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リアクション
『空京ミスドの決戦!!』
「み、みなさん! 本物のハッカーはまだ店内にいます!」
スパロウに乗ったリースが、空京ミスドの上で告げる。
「こうしちゃいられない。さっそく倒しにいこう」
先陣を切ったのはレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)だった。
彼女の後を、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が追っていく。
店内で待ち構えていたのは――。
能面を被った、小太りの人物。
「あんたがハッカーね」
「ソウダ」
片言の合成音声が店内に響く。能面で表情は読めないが、声の調子から笑っているのがわかる。
じりじりと近づいていくレオーナは、緊迫した面持ちで言う。
「覚悟しろ、能面A! 空京ミスドは私が守る。禁断の技――見せてやるんだから!」
厨房に入ると、彼女はフライヤーの油をオタマですくった。
「揚げちゃだめだ……揚げちゃだめだ……揚げちゃだめだぁ!!」
呟きながら、ひたすら油を浴びせている。
緊張感を演出したわりにずいぶん地味な攻撃であった。
しかし、熱した油は僅かながらもダメージを与えているようだ。
「目標をセンターに入れて……スイッチ!」
つづけざまレオーナの攻撃。厨房から飛び蹴りをかます。
狙いは確実だった。
だが。
攻撃を受ける直前、ハッカーの体はドーナツ型に変形した。レオーナは中央の穴をすりぬけ後ろの壁につっこんでしまう。
「ああ! レオーナ様が破壊してどうするんですか!」
壁にめり込む彼女のもとへ、クレアが駆け寄っていった。
「どうやらあいつのチート能力は、『姿を変形できる』ものらしいな」
戦況を見つめていた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が言った。
彼のパートナー阿部 勇(あべ・いさむ)は、事前に公開されていたリアル・ワールドのデータを調べながら、自分たちもチートを使えないか探っている。
「……ダメですね。僕たちの技術では、チートを使うことはできないようです」
「そうか。なら、わしらが備えている力でなんとかするしかあるまい」
甚五郎は剣先を敵へ向ける。体をリング状にしたハッカーは、無表情な能面の下で嘲笑っていた。
「ケケケ」
「小癪なっ!」
甚五郎が剣を振り下ろす。その軌道を避けるように、ハッカーはうねうねと姿を変形させた。
「ちょこざいなっ。大人しく……しろっ!」
まるで陽炎のように捉えどころのない、ハッカーの体。甚五郎のいらだちだけが募っていく。
「せめて奴のチートを解除できれば……」
勇は【ユビキタス】を使うがうまくいかない。
悔しそうに下唇を噛んでいると、
「まったく。我輩はただでさえ空腹で気が立っておるのに。ええか。貴公ら悪党に空京ミスドを占領されたおかげで我輩はドーナッツを食べ損ねとてもとても悲しい思いをしておるのじゃ」
アガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)が饒舌にまくし立てた。
鳩でありながら、紳士な風格をただよわせている。
「我が白銀の翼――【天の刃】の鋭き一閃をお見舞いしてくれようぞ。喰らえ。【ランスバレスト】!」
アガレスの体当たりが、敵を捉える。
「ウ、ウグッ……」
チート能力を使う前に、アガレスがハッカーの足を貫通した。
「鳩だと思って油断したか。我輩にかかればこんなもの……おや。いい匂いがするのぅ」
ドーナツの匂いにつられ、アガレスは厨房へと飛んでいく。
「お、おい。なにをしている!?」
甚五郎が呼び止める声は、五感のすべてを嗅覚に奪われたアガレスには届かない。
彼の姿は厨房へと消えていった。
その隙に、ハッカーは体勢を整え直していた。
勝機を逃したかに見えたが……。
「いい加減、この店から出ていけッ!!」
ひるがえるミニスカート。背後から迫る美羽の【滅殺脚】がクリーンヒットした。
「グハァ!」
ハッカーは店の外へと吹っ飛んでいく。
「いくらゲームのなかだって許せないよ! このお店は、私たちにとって大切な場所なの!」
怒り心頭の美羽は、積もり積もった鬱憤を吐き出す。
「他のドーナツ屋がセットを買わせるために、レジの前にあるメニューを撤去していても。ここだけはね、ドーナツひとつでいつまでも粘らせてくれるんだから!」
ハッカーが店外へ出たのを見計らい、クレアはすかさず火術を放つ。
油に濡れた体が燃え上がっていく。
「グオォォォ!」
悶えているところへ、箒から降りたリースが近づいていく。
「も、もう、悪あがきはよしたらどうですか!」
引っ込み思案の彼女が、勇気を振りしぼって訴えた。そのとなりには、【召喚獣:バハムート】が獰猛な目で見下ろしている。
コハクも、長槍・サリッサを掲げながら言った。
「これで終わりにするよ」
「マ、マダダ……」
炎を振り払い、なんとか立ち上がったハッカーだが。
「悪い事したらダメなんだよ」
耳元でラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)が囁いた。【ナノマシン拡散】状態のラグエルは、ハッカーの目には映らない。
「ナ……ナンダ……幻聴カ!?」
慌てふためくハッカー。
姿の見えない相手に、諭されたのが決め手になった。
「クッ……覚エテヤガレ!」
悪党らしい捨て台詞を残して能面Aは消えた。
「仕留め切れなかったのは残念ですが。なんとかお店は守れました」
戦いを終えた仲間へ、クレアがドーナツを振る舞っていた。
「これはなかなか美味じゃのう」
「あら。アガレス様はすでに召し上がっているようですね」
くすくすと笑うクレアのとなりでは、暴走娘のレオーナが大声を上げる。
「うわーお。ドーナツかと思ったら、ガムテープだったよぉ!」
彼女の天然ボケで、場は一気になごんだ。戦いの疲れが吹き飛んでいく。
みんなの憩いの場・空京ミスド。
仮想世界でも変わらず、朗らかな時間が過ぎていった。
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