空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション

 うす闇の中、剣線が流れた。
「――ふっ」
 バスタードソードが振り切られ、前方をふさぐ魔族兵を一刀で斬り捨てる。即死した肉体が床に倒れ伏す前に、さらに別の敵を鋼鉄の両刃は斬り裂いていく。振り切られた剣は円を描く動きでなめらかにつながり、途切れることはない。
 鍛え上げられた剣技。それは研ぎ澄まされた、確かな一撃だった。東カナン軍上将軍セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)の繰り出す速く鋭い剣げきは、敵と見なした個体を確実に捉え、滅してゆく。
 その横で、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)もまた、型は違えど彼に負けるとも劣らぬ剣の腕前を見せていた。
 どこか女性的な柔和さ、やわらかさを持つ美麗な面。一見、長剣を手に戦うようには見えない痩躯ながらもその手足はしなやかな筋肉を宿しており、ふるう剣は力強い。今もまた、相手の剣を受け、すり流し、カウンターで胴を割る。
 城内いたる所から現れて前進を阻もうとする敵を着実に撃滅していく彼らのそばで、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が遠距離からの魔弾攻撃に魔法で対処していた。
 セテカやエースを貫かんとする、さながら銃弾のごとき気弾が発せられる前に、光術や火術、サンダーブラストをたたき込んで対抗する。間に合わず、発射されてしまった魔弾には、機晶姫のディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)がミサイルをもって相殺した。
「……彼らに任せていれば、心配する必要はなさそうですね」
 後方から追撃があるのではないかと、警戒にあたっていた月詠 司(つくよみ・つかさ)がつぶやいた。
 しかし道を切り開いていく5人の力は激烈で、彼らの通りすぎたあと、うめき声を上げこそすれ起き上がろうとする魔族兵は1人もいない。
「ねえシオンくん。彼らだったら、塔の攻略も案外楽勝かも――」
「あっまーい、ツカサ。それ、カフェ・ラ・ヴィーテのスペシャルチョコレートパフェ並よ! HSMA」
 ち・ち・ち、と顔の横で人差し指を振ってみせるシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)
「なんですか? それは」
「ひと口で殺人ができるほど猛烈に甘い」
「そうですか――って、えっ!?」
 納得しかけた次の瞬間、言葉の意味に驚く。
「彼らでも無理という見たてですか……?」
「んーん。そっちは知らない。でもね、妙にトリックがあるような気がして仕方ないのよねー」
 唇に指をあて、んー? と考え込むそぶりのシオンに、司は嫌な予感がした。シオンは思考も行動も荒唐無稽でよく無茶振りをする女性だが、その分、天才的にひらめきが鋭い。特に、厄介事に関しては。そのシオンがこんなことを言うと、気になって仕方なくなってしまう。
「あのバルバトスが6つの塔に1個ずつ設置なんて、そんな簡単な策略を仕掛けたりするかしら?」
「やめてくださいよ、シオンくん。怖いじゃないですか」
「あ、でもこれ、思いついたのワタシだけじゃないみたいよ?」
 あっけらかんとそう言って、シオンは併走しているジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)マーク・モルガン(まーく・もるがん)を指差した。
「あなたたちもですか?」
 質問に、マークはこくんとうなずいて見せた。
「大罪は7つあるの。『嫉妬』『憤怒』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』そして……『傲慢』。でも、ここには『傲慢』の名のついた塔がないわ。もちろん、塔が最初から6つで欠片も6つしかないのなら、それまでなんだけど」
 己の不安を噛み締めるようにジェニファはつぶやく。
 このことについてアムドゥスキアスも特に何も言っていなかったようだし、気にしすぎなのかもしれない。だけどもし、『傲慢』の塔ないし傲慢を象徴する構造物が、この城のどこかに隠されているとしたら?
