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灰色天蓋

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 鈴達がサークルに到着し、既に集まっていたフライシェイドを一掃して程なく、ストーンサークルへ辿り着いた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、苦笑がちな表情で亀裂の周囲に目を走らせた。八つの柱のうちの一つが倒れ、その中心で空間を割くように亀裂が走っている。その上、そこからは先ほどから、低い唸り声にも似た音が漏れ聞こえてくる。異変の源は火を見るより明らかだ。
「原因はいっそあからさまだけど……問題は経緯だね」
 何らかの封印が解けたのだろうことは見たところで推測できるが、柱が原因で封印が解けたのか、封印が解けたから柱が倒れたのか、などの因果がはっきりしない。
「調べてみないことには判らないな」
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も難しい顔をする。
「時間も余り無い。すぐにでも調査を……」
 言いながら動こうとしたブルーズを、天音が不意に口に手を当てて沈黙を示した。
「どうした?」
「犯人は現場に戻る、って言うよね」
 潜めるような声に、首を傾げるブルーズを尻目に、天音はするするとストーンサークルから離れ、家の影をひょいっと覗き込んだ。
「……君たちはそこで何をしてるのかな?」
「わ……っ!」
 まさか気付かれているとは思っていなかったようで、少年たちは飛び上がらんばかりの勢いで声を上げた。そのままきびすを返して逃げようとしたが、その方向からはちょうど、アキュートとルースが向かってくるところだった。
「何だ? こんなところにまだガキが残ってたのか」
「お母さんたちとはぐれたんですか?」
 話しかけられ、逃げ道をふさがれた少年たちは、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回して逃げ道を探そうとしているので、見かねて天音が声をかけようとした、その時だ。
「あ、お前たち!」
 逃げ回った子供たちの匂いを辿っていたために、あちこち歩き回るはめになった和輝達が、ようやく見つけた姿に声を上げた。随分探し回ったというのに、結局もとの位置、というオチにやや機嫌が悪いようで、ずかずかと子供たちに近づくと、その顔を確かめてやっぱりだ、と頷いた。
「お前らだろ、この柱倒したの」
 そういって指差された、一本のストーンサークルに、少年たちがびくりと体を固くした。
「あれが原因なんじゃないのか? お前たち、他に何かしたんじゃないだろうな」
「まあ落ち着いて」
 追求する言葉に、怯えるように身を竦ませた子供たちを見かねて、やんわりと天音が割って入った。
「僕たちはこの状況を何とかするためにここにいるんだ。出来れば詳しく話を聞かせてもらえないかな。
 制服の上にコートを羽織っているせいで、一見しては軍人に見えないためか、それともその妙に色っぽい容貌のせいか、少年たちはおどおどしながらも顔を見合わせ、やがて口を開いた。
「おれたちは、ギシキをしてたんだ」
「ギシキ?」
「こいつが、おれたちの仲間入りするための、勇気のギシキだよ」
 リーダー格の少年が、一番小さな少年を指差した。先ほどから、小さくなっているその少年はどうやら少年たちの中でも一番若いようだが、仲間扱いされていないのは、どうやら別の理由があるらしかった。
「こいつがいると、変なことばっかり起こるんだ。だから仲間に入れてやらなかったんだけど……どうしても入れてほしい、って言うから、あの柱を倒せって言ったんだ」
 その言葉に、あのなあ、とアキュートが僅かに眉を寄せた。
「……もしかしなくても、大人たちから柱を倒すな、って言われてたんじゃねえのか?」
「倒そうとしたって、倒せなかったんだよ!」
 怒られるのだと思って、リーダーの少年が焦ったように声を荒げる。
「台風とか地震とかでも倒れないし、じいちゃんたちが言うには、ずっと昔からあれは「ふういん」だから絶対倒れないって言われてて」
