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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
 
HEPTA.糸の一二方位
 
 
「もぐもぐもぐ……。なかなか蜘蛛の巣なんか見つからないですなあ」
「ええー、蜘蛛なんか出ない方がいいですう〜。無理無理ですぅ〜」
 バナナを食べながら森の中を散策する魔楔 テッカ(まくさび・てっか)とくらべて、パートナーのマリオン・キッス(まりおん・きっす)は始終びびりっぱなしだった。
「えー、蜘蛛が現れてくれないと困るんだけどなあ」
 途中から一緒になった片野 永久(かたの・とわ)が、ピンクの髪も美しい頭を面倒くさそうにぽりぽりと掻いた。
「ねえ、もし蜘蛛がいなかったらさあ、みつよのこの長い髪、糸に……」
「……ちょっと、ボクの髪は糸にならないから! 目がマジだよ永久!?」
 予想もしなかったパートナーの言葉に、三池 みつよ(みいけ・みつよ)があわてて自慢の黒髪を両手で押さえた。
「ええと。ああ、ほら、あそこ、あそこ。蜘蛛の巣が見えない?」
 あわてた三池みつよが、道の先の方を指さした。話題を変えようとする苦し紛れの言葉かとも思われたが、確かに何かがキラキラと光っている。
「本当だわ。凄く大きい蜘蛛の巣がある」
 目を凝らしてそちらを見た片野永久も、その蜘蛛の巣を確認して叫んだ。
「巨大蜘蛛ですって! ふぅ……」
 早とちりして、思わずマリオン・キッスが意識を失いそうになる。
「見つけましたか。さあ。糸を採りに行くとしますか」
 食べ終わったバナナの皮を道に投げ捨てると、魔楔テッカはマリオン・キッスの手をつかんで走りだした。
「これに巻き取っていけばいいかなあ」
 適当な小枝を拾いあげると、片野永久は端から蜘蛛の糸を巻き取り始めた。
「あたいたちも負けていられませんな」
 魔楔テッカも小枝を拾いあげると、片野永久の反対側から糸を巻き取り始めた。
 それにしても、もの凄く大きい蜘蛛の巣だ。数十メートルはあるイルミンスールの森に生えている巨木の間に、まるで霞網のようにかけられている。今は家主は不在のようだが、きっとかなり巨大な蜘蛛だろう。
「うーん、もうちょっと上の方の糸も取りたいですなあ。マリオン、そんな所からおっかなびっくり見ていないで、あたいの身体を持ち上げてくれないかな」
「あっ、はい、わかりましたぁ。おねぇさまを持ち上げて、その、く、蜘蛛の巣に近づくだけでいいい、い、いいんですよね? なんとか、頑張ってみますぅ」
 魔楔テッカに言われて、彼女の身体を両手で持ち上げたマリオン・キッスは、恐る恐るじりじりと蜘蛛の巣に近づいていった。なにしろ身長三メートルもある純情可憐な機晶姫の乙女である。下の方で頑張っている片野永久たちとは比べものにならないくらい高い場所まで手が届くのだった。
「負けるものですか。みつよ、こっちも頑張って糸集めるからね!」
「ちょっと、永久、そんなに乱暴にしちゃダメだよ。蜘蛛がいたら気づかれちゃうぞ」
 しゃかりきになって糸を巻き取り始めた片野永久に、三池みつよが釘を刺した。だが、その心配は、すぐに現実のものとなってしまったのだ。
 魔楔テッカの動きに合わせてゆれていた蜘蛛の巣の糸が、マリオン・キッスの目の前で急に変な動きを見せた。不審に思ったマリオン・キッスが顔をあげる。その視線の先に、巨大な蜘蛛の顔が見えた。
「んっきゃ〜!! 蜘蛛がこっちを睨みましたあぁぁぁぁ!!」
 大声で叫びながら、思わずマリオン・キッスはバンザイをしてしまった。
「……ほえぇ? おねぇさまが消えました。ってあんな高い所へどうやって!?」
 見れば、ずっと高い所で、魔楔テッカがしっかりと蜘蛛の巣に貼りついている。
「あんたが今やったんでしょが!」
 怒る魔楔テッカに、巨大蜘蛛が迫った。これ幸いでいい餌が入ったと、あっという間に尻から出した糸で魔楔テッカをグルグル巻きにしてしまう。
「ああ、おねぇさま、短い間でしたがとっても楽しかったです。アーメンソーメン南無南無……」
「生きてる。まだ生きてるから!」
 突然祈りだすマリオン・キッスに、魔楔テッカが必死に主張した。
「大変。助けないと!」
