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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)
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chapter.5 入る者と抜ける者 


「シヴァ船長、レーダーに反応ありです。飛空艇と思われる物体が接近中、このままだとあと10分〜20分ほどで鉢合わせます」
 船員の報告に、細身の男――シヴァが答える。
「誘拐事件を嗅ぎつけてきましたか……だが私の活動区域を知っている空賊はそう多くないはず……もしや」
 シヴァは何かを感じ取り、にっと不気味に笑った。
「どうしますか? 進路を変更しますか?」
「いや……このまま進みましょう。私の読みが確かなら、このシヴァ空賊団より大規模な船団ではないはず。私の乗組員は58人ですよ」
 彼は後ろを振り返ると、それに……と言葉を足した。
「もし相手の戦力が上回っていたとしても、こちらには切り札がありますからね。そうでしょう? 御神楽校長」
 シヴァが振り返った先には、ロープで縛られ身動きが取れなくなっている御神楽 環菜(みかぐら・かんな)がいた。口の詰め物をシヴァが取ると、環菜はキッとシヴァを睨みつけた。
「自分の力では何も出来ない臆病者が、言うじゃない」
「ふふ、その臆病な性格のお陰で、あなたをここに連れてくることが出来た。違いますか?」
 携帯を持ったまま、シヴァはくつくつと笑った。



 幸や正義たちが去ったヨサークの部屋。ヨサークは窓の外を眺め、小さく呟く。
「そろそろ、あいつのテリトリーに入る頃か……今日限りでこの空からは降りてもらうぜ、シヴァ」
 ヨサークはアグリを引き連れ、扉を開けた。部屋を出たヨサークの目の前に立っていたのは、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)佐伯 梓(さえき・あずさ)、そして梓のパートナーであるオゼト・ザクイウェム(おぜと・ざくいうぇむ)だった。
「なんだ? おめえら」
 待ち伏せされていたかのようなタイミングに、怪訝そうな顔を向けるヨサーク。ナガンがすっと1歩前に出る。
「お願いしますっ! どうかナガンをこの空賊団に入れてください!!」
 丁寧な口調と土下座のセットで、ナガンはヨサークに頼み込んだ。そのピエロの格好からも分かる通り、ナガンは普段このようなキャラではない。が、この就職難の時代、パラ実所属の彼は将来を真剣に心配していた。そんなナガンにとって、今回の乗船はまたとないチャンスなのであった。
「雑用でも何でも構わないんで、どうかお願いします!」
 就職活動中の大学生ばりに、キャラの違いを見せるナガン。しかしヨサークはそんな必死の願いに応じない。
「うちの空賊団に女はいらねえ。ん? 女だよなおめえ。ふざけた格好しやがって。ピエロは玉にでも乗っかってろ。それかヤリチンの玉でも舐めてろ」
「そ、そんな……」
 がっくりするナガンの後ろにいる梓を見ると、ヨサークは尋ねた。
「おめえは何だ」
「あー、えーとね、俺も、ここに入ってみたいなーとか思って。どうしたら入れるんだろー?」
 入団を希望する割には結構ふてぶてしい態度の梓。だがヨサークはナガンの時よりしっかりと受け答えをする。
「んん? なんだおめえ、入団希望か! なんで入りてえと思ったんだ?」
「ほら、あの掛け声。Hey,Hey,Ho! ってヤツ。アレなんかノリいいなー、って思ったんだよねー。俺ああいうの結構好き」
「おおそうかそうか! よし、じゃあ一緒に叫べ! そしたらもうおめえはヨサーク空賊団の一員だ!」
「おー、ほんと?」
「ああ、行くぜ! Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」
 楽しそうに手を挙げる梓。それを少し離れたところでオゼトが見ていた。
「むぅ……」
 空賊になりたい、などと無茶苦茶なことを言い出したものだな、梓も。まあ……俺は別に構わんが。
 腕を組みながら、オゼトはそんなことを思っていた。すると梓がオゼトを手招きし、「一緒に声出そうぜー」と誘う。
「……」
 オゼトは苦笑しつつ、手を軽く横に振り拒否を示した。そんなキャラじゃないさ、とでも言わんばかりに。
 目の前で自分より軽い態度の梓が採用され悔しがるナガンは、ヨサークに問い詰める。
「なんで……なんで駄目なんっすか!?」
「あぁ? おめえのその胸が物語ってんだろうが! クソメスが!」
 ヨサークに再び怒鳴られ、ナガンは自らの胸を見た。そして何かを考えると、ヨサークを半ば無理矢理通路の脇に引っ張った。
「あ? 勝手に触んじゃねえ!」
「いえ、ヨサークさん、あの……」
 耳元で何かを囁くナガン。耳打ちが終わるとヨサークはバッとナガンを眺める。
「お、おめえ本当かそれは……」
「ええ、何ならこれをこうして……」
「……!!」
 梓らの見えないところで何かやり取りをしているヨサークとナガン。しばらくして部屋の前に戻ってきた時、ヨサークの顔から怒りは消えていた。
「最初は雑用からやってもらうことになるかもしれねえが、構わねえか?」
「構わないっす! ありがとうございます! ヘイヘイホ……あっ、これ雑用は言っちゃ駄目っすね!」
「順番だ」
「……えっ?」
「掛け声には順番があるんだよ。俺がYosark working on kill! つったらそれを言うんだ。雑用だろうが何だろうが関係ねえ。俺の船員は俺の船員だ。Yosark working on kill!」
 ふたりの間にどんなやり取りがあったかは分からないが、さっきまでとは違うヨサークの優しい態度に、ナガンは感動し、大声を上げた。
「Hey,Hey,Ho!」

