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リアクション
地下施設の入口にて
ヒラニプラ――。
学生達がシャンバラの女王アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)に追いついたのは、洞窟を塞ぐ有刺鉄線の前だった。
暴走した機晶姫達による攻撃を受けたのか?
柵は無残に引きちぎられ、半壊している。
「この奥に、ドックへ続く地下道への入口があります」
そう言って、アイシャは学生達を洞窟の奥へと誘った。
最後尾に、ロイヤルガードの皇 彼方(はなぶさ・かなた)、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)が続く――。
奥には真新しい金属の観音扉。
「KEEP OUT」のテープが張られてある。
「けれど、機晶姫達は壊して入ってしまったみたいですね?」
スッと、開いた扉を指したのは土雲 葉莉(つちくも・はり)。
彼女はマホロバ・将軍の生母である樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の命を受け、同行していた。
「御協力、痛み入ります……」
「困った時はお互い様ですよ!
それに、マホロバもエリュシオンの攻撃を受けました。
だからシャンバラを守れ! というのが、御主人様の命令です」
葉莉の言葉に逡巡し、アイシャは胸元にそっと手を当てた。
そこには、葉莉を通じて渡された白姫からの手紙がある。
「この御恩、そしてお優しい白姫様のお気遣い。
決して忘れません」
葉莉は一礼して下がった。
あとは忍犬の音々と呼々と共に、陰ながらアイシャを守るのが彼女の役目だ。
その目が、扉脇を捕えて険しさを増す。
「セキュリティシステムが、壊されている?」
「力任せにこの扉は開きませんもの」
扉に手をかけて、アイシャ。
「そしてただ壊しただけでも、無理。
特殊なパスワードによるロックを解除しなければ……」
「つまり、そこまでの知恵が回る機晶姫達もいる、ということですよね?」
葉莉の言葉にアイシャは頷く。
唯一の希望は、と溜め息をつく学生達に向かって。
「入口は確かにここだけですが、内部でドックへ通じるルートは複数に分かれていることでしょうか?
選択によっては敵に遭遇する可能性が低くなり、カンテミール達よりもドックに早く着くことが可能です」
そうして、学生達はアイシャについて扉の奥へと侵入を開始したのだった。
■
ドック内。
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)はサーベルを片手に、いつもとは違う表情で入口の扉を眺めていた。
彼女の背後には、先日海底遺跡にて発見されたばかりのイコン――ゾディアックの保管庫があり、これを前に有志の学生達がラズィーヤからの言葉を待っていた。
「どうぞ、お好きなように♪」
ラズィーヤは両肩をすくめてみせた。
「それでは、特に打ち合わせは必要ない、というのですね?」
「ええ。だって、わたくし、難しい事はよくわかりませんもの」
どーだか、と一同はげんなりとする。
だがこの場で一番の責任者と思しき人物から、「好きなように戦っていい」と言うお墨付きをもらったのだ。
逆を返せば行動の制限はない。
「では、お言葉に甘えて。我々は自由に守らせて頂くとしよう」
【鋼鉄の獅子】の隊長・レオンハルト・ルーヴェンドルフは、一礼する。
打ち合わせ通り、メンバーを定位置につかせた。
「私は……私達は、ここでラズィーヤを守ってやるぜ!」
ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はリリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)と共に、ラズィーヤの前に願い出る。
こんな非常時だ! それにラズィーヤは何だかこわくて、普段とは別人のようにも見える。
が――
「まぁ、わたくしの?」
ラズィーヤは悪戯っぽく笑って、申し入れを快諾した。
「だって、わざわざ盾になるとおっしゃるのですわ!
断る理由はないでしょう?」
「……はぁ……」
かくして、ミューレリア達はラズィーヤの盾に任命されてしまった。
ミューレリアはこそっとリリウムに耳打ちする。
「え? まぁ……そうですね。
ラズィーヤに何かあってからでは遅いですし……」
この間のように特攻をされても困りますしね、という言葉は呑み込む。
「でも、いざとなったら。
ブラインドナイブスを使うのですよ?」
よくよく注意してから、魔鎧と化するのだった。
リリウムを装着したミューレリアは、ラズィーヤに向き直る。
『狂血の黒影爪』を取り出す。
周囲をサッと見てから、ラズィーヤの影に潜んだ。
「ラズィーヤの影に隠れている事は、内緒だぜ?
