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リアクション
第2章 丘を越え行こうよ
未だ未整備の街道をゴトゴトと音を立てて車列が進む。バイクを先頭に教導団の一群がやや西北の方向へと移動中である。中間あたりではバイクに無理矢理リヤカーをとりつけてなにやら袋に詰まった物を積み上げてくくっている。後方には若干軽トラックが続いているがなにやら機械上の物がシートを被って乗せられている。
「どうですかな?」
「特に異常はないですね」
先頭で箱根マラソンの先導バイクのように併走している一方、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)の合図に水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が答えた、それぞれ、左右から視線を外さないのはさすがである。
「とりあえず、周辺の様子も異常なし。このあたりまで敵が来ていそうな気配はないわね。油断はできないけど」
クロッシュナーの乗るサイドカーの側車に鎮座しているアム・ブランド(あむ・ぶらんど)が軽く首を振って答えた。
「ま、気を抜かず行きますな。何せここが生命線ですからな」
クロッシュナーは再び前を見て道の続いている方を見た。現在、一団は分校から、ラピト族の中心地域、ラピトの街へ向かっている。ラピト族に物資を運び込む任務である。またラピト族側からも持って帰る物が在るらしい。この道はしっかり把握しておかねばなるまい。クロッシュナーはそう思った。
「それにしてもずいぶんな量ね」
水原は振り返った。リヤカーに積んだ袋は差し詰め10Kgの米袋を十数段、ぎっちぎちにくくりつけた感じだ。副会長の志賀 正行(しが・まさゆき)より、
『大事な戦略物資ですからくれぐれも気をつけて運んでください〜』
と念を押されている。
(一体これは……)
「もうすぐ丘をあがったら街が見えてくるはずよ……」
水原の考えはブラントの声に遮られる。
まもなく一段高い土手のようになったところを越えると、大きく視界が開け、眼下遠くにラピトの街が見えてきた。
「うわあ〜」
「綺麗……」
林田 樹(はやしだ・いつき)と朝霧 垂(あさぎり・しづり)は同時に声を上げた。眼前に広がる大きな平地は黄金色をしている。それは向こうの山までずっと続いており、その真ん中に背の低いラピトの町並みが見えている。一面の小麦畑である。時期的に春小麦の収穫がほぼ終わる頃であり、あちこちで立ち働くラピトの人々が見える。かなりの面積が刈り取られており、所々は夏小麦の作業に入っているが、刈り取られた残り株があったりして全体としては金色の海のように見える。なにやら青い服着た女の子が降りてきそうな感じである。
そのまま、街道をずっと通ってラピトの街に入る。中央の広場に来るとあらかじめ連絡がいっていたのか、大勢の人々が出迎えている。
「よく来て下された、教導団の皆さん」
代表らしき中年の親父が前に出て来た。
「補給部隊のフォーク・グリーン(ふぉーく・ぐりーん)であります!ラピトの皆さんに物資を運んで参りました!お出迎え感謝いたします!」
グリーンはバイクから降りると素早く敬礼した。さすがにその姿には一部の隙もない。他の教導団の面々もこれに続く。
「ありがたいことです」
代表は皆に一礼する。早速物資を卸し始める。ラピトの男達が皆袋を担いで卸し始める。なかなかに屈強な男が多いようだ。意外なようだが教導団員よりがっしりした体格の者も多い。
「崩れないように、こっちからおろします」
クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)はリヤカーの上で次々と袋を降ろしはじめた。見ると袋は農業用の薬品である。運んできたのは農薬や除草剤がほとんどだ。
(これが戦略物資?)
