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灰色天蓋

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灰色天蓋

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 地上で避難の行われている頃、その経路を守るために屋根に上がっていたのは、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)達だ。
「屋根のおかげで、一気に大群が下に降りれないのが幸いだな」
 カメハメハのハンドキャノンを構えながら言う勇刃に「そうね」と答えたのは枸橘 茨(からたち・いばら)だ。
「まるで最初からそれを想定してたみたい、というのは考えすぎかしら」
 町のパンフレットでは、十字状に走る大通り以外は、殆どの通路は屋根に塞がっているに等しい。その自然にできたアーケードも観光の売りになっているが、飛来してくる何かに対する、傘の役割があったように見えなくも無い。雨などの天災への対策だったのかもしれないが、今まさにフライシェイドの襲撃に対して効果を発揮しているところを見ると、その考えもあながち間違いではないのかもしれない。
「じゃあ、このトンボみたいなのが襲ってくるのは、これが初めてではないってことなんでしょうか?」
 その推論に、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)が首をかしげた。
「さあな、それは判らないが……」
 言いかけて、勇刃はその銃口をフライシェイドに向けると引き金を引いた。咲夜に近寄ろうとしていたフライシェイドの数匹がそれで吹き飛ばされる。
「考えるのは後だ。今は、こいつらを何とかしないとな」
「そうですねっ」
 勇刃の言葉に、咲夜と茨も頷いてフライシェイドに向き直った。
「行くぞ……!」
 勇刃の掛け声に、咲夜のオートバリアが発動する。
「健闘くんと茨さんは、私がお守りしますから、全力でいってください!」
 力強い言葉に後押しされるように、勇刃が引き金を引いた。カメハメハのハンドキャノンから放たれたクロスファイヤが、歴戦の武術によってフライシェイドの群れを抉り取るように殲滅する。
「観光地だから、あまり大掛かりな術は使わない方が良さそうね……」
 その合間に、茨が放った闇術がフライシェイドを包み込んで撃退していく。
 まだ本格的な降下の始まっていない中で、勇刃たちの迎撃は、フライシェイド達の地上への到達を防ぎきっていた。
 しかし。
「キリが無いのは確かだな」
 絶え間ないフライシェイドの降下に、勇刃は息をついた。
 一匹一匹はさしたる力も無いために、防衛するには楽な相手ではあるが、問題はその数だ。一度一掃したところで、次々に降ってくる。このまま消耗戦になれば、体力の方が先に尽きるかもしれない。
「けどまあ、そんなことは言ってられないか」
 暗い考えを振り切って、勇刃は再びハンドキャノンを構えなおして迎撃を再開した。頑張っているのは自分だけではないし、何より戦う手立てのない人々を、危険に晒すわけには行かない。
「皆を守らないとな」
「はい」
 答えたのは咲夜だ。
「こんなところで、誰にも死んでなんて……いいえ、誰にも死なせたりしません!」
 その意思に、勇刃も頷く。そんな二人の傍らで、茨はふと何かに気付いたように信号弾を取り出した。
「茨?」
 不思議そうに首を捻った勇刃に「試してみたいことがあるの」と茨は、その銃口を誰もいない方向へと向ける。
「フライシェイド達の行動は、妙な指向性があるのよ。これで、何かわかるかも……!」
 そう言って放たれた信号弾は、大通り――ストーンサークルの方へと向かう。そしてそれを追いかけるように、一部のフライシェイドが突然起動を変えた。
「やっぱり……そうなんだわ」