な、い、しょ!」
「はいはい、わかってますわ」
「それと、それに! 危ない真似はしないように!」
だがその台詞に、ラズィーヤは曖昧に笑うだけで答える事はなかった。
沙 鈴(しゃ・りん)と綺羅 瑠璃(きら・るー)は、一歩離れた位置から一同を眺めていた。
彼女達が気にかける人物は、この場にはいない。
「シャンバラの新女王・アイシャ殿、ですわね?」
鈴は瓶を取り出した。
その中に満たされた液体は、ワインではない。
「ジャレイラ・シェルタン……」
かつての上官の名を呟く。
十二星華の1人・ジャレイラ・シェルタンは、ここヒラニプラで散ったのだ。
その死はあまりにもあっけなく……未だ鈴達の心の中には、生きているようにさえ思える。
「この血を、アイシャ殿に捧げることをお許しくださいませ」
だが、きっと、ジャレイラもこの場にいれば、頷くに違いない。
「女王に献上させて頂くことで、想いを、内にあった悲哀を……お伝えさせて頂きますの。
ゾディアックの起動のお力にも。
そうしてシャンバラに、永劫の平和が紡がれてゆくのですわ……」
「ええ、そうね。鈴さん」
瑠璃は頷いて、スッと両目を閉じる。
そして鈴がアイシャに渡すその時まで、瓶を預かるのであった。
非常事態を告げる警報が、鳴り始めた
「敵が侵入してきたぞ!」
その声を合図に、各自は戦闘配置につく。
一部の学生達は、外部から侵入して来る仲間達の為に、応戦に向かうべく、ドックを後にするのだった。
■
「KEEP OUT」の扉の前。
空間が歪んで、紳士と、13人の美女たちがおもむろに現れた。
紳士はテレングト・カンテミール。
美女集団は、シャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)と、そのクローン12人だ。
「でも、こうしてボクがたくさんいるのって、なんだかウザいよね?」
眉をひそめるのは、オリジナル・シャムシエル。
「ウザいだって?
よくいうよーっ!
ボク達だって!
お前の事なんか、大っきらいだもんね!」
イーッといっせいに歯を見せたのは、クローン集団。
同じ顔のくせに間違わないのは、十二星華のコスプレをしているためだ。
はっはっは、と和やかに笑ったのはカンテミールだった。
「賑やかな事だね? 娘達。
私は、女の子がたくさんと言うのは、華やかで良い事だと思うがなぁ」
「そうかな? パパッ!」
ぱっとシャムシエル達は表情を明るくする。
クローンだろうが、オリジナルだろうが、単純さは変わらないようだ。
「そして、自慢の娘達だね。
頼りにしているよ、お前達」
「うん! パパ、大好き!」
13名はカンテミールに抱きつき、次々と頬にキスをして行く。
そしてオリジナルの身を残し、美女集団は片手を上げると、扉を目指すのであった。
「じゃ、ボク達は一足先に。
邪魔者どもを片付けてくるね! パパ」
「ああ、気をつけて行っておいで」
「娘どもを犠牲にして、良心の呵責もねぇか。
たいしたパパだぜ!」
言ったのは、霧島 玖朔(きりしま・くざく)。
ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が、心配そうに見守っている。
「第七龍騎士団の団員風情が、何の用かね?」
「へーえ、知ってたんだ?」
「私は選帝神さ。知らん事なんかない。
ましてや、自国の事ともなればだなぁ」
「ふーん、そういうものなのか?
ますます気に入ったぜ!」
カンテミールの目の色が変わる。
「ほぉ、良い目をしているな……権力を求める目か。
何が望みだ?」
「手助けがしたい」
玖朔は真面目な表情で見据える。
「その代わりに、機晶姫達やクローンを好きに使っていいか?」
カンテミールは豪放に笑った。
「私に、手助け?
人の子の分際でか?」
あっはっはっは、と目に涙したが。
「うむ、面白い。
気に入ったぞ、では、好きなように機晶姫と我が娘の力を借りるがよい。
場合によっては、この者も力になるだろう」
「呼んだか……?」
玖朔の傍らに、少女が立っていた。
いつのまにいたのだろう? 気配もなかった。
「この者は、刹那といってな。
私の部下の一人だ、役に立つ」
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は一礼すると、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)を伴い扉の奥へと消えた。
「あれは、我々とは別のルートから機晶姫と共に侵入していく。
刹那と共に行ってもよいが、どうする?」
「取りあえず、同行していいか?」
カンテミールは頷くと、先兵に玖朔を立てることにした。
■
かくして、ドックの攻防は幕を開けたのであった。