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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
 
OCTA.畔にて
 
 
「参った……」
 ミツバ・グリーンヒルの手を引いてずんずん森を歩いていた新田実が、ぱたりと立ち止まった。
「ううっ、迷ったんですか?」
「そ、そんなことはないぜ」
 ミツバ・グリーンヒルにずばり聞かれて、新田実はあわててごまかした。それぞれのパートナーを探して森にきたはずなのだが、広大なイルミンスールの森で闇雲に人を捜そうなど、端から無理な相談だ。とはいえ、目的を同じくする学生たちがうようよ活動しているはずだから、何かしらの手がかりがあってもよさそうなものなのだが。
「あうっ。あそこに、誰かいるようですよ」
「よし、行ってみようぜ」
 新田実はミツバ・グリーンヒルの手を引っぱると、彼女が指し示した方へずんずんと歩いていった。そのちょっと強引な態度と、繋いでいる手の温かさに、ちょっとミツバ・グリーンヒルが頬を赤らめた。一方の新田実はといえば、狭山珠樹以外の女の子の手など眼中にもないといった感じだ。まあ、いったん気づいてしまったら大騒ぎなのであろうが。
「あの女、いったい何をやってるんだ……」
 見つけた人影にすぐには声をかけず、物陰に隠れた新田実は、不思議そうに首をかしげた。
「さあて、このへんでいいかな」
 池の畔に立って、シルエット・ミンコフスキーは満足そうに周囲を見回した。森の中、水のそば、環境はバッチリだと思う。
「ミーの準備も、バッチグーね」
 すぐそばでは、エルゴ・ペンローズがスライムを入れる予定のビニール袋を持って待ちかまえている。
「さてと、まずは禁猟区を用意してと……。さあ、フラグをたてるぞ」
 スーと大きく息を吸い込むと、シルエット・ミンコフスキーは呪文のように様々な台詞を叫び始めた。
「ボク、スライムを捕まえたら素敵な恋人を探すんだ!」
「ボクたち、友達になれたんだね……」
「少しだけ眠っていいよね……疲れちゃったよ……」
「な、なんだこの力は……ッ! ボクが負けるというのかッ!」
 静かな池の水面に、むなしくシルエット・ミンコフスキーの言葉が響き渡る。
「頭痛くなってきた……」
「ええ」
 隠れている新田実とミツバ・グリーンヒルは、小声でつぶやきあった。
「おっ、何かがボクのセンサーに……」
 禁猟区の警戒を感じて、シルエット・ミンコフスキーが周囲を見回した。
 そこへ、池のむこう側から音もなく何かが飛んで現れた。ソフトボール大のいくつもの赤い球体だ。
「なんでしょー、これは……はうあ、おまごぉー……」
 球体たちを目線で追っていたエルゴ・ペンローズが、突然悲鳴をあげて倒れた。
「どうした、エルゴ」
 シルエット・ミンコフスキーが、あわてて彼女に駆けよっていった。水際に倒れた彼女は、いつの間にかかわいいプリけつを晒している。
「いったいどうしたんだろうな」
「あううぅ……」
 怪訝そうに見つめる新田実の背中に、突然ミツバ・グリーンヒルが覆い被さるようにしてのしかかってきた。
「おい、何をして……うわわわ!」
 なんかひかえめな柔らかい感触に、新田実は振り返ってミツバ・グリーンヒルを押しのけようとした。その視界いっぱいに、小振りのバストが迫ってくる。
「ちょっと、待って、うわっ!」
 そのまますっぽんぽんのミツバ・グリーンヒルに押し倒されるようにして、新田実は倒れた。
「これって、まさか……」
 新田実の脳裏に、素っ裸にされた上に狭山珠樹にそれを見られ、あまつさえ小麦粉こんもりてんこ盛りの刑にされた悪夢が蘇る。
「やられてたまる……はう」
 急いでミツバ・グリーンヒルの下から這い出そうとした新田実であったが、すでに手遅れだった。ミツバ・グリーンヒルの背中にいた青いスライムが、滴り落ちるようにして新田実の意識を奪い去った。
「これは、きっと待望のスライム……」
 エルゴ・ペンローズをだきあげたシルエット・ミンコフスキーは、池を見て絶句した。池が青かった。無数のスライムが、プカプカと浮いているのだ。
「さすがに、これ全部は捕まえられない……」