 それを見逃したまま攻略したのでは、土壇場でなにか致命的な落とし穴にはまってしまうかもしれない……。
「ち、致命的?」
 ジェニファのした表現への驚きに、マークの声が裏返った。
「そう。例えば、エンヘドゥの復活ができないとか……できたとしても、どこか不完全に欠けてしまうとか」
「欠ける、って……」
「手とか足とか、目とか」
「手足ーーーーーーっ!?」
「目ーーーーーーっ!」
 マークと司が、まるで合わせたように叫んだ。
「そういう可能性もあるってこと。バルバトスのしそうなことじゃないかしら? 全部集めたと思って再生術を施したらアウトでした、って」
「はぁ……。としますと、その7つめの場所を探さないといけないわけですね」
 探索系の魔法が使えるメンバーがいただろうか? 真剣に考え込む司の横で、シオンがあきれ返って目をぐるりと回転させた。
「そんなの、探すまでもないわ」
「えっ?」
 司、マーク、ジェニファの視線がシオンに集中する。
「相手はバルバトスよ。だれのことも信用しない。当然大切な最後のピースは自分で持ってるはずだわ。それに……『傲慢』って、いかにもじゃない?」
 もちろんただの勘だから、責任求められても困るけどねっ♪
「とりあえず、シャムスさんたちにもこのことは伝えておきましょう。お願いできますか? シオンくん」
「仕方ないわね、お願いされてあげる♪」
 シオンは銃型HCで南カナン勢を呼び出した。

●『嫉妬』の塔

 全員で1箇所ずつ回っては効率が悪い。それぞれの塔につながる岐路で、彼らは3組に分かれた。
「ファタさん、ヒルダさん、またあとでね!」
 バイバイと元気よく手を振って走って行ったミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)を思い出して、{SFM0005479#ファタ・オルガナ}は口元がゆるむのを抑えきれなかった。
「なんだよアネゴ、思い出し笑いか? 顔がおかしなことになってるぜ?」
 塔の壁に設置された螺旋階段を上りながら{SFL0019823#ヒルデガルド・ゲメツェル}が肩をすくめる。
「あの眼帯ヤローとのことでも思い出したか?」
「なんでわしがあんなやつを思い出してにやけないかんのじゃっ!」
 とたん、今にも噛みつきそうな顔でファタは怒り出した。顔が真っ赤になっているのは、憤激のせいか、それとも……何かを思い出してか?
「え? だってアネゴ、アイツと付き合ってんだろ?」
「するか!!! 百万年経ってもあんな悪魔、願い下げじゃ!!」
「アネゴ、怒鳴んなくても聞こえるって。耳いてェよ」
 耳をつんざかんばかりの叫びに、指で耳の穴をふさぐ。
「2人ともお静かに。最上階につきましたわ」
 先頭を行っていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が振り返り、注意を促す。そしてドアにぴたりと手をつけた。
「鍵はかかってないようです」
 魔鎧エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が言う。
「ただ……中で、何か重い物が這っているような音がかすかにしています」
「塔にはガーディアンがいると聞いておる。間違いなくそやつじゃな」
 2人に、小夜子は塔攻略部隊に編制されて以来の冷静沈着さを保ったまま告げた。
「役割を決めましょう。こちらはエンヘドゥさんの欠片の確保を第一と考えていますわ。ガーディアンを倒すことが目的ではありません」
「心得ておる。わしとヒルダがガーディアンを抑える。その隙にそちらで壺を確保すればいいじゃろう」
 こくっと小夜子がうなずく。
「じゃあ行こーぜ」
