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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●『憤怒』の塔

「うん、分かった。教えてくれてありがとう」
 礼を言い、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は銃型HCを切った。
「何だって?」
 すぐ近くでガーディアンに向け、火術を放っていたエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)が問う。
「あのね、壺は開封しない方がいいって。開封するとブラックホールみたいに全員を吸い込む罠が仕掛けられてるみたい」
「なるほど」
「それと、塔かガーディアンか分からないけど、精神に影響する作用があるみたいだから用心して、心を強く持って、って」
「そうか。とりあえず、オートバリアをかけておくよ。ないよりはマシだろうから」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が全員に向けて防御魔法を放つ。
「たしかにムカっ腹は立っていますが、精神攻撃のせいなのか、ガーディアンに対してなのか、分かりませんね」
「おいおい。だからってガーディアンに向けるのはいいが、それを俺に向けるなよ」
 ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)の担いだ六連ミサイルポッドを見て、エースは苦笑した。
(……あれ、そのせいかなぁ?)
 ミシェルは離れた所にいる矢野 佑一(やの・ゆういち)とセテカをちらと盗み見た。そこで2人は先から言い合いを続けている。もっとも、言い合いというよりも佑一がつっかかっているのに対してセテカがのらくらと逃げている感じで、争いにまでは発展していなかったが。
(でも佑一さん、塔に入る前からセテカさんに思うところあったみたいだし……)
「危ない!」
 小首を傾げているミシェルをエルシュが胸に抱き込んだ。そのまま後方へ跳ぶ。2人の足が離れたと同時に、見えない斧でも振り下ろされたかのように床が砕けた。
 ガーディアンのギラギラと照る琥珀の目が、いつの間にかこちらを向いている。
「あ、ありがとう」
「気をつけて。あれは相当頭にきてるみたいだ」
 『憤怒』の塔のガーディアンは、牛の頭部に筋骨隆々の肉体を持つミノタウロスだった。何が気に入らないのか彼らが現れる前から激怒しており、ずっと鼻息荒く、やたらと吼えては周囲に真空波を飛ばしている。
 ――グオオォォオ!
 今またミノタウロスが身を縮めた。攻撃に移る前兆だ。ああして力をため、一気に放出する。
「くるぞ!」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がオートガードを重ねがけし、防御の強化を図った。
 ガーディアンの全方位攻撃。真空波がまき散らされる。
 ミシェルのフラワシミーアシャムが拘束帯を全開し、こちらに注意を払っていない佑一とセテカの盾となる。対象が2人のため防御は薄くなるが、拘束帯を突き抜ける真空波はなかった。
「メシエ、援護を頼む」
「分かった」
 攻撃を終えた直後の隙をついて、エースが走り込む。メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)のサンダーブラストがその場に釘づけにしている間に距離を詰めたエースのライトブリンガーが、ガーディアンを斬り裂いた。
「みんな、真面目に戦ってるっていうのに……」
 ミシェルは猛烈にイライラきて、くるっと2人を振り返った。
「――だから、そんなふうにためてばかりいるから、腹の中が真っ黒になるんだよ」
「俺が腹黒なのも、ついでにうそつきなのも生まれつきだ。生まれもった性質だから仕方ない」
「ああそう! なら、一度ここで全部吐き出したら!?」
「それで、俺がここで何か言ったとして、それがおまえに俺の真実だとどうして分かる? 俺はうそつきなんだぞ?」
 しれっとした顔で笑うセテカ。
 だがいいかげん、彼も内心いら立ちが限界近くまでつのっていた。
 なぜ今日に限ってこいつはこんなにつっかかってくるのか? わけが分からず、最初は面白がる気持ちがないわけではなかったが、今ではそんなもの、かけらもない。
「いいからちゃんと答えろよ、セテカ!」
 佑一の胸に、あの崖の上にいたセテカの姿が浮かんだ。ポケットに手を突っ込んで、長い間無言でメイシュロットを見つめていたセテカ……。
「本当は、笑ってなんかいたくないんだろ!」
 ぐいっと胸倉を掴んで、強引に引き寄せた。
 鼻先が突き合うぐらいの距離で睨まれ、ついにセテカの怒りが頂点に達する。
「いいかげんにしろ。しつこいぞ、おまえ」
 冴え冴えとした青灰色の目に殺意が浮かぶ。一片のぬくもりも感じさせない、真冬の湖のような鋭さ。声までも、聞く者を凍えさせそうなほどだ。
「今は戦いに集中しろ」
 どん、と胸を突き飛ばし、離れていく。
 それを、佑一はフンと鼻で笑い飛ばした。
「まだ演技してる。そうやっておどして、僕を黙らせようとしているのがみえみえだ」
「……まったく、おまえというやつは」
 こんなやつだったか?
