空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション

 剣や槍で応戦する魔族兵の後ろから間断なく撃ち込まれる魔弾を、ルカルカは梟雄剣ヴァルザドーンの腹で受けた。
 衝撃がびりびりと手をしびれさせる。
「さすが敵本城の最終防衛ラインというところかしら。うまく連携がとれてて、なかなか進ませてくれそうにないわね」
「ああ。あの後方のやつらをどうにかできればいいんだが」
 横の路地から飛び出してきた魔族兵を、槍ごと斬り捨てるバァル。
 彼らは幾度かそれを試していた。遙遠やダリルたちが魔法で食い止めている間に一気に距離を詰めたルカルカやバァルが斬ろうとするが、前列がやられている隙に後方は距離をとり、再び魔弾を撃ち込んでくる。かといって魔法で彼らをどうにかしようとも、すでに見切られてしまっていた。発動するそぶりを見ただけで、後方に逃げるか散じられてしまう。散じられてしまえば魔弾が飛来する方角が前方一方向だけでなく広範囲になってしまうため、防ぐのが困難になった。
「その隙に駆け抜けようにも、全方位から追撃されるでしょうし……」
 そうなれば絶対に何発かはくらってしまう。第一、後から来る者たちとの間を分断されるだけだ。
「俺がなんとかします」
 彼らの会話を耳にして、それまでサンダーブラストや天のいかづちを用いてセルファの支援を行っていた御凪 真人(みなぎ・まこと)が振り返った。
「ただし、こういう相手ですからおそらく虚をつけるのは一度だけです。必ず倒してください」
「分かった」
 真人はうなずき、アウィケンナの宝笏をかまえた。
 彼の左右に召喚獣のサンダーバードとフェニックスが現れる。赤く燃え盛る炎の鳥と、白光に包まれて青白い火花を散らす鳥。何の前触れもなく突如現れた2羽の巨鳥に目を奪われ、恐怖した魔族兵の攻撃がゆるんだ。
「行きなさい」
 宝笏で敵陣を指し示す。主たる真人の命に従い、2羽は大きく羽を広げて飛び立った。
 うす闇の中を流れる赤と白の炎が、左右から同時に魔族兵たちに突っ込んでいく。
「う……わああああっっ!!」
 これまで全く目にしたことのない攻撃に畏怖して、火炎と雷撃から逃げ惑う魔族兵。密集隊形はあっけなく崩れた。魔弾の雨がやんだ瞬間、バァルとルカルカが敵陣に突入する。
「バァル、それは?」
 あらかたの敵を斬り倒したあと、ルカルカは遅ればせながらバァルの剣がいつものバスタードソードでないことに気付いた。
「これは美羽の剣だ」
 彼女の目が何に向いているか気づいて、軽く持ち上げて見せる。
 バァルは、シャムスのメイシュロット突入班に加わるため別ルートでそちらへと向かう直前の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)としたやりとりを思い出した。

『この戦いの間だけでいいから、バァルの剣を私に貸して』
 そう言って、彼女は自身の剣を差し出した。
『なぜ?』
『私がバァルの代わりにバァルの剣で、バァルの想いをありったけバルバトスにぶつけてくるから!』
 強い光を放つ決意の目。その目を見返して、なぜ彼女がこんなことを言い出したか、バァルは分かった。あの空中庭園で不用意に見せてしまった自分の弱さが、この瞬間を招いてしまったのだ。
 思わず制止の言葉が口をついて出そうになる。だが美羽が求めているのはそんなことではない。彼女が求めているのは、信頼。純粋にそれだけを求める美羽に、バァルはそっと目を伏せ、腰から剣帯ごと己のバスタードソードをはずした。
『これは長くわたしとともにあった、わたしの一部だ。
 持っていけ。返さなくていい。これは永遠にきみのものだ。ただ、無茶だけはするな。わたしの思いなどより、きみの方がはるかに大切だ』

 代わりの剣はいくらもあった。だがカナン内乱のときも、ザナドゥとの戦いの間も、常に彼とあった剣はあれ1本のみ。
「戦友の美羽になら託せる。これからは美羽とともにあって、わたしを護ったように彼女を護ってくれたらうれしい」
「そう」
 バァルははるかメイシュロット城を見上げた。
 美羽が今、どこにいるかは分からない。だがあそこを目指しているのは間違いない。おそらくは、あの熱い思いのままに駆けているのだろう――
「わたしたちも負けてはいられないな。
 さあ行こう。城壁まであと少しだ」
 開けた前方を指し、再び走り出すバァルたち。
 そのまま、一緒に走り出したクコ・赤嶺(くこ・あかみね)だったが、とある路地を横切った直後、走る速度を緩めた。走りは歩きになり、それもすぐに止まる。
「クコ?」
 最後尾を行っていた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、やはり横で足を止めた。
「――しっ」
 口元に人差し指を立てる。クコは通り過ぎたばかりの路地を振り返り、そこに彼女だけが見える何かを見据えているように、険しい表情をしていた。
 ピクピクせわしなく動く耳。だが耳をすませても霜月には遠ざかる仲間の足音以外、何の音も聞き取れない。
 クコ? と、もう一度呼びかけようとした霜月だったが、直後、路地奥から近づいてくるかすかな足音を聞きつけて、はっと表情を固くした。