 ヒルデガルドが肩で重いドアを押し開けた。部屋の中はさらに暗く――そして完全にドアが開いた瞬間、ザアッと何かが彼らに向けて吹き寄せてきたのが分かる。
 それは、言うなれば闇の瘴気に似ていた。圧力を伴った空気というのか。それが胸を圧迫しているように感じる。
  ――……。……。
「エンデ、何か聞こえませんか?」
 口にした直後、小夜子はそれが自分の中で起きていることに気付いた。ちくちくと内側から皮膚を刺すような不快感。まるで血中を小さな唐草が流れているようだ。
  ――……イ。……シイ。
「小夜子様、これは一体何でしょうか?」
 エンデがとまどっていた。彼女は今、魔鎧として小夜子に装着されているため、人の肉体としての影響は受けないはずだが、と小夜子は訝しむ。
 エンデが感じているということは、肉体ではなく精神に作用しているのかもしれない。
「分かりませんわ。ですが、警戒するに越したことはないでしょう。気をつけましょう、エンデ」
「はい」
 そろそろ部屋の闇に眼が慣れてきた。すると、部屋の中をずりずりと這っている生き物の正体が見えてくる。
 それは、上半身が女性、下半身がヘビのモンスターだった。
「げーっ。ゴーゴンかよ!?」
「いや、違う。あれはただのヘビ女じゃ。髪がヘビではないし、ゴーゴンならわしらはとうに石化されておる」
 話す間も、ヘビ女のガーディアンは床につけた腹部を蠕動させつつ、彼らに近づいてきた。吹きつける闇の瘴気が濃さを増し、ますます圧迫感が強まる。
  ――……ニク、イ。……ネタ……シイ。
 内側で流れる唐草が、とうとう言葉になった。
  ――……憎イ。……妬マシイ。……羨マシイ。……オマエナド死ンデシマエ。
「ぁあ? 死ねってどういうことだよ?」やはり向こうの2人も感じていたか、ヒルデガルドが叫ぶ。「大体妬ましいってなぁ、アタシは何にも妬まれることなんかないぞ! 妬まれるとすりゃアネゴの方だろ!」
「なんでわしなんじゃっ!」
「だーってアネゴ、あの眼帯ヤローと付き合ってるリア充じゃん」
「付き合っておらんとゆーに!!」
「……小夜子様、あれが「瘴気」の効果でしょうか?」
 いがみ合っている2人の姿に、エンデがつぶやいた。
「さあ。あの2人、この部屋に入る前からあの調子ですから、分かりませんわ」
 もっとも、この塔に入ってから無意識に作用していたというのであれば、十分あり得ることだが。
 いつまでもこの瘴気の中にいれば、自分とエンデもああなるかもしれない。その前に脱出しなくては。そう考えていたときだった。
「小夜子様! 正面奥を見てください! 壺です!」
 エンデが指したのはガーディアンの背後だった。うっすらと光る壺に、ガーディアンの尾が巻きついている。
 それを目にした瞬間、小夜子は走り出した。壺へ一直線に向かう彼女に、ガーディアンが襲いかかる。振り下ろされた、長く婉曲した黒爪を、バーストダッシュで走り込んだヒルデガルドが受け止めた。
「おっと。あんたの相手はアタシだよ」
 コイバナよりも口ゲンカよりも殴り合いを愛するヒルデガルドは、傲岸不遜に笑って見せる。だがガーディアンの力は強く、腕が震えていた。彼女が受け止めるのに必死と見たガーディアンのもう片方の手が、彼女を引き裂かんと横なぎにしようとする。それを、ファタが食い止めた。
 蒼き水晶の杖を核として氷術で作り上げた死神の大鎌。しかしそれはガーディアンの攻撃に耐え切れず、受けた瞬間破砕した。
「くっ……」
 飛び散る氷片の中、彼女めがけてヘルファイアが撃ち込まれる。
「アネゴ!!」
 ファタの腰元で魔法仕掛けの懐中時計が輝きを放つ。ヘルファイアの暗き炎はファタの残像を撃つに終わり、新たに形作られた大鎌の氷刃が側面からガーディアンの腹部に突き刺さった。
「ふむ。固い皮膚じゃのう。さすがヘビか」