「急がないでね、後ちょっとだからねっ」
 所変わって南側。こちらでは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)たちが住民たちの避難の真っ最中だ。
 彼女らもやはり、エースたちと同じように、勇刃たちの防衛網のもと、出来るだけアーケードの下へと誘導している。
「ほら、あそこまでいけばゴーレムちゃんがいるから、安心だよ」
 そう言って、不安げな人々を励ますその最中も、油断無く意識をめぐらせて、近づくフライシェイドの殺気を看破すると、ヒノプシスを放つ。どうやら有効なようで、それを食らったフライシェイドはぱたぱたと地面に落ちていく。
「でもこれじゃ、埒があかないよ」
 そう、フライシェイドの数は、ゆっくりとだが確実に、その数を増やし始めているのだ。
 屋根上の迎撃のおかげで、地上まで到達するのは一匹、二匹と数は少ないものの、そのたびに手を取られてしまうことには違いない。ゴーレムのいる町の入り口までの、後ほんの少しのはずの距離が、随分遠くに感じられる。
「どいておれ」
 そんな中、横から割り込んだのは、先ほどまで誘導をしていたはずのパートナー、ミア・マハ(みあ・まは)だ。
「皆を下がらせい。埒をあかせようではないか」
 その言葉で何をしようとしているのか察して、レキは人々を通路の先へ急がせた。そうして、レキ自身が壁になれる程度に皆が下がり終えるのと、ミアが術を完成させたのはほぼ同時だった。
「ブンブンと五月蝿いんじゃよ!」
 発した声と共に発動したブリザードが、音を立てて吹き荒れ、フライシェイドたちを纏めて凍りつかせていく。通路を塞ぐようにして生まれた氷のオブジェに、ふん、と満足げに鼻を鳴らし、そして気付いた。
 ブリザードで生んだ氷は、確かに障害にはなるだろうが、相手は羽根を持った小型のモンスターだ。その隙間をぬって入り込んでこれそうなものだが、そんな気配は無い。
「あれ……?なんか、遠ざかってくみたい」
 レキも殺気が遠ざかったのに首を捻った。これではまるで――
「諦めた? いや、もしや……」
 屋根で迎撃をしている勇刃たちから、信号弾の方へ、一部のフライシェイドが攻撃目標を変えたという報告があった。そして、今のフライシェイド達の行動。この状況から一つの推測が浮上する。ミアはレキの傍まで駆け寄り「皆に伝達じゃ」と急かした。
「視覚も聴覚もなしに、どうやって敵を認識しておるのかと思っておったが……」
 その一つの答えが、アイスフィールド、そしてブリザードの氷への反応。つまり。
「恐らくきゃつら、熱を感知しておるのじゃ」




「なるほど、熱か……」
 レキからの通信を受けて、エースは微かに安堵の息をついた。
「これなら、無駄に戦わずに済みそうだ」
「戦うのは嫌いですか?」
 独り言のような言葉に、尋ねたのはゴットリープだ。咎めているのではなく、ただの疑問といった様子なので、エースも「いや」と前置いて苦笑を浮かべる。
「ただ、今回のことは何か原因があると思う。人間の敵ではないのなら……無駄な殺生をしたくないだけだ」
 甘いのかもしれないが、と続けて苦笑するエースに、ゴットリープは何かを言いかけた。が。
 その時だ。
 フライシェイドの集団が、羽音を響かせて接近していた。たかだか数匹、けれど間の悪いことに、最後尾にいたのは乳児を抱きかかえた女性だ。それも、先ほど合流したばかりでろくな守りも無い、無防備な状態だ。
「……ッ!」
 緊張が走る。エースからもゴットリープの位置からも距離がある。遠距離攻撃でも、数に間に合わない。
「危ない……!」
 誰かの叫び声が上がる。だが、次の瞬間一つの影が女性とフライシェイドの間に割り込んだ。
「危ないわねぇ」
 状況にそぐわない声色と共に、フォースフィールドに阻まれたフライシェイド達の残骸が地面へと落ちていく。
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)はそれを見て、ふ、と短く息をついた。
「怪我は無いわね。さ、もう大丈夫だから焦らずに行きなさい」
 まだ青ざめている女性の肩を優しくぽん、と叩き、駆け寄ってきたエオリアと幻舟に任せると、自身は何かを確認するように視線を不意に上空へ向けた。アーケードに覆われて空を窺い知ることは出来ないが、その表情はどこか硬い。
「……そう、ええ、了解」
 そのまま、軍用無線に耳を傾けていたニキータは、二、三何かを確認すると、エースたちに向き直った。
「フライシェイドの降下率が、十分ごとに2%あがってるらしいわよ。避難を急いだ方がいいわね」
 硬い声に、エースとゴットリープも表情が変わる。避難は順調ではあったが、時間の方が待ってくれる気は無いらしい。
「あんたたちは、ルートを確保しつつ先導して」
「わかった」
「あなたはどうするんです?」
 ゴットリープの問いに、ニキータは肩を竦めた。重たげな対物ライフルを一撫ですると、「誘導しながらこれをぶっ放すわけにもいかないでしょお?」と、不適な表情で笑うと、片目を瞑って見せる。
「ここはあたしに任せてちょうだい」
「わかりました」
「頼む!」
 力強いニキータの言葉に、二人はこの場を任せて人々を安全に避難させるために先頭へと急ぐ。その背を横目で見送ってから、再びその目をフライシェイドに向け直した。そのフワラシが円を描くように囲んでいく。
「やっぱりこういう場合は、軍人が殿を務めるものじゃなぁい?」
 スライムのような不定形なフラワシの作る防護壁のその中心で、向かい来るフライシェイドに対して、ニキータは挑戦的に笑った。
「あたしがここに立つ以上、ここから先は通行禁止なのよね」