空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ 【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

リアクション



●ザナドゥ:メイシュロット内部

 陥落したメイシュロット内部へと突入したのは、東カナン軍だけではない。同じ頃、南カナン領主シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)率いる南カナン軍も、である。
 ザナドゥの門をくぐった南カナン兵は少ないとはいえ、彼らには直属の少数精鋭騎士団〈漆黒の翼〉、それに契約者たちがいる。メイシュロットの翼をはためかせる魔族軍は、東カナン軍へも兵数を割かれているのだろう。当初想像していたよりも、敵の数は少なかった。そのため、わずかながら数に劣ろうとも、実力では魔族たちに引けを取らぬ南カナンの兵団が、海を割るように内部へと進軍していた。
 その先頭に立つのは、他でもないシャムスである。
 騎馬に乗った彼女は、部下の兵士たちを指揮しつつ、自らも武器を取った。
 彼女は背中に背負っていた弓矢を構えると、放った矢で瞬時に敵を貫く。流れる動作で次々と矢を放つ彼女に続いて、歩兵部隊が敵を斬りつけていった。さらに、騎馬を立ち止まらせたシャムスが後方から矢を放ち、それに隙を見た兵士たちが前へ出る。
 巧みな陣形だ。そしてそれは、メイシュロットの街の敵を押し込んでいくように、塔へ。
 ――だが、シャムスのその表情は浮かないものだった。
(……エンヘドゥ……)
 彼女の胸中には、ずっと双子の妹――エンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)のことが残されている。
 彼女の表情、唇、瞳。一つ一つを思い出すたびに、こみ上げてくるのは行き場のない感情である。弓矢を握る手にも、自然と力が込められる。心臓を引き裂かれたような痛みが、ずっと、心の奥で叫びをあげていた。
「おい、一部部隊が足りないぞ! 如月たちはどうした!? それに……アムドは……ッ!?」
「わ、分かりません! 団長たちからは何も……」
「チィ……ッ!」
 シャムスは部下の返答に舌打ちを鳴らすと、前に飛び出してきた宙を飛ぶ魔族に向かって矢を放った。続けざまに、その他の弓兵が彼女を追うようにして無数の矢を飛ばす。
 肩や胸を穿たれた翼のある魔族たちは地へと落ち、歩兵の剣にとどめを刺された。
 〈漆黒の翼〉騎士団の団長を務めるアムド、それにその他の一部契約者や兵士の姿が見えないのは気がかりである。
 だが、それを気にしている余裕がシャムスになかったのも、無情ながら事実だった。
「立ち止まるな! 行け! 敵を討てッ!」
 部下たちに命令を下す。
 アムドがいないのであれば、自らが〈漆黒の翼〉を導くだけだった。
 黒き翼のごとき模様を施された漆黒の鎧を身にまとった騎士たちが、それぞれの一個兵団を率いて、シャムスの命に呼応した。獣のような雄叫びとともに、空を飛ぶ魔族たちが落下してくる中を、槍となって引き裂いていく。
 ――まるで、猛り狂った猛獣が、怒りをむき出しにしたように。
 それは、シャムスにとってなんら不思議なことではない。この怒りは、この憎しみは、向けるべき相手に向けられていた。
(エンヘドゥ……かならず、お前の……)
 と、それがいけなかった。
「シャムス様……ッ!?」
「!?」
 心が気を取られていたその隙に、空から接近していた敵が彼女を狙っていたのだ。
 敵の槍の切っ先が眼前に近づいた。
 ――かに見えた、その瞬間。
 金属同士がたたき合う、甲高い音が鳴り響いた。
「…………領主様、よそ見はいけないぞっ!」
「桜……おまえ……」
 シャムスの目の前で、一振りの刀を手に相手の槍をはじき返していたのは、シャムスの部隊に編成されていた契約者の一人、飛鳥 桜(あすか・さくら)だった。彼女はニパッと太陽のような笑顔を見せて、笑いかける。
 しかし、彼女だけではない。
「領主さん、俺もいるで」
「ロランアルト……」
 シャムスを挟んで反対側に、桜のパートナーであるロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)の姿もあった。
 彼もまた桜に負けない陽気で不敵な笑みを見せている。その手に握るソル・デ・パシオン――《情熱の太陽》の名を持つ銀のハルバードを掲げ、空から急降下して襲ってきた魔族を切り伏した。
 無論、隙を見た空からの攻撃を彼らだけで防ぎきれるはずもない。
 振り返ると――
「…………レジーヌ……」
「…………」
 全身鎧を着込んだ少女、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が、残りの攻撃を防ぎきっていた。
 黙して語らぬも、彼女のシールドや兜には、敵の攻撃によって受けた傷が残っている。防御に特化したレジーヌだからこそ、背後からの攻撃を受け止め切れたのだった。
「大丈夫だよ、領主様」
 ふいに、桜が敵と斬り合いを演じながら言う。
 その声に、シャムスは思わず立ち止まっていた。
「貴女が自分を忘れそうになったら僕らが繋ぎ止めるよ。…それにこれは領主様の自分との戦いでもあるみたいだしね」
「オレ自身との……?」
「そやで、領主さん」
 ロランアルトが言った。
「あんた一人やないんや。俺は、あんたを全力で守るから! だから……だから、俺らと……そして、自分を忘れんでな!」
 彼はそう言い残すと、桜に続くように前線へと飛び出していった。
(お節介でもいい。俺は、この人の優しさが消えてほしくない……っ!)