 思っていたほどのダメージを与えられなかったことに、不服そうにつぶやく。ヒルデガルドののどからクライ・ハヴォックがほとばしった。
「てめェの相手はアタシだ、つったろぉ? いつまでもほかのやつとやってんじゃねーよ!」
 ゴッドスピードを発動させ、飛来するヘルファイアの雨をくぐり抜けて距離を詰めたヒルデガルドは思い切り殴りかかった。
 硬膚蟲により硬化した皮膚による打撃というだけではない、ラヴェイジャーの強烈なこぶしが炸裂し、ガーディアンを大きく後方に反らせる。
「はっはあー!! ホラ、さっさと来いよォ!!」
 こぶしで戦うヒルデガルドと後方から魔法で補助するファタ。ガーディアンの注意が2人に集中したと判断し、小夜子は再び走り出した。
 だがこのヘビの視界は思いのほか広いらしい。あと少しで手が届くという距離で、壺に巻きついていた尾がするりとはずれ、小夜子を壁まで払い飛ばした。
「小夜子様!」
「大丈夫、ですわ。それよりエンデ、あれは私が防ぎます。その隙にあなたは壺へ」
「……分かりました」
 立ち上がった尾に、小夜子の魔銃モービッド・エンジェルから魔弾の射手が射られる。肉を砕かれる激痛にねじれ、鞭のようにしなって向かってきた尾を、小夜子が全身で抱き留めた。
 力が拮抗した瞬間、エンデが魔鎧形態を解き、尾の下をすり抜けてまっすぐ壺へと駆け寄る。ただならぬ雰囲気を漂わせる、いかにもな壺に用心しつつ、サイコメトリで確認したが、残念ながらここへ設置するバルバトスの思念が見えるだけだった。壺がどういったものなのかは分からない。
(開封して、直接中身を確かめるしかありませんね)
「エンデ、気をつけてください」
「はい」
 細心の注意を払って、そろそろと蓋を持ち上げる。瞬間。
 壺の罠が作動し、部屋中に激しい旋風が吹き荒れた。
「うわっ!」
「なんじゃ!?」
「エンデ!!」
 伸ばした手の先、エンデの姿はどこにもなかった。あまりにも壺の威力がすさまじく、小夜子の目では、壺に吸い込まれるエンデの姿を捉えることはできなかったのだ。
 ヒルデガルドはすぐさま床にこぶしをめり込ませ、自身とファタが吸い込まれるのをなんとか阻止しようとする。
 壺は、次に近い距離にいたガーディアンも吸い込んだ。その次は小夜子だった。到底抗いがたい力の風に、成す術なく小夜子もまた吸い込まれてしまうかに見えたとき。
「くそ!」
 ファタがとっさに氷術を放った。氷が壺を閉じ込め、小夜子が吸い込まれるのを寸前で阻止する。回避できたと思ったのもつかの間、すぐに氷に深い亀裂が走った。再び吸引が始まろうとしている。小夜子は手近に転がっていた蓋を拾って、氷が完全に砕け散ると同時に再封印することに成功した。
「無事か? アネゴ」
「ふう。なんという壺じゃ。わしらが開封して中を確認するのを見越しておったんじゃな」
「エンデ……エンデ!」
 とり乱しかけた小夜子の頭の中に、エンデのテレパシーが響いたのはそのときだった。
『小夜子様、私は大丈夫です』
「エンデ! あなたなのね? けがはない?」
『はい。真っ暗で、ここがどこかは分かりませんが……多分、壺の中ではないかと』
「ガーディアンは!? そこにエンヘドゥさんの欠片はありますか?」
『分かりません。暗くて、いくら歩いても壁もないんです。異空間なのかもしれません』
「そう……」
 壺を抱いたまま、脱力する小夜子。
 しかし壺をもう一度開封することはできなかった。解放できる確信がない以上、割ることもできない。アムドゥスキアスの元へこのまま運び、エンヘドゥの欠片を取り出す際に一緒に解放してもらうのがいいだろう、ということになった。
 壺の罠とエンデの窮状は、シオンの銃型HCを用いて塔攻略部隊全員に通達されたのだった。