 こうして晴れてヨサーク空賊団の一員として認められた梓とナガン。さらに、ふたり以外にもヨサークを慕おうとする者が彼の元へとやって来た。森崎 駿真(もりさき・しゅんま)はそんな生徒のひとりだった。
「ん? 何だ、おめえも入団希望者か?」
 駿真は、目の前にいるこの男に、憧れにも似た感情を持っていた。しかし同時に、空賊というものが社会的に問題のある存在だということも理解していた。故にか、すんなりを首を縦には振れない駿真。
「はは、まあ空賊になりたいってヤツの方が珍しいからな。おめえが悩むのも分からなくはないぜ」
「いやっ、違う、違うんだ」
「ん?」
 駿真は、自分の思いを吐露した。
「オレ……未開拓の地に自分の名前を残すのが夢なんだ。だから、空賊団のリーダーで、こんな立派な飛空艇を持っててどこにでも行ける、そんなヨサークさんがすげえなって思ったんだ!」
 熱く語る駿真の言葉に、ヨサークは感動した。
「今、入りたいってすぐには言えないけど……ヨサークさん、ヨサークさんのことはマジでリスペクトしてるんだ!」
 そこまで聞けば充分だった。ヨサークは駿真の肩をグッと掴み、優しく言葉をかけた。
「おめえの気持ちは痛いほど分かった。俺はいつでもおめえを歓迎する。だから、気が向いたら俺んとこに来い。な?」
「……Hey,Hey,Ho!」
 はい、という返事じゃ足りない。この気持ちをヨサークさんに伝えるんだ。駿真は感謝の気持ちを込め、そう返事をした。
「へっ……どいつもこいつも、順番が違ってっぺよ! これからたっぷりおめえらに正しい掛け声を教えてやんべ!」
 梓、ナガン、駿真らと笑い合うヨサーク。それを陰で見ていたのは、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)だった。
「やっぱり……他の船員から聞いた通り、空賊団に入れるのは男だけみたいね」

 ヴェルチェは、乗船した時からあることを決めていた。それは、この空賊団への入団。そこで、どうすれば入れるのかを船員たちに聞き回っていたのだが、船員たちは口を揃えてヴェルチェに答えるのだった。
「悪いが、あんたじゃうちには入れないだろうねえ……」
 理由を問い詰めると、どうやらヨサークの女性嫌いが関係しているようだった。
「女では入るのは無理なの? 頭領の女嫌いを治す方法はないの?」
 個人的にはアンタみたいなべっぴんさんに入ってほしいけどねえ、と漏らした船員のひとりに、ヴェルチェはどうにか糸口を掴もうと詰め寄る。胸を寄せて強調しながら。ごく、と船員の喉がなった。
「あたし、どうしてもここに入りたいのよね」
 甘い吐息を耳にかけながら、ヴェルチェが脚を絡ませる。そこで船員の我慢は限界に達した。
「も、もう駄目だっ!」
 その豊満な胸を鷲掴みにする船員。ヴェルチェはいやらしい喘ぎ声を出しながら、船員に囁く。
「あんっ……ねえ、協力、してくれる……?」
 首を縦に振る船員を見て、ヴェルチェは口の端を上げた。