 まるでその身にシャムスの怒りを背負うように、ロランアルトは雄々しく戦う。
 一度後ろに下がって、シャムスの横に戻ってきた桜は、そんなパートナーに半ばあきれるように『親分ってば、張り切ってるなぁ』とつぶやいていた。
「自分を……?」
 ぼんやりと、そう口にするシャムスに桜は微笑む。
「そうだよ、領主様…………ううん、シャムスっ」
 彼女は、少しためらいがちに、しかし――意思を固めてそう言った。
「決着を、つけよう!」
 そして、自身もロランアルトの後を追って、前線へ出る。
 シャムスはその背中を見届けると、カシャンという金属鎧の音に気づいて横を見た。
 そこにいたのは、レジーヌ。
 彼女は全身鎧の兜を外しており、それを両手で抱えたまま、シャムスへと向き直った。
「あ、あの……ワタシ……その……」
 思えば、彼女も、桜も、ずっと自分を見守っていてくれた存在だった。領主という立場であることも理由だろうが、友人と呼べる存在の少ない自分にとって、彼女たちはかけがえのない存在だ。そして彼女たちと一緒にいて、生きて、歩んで――。
 教えられたのではなかっただろうか。
 温もりを。優しさを……。
「ワタシは……上手く……言えないですけど…………いまの……いまのシャムスさんは…………すごく、怖いです」
「怖い?」
「はい…………その……なんだか、何もかもを犠牲にして……戦ってるみたいで。ワタシたちのことも……忘れてしまうかもって……」
 レジーヌはためらいがちにそう言う。
「…………」
 シャムスはそれに言い返す言葉が見当たらなかった。
 当然、否定する気持ちはある。『そんなことはない』と、告げたい。
 しかし――自信と誇りを持ってそれを口にすることは出来そうになかった。
(……これではまるで)
 まるで、黒い兜に表情を隠していたあの時のようだ。
 カナンが征服王に支配されていたとき、シャムスはレジーヌたちと出会った。そして、彼女たちに教えられた。仲間の価値。そして友の意味と大切さを。一人でないということは、そういうことだ。怒りも、哀しみも、一緒に背負う者がいるということだ。
 少なくとも。
 それを信じて、こうしてザナドゥにやってきたのだ。
 シャムスが静かにうなずくのを見て、レジーヌも同じように無言でうなずき返した。彼女はライチャスピアを握り直し、構える。
(……オレを忘れるな、か)
 ロランアルトの言葉を思い出しながら、シャムスは弓矢から剣へと武器を変えた。
 そして、その切っ先をレジーヌのスピアの刃に軽く当てる。シャムスは、キン、と軽やかに鳴った音が、霧に包まれていた心に澄んだ色を取り戻させてくれた気がした。その表情には、おだやかな決意が見える。
 もちろん、全てが完全なわけではない。その胸中にはまだ怒りが火を灯しているし、目の前の魔族を、完膚無きまでに散らしたいという憎悪が揺らめいている。
 それでも、それを押しとどめるほどの意思は前を向いた。
 そう思うと、見えるものも違ってくる。後続を離れたアムドたちも、何か目的があってのことだろう……と。
「いくぞ! 全兵、オレに続け!」
「オオォッ!!」
 敵陣へと突っ込んでいったシャムスに続いて、兵士たちが気合いを入れ直して突撃した。
 それを後続で見ていたのは、一人の老人である。
「ふぅむ、感情に左右されるとはまだまだ若いのう。わしの若い頃など……」
 くどくどと、誰とも知れず語り出す老人。
 レジーヌのパートナーであるベルナール・アルミュール(べるなーる・あるみゅーる)が、その名であった。
