き込んで風船屋にやってきたイランダだったが、生まれて初めての和風な旅館に露天風呂に大感動、大興奮。あちこち見て回ったりするのに忙しくて、バイトになどならない。
結局、仕事はももたろうと輝夜に押し付けて、自分だけ、真っ先に、温泉を満喫しているのだった。
「露天風呂に和風の旅館。ゆっくりできるうえに、お小遣いかせぎもできるなんて、サイコーよね!」
「お前さん、若いのに、なかなかやりますね」
源は、バイトとして厨房に入った涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の腕前に感心していた。
「風船屋が困っているときに、せっかくいらっしゃるお客様です。おいしいものを作ってあげたいですね」
義と情に厚い源は、涼介の言葉に、うんうんと頷く。
「今夜のメインは、キノコ鍋にしやしょう。このあたりの名物ですし、今年は豊作です」
「基本は、キノコと野菜で……あ、でも、パラミタ猪とパラミタ熊の肉も珍味と聞いていますから、誰かが狩ってきたらそれを捌いて、味噌仕立ての猪とキノコの鍋もよさそうだな」
「猪と熊……手に入りますかね?」
モンスター退治に向かうコンダクター達の腕を信じよう、と涼介は思った。
「お金はいらない、って……どういうことじゃ?」
「はい。私は、バイトではなくお手伝いに来ておりますので、お金は要りません」
とまどいを隠せない音々に、双葉 みもり(ふたば・みもり)が、きっぱりと告げる。
「旅館として、お客様がいらっしゃらないのはやはり寂しい事…ですよね。困っている方を、放ってはおけません。私にお手伝いできることがありましたら、なんでも言って下さいね。あまり荒事は得意ではありませんが、私ができる限りで、女将さんのお手伝いをしたいと思いますので……」
「そりゃあ、荒事の他にも、仕事はいろいろあるがのぅ」
音々に千鶴を紹介され、過去の帳簿のチェックをまかされたみもりに、パートナーの皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)が、複雑な視線を送る。
「皇城様は、どうしてそんな渋い顔をして私を見ているのでしょうか?」
「キミは……ここで働くということには別段止める理由もないが、キミが無償で働くという事に対しては、意味を見いだせない。働いた事に対しても、正当な報酬は、受け取れるのであれば受け取るべきだ」
「私には良く判りませんが……困っている方が居たら、助け合うのが当然……ですよね? ですから、もしよろしければ、皇城様もお手伝いを……」
「キミは、もっと外の世界を見るべきだと、俺は思うが……まぁ、キミが最終的に決めた事に、俺は従う。キミは俺の目的であり目標だと、決めたからな」
「皇城様…ありがとうございます」
みもりは、家族全員に可愛がられて育った為、世間というモノを知らない。この世に悪い人は居ないと本当に信じている。
そんな彼女の笑顔を前に、刃大郎は、自分の言葉を忘れないで欲しい、と願うのだった。いつか、みもりが世の中を見たとき、その意味を理解するだろうから。
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