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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

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DECA.納品期の終わり
 
 
「遅くなっちゃったわ」
 白衣姿の九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は、錬金術科の実験室にむかって急いでいた。
「今何時かしら……きゃっ」
 時計に目を逸らした一瞬の油断で、九弓・フゥ・リュィソーは誰かとぶつかってしまった。イルミンスール魔法学校の廊下に、盛大にヴァルキリーの羽根が飛び散る。
「大丈夫?」
 先に立ちあがった九弓・フゥ・リュィソーが、鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)に手をさしのべた。
「いえ、大丈夫ですので」
 自力で立ちあがると、鎌田吹笛は飛び散った大量の羽根を拾い集め始めた。急いでいるとはいえ、九弓・フゥ・リュィソーもそれを手伝った。
「ありがとう、助かりました」
「どういたしまして。それにしても、こんなにたくさんの羽根、何に使うの?」
 自分の集めた羽根を手渡しながら、九弓・フゥ・リュィソーは鎌田吹笛に訊ねた。
「今、魔糸が求められていますね。それで、これで糸を作ろうと思いたったというわけですな」
 自慢そうに、鎌田吹笛が答えた。
「羽根から糸?」
 ちょっと意味が分からなくて、九弓・フゥ・リュィソーはきょとんとした。
「ほら、鶴の恩返しという民話があるでしょうに。あれを元にした発想というわけですな」
「でも、あのお話は、機織り機で横糸の間に鶴の羽根を挟み込んで着物にしたんじゃ……。もともと糸は別に使っているし、羽根から魔糸は作れないわよ」
「えっ!?」
 鎌田吹笛の手から、ボトボトと羽根が零れ落ちた。もしかして、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
「それなら、錬金術で羽根の成分を分解して再構成してでも……」
 鎌田吹笛は、まだ諦めきれないようであった。
「そこまで言うなら、あたしたちの実験を手伝ってくれないかなあ。ついてきて」
 そう言うと、九弓・フゥ・リュィソーは鎌田吹笛の手を引っぱって走りだした。
 