 肉に食いついて離れない犬のようなしつこさに腹が立つものの、反面、ここまでねばられるとそのしつこさが逆に面白く思えてきたりもして、セテカはくつくつと笑った。
「セテカ!」
「どれが本当かなんて、俺にもよく分からない。いろいろ混ざり合っているからな。ただ、物事には優先度というものがあり、その重要度によって順列が決まる。当然そういったことから感情は不干渉ではいられない。それだけだ」
 それに、とセテカが振り返る。
「俺が俺の感情のみで動いたら、今ここにはいないかもしれないぞ?」
 意地の悪いひと言。しかし。
「セテカ……それ、彼女は知ってるの?」
 これは完全に想定外の切り返しだったらしく、瞬間、セテカの顔があきらかに赤くなった。それを見て、を? と佑一の眉が上がる。
「な、にをおまえは……! 俺は、バァルを――」
 おお、セテカが動揺している。
 初めて見たセテカの本気の動揺に思わず口元をゆるませた佑一が、ここぞとばかりにつっこもうとしたとき。
「もおーっ! 佑一さん、セテカさん、いいかげんにしてよねッ!!」
 ついにミシェルのかみなりが落ちた。
「まったくです。そういう楽しい話は、平時にしていただきたいものですね」
 今しもこちらへ突撃をかけてきそうなガーディアンにクロスファイアでけん制をかけていたディオロスが、放つ火線のすさまじさとは対照的な声でにこやかに同意する。
「こんな片手間でなく、ちゃんと聞いていたいですから」
「そうそう。これが終わったら東カナンへ遊びに行くから、そのときあらためて聞かせてほしいなぁ、そのあたりをじっくりと」
 とはエース。
「……みんな、こういうときって妙に結束強いよね」
「そりゃーもう。こういうときでもないとからかえないって、みんな分かってるからね! なぁ、エルシュ!」
 ふうと息をつくミシェルと対照的に、メシエは肩を震わせて笑っている。
「いいかげんにしろ、おまえたち」
 動揺から立ち直ったセテカが、剣柄でとおりすがりにエースの後頭部をこつんとたたいていった。
「兄さんもロスも、悪ノリしすぎ」
 ひと言注意を入れて、エルシュがセテカの横に並ぶ。
「セテカ。俺も、すべてに決着がついたら東カナンへ行きたいと思ってる。そのときに笑って会えるよう、この戦、絶対勝とうな」
「……ああ。必ず」
 ぱん、と手を打ち合い、2人はかまえた。
 彼らの前、ガーディアンが再びために入り、真空波を放出する。
 オートガードが反応し、不可視の風の刃をはじき返すなか、バン! と音をたて、ディオロスが床に脚部装甲のスパイクをくいこませ、脚部を固定した。
「では、真面目にいきますよ」
 ガーディアンに向け、機関銃がフルオートで斉射される。火薬のにおいが充満するなか、張られた弾幕がガーディアンをその場に釘づけにした。硝煙が巨大なガーディアンの姿を覆い隠した瞬間、セテカ、佑一、エース、エルシュの4人が得物を手に、四方から一斉に飛び込む。
 視界を覆った煙幕を突き抜け、至近距離に迫った彼らを見て、ガーディアンが棍棒のような両腕を振り回し始めた。爪先が触れただけで痛みが走り、皮膚が裂ける。まともに入れば確実に骨をやられるに違いない。それを、ミシェルのカタクリズムが抑え込む。
 思うように動けないことにとまどっている隙をついて同時に突き込み、4人はガーディアンを倒したのだった。
「これで2つめだね」
 サイコキネシスで壺を浮遊させ、ミシェルが満足そうににこっと笑った。

●『怠惰』の塔

「……なるほど。塔のガーディアンはモンスターか」
 ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)の持つ銃型HCを介して得た情報に、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)が考え込む。
「『嫉妬』の塔が妬みのヘビ女で『憤怒』が激怒したミノタウロス。ということは『怠惰』は……動きが鈍重で、その分火力が高いような……」
「なんですか? それは」
「いや。単なる俺のイメージ」
「そうですか。鈍重……カメ、でしょうか」
 レイカ・スオウ(れいか・すおう)が真面目に考えて答える。
「カメで火力が高いって、それってもしかして!」
 あの、クルクル回転しながら空を飛ぶヤツ?
