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ゆる族はかまってちゃん!?

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ゆる族はかまってちゃん!?

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◆第1遊◆    挨拶にて一筆

 世界樹イルミンスールの内部に全ての施設を備えるイルミンスール魔法学校は、
 その存在自体がおとぎ話のようで、ドンはこのイルミンスール界隈の空気に親しみを覚えた。

 ドンの容姿が全体的にピンクであることで、イルミンスール魔法学校のメインカラーである緑と非常によく合わさって、
 ひとつの幻想絵のようでもある。



 イルミンスール魔法学校の門をくぐったドンは、けれど主人である佐東 彗兎(さとう・すいーと)の言葉一つで
 ここまでやってきたため、これからどこを目指せばいいのかわからなかった。

 そもそも、イルミンスールの校長先生の名前も知らなかったのだ。
 本当ならば、ドンが学校にたどり着けただけでも奇跡と言える光景だった。



「どうしよう……校長室に行けばいいのかなぁ……」



 モコモコしたピンク色の耳をぐったりさせ、ドンは助けを求めるように歩き始めた。




 *




 イルミンスール魔法学校を囲むイルミンスールの森の中には、主に探検部という部活のメンバーが拠り所とする【森の集会所】があった。
 探検部の拠点とは言え、自然の心地よさを求めてただ滞在するだけの者や、休憩所のように使っている者も多い。

 
 ドンは【森の集会所】にやってきていた。
 動物の勘が、きちんと設計されたイルミンスール魔法学校の校舎より、人工物の少ない森の中へドンを呼び寄せたのかもしれない。


 集会所にあるイスや机は、自然と出っ張った世界樹イルミンスールの木の幹で形作られており、ドンはそのひとつに腰をかけて
 ぼんやりしていた。
 頭に思い描くのは、もちろん彗兎のことだけだ。
 姿勢が落ちついたために、ドンの体全体はくったりとして、まるで24時間抱きすくめられていたぬいぐるみのように見えた。



 空気のように、しっとりとした声がかけられたのは、それからすぐのことだ。



「はじめまして、ドン君。学校の裏門で、とても目立つ子がいると聞いて、もしやと思いまして……」



 シャラリとした制服をまとった東雲 いちる(しののめ・いちる)は、あたかも最初からドンを知っているように気さくに話しかける。
 
 見知らぬ人に声をかけられて緊張したのか、ドンは瞳だけで様子を窺うばかりだ。
 そんな小心者のドンを見兼ねて、更にもう一つの声が上がった。



「驚かなくていいですよ。ドンくん、あなたがご主人様を待ってここにいることは知っていますから」



 いちるのパートナーの織部 律(おりべ・りつ)が、少しでも自分たちの印象を緩和させようと、
 なぜここにいるのかの説明から丁寧にドンに教える。
 
 けれど、ドンがいちると律に対して「地獄耳恐るべし」という表情をしていたため、足りないと思われる説明のパーツを
 新たに付け足すことになった。

 明らかに二度手間だった、と、律は『起・承・転・結』の『結』まで己で説明しなかったことを悔やんだ。





 いちると律が、ドンのやんごとなき事情を知っていたのには、明確な理由がある。
 さすが魔法学校といったところか、校長のエリザベート・ワルプルギスが、佐東 彗兎とドンのやり取りをたまたま遠視していたのだ。

 職務間になにをやっている、という突っ込みはしない方がいい。

 基本的に、不可思議な道具――たとえば水晶玉など――を使わなければ、遠視などの特殊能力は使えない。
 しかし、エリザベート・ワルプルギスが長けているのは、もしそういった道具を使っていたとしても、
 そんな怪しい自分の行動の是非につけ込ませない為の話術を心得ているところなのだ。

 誰かに何を問われても言い逃れるか、問うてきた相手をうまく丸めこむことができる。


 そうして、あまりにお決まりの彗兎とドンの別れパターンが彼女の目に飛び込んできたが、それは見ているだけで
 ことのいきさつが読めてしまうほどのものだった。
 イルミンスール魔法学校の中枢である彼女が念を飛ばせば、近くにいる者に指示を送るのはたやすいことだ。




 改めて説明をすると、ドンはわかったような分からないような表情になった。
 ただ、孤独であるという一番の心配が消え、心なしかゆるい目元がさらにゆるんだように感じる。

 

「お近づきの印に、一緒にお絵かきしませんか?」



 持参していたお絵かきセットを机の上に広げ、律は数分と経たずに1枚の水彩画を描き上げる。
 描写速度も素早いもので、素人目には何をしたかわからないほどだ。



「僕も……する」



 律が自前の筆と半紙をドンに渡す。
 しかし、ドンは墨に目もくれず、綺麗な筆の先端を半紙に振り下ろした。

 え……と目を点にするいちると律に、当のドンはといえば、一仕事終わった後のようにすっきりした顔を向ける。
 その動作で、半紙に何かが描けたと思っているらしかった。
 絵を描く際、直感を便りにするアーティストもいるぐらいだから、ドンの潔さは良い意味で理にかなっているかもしれない。



「ぼく、絵、上手いかなぁ?」
「う〜んと、これはこれで、芸術って言うのかな……」



 律よりお姉さんに見えるいちるから褒めてもらいたかったようで、いちるの薄い反応にふっとドンの気持ちは揺れた。
 つまり、気持ちの揺れにより涙腺が緩むわけだ。
 もっと後の言葉を待てばいいものを、ドンの選択肢にある「待つ」という文字は薄く掠れているので、
 早めに反応がないと不安になってしまうのだ。

 

「人がどう見るかより、自分が描きたいものが描けたかが、大事なんですよ」



 律は、新しい半紙に今度はデザインチックな文体を書いて見せる。
 それでも、やはりドンの羨ましげな視線に真っ向からぶつかって打ち勝てる力を、たった1枚の半紙が持つというのは
 難しい話だった。