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仮装の街と迷子の妖精

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仮装の街と迷子の妖精

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 第一章


「――は、この配置で。それでは皆さん、今日はよろしくお願いしますね」
 イベント会場の警備控え室では、説明を聞き終えた鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が一人残っていた。
 まだ持ち場につくまでには時間がある。深呼吸して鬼龍は椅子から立ち上がり、ロッカールームへと向かった。
「今日も何があるか分かりませんし、気を引き締めて行かないと……!」
 魔鎧を装着し『ネクロ・ホーミガ』となって彼は再び扉を開けた。


「うぅ……頭が重いよぅ……」
 左右にぐらぐらと揺れながら歩く静香の前を、先ほどまでとは打って変わって楽しそうに周りを見回しながら歩くアルがいる。
 こんなに小さな妖精が街に来ること自体そうないのだろう。物珍しそうにあちこち見て回っては静香を引っ張り質問攻めにあわせていた。
 元気になってよかったと思いつつも、頭の重量感に悩まされる静香。
 ぼんやりと空を眺めると澄み切った青空が広がっていた。
 雪だるま頭になったことでさえどうでもよく思える空を見ながらもう一度背伸びをして気持ちを切り替える。
「よしっ! それじゃあ次はどこを探そうか……ってあれ? アルちゃん?」
 先ほどまで花屋をのぞいていたアルの姿がもう見当たらない。
「もしかして……また迷子?」
 泣き出してしまったら一発で場所は分かるだろうけど、そんなことになったら街のイベントが台無しだ。
 静香もまた泣き出してしまいたい衝動に駆られながら、重い頭を支えて再び歩き出すのだった。


 ちりり、ちりり。
 鈴を鳴らしながら軽快に歩みを進めるどこかの飼い猫。くねくねと誘うように動く尻尾にアルは夢中になっていた。
「ねこさん、まってー」
 時折転びそうになる危なっかしさを伴ってアルが猫を追いかけていく。
 猫もアルで遊んでいるのだろうか。少し進んでは追いつけなくなる前に止まって、触れるほど近くに来る前にはアルの手をすり抜けて進んでいく。
 気付けばアルは静香から離れ、一人で猫を追いかけていた。
 人通りの多いところからも大分離れてしまい、またも路地裏に入って少ししたところで猫は姿を消した。
「ねこさん、どこー?」
 姿は見えないものの、聞こえる鈴の音にアルは辺りを見回す。
「あれ? おねえちゃん?」
 そこでようやくアルはまた一人になってしまったことに気付いた。
 先ほどと同じように路地裏という狭い道。周りには誰もいない。人の声も遠く、側には誰もいないとアルはようやく認識して、一気に心細さが襲った。
「ねぇねぇ見て見て! ここだけまだいっぱい雪が残ってるよ!」
 人の声にアルは顔を上げる。
「やっぱり路地裏はあんまり光が当たらないのかなぁ……あれ?」
 焦茶色のツインテールを揺らしてセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がアルに近づく。
「こんなところでどうしたの? 誰かにいじめられたの?」
 アルが泣いているのを見て、コートのポケットからハンカチを取り出そうとするセレン。
 だがしかし。
「うえええええぇぇぇぇぇん!!!」
 涙――いや、氷の粒をぼろぼろと零しながらセレンに勢いよく抱きつく。アルを中心に吹き荒れる吹雪。包まれるヒヤリとした感覚。
「セレン大丈夫?! 一体何が――」
 雪にはしゃいで先に路地裏に入ってしまったセレン。そこから聞こえたパートナーの悲鳴に、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が急いで後を追う。
「え……? セレン?」
 路地裏に入った先でセレアナの目に飛び込んできたのは、セレンにくっついて泣いている小さな子供と、形のいいおしりを高く上げた状態で突っ伏しているパートナーの姿だった。
 そしてもちろんその頭は、素敵なフォルムを保つ真っ白な肌に変わっている。
「…………嘘よ……」
 ぺたぺたと突っ伏したまま頭を触ってその冷たさを確認する。
 重力のかかる頭をぐぐっと持ち上げてカバンから手鏡を取り出す
 ――再び、路地裏にセレンの悲鳴が響き渡った。


「よしよし、お姉ちゃんたちが一緒にいてあげるから、もう大丈夫よ」
 セレアナがアルの頬をそっとハンカチで優しく拭ってやれば、裾をぎゅっと握って大人しくセレアナと話を続ける。
 そんなセレアナの横で目の前の子供よりも子供のような対応を取っているパートナー。
 先ほどからうつ伏せになったままうわごとのように同じ言葉を繰り返している。
「このままじゃあたし『怪奇雪だるま女』とか呼ばれて、取材とかたくさん来て、さらし者にされて、一生風邪引いたまま過ごさなきゃいけないんだあああぁぁぁ!」
 訳の分からない叫び声をあげてごろごろと地面を転がるセレンを横目で見ながらセレアナがアルの頭を撫でる。
「それで、エル――アルのお姉さんはどういう人なの?」
「あのね、おっきくて、かみがながくて、ばーんってかんじなの」
「……ばーん?」
 人を形容するものとおよそかけ離れた単語にセレアナは首を傾げるが、アルが嬉しそうに話すものだから、とりあえず前の二つだけを心に留めてエルを探すために立ち上がった。
「さ……寒いよう……あたしこのまま一生雪だるまなのかなぁ……風邪引きながら一生過ごすのかなぁ」
 えぐえぐと泣きながら地面に純白の頭を転がすセレン。
 普段はトライアングルビキニの上にロングコートを羽織るだけという彼女だが、さすがにこの時期外に出るのには当たり前だが冬服を着込んでいる。たとえ元が寒さに弱くなかろうが、問答無用で頭部だけ雪だるまにされて冷やされ続ければ風邪でもなんでも引いてしまいそうだ。
 そんなパートナーのためにも一刻も早くエルを探し出して何とか元に戻してあげなければと、セレアナはセレンとアルの二人の手を引いて路地裏を後にした。

「ジョヴァンニ、今の見たかい?」
 路地裏での騒動を物陰からこっそりと様子を伺っていたマリリン・フリート(まりりん・ふりーと)とそのパートナー、ジョヴァンニ・ヘラー(じょう゛ぁんに・へらー)
「えぇ、確かに見ましたわ。ご主人様、あれは恐ろしいですね。巻き込まれないうちに僕たちも離れた方が良さそうです」
 セレンたちが立ち去ったのを確認してから、一瞬の内に積もったパウダースノーを踏みしめてマリリンは何やら考え事をしているようだ。
「ふふっ、ふふふ……」
「ご、ご主人様?」
 怪しく笑い出す主人に、ジョヴァンニはまたいつもの悪い癖が出たことを瞬間的に悟っていた。
「いい事を思いついたぜジョヴァンニ! そうと決まれば、あたいたちもそのエルってやつを探しに行くぞ!」
「ちょ、待ってくださいご主人様―!」
(そのエルってやつが頭を元に戻すことが可能ってことは、その逆もまた出来るってことだ! だったらこれをおいしく使わない手はないぜ)
 高らかに笑いながら歩き出すマリリンを追いかけるジョヴァンニは、まだパートナーが考えていることなど欠片も知る由もなかった。