「ミリィ、あれはテレビの特撮に限ってで、本物はいないと思うよ」
 いくらここが異世界ザナドゥでも。
 苦笑しながらセルマ・アリス(せるま・ありす)は螺旋階段の最後の1段を上った。
「さあ開けるよ」
「虫じゃないといいなぁ」
 そうつぶやいて、ミリィはドアが開く前に光学迷彩を頭からかぶり直した。
 ロンウェルで犯したような失態はするまい、何が起きようとも決して動揺せず、水面のような心でスナイパーに徹すると誓ったものの、やっぱり虫系は苦手だ。
 押し開けられたドアの向こう、闇の中。その中央に置かれた椅子に鎮座していたのは、残念ながらカメでも鈍重な何かでもなく。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)とそのパートナー大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)だった。
「ずい分と遅かったな。少々待ちくたびれたぞ」
 背もたれの大きな、いかにも王座といった赤い羅紗張りの椅子――の肘掛けにちょこんと腰かけた、身長50センチのアスタロトが鷹揚な態度で告げる。
「あなたが、この塔のガーディアン……?」
「ふふ。いかにも」
 と答えるアスタロトの横で、もじもじと居心地悪そうに椅子に座っていたシャーロットが、視線で横を指した。
 視線の先では、だらしなく床に寝そべった1羽のハルピュイアがいる。腹部のあたりが妙に波打っていると思ったら、下に壺を抱き込んでいるようだ。
「……ああ。あれが本物のガーディアンですね」
「私たちが来たときからああなんです。ぴくりとも動きません」
 セルマの少しあきれたふうな言葉に、シャーロットが説明をする。
「なら、あれを倒せばいいんだな」
 動かない敵をやるのは少々寝覚めが悪いが、壺をあきらめるわけにはいかない。鬼神力で持ち上げてどかそうと、カガミがそちらへ向かおうとしたとき。
「わらわがガーディアンだと言っている!」
 無視されて、アスタロトが癇癪を起こした。
「わらわは大公爵 アスタロト! 怠惰を司る悪魔! ゆえにこの塔のガーディアンに最もふさわしいのはわらわである!」
「と言っても、実際本物はあちらなのですから彼らがそう思うのは無理ない話でしょう」
「ええい、シャーロット! きさま、どっちの味方だ!」
 どちらかといえば、彼らの方です。
 シャーロットはアスタロトの剣幕に押され、笑顔でごまかしながら心の中でそう思う。塔のガーディアンとすり替わる案を思いついてからすっかりご機嫌なアスタロトの余興に付き合う覚悟で来たのだが「付き合う」というのは存外忍耐力を強いられるものだ。
「よいか? ちゃんとあのガーディアンからは許可を得ているのだ。わらわが役目を代わると言ったら「いいわよぉ〜」とふたつ返事だったのだから!」
 そりゃ怠惰のガーディアンですから。面倒だったんでしょう。あのハルピュイアを見て、全員納得した。
「ではあなたが俺たちと戦うんですね?」
 セルマが不快げにレーザーナギナタを握り直す。
 彼は、こういった裏切り者コントラクターの存在を快く思っていなかった。アガデのジェノサイドの夜を経験してからは、特に許しがたい存在と思うようになっている。
 人を傷つけるのは嫌いだが、仲間を護るためなら武器をふるうこともいとわない。
 彼の決意の浮かんだ強い目を見て、アスタロトはふっと笑った。
「そう急くな、少年よ。戦いとはなにも力のみを指すものではない。知恵による戦いというのもあるのだ」
「というと?」
「わらわの名をあててみよ。答えられたらおまえたちの勝ちと認めよう」
「大公爵 アスタロトでしょう?」
 レイカがアッサリ答えた。
「それでは壺はいただいて行きます」
 と、すたすた壺に近づく彼女を、アスタロトが大あわてで呼び止める。