「これは助かりますなあ……」
「早速倉庫に運び込みましょう」
フォルスマイヤーの疑問をよそにラピトの人々は笑顔でどんどん運んでいく。後ろではユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が軽トラの荷台のシートを外す、すると現れたのは小型トラクターである。五台ほどある。その姿に珍しそうにラピトの人々が集まってくる。子供なんかが興味深そうに少しでもよく見ようと大人の後ろでぴょんぴょん跳びはねている。
「おお、これはいいものじゃあ〜」
「作業が楽になるのお」
「ちょっと、待ってくださいね」
ウェスペルタティアはユニックを操作してトラクターを降ろしていく。
「危ないですから離れててくださいね」
安全第一、そのさらに後ろでは林田・朝霧のコンビが段ボール箱を降ろす。受け取ったシェラ・ザード(しぇら・ざーど)が渡していく。
「何これ、カップ麺ではないですか?」
ややあきれ顔のザードであるが、ラピトの皆は喜んでいる。
「いやいや、なかなかいけますぞ」
「保存が効いてお湯さえ在れば食べられる。便利ですなあ」
まもなく、代表が声を掛けてきた。
「まあ、皆さん、お疲れでしょう、運び込みは村の者がやりますので昼食なぞいかがですか?たいしたもてなしはできませんが」
「いえ、お構いなく……」
好意的な申し出に、ザードは首を振ったが、そこに朝霧が口を出した。
「せっかくですからいただきましょう。トラクターが全部おろせれば一段落しますから」
(どういうこと?)
(せっかくだし、村の様子もよくわかるわ)
小声で会話する二人。皆は概ね運び終わると食事をいただくことにした。食事と言ってもそれほどたいした物ではない。腸詰めを挟んだパンに鳥挽肉の入ったスープ。それに酢漬けと果物である。
「……!」
「こ、これは……」
天津 諒瑛(あまつ・りょうえい)とジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は揃って絶句した。
(美味いぞおぉぉぉぉぉぉ……!!)
どこぞの王が海を割るような感じで皆内心の絶叫をあげた。スープは地鶏の濃厚な出汁がきいており、柔らかい野菜にしみこんでいる。そしてなんと言ってもパンである。焼きたての心地よい香ばしさが口いっぱいに広がる。色からして粉は粗挽きの全粒粉のはずだがぱさぱさしていない。よほどいい麦なのだろう。見た目は質素、味はゴージャスである。
「いかがですかな?」
にっこり笑って代表が問い返す。いかにも自信満々と言う感じだ。
「いや、全く。これほど美味しいパンはなかなかありついたことはないよ」
天津は購買のパンを思い出したが日本から運んでくるパンは時間がたってぱさついていたりする。
「この麦は、ラピトの誇りです」
代表は誇らしげに言った。
「見たところ、このあたりはほとんど畑のようですね」
林田が周りをちらりと見て言った。
「ええ、このあたりでは一番ですな。北のモン族は山がちで牧畜とかの方ですし、東の方は山あり谷あり、西は荒野につながっております。幸い、ここは平地が多く、先祖代々麦を作ってきました」
この周辺地域では一番の穀倉地帯といえるであろう。実りは豊かなようだ。
「麦作りが基本のようですがそれにしては、皆さん、ずいぶんと訓練にいらっしゃったようですが?」
「それはそうです。しかし、最近周辺が不穏で、東のワイフェンの者達が次第に影響力を強めておりまして」
ここでもちらちらと、噂のワイフェン族の名が出てくる。
「話には聴いていますけどぉ〜。最近になって動いているというのはぁ。何ででしょう〜」
皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)がパンをほおばったまま聞いた。餌を加えたリスのようだ。
「こう申しては何ですが、やはり、地球の方がやってきてから……ですかな。連中は自力での古王国復活を唱えておりますから」
「自力での古王国復活……」
「それはまた…」
皇甫と天津が顔を見合わせ絶句している。現在、シャンバラ住民の悲願ともいえるのがかつての古王国の復活である。今、シャンバラに地球人が概ね受け入れられている要因は、古王国復活に地球人の力・技術を借りたいとの考えがシャンバラ側に在るからだ。
「彼らは自力での古王国復活というのを可能だと考えているのでござろうか?」