 獣人である彼女には、これが聞き取れていたのか。
「挟撃するつもりだったようね。でも、そうはさせない」
 そう口にしながらも、彼女も自分たちの方こそ劣勢であるのは分かっていた。
 近付く気配は10人を超える。こちらは2人。決定的に人数が足りない。
 それは戦力の不足を意味した。単純で、重大なこと。彼らはコントラクター、並の者以上の力を持つとはいえ、傷つけば痛みを感じるし血も流れる。全力で戦おうとも、ほんのわずかな出来事が命運を左右することもある。しかも相手がなまなかな敵でないことはもう分かっていた。1人ひとりがコントラクターと同等とまではいかないまでも相応の力を持つ強敵だ。近距離でまともにくらえばやすやすと身を貫く魔弾もある。
 せめてあの砲撃さえなかったら……分断されなかったら……そんなことを今考えても仕方がない。己の弱さを振り払うように、クコは頭を振った。
 もう敵はすぐそこに迫っている。
「霜月、下がっていて。まず私がいくから」
 せめて霜月は守らなくては。これまでのように、愛する夫を護ろうとする彼女が言葉を発するよりも早く、霜月は狐月を手に前へ踏み出していた。
 狐の文様が描かれた鞘からすらりと抜かれた刀身が、月光を思わせる涼しやかな銀の光を発する。
「霜月!」
「きみはここにいてください。深優はまだ幼い。彼女には母親が必要です」
「ばかね! 父親だって必要よ!」
 クコの必死の反ばくに、霜月は振り返り、彼女を見つめた。彼女と同じ、愛の宿る目で、柔らかなほほ笑みを浮かべる。
「……そうですね。ばかを言いました。自分たち2人とも、彼女には必要です」
「そうよ!」
 差しのべられた手に手を重ねると同時に、路地から魔族兵の一団が飛び出してくる。
「必ず帰りましょう」
「もちろんよ。一緒にね」
 ガチャガチャと打ち鳴らされる剣。飛来し始めた魔弾が身をかすめる中、2人は己が持つ最強魔法ヴァンダリズムを発動させた。


 上空で、地上で。
 己の命賭けた死闘が繰り広げられる中、地上の片隅ではまた別種の戦いがひっそりと繰り広げられていた。
「起きて……起きてください」
 瓦礫にもたれ、うめくだけの魔族兵のほおをはたく神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)。けれど、魔族兵は目を開けようとしなかった。そうするだけの力ももはやないのかもしれない。
 だが、生きている。
「命があるだけ、もうけものですよ……」
 周囲に散らばる無数の物言わぬ死体を見回して、ほうっと息をつく。彼らにはもはや何もしてあげることはできない。レクイエムを歌ってあげるのがせいぜいだ。
「まぁ、それはあとにしましょう」
 今は目の前のこの方の命を救わねば。
「応急手当てしかできませんし、風前の灯のようですけれど……それでも、あなたは今、こうして生きているんですからね」
 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、割られた腹部の治療を続ける。圧迫し、止血帯を巻いていると、ぱんっという軽い音がすぐ近くで起きた。
 聞き覚えのある音。あれは、平手だ。
「触るな!!」
 嫌悪をむき出しにした声が続く。
 顔を上げた紫翠の目に、少し先で彼と同じように魔族兵の救護にあたっていた少女東雲 いちる(しののめ・いちる)の姿が入った。
 左手がほおに添えられている。
「人間め……触る、な……!」
 乱れた息のもと、魔族兵は懸命にいちるに牙をむいていた。その顔は頭から流れ落ちる血で真っ赤に染まっている。肩にも深い裂傷が走り、骨が見えていた。
「……ううっ……」
「あっ、駄目です、動いては――」
「触るなと、言った……!!」
「きゃっ」
 よろめいた体を支えようと伸ばした手を突き飛ばされ、いちるは後ろにしりもちをついた。
「いいのか? やらせておいて」
 同じく救護活動に取り組んでいたシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が騒ぎを聞きつけ、ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)の肩をつつく。
 ギルベルトは答えなかった。一歩も動かず、ただ場を見守っているだけだ。だがその険しい目はまばたきひとつしない。ガーゴイルの手綱を握る指が白くなるほど込められた力を悟って、シェイドはなおも言いかけた口を黙って閉じた。
 いちるは向けられた敵意に内心おびえていた。相手の目の中にあるのは殺意だった。もし魔族兵が武器を持っていたなら。魔弾を撃つだけの力が残っていれば。おそらく殺されていたに違いない。
 瓦礫片で切れたてのひらをぎゅっと握り締め、震えを抑える。
 その手で、自分のほおを張った魔族兵の手を握った。
「は、放せ!!」
「いいえ、放しません! 傷を見せてください!」
「よせ……さわ……るな。人間などに……」
「なら、私を利用していると思えばいいでしょう! 人間が憎いからと、あなたはここで死んでいいのですか? あなたは地上へ出るチャンスを得るために、戦っているのではありませんか?