 フラグをたてすぎたと、少し反省しながらシルエット・ミンコフスキーは逃げだそうとして振り返った。その目に映ったのは、ミツバ・グリーンヒルと新田実を呑み込んで余りある青いスライムの大群に埋め尽くされた地面だった。数が多いにもほどがある。周囲全部がスライムだったら、どこへ逃げればいいと言うのだろう。
「無理〜!」
 むなしい叫びをあげて、シルエット・ミンコフスキーは青いスライムの海に呑み込まれていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「森は広いですねー。おや、今、何か悲鳴が聞こえませんでしたか?」
 のんびりと歩いていた明智 珠輝(あけち・たまき)が、リア・ヴェリー(りあ・べりー)に言った。
「僕には何も……。いや、動物の鳴き声のようなものはいくつか聞こえた気もするが……」
 怪訝そうに、リア・ヴェリーは答えた。突然イルミンスールの森を散歩したいと明智珠輝が言いだしたときから、何か変な予感はしていたのだ。だが、いったい、このド変態は何を企んでいるのだろうか。
「やはり、空耳ではなかったのですね。すっぽんぽんになっている美少年、美少女の方々、ただいま、この私がじっくりと芸術鑑賞に参ります。しばし、お待ちを!」
 そう言うなり、明智珠輝は全速力で走りだしていった。イルミンスール魔法学校で起こったマジックスライムの事件を聞いたときから、いつかはこういうシチュエーションに出合えるかもしれないと思ってやってきたわけだが、期待を裏切らないハプニングに大興奮である。もちろん、リア・ヴェリーにはマジックスライムの存在自体伝えてはいない。
「あ、おい、珠輝! 今の台詞の意味はなんだ!」
 リア・ヴェリーが制止しようとしたときには、明智珠輝の姿は影も形もなくなっていた。恐るべし煩悩パワー。
「とにかく、何かしでかさないうちに捕獲しないと……」
 もの凄く嫌な予感に、リア・ヴェリーは全身を悪寒でブルンと震わせると、急いで明智珠輝の後を追いかけた。
 驚嘆すべき脚力で一気にリア・ヴェリーを引き離して撒いた明智珠輝は、悲鳴が聞こえた池の方をめざしていた。その眼前を、真横に赤い球体の群れが通りすぎていく。
「なんだ、今のは」
 思わず立ち止まった明智珠輝に、木立の間から青いスライム津波が迫った。その波頭には、何か小さな生き物をかかえたすっぽんぽんのナイスバディのおねいさんがあられもない格好で転がされてくる。
「おお、ナイス眼福!」
 思わず、明智珠輝は立ち止まって、振り乱れる銀髪も美しいシルエット・ミンコフスキーの裸体に見とれた。直後に、青いスライム津波が襲いかかってくる。
「しまった、リアよ、この明智珠輝、変態行為の中で変態行為を忘れた……」
 悔やむ間もなく、スライム津波が彼を呑み込んで森の木々の間を流れていった。
「おーい、珠輝、どこに行ったんだ、珠輝」
 遅ればせに、リア・ヴェリーがそこへとやってきた。すでにスライムの群れは移動した後で、影も形もなくなっている。ただ、大地には微妙に彼らの這いずり去った跡が、ぬとぉっと残されていた。
「なんだ。いったい、ここで何があったんだ。おい、珠輝、どこにい……、うっ」
 周囲を見回したリア・ヴェリーは、捜していた明智珠輝の姿を見つけて、思わず絶句した。
 スライムに呑み込まれた後に、うまい具合に蔓草に引っかかって助かったのだろう。木立の間を渡る蔓草に広げた両腕を引っかかるような形で、まるで洗濯物でも干されるようにすっぽんぽんになった明智珠輝の姿があった。もちろん、映像にしたらモザイク必至の姿である。さらに、あろうことか、彼の足許には同じくすっぽんぽんのシルエット・ミンコフスキーとエルゴ・ペンローズが倒れている。
「貴様、いったい何をしでかしたぁ」
 怒り心頭に発したリア・ヴェリーは、ぶら下がっている明智珠輝にむかって思いっきり飛び膝蹴りを放った。だが、思ったより明智珠輝の位置が高く、膝蹴りの高度が足りない。リア・ヴェリーの膝蹴りは、別のぶら下がっている物を直撃した。
「うぎゃああぁぁぁ!!」
 二つの意味の異なる絶叫が、イルミンスールの森に響き渡った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「何か、凄い悲鳴のようなものが聞こえたけれど、何があったのでしょうか」
 原因を探すために、狭山珠樹は足早に森の中を歩き回った。
