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第八章 聖なる夜に見る夢
「ん〜? 何かうるさい……」
「なんの騒ぎなの……?」
 さすがに騒がしかったらしい。
 あちこちの家に灯りが点いた。
「……マズいな」
 混じる幼い声にコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)トナカイは思わず、もらした。
 サンタが子供を襲ってる所を見られなかったのは良かった。
 だが、クリスマスイルミネーションの一部が破損していたり、サンタクロースがこんなに集まっていたり、不自然極まりない。
 このままでは子供達の夢が壊れてしまう!
「ふっふっふ、みんなのアイドルラブちゃん登場! 行くわよトナカイ一号・二号!」
 何とかしなければ!、と焦るコアの耳に届いたのは、ラブ・リトル(らぶ・りとる)の不敵な宣言だった。
「は?」「グオオオオ……?」
 唖然とするハーティオンと龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)を余所に、キュートなサンタさんは窓から顔を出した子供達に、大きく手を振った。
「はろー、お子様達! 合言葉の『可愛いラブサンタさんありがとう。ボクは一生奴隷となる事を誓います!』を唱えてね♪」
「こら、ラブ。サンタの仕事を請け負ったとは言え、子供に合言葉等と嘘を言ってはいけない」
「「「サンタさんだ!!!」」」
 咎めるハーティオンの言葉は、歓声にかき消された。
「よし! はい。サンタ『』からのクリスマスプレゼントよ♪……何よハーティオンことトナカイ一号。なんか文句あんの?」
 すかさず笑顔と共にプレゼントを手渡したラブの要領の良さもとい、サンタらしさにそれ以上の言葉を止めたハーティオントナカイは、
「君が今年も良い子だったからラブ……ええとサンタがプレゼントを持って参上したのだ。だから、このプレゼントは正しい心を持った君のものだ」
 代わりに、別の子供へと告げるとプレゼントを差し出した。
 一方のドラゴランダートナカイは、自分に向けられた痛いほどの視線に居た堪れなくなっていた。
「……グオオオオオオ」
(「我が顔にみっともないツノと赤丸をつけて……なんでこんな事を……」)
 うわメッチャ見られてるぞ?!
 『大怪獣トナカイ現れる?!』に興味津々な子供達の内、最初に動いたのはどの子だっただろうか?
「グオォォォォォォォォォ!?」
(「おい、ちょっと待て! そこの家から出てきた子供! 尻尾に乗るな! 窓から出てきた子供! 背中に乗ったら危ない!」)
 焦りまくるドラゴランダーは、助けを求める眼差しを向けた……が!
「ふりしきる〜♪
 雪をけっちらし〜♪
 ドラゴランダーは〜はしる〜♪
 トナカイだも〜ん♪」
「!? グオオオオオオ?!」
(「唄っている場合かラブ!……ハーティオン! 子供たちをつまみ下ろして」)
「今、仲間達が必死の撤収作業に入っている……分かるだろう?」
 自分達に注意を引きつけておこう、という意図をドラゴランダーは正確に読み取り。
「グォォォォォォォォ!!」
(「あああ! そこらの家からガキどもが出てきたああああ!!」)
 それでも、この後予想される展開に、思わず雄たけびを上げたのだった。
「おまえ達、プレゼントが欲しければ騒ぐな」
 否が応にも盛り上げそうな空気を抑えるべく、一喝したのは若松 未散(わかまつ・みちる)だった。
「なんだってクリスマスまで仕事しなきゃならないんだ」
 と、846プロでの仕事としてプレゼント配りをしていた未散だったが、この事態は収集せねばならないと、腹を括った。
 ドラゴランダーが戦闘の跡を踏み消しているが、ここはもう一押ししておくべきだろう。
 それに、どうせ起きて見られてしまったなら、直接渡しても支障はあるまい。
「クリスマスにファンにプレゼントを届けるなんて素敵なお仕事じゃないですか! アイドルとしてファンの喜ぶ顔を間近で見れるのは最高のことですぞ!」
 マネージャー兼ボディーガードとして同行しているハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)は嬉々として、準備を始めていた。
 手元にリストを寄せ、ミニスカサンタ未散に気付いたファンを、一列に並べていく。
 未散自身は否定するが、立派なアイドルなのだ。
「メリークリスマス! いつも未散くんを応援していただきありがとうございます!」
「プレゼントが欲しい良い子は、ちゃんと並べ」
「うわぁ、本物だ。あの、いつも応援してますっ! サンタ姿、カワイイですっ!」
「ちなみに好きでアイドルサンタやるわけじゃないからな!……応援してくれてるのは、嬉しいけどさ」
 ツンした後の、不意打ちの照れた微笑。
 至近距離で目にしたファンは悶絶した。
「うんうん、いい反応です」
 ツンデレ対応に確かな手ごたえを感じるハルはふと、気付いた。
 先ほどから未散がチラチラとこちらを見ている事に。
「あの、握手とか良いですか?」
「あっ、写真撮影はOKですがお触りはNGですぞ!」
 ハルの疑問は、ファンに対応している間に、紛れてしまったのだけれども。
「……せっかくハルにプレゼント用意したのに
 プレゼントを手渡しながら、未散は忍ばせた贈り物を思い、胸の中でだけ呟いた。