「封印?」
 天音が思わず尋ねると、少年はこくんと頷いた。
「すっごく昔に、この町に「わざわい」があって、それを封じ込めたらしいんだ。だから、動かしちゃいけないって……」
 だが、そう言われれば破ってみたくなるのが、幼い子供の悪い性だ。少年たちも例に漏れず、動かそうとしてみたことはあったらしい。
「おれたち、何度も試したんだ。どんだけ力を入れたって倒れなかったんだよ。だから……」
 息せき切って説明していたが、突然歯切れが悪くなった。
「成る程な」
 和輝が複雑に苦笑する。つまり彼らは、最初からこの少年を仲間に入れるつもりなどなかった、というわけだ。少年たちもそのあたりは後ろめたいらしく、多く語らなかったが十分だ。
「けど、きみは倒せてしまったわけだね、不幸にも」
 天音が言うと、小さな少年は、不幸、という言葉に表情を曇らせながら、こくん、と小さく頷く。
「そうしたら、急にあそこに穴が空いて……変な唸り声が聞こえてきて……空があんなになって……」
 それで恐ろしくなって、皆で逃げたらしい。だが、大人たちに怒られるのではないかと思い、避難する皆の中に入ることも出来ないで、ずっと逃げ回り続けていたのだという。襲われなかったのは、迎撃者たちの奮闘もあるだろうし、隠れる時に箱だののフライシェイドが入り込む隙間の無い場所に逃げ込んでいたためのようだ。
「……いつも、そうなんだ。ぼくの周りは、何故かいつも「ふこう」がやってくるんだよ」
 ぼそぼそと、力無く吐き出された声に、周囲も何となく気まずい雰囲気になる。
 だが、これで原因ははっきりした。少年たちが柱を倒してしまったことにより、ストーンサークルの何らかの力が失われ、亀裂が生まれてしまったのだ。その中に何があるのかはまだ不明だが、フライシェイドがその何か、あるいは亀裂そのものを目指しているのは明らかだ。アキュートがううん、と唸った。
「とりあえず、柱を戻せばいいんじゃないか?」
 倒れたからこうなったのであれば、直せば元に戻るのではいか。そう推測したが、これには少年たちがぶんぶんと首を振った。
「だ、だめだよ。今、穴がふさがっちゃったら……」
「中にはいってっちゃった人がいるんだ!」
 どうやら、亀裂が出来てすぐ、少年たちが逃げ出すより前にその中へと入っていってしまった人物がいるらしい。唸り声が聞こえ始めたのはその前なので、フライシェイドを呼んでいるのがその人物、ということは無いだろうが、気になる話だ。
「いずれにしても、ただ戻すだけで何とかなるかはわからないし、今集っているフライシェイドがどう出るかわからない」
「そうだね……調査は必要だ」
 ブルーズはストーンサークルを見やりながら言い、天音も頷きを返す。
「当然、この中も、ですね」
 と亀裂を指差して叶 白竜(よう・ぱいろん)が口を開いた。
「とは言え、中は何があるのかわかりませんし、パワードスーツがある自分が適任でしょうね」
 だが、それに難色を示したのはパートナーの世 羅儀(せい・らぎ)だ。
「止せよ、何があるか判らねえだろ。柱を倒した程度で壊れる封印なら、直せば戻るって」
 何とか思い留めさせようと説得を試みたが、白竜の無言の一瞥で無駄を悟ると、重いため息をついた。
「はいはい、わかった、わかりました。行くよ、行きますよ……」
 諦めたように言い、準備を始める中「二人だけでは危険じゃないかしら」と懸念を示したのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 亀裂の中は、何一つ情報が無い上、ここからでは何も判らないのだ。パワードスーツを着ているとは言え、何が起こるかわからない。何かあっても対応しきれるように、少なくとも後二人欲しい、というのは皆の共通の意見だった。
 そんな中。
「じゃあ、あたしたちが行くわ」
 と、挙手したのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。彼女たちが別に実力が不足している、とかそういうわけではなかったが、皆が同時に一つの理由から、とっさに言葉を失った。
 彼女たちの美しい肢体を覆っているのは制服一枚とその下の水着だけ、という服装だったからだ。
(その格好で?)
(あの格好でか?)