 ならば生きるべきです。何としても。まずは生きのびることを考えなさい! そのために私を利用しなさい!」
 気迫のこもった真摯な眼差しが真っ向から魔族兵の目を射抜き、心を揺さぶった。
 彼女は本気だ。本当に敵である彼を救おうとしている。
 それでも、魔族兵はそっぽを向いた。主君バルバトスへの忠誠や人間への不信感は、人間の用いる言葉ひとつでたやすくなくなりはしない――彼の横顔はそう告げていた。
(でも、手を振り払うのはやめてくれたわ)
 1度に1つ。そんな言葉を思い出して、いちるは自らを叱咤しつつ治療を始めた。
 これは一朝一夕にいくことではない。病巣は根深い。けれど、生きてさえいてくれれば、この魔族兵の心に宿った不信感をいつか溶かせる可能性だってあるのだ。
「運ぼう」
 いちるの治療が終わるのを待って、ギルベルトが近寄った。
「お願いします、ギルさん」
 ギルベルトがガーゴイルの背中へ乗せる間も魔族兵は固く目を閉じたまま、いちるたちを視界に入れようとしなかった。
「よかったら、こちらの方も、連れて行ってあげてください。治療が、終わりましたので」
 立ち上がった紫翠の足元から抱き上げ、先の魔族兵の横に乗せる。そのまま手綱を引いて、安全な後方まで運ぼうとする彼を、いちるが呼び止めた。
「ギルさん……ありがとうございます」
 ギルベルトは答えず、振り向いて彼女を見ようともしなかった。ただ、再び歩き出す前に、ぽつりと小さくつぶやいた。
「俺は何もしていない」
(いいえ、してくださいました)
 ギルベルトから尊い贈り物をもらった思いで見送る彼女のほおに、ひんやりとした指が横から触れる。
「赤くなって、いますよ」
「ああ。ありがとうございます、平気です。すっかり忘れていました」
「いろいろと、大変だったでしょう……彼も?」
 言外の意味を含む問いかけに、いちるはにっこり笑って首を振った。
「そうですか」
 紫翠もまた、ほっとして笑みを浮かべる。
「では、救護に戻りましょう」
「はい。……ああ、紫翠さん」
「なんですか?」
「私……敵の魔族兵を、救護しました……」
 叱責を覚悟するかのようにおそるおそる口にした彼女の姿に、くすりと笑いが口をつく。
「私もしましたよ?」
「……あ、そうですね」
 ばかなことを訊いた、と恥じ入るようにうつむくいちる。
「敵も味方も、ないですよ。私たちにとって、負傷者は負傷者です。……治ればすぐ、戦いに戻られるのかもしれませんが……」
 彼らがけがを負い、今度こそ命を落とすために自分たちは治療しているのか。それは戦場で救護班をするたびに生まれる疑問だった。自分は彼らの苦しみを長引かせているだけではないのか、と。
 けれど答えもまた、出ている。苦しんでいる者がいれば、自分は救助するだろう。たとえそれが戦場へと送り出すことになるのだとしても、手を差し伸べずにはいられない。何度でも。
「……それに、あなたがまたひとつ、答えをくれました」
「私が?」
「ええ。彼らが地上で生きるためのチャンスを、私たちは作っているのだと。すばらしいことですね」
「そのためにも、さっさととりかかろう」
 シェイドが後ろから紫翠の肩を抱き込んだ。
「気合いが入るのはいいんだが、皆、上も下も派手にやっている。もたもたしていると助かる命も助からないぞ。
 ああ、だが紫翠、だからといって少々の無理はしても無茶はするな」
 いったん集中すると倒れるまでやめないことを知っているシェイドは、釘を刺すことを忘れない。
「ちゃんと定期的に休憩をとること。それが負傷者のためでもある。いいな?」
 ピッと指差しをして、先からうめき声の上がっている場所に向かい、駆け出していく彼の姿に、紫翠は微苦笑を浮かべずにいられなかった。
「さあ、私たちも」
「はい」
 いちると紫翠も次の負傷者の確保に向かう。
 1人でも多く、彼らに地上で生きるチャンスを、そして地上人と分かり合うチャンスを与えるために――