 彼は、使い古された鎧を着てはいるが、戦闘には参加していない。むすっとへの字に曲げた口と険しい表情が、いかにも頑固そうなご老体といったところだった。
(まあ、とはいえ……レジーヌたちがおれば、あの若い領主殿も、少しは自分を見つめる時間をとれるじゃろうて。やはり、持つべきものは友じゃなぁ)
 心の中でそんなことを思いつつ、ベルナールはうんうんと、うなずきながら満足そうに笑った。
「じいさんじいさんっ!? そんなとこいると危ないよっ!」
「のおおぉっ!?」
 飛び込んできた魔族の槍に巻き込まれそうになって、慌てて飛び退く。
「ぐぬぬ、こしゃくなっ、下級兵の分際でっ! 我が名はフランスの名家ベルナール家が騎士、ベルナール・アルミュールなるぞ! このこわっぱめがっ! 実力の差というものをおしえてやるわい!」
「じいさん、ジャマっ!」
 兵の迷惑そうな声にもかまわず、ベルナールはギランと目を光らせて、なにやら扇子らしきものを両手に一振りずつ取り出す。
 彼は頑張った。
 ――主に、応援で。
「ふれーふれー! わっかっぞう!」
「……誰だよ、あんなじいさん呼んできたの」



 シャムス率いる南カナン軍の多くがバルバトスの居城を目指していた時、〈漆黒の翼〉騎士団長のアムドは一部の部隊と契約者を連れて、メイシュロット各部に建つ塔へと向かっていた。無論、塔を守ろうとする敵魔族部隊が彼らの進軍を阻もうとする。アムドは、それらの相手を自らと部下たちで一手に引き受けて、塔のことは契約者たちに任せた。
 その塔は、禍々しい雰囲気に満ちている。まるで魔族の血で塗り固められたような外観のそれを遠くから見上げてから、続いてアムドは、契約者たちが塔へ向かったのを見届けた。
 そして大剣を手に、敵魔族と交戦する。彼の部下たちも剣を振るい、魔族たちと一進一退の攻防を繰り広げた。
 ここからは一歩も先へは進ませないといったように、アムドは敵に、壁のごとく立ちふさがった。
「なんとしても、彼らには欠片を回収してもらわないとな。一刻も、早く」
「きっと……彼らならやってくれるさ。いつだって、そうだっただろう?」
 つぶやいたアムドの言葉に、背中越しに答える声がある。
 振り向かずともアムドには分かった。それが、これまで数々の戦いを共にしてきた戦友――綺雲 菜織(あやくも・なおり)であるということが。
 軽やかに握り直した長巻の鍔の音。そして、疾風突きの激しい風の音が聞こえる。
 菜織が背後で、自分たちを追い抜こうとした魔族を打ち倒したのだ。
 後退した彼女は、アムドと背中合わせになる。そして、この場では見えずとも、今はバルバトスのもとに向かって一心不乱に進軍しているであろう領主のことを、彼女は思った。
「シャムス君は……彼女だけでは駄目なんだ。エンヘドゥ君がいるからこそ意味がある。それに、憎しみのために戦うシャムス君なんて、誰も見たくないはずだろう。私も……そして、君もな」
「当然……だなッ!」
 振り返りざま、彼らは互いの位置を入れ替えて、敵を切り倒した。
「エンヘドゥ様といるシャムス様の笑顔は素晴らしい。あれを失うことは、素直に受け入れられん! それにな……」
「それに……?」
「二人とも、まだ若い! ……死ぬには早いな!」
 豪快に風を切って、大剣が敵をたたき斬った。
 菜織は微笑する。そう、死ぬにはまだ、早いのだ、と。
 互いに不敵な表情を交わして、二人は次々と剣を振るった。