 皆が内心でツッコミを入れたが、それを問うような無駄な時間も無いのも確かだったので、何となく飲み込んでしまったまま、永久に突っ込みを入れる機会は逸してしまったのだった。



「通れそうか?」
 まずは先頭を切った白竜たちに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が渡したザイルの固定をしながら尋ねた。
「ぎりぎり、といった所だな」
 ダリルの声に、白竜が応える。
「押し広げられるかと思ったのですが、そうはいかないらしい」
 人一人通れる程度のその亀裂は、異空間へのゲートというより、まるで壁に出来た裂け目のように確固とした存在であるらしい。パワードスーツの分大きくなった体格で、果たして通れるのかどうかと危ぶまれたが、スーツの表面をがりがりと擦りつつもなんとか通過出来たようだ。
「不思議なものですね。空間の割け方は魔法的でありながら、それ自身には質量がある、というのは」
「変な所に感心するなよ」
 羅儀が呆れたように言うのを無視して、白竜は固定されたザイルに体重を預けるようにして更に亀裂の中へと体を乗り出した。中は肉眼では何も見えないほどの暗闇が広がっているが、ダークビジョンのおかげで、伸ばした足は危なげなく地面へ触れた。
「傾斜はきついですが、足場に問題はなさそうです」
 その言葉を証明するように、白竜の体が亀裂の中に消えていった。それを見やりながら、羅儀は心底嫌そうに顔を顰める。
「本当にここに入るのかよ……」
 心底勘弁して欲しいとその顔は言っているが、パートナーを放ってもおけない。
 結局、最後まで渋りながらもその後に続いた。
「意外に中は広いわね」
 二人に続いて、亀裂に足を踏み入れたセレンフィリティが意外そうに言った。続くセレアナが光術を使って照らした亀裂の中は、入り口こそ狭いが、入ってしまえば四人が固まっていられる程度に空間は開けている。
「それにしてもほんとに暗いわね……シェイドたちに視覚が無いのに、関係してるのかしら」
「そうかもしれないな」
 頷いた羅儀の隣では、白竜が何かを考えるように沈黙している。
「どうしたの」
 セレアナが尋ねると「生物学には詳しくありませんが」と前置いて、白竜も口を開く。
「普段攻撃性の無い、弱い動物が集団で襲う原因は、テリトリーを侵された場合や、我が子を守るといった類のことが多いそうです」
「今回の件も、亀裂が開いたことで「テリトリーが侵された」ために起こった、ってこと?」
 セレンフィリティが言うと、あくまで可能性の話です、と付け足してから、再び白竜は続ける。
「それに、迎撃に向かった大熊さんが言っていた「女王」の存在の可能性も、否定できません」
 そんなことを話していると、洞窟の奥から低い唸り声のような音が響いてきた。
「この音、地上にも聞こえてた……」
 セレンフィリティが、不安げに呟いて眉を潜めた。
「兎も角、行ってみるしかないでしょう」
 白竜がそう言うと、皆は頷いて口を閉ざす。今は、立ち止まって考えている時間も惜しい。
 周囲の壁や、亀裂から入ってくるフライシェイドに警戒しながら、慎重に奥へと進み始めた。


 そうして、亀裂の内部へ向かった者たちの姿が完全に見えなくなると、地上に残った者たちもまた、動き出した。
「さて、こっちはこっちで現場の調査をしなくちゃな」
 アキュートがぱん、と手を叩いて周囲を見回す。倒れた柱もそうだし、他の柱にも何か、この状況を何とかするための手段へのヒントがあるかもしれない。手元のパンフレットに目を落とした天音も頷いた。
「このストーンサークルが町の中心にあることにも、どうも意味がありそうだし、調べれば何かわかるかもしれないね」
「だが、その間無防備になるのは……」
 懸念を口にしたのはブルーズだ。
「それについては、心配は要らない」
 きっぱり言ったのは、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
「あなた達が調査をしている間は、私がフライシェイド達の接近を阻止する」
 言いながら、火炎放射器を構え「情報によれば」と言葉を続ける。
「フライシェイドは火を好まないようだ。なら、これ一つでも十分、効果があるはず」
「私も手伝いますわ」
 名乗り出たのは鈴だ。返答を待つ間も惜しむように、クレアの位置から、ストーンサークルを挟んで向こう側の位置へつき、サークルに集まったメンバーを二人の背が庇うように立ち塞がる。その様子に、ルースは頭を一つかいて「頭使うのは、俺の役目じゃないですからねえ」と、レーヴェンアウゲン・イェーガーを手に、サークルの外側へと動き、アキュートもまた名乗りを上げないままそれに続き、残る二方向を埋める形で武器を構えた。それを見やって、クレアは一度小さく笑うと、すぐ表情を改める。
「四方は我々で固め、一匹たりとも通さん。あなたたちは、調査に集中してくれ」
 再度火炎放射器を構え直す姿に、調査を受け持ったメンバーたちは力強く頷いた。
「あとは迎撃してくれてる人たちが、どれだけ頑張ってくれるかですね……」
 そんな中、独り言のように懸念を口にして、ルースは空を見上げる。


 空に広がった灰色の天蓋は、気のせいかその距離を近づけているように思えた。