 森に何か秘密があるのではないかといろいろ歩き回っては見たのだが、手がかりのようなものは何一つ見つからなかった。やっぱり、みのるんをおいてきて正解だったと狭山珠樹は心の中で思った。これだけ足を棒にして森の中をうろついたのに何も成果がなしでは、みのるんは大声で文句を言っただろう。それとも、危険がなかったのだから、一緒に森を散策できたことで満足してくれたのだろうか。もともと危ない目には遭わせたくないからわざわざ別行動をとっているのだが、それがどうにも彼は気に入らないらしい。狭山珠樹としては彼を気遣っているつもりなのだが、もしかしたら自分はとんでもない考え間違いをしているのだろうか。だが、みのるんを安全な場所におくことで安心できるからこそ、自分は危険な場所へでも乗り込んでいけるのだ。それを分かってもらうにはどうしたらいいのだろうか。
 少し悩みつつ進んでいくと、突然森の様相が変わった。何か、全体的にぬとぬとしている。なんだが、巨大なナメクジでも通りすぎたかのような有様だ。
「まさか、マジックスライムでしょうか。でも、いくらなんでも、こんな巨大なスライムはいはしないでしょうに」
 狭山珠樹は、誰か被害者がいないかどうか周囲を探した。そして、発見したのはなんとすっぽんぽんの新田実だったのだ。同じくすっぽんぽんのミツバ・グリーンヒルが、あおむけの新田実に覆い被さるようにして倒れている。
「ええと、もしもし。これは、どう解釈すればいいのかしら」
 狭山珠樹はその場にぺたんと座り込むと頭をかかえた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ああ、もう。なんでイルミンスールの森はこんなにややこしいんだ」
 さっさとイルミンスール魔法学校へむかうつもりが、完全に迷ってしまって樹月刀真は小型飛空艇の上で軽く悪態をついた。
「刀真……、落ち着く……」
「ああ、すまない。今度こそちゃんと道を探すから」
 漆髪月夜に言われて、樹月刀真はやや落ち着きを取り戻して言った。
 飛空艇を停めると、コンパスと地図を取り出して位置を確認しようとする。その眼前を変な物が通りすぎていった。浮遊するソフトボール大の青い球体だ。色水でも入っているのか、あるいはガラス製なのか、半分透き通った綺麗な青い色をしている。
「なんだ、今のは」
 樹月刀真が振り返ると、他にもいくつかの同じ色の球体が飛んでいるのを確認した。そして、その後を追うようにして、無数の赤いゼリーのような物体が怪しく蠢きながら迫ってくる。
「あれは、なんだ?」
「マジックスライム……だと思う」
 樹月刀真の疑問に、漆髪月夜が答えた。
「逃げろ、月夜!」
 樹月刀真は、反射的に剣を抜いて叫んだ。
 小型飛空艇に乗る暇はない。とにかく月夜だけでも逃がさなくては。
 間髪入れず、樹月刀真はソニックブレードを放った。それでスライムたちを押し戻せれば御の字であったのだが、剣圧の衝撃波を受けたスライムたちはいったん飛び散り、そして再集結して巨大な一つのスライムとなって逆襲してきた。周囲を呑み込む津波のような敵に、もはや逃げ場がない。
「刀真、乗る!」
 小型飛空艇を操縦した漆髪月夜が、そう叫びながら手をのばしてきた。
「馬鹿、なんで戻ってきた!」
 言いながらも、樹月刀真が手をのばす。
 二人の手が触れ合った瞬間、スライムが彼らを呑み込んだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ダー、待て待て待て待てでございます!!」
 逃げまどう蚕の幼虫を、リヴァーヌ・ペプトミナが必死に追いかけている。後一歩のところまではいくのだが、そのたびに幼虫がするりとリヴァーヌ・ペプトミナの手をすり抜けるか、彼女自体がつんのめったりして捕り逃がし続けていたのだった。
「まったく。もっとちゃんと気絶させておかないから、逃がしたりしてしまいますのよ」
 雷術で気絶させたのは自分だということはけろりと忘れて、リリサイズ・エプシマティオが面倒くさそうに言った。
「いいかげんお捕まえなさい」
「ヤー、リリサイズ様。ただいま捕まえますでございます」
 言いながら、リヴァーヌ・ペプトミナが追いかけっこを続ける。
「それにしても、何か嫌な予感がしますわね」
 切り株に座って、扇子で自分をあおいでいたリリサイズ・エプシマティオが、少し顔をしかめた。