 三池みつよが叫んだが、片野永久は今のうちとばかりに糸集めに集中して状況を無視している。
 蜘蛛は身体を反転させると、牙に仕組まれた毒で魔楔テッカに止めを刺そうと迫った。
「待て!」
 突然、男性の声が響き渡った。
「騒がしいのでやってきてみれば、これはいい、大物も大物、超大物ではないか。これこそ、僕の獲物としてふさわしい。フフハハハハ! 見るがいい、そして思い知れ! 僕の力を!! さあ、ゆけ、ロージー!!」
 台詞とは裏腹に、駆けつけてきたブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)がパートナーである機晶姫のロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)に命令した。
「……行って来ます」
 剣を抜くと、濃いコバルト色の防護服を纏ったロージー・テレジアが、蜘蛛の巣にむかって走りだした。
 魔楔テッカに迫る巨大蜘蛛に必殺の轟雷閃を放とうとしたとき、ロージー・テレジアがバランスを崩してクルリと一回転した。あろうことか、さっき魔楔テッカがポイ捨てしたバナナの皮を踏んですべって転んだのだ。そのままの勢いでロージー・テレジアは蜘蛛の巣に飛び込んでしまい、逆さまになって引っかかってしまった。
「何をやっている」
 ブレイズ・カーマイクルが絶句した。
 だが、その衝撃で新たな獲物が引っかかったことを察知した巨大蜘蛛が、ロージー・テレジアの方に狙いを変更して移動を始めた。そのおかげで、魔楔テッカは九死に一生を得た。
「でも、このままではじきにやられてしまうでしょうね。今こそ、このときのために開発した対スライムフォーメーションを試すとき。いきますよ、マリオン!」
「は、はいですぅ」
 魔楔テッカに言われて、マリオン・キッスが身体の前部装甲のハッチを開いた。大型の機晶姫であるからこその、特別な内部スペースが装甲の下に現れる。
「ううーーーん」
 魔楔テッカが身をよじらせた。豊満な胸が、プルンとむきだしになる。それをさらにゆらしながら身をよじっていた魔楔テッカの身体が、突然グルグル巻きの糸からすぽーんと飛び出した。
「脱皮!」
 マジックスライムにとりつかれたときに、すぐさま制服だけを残して脱出できるように編み出した技である。当然、すっぽんぽんになってしまうが、気絶してそのまま痴態を晒し続けるよりは、制服を犠牲にして脱出した方がましである。それに、魔楔テッカにはまだ究極の服(スーツ)があった。
「テッカセェェェット!」
 すぽん。
 マリオン・キッスの余剰スペースに、すっぽんぽんの魔楔テッカがすっぽりとおさまった。マリオン・キッスの前部装甲が再び閉じ、魔楔テッカの姿をすっかり隠してしまう。
「テェェェェッカァァァァ・ンマアリィオォォォォォォォン!!」
 魔楔テッカが中の人となったため、自信をつけたマリオン・キッスが叫んだ。
「非常に美味しい展開があったようなのだが、遠すぎてよく分からんではないか」
 魔楔テッカのすっぽんぽん脱皮を目撃した唯一の男性であるブレイズ・カーマイクルであったが、なぜかもの凄い不満を感じるのであった。
「はあはあ、遅くなってごめん。いったい何が起こって……」
 一足遅れて駆けつけたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が、ブレイズ・カーマイクルに訊ねた。
 無言で、ブレイズ・カーマイクルが巨大蜘蛛を指さす。
「えっ。蜘蛛……、蜘蛛……、蜘蛛! 虫ぃぃぃぃぃぃ!!」
 意気込んできたウィルネスト・アーカイヴスだったが、巨大蜘蛛の姿を見たとたん、虫嫌いの彼の中で何かが壊れた。
「よし、逝ってくるのだ」
 ブレイズ・カーマイクルは、ウィルネスト・アーカイヴスの背中を手で押すと、一緒に蜘蛛にむかって走りだした。なんだかんだ言っても、パートナーであるロージー・テレジアは助け出さなければならない。
「虫、虫、虫ぃぃぃぃ!!」
 パニックになったウィルネスト・アーカイヴスが、辺り構わず火球を乱射し始めた。すべてのSPを使い切り、八発の火球が蜘蛛の周りに一気に放たれた。もちろん、狙いなんか定めていない。
「何をやってるんだ、あいつは……」