「遅いわよ!」
 実験室に入ると、同じような白衣姿の日堂 真宵(にちどう・まよい)が、ちょっぴり頬をふくらませて彼女たちを出迎えた。
「うっ、ごの臭いば……」
 実験室にたちこめる異様な臭気に、思わず鎌田吹笛は自分の鼻をつまんだ。
「もちろん、パラミタ納豆ですよ。後でカレーも入れます」
 乳鉢の中に入ったもの凄く臭い納豆を、一心にかき回しながらアーサー・レイス(あーさー・れいす)が答えた。
「カレーは入れない!!」
 すかさず、日堂真宵が、カレーを否定する。
「ええー、入れましょうよお」
 アーサー・レイスはなおも主張したが、日堂真宵に断固拒否された。
「さあ、あなたも納豆を練るのを手伝ってください」
 そう言うと、アーサー・レイスは、鎌田吹笛たちにも納豆の入った乳鉢と乳棒を手渡した。
 すでにテーブルの上には、ふんだんに糸を引いてペースト化したパラミタ納豆の山が積みあげられていた。
「ますたぁ、遅いですよう」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと手間取って……、マネット、どうしたの、その姿は」
「えへへへへへ」
 九弓・フゥ・リュィソーに驚かれて、実験室の大きなテーブルの上にいたマネット・エェル( ・ )は、ばつが悪そうに笑ってごまかそうとした。
 とてもちっこいお人形さんのような剣の花嫁のマネット・エェルは、身体に合わせた九弓・フゥ・リュィソーたちとおそろいの白衣を着ていたのだが。今の彼女は、全身が納豆まみれだ。はっきり言って臭い。
「一所懸命納豆を練ってたんですけれども、入れ込みすぎて納豆の中におっこっちゃいました。てへっ」
「まったく、あんたが醸(かも)されてどうするのよ」
 呆れ顔で、九弓・フゥ・リュィソーが言った。
「でも、スライムに脱がされるよりはましですよぉ」
 その言葉に、九弓・フゥ・リュィソーはずーんと落ち込んだ。水着だったからすっぽんぽんにされなかったとはいえ、気絶して湯船にぷっかりと浮かんだ上に、くったりと力なくくずおれる白い水着の美少女という、その場にいた男性陣が絶対に脳内アルバムに焼きつけたであろう姿態を晒してしまったのだ。思い出しても顔が赤くなる。
「いづだい、ごれにどんな意味があるのでずがな」
 鼻をつまんだまま、鎌田吹笛が訊ねた。
「よくぞ聞いてくれました。これは最先端科学なのですよ」
 そう言って、日堂真宵は嬉々として説明を始めた。
 納豆菌に含まれるポリグルタミン酸を精製して樹脂化した合成繊維を作りだそうというのである。
「まさに、現代の錬金術だわ」
 うっとりと日堂真宵が言う。
「そして、納豆製魔糸の量産のあかつきには……」
「でも、ぎざいがだりないぎがずるのであるが」
 野望に燃える日堂真宵に、鎌田吹笛がつっこんだ。蒼空学園なり空京の研究施設ならまだしも、科学的な設備はイルミンスール魔法学校ではおのずとから限界がある。
「それが問題だったのであたしも困っていたんだけど、この研究室ならなんとかなるかもしれないということで、同じ目的の日堂さんたちと力を合わせることにしたのよ」
 納豆を練り練りしながら、九弓・フゥ・リュィソーが言った。
「とりあえず、炭酸水素ナトリウムとクエン酸と塩化ナトリウムと……」
「なんだか料理みたいですねえ。やはり、このまま納豆カレーを」
「却下!」
 まだカレーにこだわるアーサー・レイスを、日堂真宵が一蹴した。
 とにかく、材料は準備できたので、化学実験教室よろしく、納豆の錬成が始まった。
 で、完成したのが……。
「粉じゃないですか。カレー粉ですか?」
「そんなわけないじゃないの。これは、高分子ポリマーの粉末よ」
 ボケをかまし続けるアーサー・レイスに、日堂真宵は怒ったように言い返した。
「糸じゃないですな」
 がっかりしたように鎌田吹笛が言う。粉では、布を縫えるわけがない。
「ますたぁ、結局、これってなんなのですかあ」
「高度の保水能力を持つ物質よ。そのぉ、ええと、おむつに使われているわ」
「わたくしたち、おむつ作っちゃったんですかあ」
 そうマネット・エェルに言われても、九弓・フゥ・リュィソーは返す言葉がなかった。
「それで、この大量の失敗作をどうするのですかな」
 研究室を埋め尽くさんばかりにできてしまった異常な量の高分子ポリマーの粉末をさして鎌田吹笛が訊ねた。失敗を繰り返すうちに、やけになった日堂真宵が、材料を全部ぶち込んで作ってしまったのだ。
「とりあえず、学校の倉庫にでもしまっておきましょう。水漏れを吸収して防ぐとか、乾燥した土地に大量の水分を与えるとか、何か使い道はあるでしょう。そのうち必要とされるわよ。アーサー、あなた運んでおいてね」
「我が輩一人でですか?」
 いきなりの指名に、アーサー・レイスがひきつりながら日堂真宵に聞き返した。これだけの量を一人でどうにかしろと言っているのだろうか。
「もちろんじゃない。男でしょ」
「真宵たちはどうするんです?」
「もちろんお風呂よ。だって身体が臭いんだもの」
 当然のように、日堂真宵は答えた。
「この臭い、落ちるといいなあ」
 臭いと聞いて、マネット・エェルが自分の臭いをかぎながらうーんと悩んだ顔をした。
「下層の大浴場以外ならどこでもいいわよ」
 あそこだけは嫌だと、九弓・フゥ・リュィソーが言った。
「じゃあ、すぐに行きますかな」
 鎌田吹笛がせかす。
 かわいそうなアーサー・レイスを残して、女性たちは展望風呂めざして研究室を後にした。
 イルミンスール魔法学校の購買部付近は、いつも通りあわただしい。冒険を終えてきた学生たちが、納品をしたり制服の補修を頼んだりしている。各地に散って糸を採ってきた者たちも、順次戻ってきていた。それとは別に、バラバラの服の束をかかえて、泣きながら購買に駆け込む者たちの姿もある。風紀委に無事回収された、のたれすっぽんぽんの者たちらしい。
「臭いとれるといいなあ」
 九弓・フゥ・リュィソーの肩に乗ったマネット・エェルがつぶやく。彼女たちが通りすぎた購買部の掲示板には、真新しい紙が貼ってあった。
 
『魔糸入荷しました。制服の無償修繕承ります。購買部』