「はい、これで良し、と」
 ハーティオン達が周囲の目を逸らしている間に久世 沙幸(くぜ・さゆき)はケガした子供達の手当てをしていた。
「大丈夫、もう大丈夫だからね」
 ハツネ達の襲撃を受けた子供達は皆一様に怯えており、その度に沙幸はその小さな身体をギュッと抱きしめてあげた。
「だってこの子達は事情があってこうなってしまっただけ、本当はきっと良い子達のはずなんだもん」
 それでも、否、だからこそ、ちゃんと教えねばならぬ事もあった。
「あなた達のやった事はいけない事なの。こんな事を繰り返していると、ますます街の人たちから嫌われて本当に悪い人になってしまうわ」
 誠心誠意接すればきっと彼らだってわかってくれるはず、そう信じて。
 お説教にビクリと震える小さな身体を、沙幸はもう一度抱きしめ。
「沙幸さんの言う通りですわ」
 藍玉 美海(あいだま・みうみ)はそんなパートナーと子供達とに目を細めた。
「これからは少しずつ良い行いをしていきましょう。例えば町のゴミ拾いだって良いのです。そうすればそのうちきっと町の皆さんに受け入れてもらえる日が来るはずですわ」
「確かに盗みは悪い事だ。だが、それしか方法がないならやらざる得ないだろう……私がそうだったしな」
 朔はもう一度、繰り返した。
 大人達に不審を抱いている瞳に、その傷ついた心に、真摯に訴える。
「だからこそ私達みたいな大人が手を差し伸ばすべきだろ? だから君達も頼ってくれ、私達を」
「こいつら、ずっと子供たちだけで寒い中を彷徨ってたのか……俺やピュリアと同じだな」
 朔の真摯な言葉と眼差し、身体を張って守ってくれたのを知る子供達の迷いを見つめ、健勇は思った。
「それにどんなにいきがってみても、欲しい物は結局『お菓子やおもちゃ』ってところは、やっぱり俺達と同じ子供じゃねえか。あいつらみたいな人殺しじゃなくて、安心したぜ」
 だから、健勇はニッと笑って、自分とそう変わらないだろう年のリーダーらしき少年に手を差し出した。
「大丈夫。世の中そう捨てたもんじゃないぜ! 父ちゃんや母ちゃんみたいな大人もいるんだからな」
「ついて来い。君達が本当に欲しいものをくれる人を、僕は知っている。誰をも優しく受け入れる『慈母の歌姫』と、その仲間達を」
 そうして、リーダーらしき少年は沙幸達に治療されている仲間と朔やアインを見てから、意外と確りした仕草でもって、頷いたのだった。

 そうして。
「バカ共は追い払ったし、撤収作業も終了した」
 リブロに了解し、ストリートチルドレンの子供達が無事に回収されて事を確認したハーティオンは、
「来年も君が正しい心を持ち続ける限り、きっとサンタクロースとトナカイがやってくる。メリークリスマス、また来年に会おう!」
 爽やかに告げるとスチャッと手を振り、次の家に向かうのだった。


「お疲れ様でした」
 プレゼントを配り終え……ノルマを達成した未散は、焦っていた。
「後はフレデリカさん達で何とかなるそうです。明日も仕事がありますし、今日はこのまま上がらせていただきましょう」
 報告を入れたハルは言って、帰途に就こうとしている。
 このままクリスマス仕様のジェットドラゴンに乗ったら、後は家に一直線だ。
(「どうしよう……このままじゃ渡せない」)
 プレゼントを渡すタイミングが掴めなくて。
 街の中央、少し前に勇平達が見上げた巨大なクリスマスツリーは幸い、戦火を逃れたようだったが。
「あぁ、雪が降ってきましたね」
 ギュッと手を握りしめたまま歩いていた未散は、ハルの声につられて顔を上げ。
 転がっていた瓦礫の破片に足を取られてしまった。
「……っと、大丈夫ですか? ここら辺も何事かあったようで、気を付けて下さいね」
 転倒を防ぐべく引き寄せ抱きとめられた、腕の中。
 かぁっと頬が熱を持った。
「あぁ、随分と身体が冷えてますね。気付かず、申し訳ありませんでした」
 気付いたのか気付かなかったのか、ハルの声と共に首元に暖かな感触が降りてきた。
「!? これを、私もこれを受け取って欲しい」
 それが何なのか気付いた未散は慌ててハルへのプレゼントを取り出すと、押しつけるように差し出した。
 金色の懐中時計……これからも共に同じ時間を刻んでいける、ように。
「ありがとうございます。メリークリスマス、ですね」
「メリークリスマス」
 巨大なツリーの下、そして未散とハルは幸せそうに笑い合った。