 遅れてきたウィルネスト・アーカイヴスのパートナーであるヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が、状況を見て絶句した。
 蜘蛛の巣のあちこちで爆発した火球によって、巣の形が脆くも崩れる。支えを失いかけて、巨大蜘蛛が空中でバランスを崩した。
「きゃっ。ああっ、なんてことをするのよ!」
 片野永久が叫んだ。手に持っていた綿飴のように糸が巻きついた枝に、流れ弾が命中して黒こげの炭に変えてしまったのだ。
「とりあえず、僕の物は返してもらうぞ」
 固定砲台としての役目を終えたウィルネスト・アーカイヴスから手を放すと、ブレイズ・カーマイクルは両手を振って火術を放った。ロージー・テレジアを支えていた糸が炎で切断され、機晶姫の身体が落ちてくる。
「うおう、なんのこの程度……」
 落ちてくるロージー・テレジアの身体をみごと受けとめたブレイズ・カーマイクルだったが、大半がメカでできている機晶姫の身体は、はっきり言って重たかった。
「ロージー……」
「拒否いたします」
 次に聞かれるであろう質問を予想して、ロージー・テレジアが先に拒絶した。
「分かった。重量の最適化を考えておこう。だが、その前に……」
 ブレイズ・カーマイクルは、まだ遙か頭上にいる巨大蜘蛛にむかって雷術を放った。残り少ない糸につかまっていた蜘蛛の脚が電気ショックで収縮した。素早くブレイズ・カーマイクルたちが逃げた後へ、巨大蜘蛛が落下してくる。
『マリオン!』
 テッカマリオンの中で魔楔テッカが叫んだ。
「ツインスラァァァァシュ!!」
 落下してくる巨大蜘蛛めがけて、テッカマリオンが剣を突き上げた。切っ先が十文字に敵を切り裂き、切断された破片が四方に飛び散った。
「危ない、永久!」
 飛んできた巨大蜘蛛の脚を、三池みつよがメイスで弾き返した。
「大丈夫だった?」
 心配そうに、パートナーの無事を確かめる。
「うん。でも、せっかく闇商人に売りつけようと思っていた糸が燃えて……はっ」
「あなたって人は……。真面目に学校に貢献するものと思っていたのに……」
 拳と全身をプルプルと震わせながら、三池みつよが言った。
「あはは、悪いことはできない巡りあわせなのねー」
 言いつつ、片野永久は一目散にその場から逃げだした。
「こらぁ! 騙したね永久ー!」
 三池みつよは、拳を振り上げながら片野永久を追いかけていった。
「さて、中身のすっぽんぽん美人はどこに行ったのであろうか」
 地上に落ちていた魔楔テッカの服を拾いあげたブレイズ・カーマイクルが首をかしげた。
『ああ、それはあたいが渡しておきますな』
 中の魔楔テッカによって嫌々蜘蛛の糸を集めさせられていたテッカマリオンが、ダッシュでブレイズ・カーマイクルの手から制服を奪った。
「糸……、虫……、糸……、虫……、ああああああ」
 まだパニックがおさまらないウィルネスト・アーカイヴスが、木から垂れ下がった蜘蛛の糸に突進して自らの身体でそれらを集めまくった。そのまま、逃げ去るようにして走り去っていく。
「そこまでバカだとは思わなかったぞ、ウィル……。おい!」
 ヨヤ・エレイソンは深く溜め息をつくと、急いでウィルネスト・アーカイヴスの後を追いかけていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「まったく、餌はどこに消えたんだ」
「しかたないですよ。尾行に気づかれて逃げられてしまったんですから」
 キンキラの改造制服を着たエル・ウィンド(える・うぃんど)の隣で、譲葉大和は肩をすくめた。
「いずれにしろ、蜘蛛の生息地にむかったはずですから、今ごろはムシムシファンタジーしているでしょう」
 譲葉大和は、気楽に言った。
「その後で、スライムファンタジーもしてくれると、こちらとしてはありがたいんだがなあ」
「あのう、エル様。何かやってくる気がするんですが……」
 ホワイト・カラー(ほわいと・からー)が、ミルキーブロンドのアホ毛をレーダーのようにくるくる回して報告した。
「うわああああぁぁぁ!!」
 叫びながら、道のむこうからウィルネスト・アーカイヴスが猛スピードで走ってくる。
「ぁぁぁぁぁぁ……」
 そして、走り去っていった。
「なんだったんだ、今のは……」
 エル・ウィンドが唖然とする。
「追いかけましょう」
 そう言って、譲葉大和は走りだした。