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図書館“を”静かに

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図書館“を”静かに

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書き出しは、全員集合より少し前になる。
「大事にしてしまったか……ふむ、予想より」
蒼空学園のキャンパス、タバコを咥えた長身の男がベンチに座りながら今回の事件現場を眺めている。
正午近くの強い日差しをサングラスで流しながらも、内側にある瞳は舌なめずりをして獲物を狙う野生動物のように一点を見つめていた。蒼空学園の中にある図書館、その一つ。
「置いておけばいいものをな、大人しくネット上に。さて……」
男は誰ともなく呟き、脚を組み直す。『獲物』にまた一組のペアが入っていくようだ。しかし男に焦りの色はなく、虎視眈々と狙い続ける。
眈々と―――眈々と。



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「な、なんていうこと……」
蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は卒倒した……正確には卒倒する直前に契約者――芦原 郁乃(あはら・いくの)に抱きとめられて事無きを得た、といったところだ。
原因は彼女が置かれた状況下にある。魔道書である彼女にとって、本は同胞に近い存在だ。その同胞たちは今、本来収まるべき棚には殆どおらず、図書館中の床という床に散乱している。中にはカバーが剥がされていたり、中のページが外れかけている本まであるのだ。図書館のドアを潜った矢先にこの光景である、彼女が強い衝撃を受けるのも無理は無い。
「本がっ、愛すべき本がっ……」
「ちょ、マビノギオン!」
天井が回る感覚の中、マビノギオンは目の前の現実を受け止めようと必死で自分の中の衝動を抑える。そして出た答えは。
「このような……このようなこと、許していいはずがないっ!」
犯人への強い怒り。普段は冷静で優しげなパートナーの急激な変化に戸惑いつつも、郁乃はマビノギオンの肩を掴み、目を見ながら必死に呼びかけた。
「とにかく、落ち着いて、ね?」
「主……」
 一度自らの額に手を当て、深呼吸。自分の中で暴れる感情をある程度抑えて、状況を確認しようとしたマビノギオンは――。
「やーっ!」
「わぷっ!?」
 ――虫取り網に頭と髪を絡め取られ、尻餅を打つパートナーを目撃するのだった。
「主!」
ある程度冷静さを取り戻し、手早く網を取り除く。その作業中に彼女達は、虫とは似つかないがそれに近いような不思議な羽音を耳にした。
「すまないのだ。手元が狂った」
網をかけた犯人が謝辞を送る。古代エジプトの礼装に虫籠、虫取り網、麦わら帽子といった時期的にも格好的にも異質な子……トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)が、尊大な口調や幼い外見ながらもしっかりと謝る。
「しっかり狙え、トゥトゥ。人様に迷惑をかけるんじゃない」
その後方から、何冊かの本を抱えた犬養 進一(いぬかい・しんいち)が来やった。若干呆れ口調でパートナーを注意する。
「うーむ、余の狩猟の腕も落ちてしまったか……」
 自己評価に没頭するトゥトゥをよそに、進一は郁乃達に一礼した。
「連れが失礼、手伝いに来てくれた人みたいだな」
「あ、はぁ」
 しっかりした人だな、と思いつつも郁乃は進一の服装、伝統的な趣きのある制服に気付く。
「その制服……イルミンスールの方ですか?」
「ああ。雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は蒼空学園だけでなく、様々なコネを用いてこのトラブルを解決しようとしているようだ。シャンバラ、葦原、薔薇に天御柱と…波羅蜜多や空京大生もいるぞ」
「そんなに?」
 状況が状況だからな、と進一は付け足した。
「ところでどうする?現状では片付けと犯人退治に分かれて行動しているんだが」
「犯人退治を」
「ま、マビノギオン」
 犯人という単語に反応し、再び恨念を顕にするマビノギオンに向き直り、郁乃は彼女を手近な椅子へと座らせた。
「とりあえず落ち着こ、ね?」
「主っ!」
 感情を隠そうともしない……らしくないパートナーと目線を合わせ、彼女はゆっくりと語っていく。
「この状態のままじゃ本も図書館もかわいそうだよ。犯人を探したい気持ちもわかるけど、まずはこの本達を元に戻してあげないと」
 郁乃の真摯な言葉に、少しづつマビノギオンの感情は落ち着きを取り戻していく。
「そう、ですね。主がそう言うのなら」
「なら、雅羅・サンダース三世かこの図書館の司書の方がこの先に居るから声をかけておけ。今進行中の作業を説明してもらえると思う」
 進一の丁寧な答え、郁乃とマビノギオンはお辞儀で返した。
「ご丁寧にありがとうございます。行こう、マビノギオン」
 歩いて行く二人を見送る進一に、網を直していたトゥトゥが質問を投げかけた。
「どうするのだシンイチ?先刻のやつには逃げられてしまったが」
「引き続き捕獲優先だ。駆除は他の奴がやってくれているだろうし、調査をしなければ始まらん」
 進一の言葉に、トゥトゥはむん、と誇示するかのように右腕を振り回した。
「今度こそ、余の狩猟の腕を見せてやろう」
「虫籠が空のままで言うかね、その台詞」



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