「待て待て待て待て!! そんなわけがないだろう!」
「では反対にこちらから訊きます」
 レイカが振り返ってアスタロトを直視する。
「あなたはアスタロトではないのですか? あなたの名前がアスタロトではないとおっしゃるのなら、私の負けです」
「ぬ、ぬぬぬううぅ〜〜〜〜っ」
 違うとも言えず、アスタロトはうめく。
 もちろんアスタロトとしては別の答えを用意してあった。だが「アスタロト」が違うかといえば否定もできず……。
「はい、あなたの負けです」
 歯噛みしているアスタロトを人形のように抱き上げ、シャーロットが立ち上がった。
「こちらの負けを認めます。壺はあなたたちのものです」
 もともとそのつもりだったシャーロットは、そう口にすることに何のためらいもない。レイカはうなずき、再び歩き出す。すると、それまでぴくりとも動かなかったハルピュイアが、突然むくっと身を起こした。
「あぁあ〜。結局やらないと駄目なのねぇ。面倒ねぇ〜」
 口調は怠惰ながらも、その身から吹き出す闇の瘴気は激しい。
「レイカ、戻れ!」
 暴風さながら全身にたたきつけられる瘴気からレイカをかばうべく、カガミが壁となって立つ。
  ――……動キタクナイ。……面倒クサイ。……モウ歩クノモイヤ。
 変な思念の割り込みに、ずきりと頭が痛んだ。
「これは一体――あっ」
 脱力し、膝がくだけた。そんなつもりはないのに立てない。全身が重く、まるで何重にも鎖を巻きつけられているかのようだ。
 やがて彼女は気付いた。うなる力の風にまぎれて、か細いが、悲しみの歌をハルピュイアが歌っている。怠惰さを植えつける瘴気の風と歌が相乗し、己の意志に反して彼女の体から力を奪っているのだった。
 愕然となる彼女の前、がくりとカガミも膝をついた。苦悩する面は、彼もこの脱力感に苦しめられていることを表している。振り返ると、セルマやシャーロット、アスタロトたちもその場にうずくまっていた。こめかみに手をあてたセルマと視線が合う。彼の口が、言葉を繰り返していた。
『オレタチガ スキヲ ツクルカラ イチバンチカイ アナタタチガ コウゲキヲ』
(分かったわ)
 彼女がうなずくのを見て、セルマはよろめきながらも立ち上がる。レイカよりも距離があり、威力が薄れているため、そしてエンデュアのおかげだった。
「ミリィ! 今だ!!」
 部屋のどこかに身をひそめているはずのパートナーに合図をする。瞬間、ターーンと銃声がして、ハルピュイアの左足が後ろから撃ち抜かれた。瘴気や歌の影響下にありながらも、エイミングとシャープシューターのかかった銃弾は正確に相手を射抜いてくれたのだった。
 ギャア、とカラスの鳴き声のような悲鳴をあげ、ハルピュイアがよろめく。歌が止まった。カガミが走り、口をふさいだ。
「カガミ、どいてください!」
 レイカのディス・キュメルタが左の翼に押しつけられた。龍の顎を模したその黒い魔弓は、レイカの魔法力によって爆発的な破壊力を引き起こす。ゼロ距離で放たれた氷術の矢は翼に巨大な穴を開け、一瞬でハルピュイアのほぼ左半身を凍らせた。
 だが同時に、レイカを後方へ吹き飛ばし、壁へとたたきつける。
「レイカ!」
 駆け寄るカガミ。拘束を解かれたハルピュイアはよろよろと、壺に手を伸ばした。
 こうなっては壺を守れない、そう判断した彼女は、壺を開けて自分もろとも全員を封じようとしていた。
「させない!」
 いち早く見抜いたセルマがバーストダッシュを発動させた。ハルピュイアの手が壺の蓋に触れる寸前、かすめとって走り抜ける。ハルピュイアはバランスを崩して倒れ、床についた翼が破砕する音をたてた。


 塔へとつながる岐路で合流を果たした塔攻略部隊の面々は、無事手に入れることができた3つの壺を前に、達成感を噛み締めていた。
「さあ、これを早くシャムスの元へ持っていこう」
「はい!」
 力強くうなずき合い、彼らは走り出したのだった。