「やっぱり無理かもしんねえよ……頭領の女性嫌いは半端じゃねえ」
 ヴェルチェと一緒に陰から様子を見ていた船員が尻込みした。
「えー? 胸まで揉ませてあげたのに? ほら、ちゃんと仲介してよねっ」
 ヴェルチェに押されながら、船員はヨサークの前へ出て行く。
「……何女連れてんだおめえ」
 案の定、不機嫌になるヨサーク。言わんこっちゃない、とばかりの表情でヴェルチェを見る船員だが、一応やるだけのことをやってみる。
「頭領、入団希望者らしいんですが……」
「女を入れるわけねえだろうが! ふたりまとめて耕されてえのか!? おめえが女に挿れんのは自由だが、俺の船に女を入れることは許さねえ」
「ねえ、どうしても……」
「入れねえっつったら入れねえんだ! そのだらしねえ乳引っさげてAV業界にでも入ってろ! それか死ね!」
「……分かった、今は諦める。でもあたし、立派に戦ってみせるから。それを見て、もう一度考えてくれるかしら」
「うるせえ、真っ先に撃墜されて太平洋に落ちろ」
 取り付く島もなく、ヨサークはヴェルチェの前を去っていく。
「女って武器が、枷になるとはね……」
 ヴェルチェはヨサークの後ろ姿を、ただ眺めていた。



 梓、ナガンのふたりは、早速雑用としてヨサークの部屋の掃除をしていた。そこにヨサークが戻ってくる。
「おお、随分綺麗になったな。後でたっぷり新鮮な野菜食わせてやっからな」
 笑顔でふたりの仕事ぶりを褒めるヨサーク。と、その時、船員のひとりが部屋に入ってきた。
「どうした?」
「頭領、シヴァ空賊船を確認しました!」
「……そうか、ようやく会えたなぁ、シヴァ」
 ヨサークは窓に近付くと、手をかざし空を眺めた。やや離れたところに、大きな飛空艇が確認出来た。
「ナガンたちも、頑張って戦わせてもらいますっ!」
「意気込みは立派だが……」
「ヨサークさん!?」
「入団してすぐ落ちたりすんじゃねえぞ?」
 その言葉で、ナガンと梓は本当に仲間に入れてもらえたのだと知り喜んだ。そんな彼らがいる部屋にひとりの生徒が、言葉を発しながら現れた。
「オレも、参加させてもらうぞ」
「武尊!」
 ナガンが入室者の名を呼ぶ。扉を開け入ってきたのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)。ナガンの悪友である。
「職場見学のつもりで来たが、これは就職試験と受け取った。シヴァってヤツの船を制圧出来たら、その時はオレも入団させてくれるか?」
 自信ありげにそう言った武尊に、ヨサークはにっと笑って答えた。
「頼もしいヤツじゃねえか。おめえの活躍、期待してるぜ」
「思いっきり暴れてやろうじゃないか、なあ、又吉」
 後ろを振り返る武尊。そこには彼のパートナー、猫井 又吉(ねこい・またきち)が立っていた。パッと見はかわいい猫だが、筋金入りの不良である。
「金になるなら、空賊にだって何にだってなってやるぜ」
 集まった新団員、そして団員希望者を満足そうに眺めたヨサークは、もう一度外に目を向ける。さっきよりも幾分、目標は近付いていた。
「よし、おめえら、戦闘態勢に入るぞ!」
 勢い良く声を上げ、ヨサークは部屋を出ようとする。その時、ふと空を見たナガンの目にあるものが映った。箒に乗った人影……それは、ナガンが見知った生徒だった。
「あれは……メニエス!?」
 それは紛れもなく、さっきまで共にヨサークの船に乗っていたメニエス・レイン(めにえす・れいん)であった。影が3つ並んでいることから、彼女のパートナーも一緒だということが推測された。ナガンがそれを発見するのを待っていたかのように、ナガンの携帯にメールが届く。
『あたし、こっち側につく。その方が似合ってると思うのよね。もし交戦中に会ったらその時は遠慮なく襲ってきてね。じゃないとあたし、あっさりあなたたちを沈めちゃうから』
 ナガンは携帯を閉じると、小さくなっていく影を見つめた。
「くくく……確かにナガンたちにはお似合いかもな! 沈むのはどっちか、勝負だぜぇ!」
 元々ケンカ友達だったメニエスとナガン。ナガンは互いの関係を思い出し、不敵に笑った。
 空は、これから激しい戦いが起こるとは思えないほど澄み渡っていた。