「リリサイズ様、あれはナニカ?」
 やっと蚕を捕まえたリヴァーヌ・ペプトミナが、幼虫をかかえたまま余った手でリリサイズ・エプシマティオの後ろを指さした。
 振り返ったリリサイズ・エプシマティオが見た物は、今まさに彼女に覆い被さろうとしている巨大な赤いスライムだ。
「きゃあ! 二度あることは……」
 触媒を取り出す暇もなく、スライムがリリサイズ・エプシマティオたちを呑み込んでいった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「だあああ。また悲鳴が聞こえる。虫だ、虫がまだいるんだあ!」
「落ち着け、幻聴だ、幻聴」
 また騒ぎだしたウィルネスト・アーカイヴスを、ヨヤ・エレイソンは容赦なく押さえつけながら言った。
「いや、俺も何か女性の悲鳴のようなものを聞いた気がするんだが」
 譲葉大和が、周囲を見回しながら言った。本来なら、ウィルネスト・アーカイヴスを餌にしてスライムを捕まえるつもりだったのだが、あまりにも彼のパニックがおさまらないので、いったんエル・ウィンドとも協力して彼を取り押さえたところなのであった。
「キミは何か聞いたか?」
 エル・ウィンドが、ホワイト・カラーに訊ねた。
 ちょっと小首をかしげてアホ毛をくるくると回してから、ホワイト・カラーがすぐそばの木立の間の地面を指さした。
「あれ」
「おおおおお、やったぞ、スライム発見!」
 譲葉大和が、小躍りして喜びながら叫んだ。運よく、たった一匹のはぐれスライムらしい。
「なんだって。おのれ、にっくき仇め、食らえ。舞えよ火炎、一欠も残さずすべて灰燼と帰せ! フレイムアロー!」
 正気を取り戻したウィルネスト・アーカイヴスが、いつかの仇とばかりにスライムにむかって火術を放とうとした。だが、さっきの蜘蛛との戦いでSPをすっかり使い果たしてしまっていたことをすっかり忘れている。当然、魔法は発動しなかった。
「こら、殺してどうするんだ」
 エル・ウィンドが、こつんと軽くウィルネスト・アーカイヴスの頭を叩く。
「やれ、ホワイト!」
「ええ、やっぱりやらなくちゃダメなんでしょうか」
 顔を真っ赤にして、ホワイト・カラーがバケツを取り出した。
「月光の力を借りてぇ、ムーンライトアタック!」
 そう叫んでポーズをつけてから、ホワイト・カラーはバケツをスライムに被せた。
「やったあ。ついに捕まえたぞ」
 四人の男たちが、嬉々としてホワイト・カラーのそばに集まってくる。
「これで、俺たちの野望が……」
 譲葉大和がそう言ったとき、急に日がかげった。おかしいと思った一同が上を見あげると空が赤かった。
「うわあぁぁぁぁ!」
 悲鳴とともに、覆い被さってきた赤いスライムの波に全員が呑み込まれていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うー、なんだか、さっきから悲鳴みたいなのが何度も聞こえるんだけど、おばけとかでないよねえ」
 一人で森の中を歩きながら、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)はちょっとびくびくしながら周囲を見回した。パートナーのミツバ・グリーンヒルをおいてきてしまったのは失敗だったかなともちょっと思う。今ごろはイルミンスール魔法学校でおとなしく留守番しているはずだが、いったい何をしているだろうか。
 慎重に進んでいくと、急に道がぬとぬとと濡れている場所に辿り着いた。なんだか、道の左から右にむかって、何かが通り抜けていったようだ。小さな木々や草が、そちらの方向へ倒されている。
「あー、これは、もしかしたら噂のマジックスライムが通った跡かな。だったら、何か怪我をしている動物とかいるかも。助けなくっちゃ」
 そう叫ぶと、自分が襲われないように気をつけながら三笠のぞみは木立の密集している方に入っていこうとした。だが、そこに、なにやら倒れている人影が見える。それも一人ではないようだ。
 そこに折り重なるようにして倒れていたのは、九人の男女と一匹の蚕だった。マジックスライムに呑み込まれたままここまで運ばれて、木立に引っかかって漉し残されたらしい。
「あー、大変、助けなくっちゃ」
 そう叫ぶと、三笠のぞみは真っ先に蚕の幼虫をだきあげた。