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リアクション
退職
「今まで長い間、ご苦労様でした。寂しくなりますわ」
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が美術教師のヘルローズ・ラミュロスにねぎらいの言葉をかける。
「いいえ、こちらこそ百合園女学院では、とても貴重な時間を過ごさせていただきました」
ヘルローズは上品な仕草で頭を下げた。スーツの下の色気ある体つきには、少しそぐわない。
彼女は学院を退職するのだ。
すでに校長に辞表は出し、後任の教師や職員に申し送り等は済ませてある。今日は最後の挨拶に、ラズィーヤのもとを訪れたのだ。
その挨拶を済ませ、ヘルローズは学院の門へと歩を進める。
門までついた所で、その歩みが止まる。
「あら? お見送りに来てくれたのかしら? アイリスさん」
ヘルローズにほほ笑みかけられ、門に寄りかかっていたアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は厳しい視線を彼女に向ける。
世話になった教師を見送る、という雰囲気ではない。
それに彼女はヘルローズの授業も受けた事はない。
「百合園を離れて、どうするんだい?」
剣呑な様子のアイリスに対し、ヘルローズはまるで気づかないように振舞う。
「そうねえ。月並みだけれど、自分探しでもしようと思っているわ」
「……」
ヘルローズは楽しそうにほほ笑んだ。
「名残惜しいけれど、乗り合い馬車の時間があるの。お話はこれくらいにしておきましょう。
もし良かったら、電話でもしてちょうだいな」
「……僕は、静かに学園生活を送りたいよ」
「あらあら」
ヘルローズはこれみよがしに肩をすくめると、軽い足取りで百合園女学院の門を出ていった。
その後姿を見送ったアイリスは、小さく息を吐いた。
(あいつ、何を企んでいる……?)
情報公開
鏖殺寺院回顧派首魁エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)が鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイとして使っていた通信機器の前で、通信を手伝う片倉 蒼(かたくら・そう)にうなずきかけた。
ぱっと見には、ネットで映像配信等を行なう小規模の事務所といった、たたずまいだ。所狭しとコンピュータが並べられ、コードが這っている。
しかし外側のシャーシーは現代の機器用のものを、空京のジャンク屋でそろえただけのものだが、中身の容量や速度は数億倍はあるという。
偽装化工作はそこで行なわれており、エメがこれから行なう放送も、彼の手順はネットラジオ配信とたいして変わらない。
エメは覚悟を決めて話し始めた。
画像もなく、声も機械で変えるが、実際に自分の声で伝えるのだ。
最初に、名前は隠すが自分は鏖殺寺院回顧派首魁である事を告げる。
そしてエメは呼びかけた。
「神子やアムリアナ女王陛下
十二星華
ダークヴァルキリー様やスフィアの持ち主達
何より光を燈す為に戦う人達
皆が協力をすれば
絶対まだ間にあう
まだ世界は滅んでいない
滅ぶ運命としても
運命の奴隷として繋がれるのではなく
運命を打ち壊そう
所属は関係ない
光燈す為に
どうか力を貸して欲しい」
エメの手元の赤色等がビカビカと光る。
さすが砕音が使用していただけあって、呪いが発動する危険が高まると事前に警告が出る仕組みだ。
それでも危険と判断した蒼は、手筈通りに原稿を持ってエメと場所を代わった。
やはり声を変えた状態で、その原稿を読み上げる。
「鏖殺側の知識は、伝えようとしたら呪いに触れ
体に異変が生じる
首魁も3つの情報を持っている
それを質問に答える形で公開したい
フリーメアドを提示してそこに質問を受け付ける
情報は、
1.ある女性の現状
2.諸外国の動向
3.ある女王器の役割 」
この放送が流された直後から、メールが届きだした。
マシンが自動的にアドレスを所得して、転送を重ねて、ようやくエメたちの元に届くのだ。
おそらく教導団や空京警察の捜査班もすでに動いているだろう。
「これは返信できませんねぇ」
エメが弱った顔で笑う。
白紙や「情報求む」しか書かれていないメールでは、呪いに制約されて返答しようがないのだ。それでも返せる限り、返事をしていくが、なんだか連想ゲームをしている気分にもなる。
「でも思っていたよりも、一般のシャンバラの方がたくさんメールしてくださってるようですよ」
メールの下読みをする蒼が指摘した。
「それは、ありがたいですね」
エメはにっこりと微笑んだ。
ツァンダの繁華街。
「ねえ、知ってる? スフィアやナラカ城なら、シャンバラを闇龍から救えるって話」
二人の少女が、飛空挺で各地を飛び回る商人が集まる店で、そんな噂を流していた。
情報には目ざとく敏感な商人や、空の安全を脅かす闇龍に不安を抱く船員たちが、そこに集まる。
一方の少女、ゴスロリ眼帯にメイド服で変装した甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は、商人たちに滔々と情報を語る、もう一人の少女をちらりと見る。特に、その胸を。
巨乳、である。
「…………」
ユキノはその胸が、何枚の胸パッドで出来ているのか気になって仕方ないようだ。
巨乳の少女は、実は女装した甲斐 英虎(かい・ひでとら)である。
胸パットを盛りまくったのにも、ちゃんと理由がある。けしてユキノに対する嫌がらせなどではない。
人の印象というものは全体的なイメージや、一番目立つもので決まる。「巨乳の少女」として印象づけておけば、他の印象は薄れて、後々怪しまれても、捜査をかわす助けとなるだろう。
二人が流している噂は、人心を乱したり、混乱させるものではない。むしろシャンバラの現状を伝え、人々に希望を与えるためのものだ。
しかし最近の蒼空学園やシャンバラ教導団の動きを見ると、真実を伝えるのにも身の危険があるとしか思えなかった。
甲斐 英虎(かい・ひでとら)はあわせて、ネット上に砕音のスフィアを撮影した動画映像を載せたサイトを作っていた。
匿名掲示板にそのアドレスを貼り、HPのメルアドに興味を持って連絡してきた相手に、これまで彼が得た情報の一部を選択して提供している。
スフィアや神子、五千年前の出来事など、自身がクイーンヴァンガードとして砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)から聞いた話や、各地で真実を追っている薔薇の学舎のイエニチェリ黒崎 天音(くろさき・あまね)から教えられた情報が、主な内容だ。
天音はまた今も情報を仕入れに行っているので、今後に最新の情報も流せるだろう。
それら情報が、噂として広まるように英虎は心を砕いた。
そんな彼をユキノはじっと見守る。なぜなら彼が、噂の流布に忙しくて巨乳女装姿のままメールを打っているからだ。
(あの胸……パット五枚? いいえ、六枚でしょうか?)
妹の熱い(?)視線に気づく風もなく、英虎は熱心にメールの対応を続けた。
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