妙に時代がかった口調でいうのはうんちょう タン(うんちょう・たん)である。珍しく教導団の制服ではなく、ウェットスーツを着ているので怪しさ満点である。村の子供達からもカエル、カエルと面白がられていた。
「考えているのでしょうな……」
やや眉を寄せて代表は答えた。
「失礼ながら皆さんは……?」
夏見 漱介(なつみ・そうすけ)は理知的な表情で問いかけた。ワイフェン族の影響力が増しているというのはそう言う考えも広がっていくことを示す。
(そうなれば……シャンバラ自体が地球人と対立する……)
「そうですな、我々ラピトは自力では困難と考えております。古王国がなくなって以来ずいぶんたちます。私にしてもかつての古王国なぞ、祖父の昔話で聞いただけでしたから。ただ、やはり、一人、二人はそう言ったことを考える者もいるでしょう」
「なるほど、それは心強い話だねぇ」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は代表の話にそう言った。人間の考えはいろいろである。全員が同じ考えで賛成しているなど逆に気持ち悪い。曖浜は世慣れた感じで判断した。むしろ代表の回答はラピト住民が概ね健全な思考と誠実さを持っていることを示している。そう考えた。百人に一人くらいは同様の考えを持つ者がいる。逆に言えばワイフェン族はほとんどが自力での古王国復活を考えていると言うことだ。ラピト族は地球人と協力する方向で考えているという感じだ。
「で、お伺いしたいんですがねぇ、ワイフェン族がラピトを狙う理由は?わかりますかねぇ」
「そうですな。はっきりしたことはいえませんが、やはり一番皆さんに近いからでしょうか?」
いうなれば、ラピトはこの周辺で最も教導団と仲良くしている。それだけ影響を受けていると考えているのであろう。
「連中はシャンバラが地球人にのみこまれるのではないかと考えておるようです」
その代表の言葉に皆は押し黙った。現在、地球側はシャンバラに対し開発を怒濤のごとく押しすすめており、施設の建設や人員の送り込みを進めている。言うなれば教導団はその先兵である。
「それを彼らは危惧しているのでしょうか?」
夏見がようやく絞り出すように聞くと代表はうなずいた。
「彼らは、今の内に何とかしないとシャンバラが地球人の支配下に入る。その前にこれを排除すべし、というところです」
状況は、徐々に深刻になっているといえる。ワイフェン族の影響力が拡大すればシャンバラ開発は大きく頓挫することとなるだろう。
「我々、ラピトは地球人の皆さんと仲良くしたいと考えております。というかワイフェンの考え方は過激の様に思います。ですので皆さんと協力してこの地を守っていきたいところです」
「ワイフェン族はどのくらいの規模なのでしょうか?」
マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が聞いた。見たところ、思ったよりラピト族の人口は多い。どうやら周辺に多数分布して暮らしているらしい。これに対してワイフェン族は?
「ワイフェンは大きいです。ラピトの十倍といって過言では在りません。しかも連中は尚武を気風としておりますからな。兵になる者も多い」
ますます容易ならない。エニュールはざっと計算した。今のところ、ラピトは全体で数千の者が入れ替わり立ち替わり訓練している。であるならばワイフェン族兵力は少なくとも数万、あるいはそれ以上……。
そこに村の者がやって来て準備ができたと連絡が来た。
まもなく食事が終わると、すでにリヤカーや軽トラには多数の荷物が載せられていた。
「お約束の物資です」
代表はそう言った。アリエル・ノートン(ありえる・のーとん)が見ると、多量の小麦の入った袋と麦わらを丸めて縛った物が乗せられている。
「これって……麦わらですよね?」
「ええ、志賀副会長殿から戦略物資として欲しい、と伺っております」
「麦わらが?」
ノートンはものすごく怪訝な顔をした。
そろそろ時間である。
「それでは、ラピトの皆さん、お世話になりました」
グリーン以下一同は村人達に敬礼した。
「何の、こちらこそ。和泉会長殿と志賀副会長殿にはくれぐれもよろしくお伝えください」
エンジンのスターター音と共に教導団員達は動き出した。村人達は皆深々と頭を下げる。わぁっと、子供達は追いかけるように走り出す。ラピトの街と三郷キャンパス間のルートはこれにより確立されたと言って良い。
こうして補給部隊は任務を完了したのであった。