|
|
リアクション
「謹賀新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「……おめでとうございます」
「明けましておめでとう、だ」
樹月 刀真(きづき・とうま)の新年の挨拶に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と玉藻 前(たまもの・まえ)が留袖姿で挨拶を返す。
「二人とも着物が良く似合ってますよ。……ただ玉藻は分かりますが、何で月夜まで留袖なのですか?」
「何で、と言われても、それはお前の嫁なのだから、振袖にするのは不味いだろう?」
前が意地の悪い笑みを浮かべ、『嫁』と言われた月夜が恥ずかしげに目を伏せる。
「はあっ? 何を言っているんですか馬鹿ですか君は――」
「……む〜」
「――って痛っ、月夜怒らないで」
むくれた月夜が刀真の頬をつねり、刀真が悲鳴をあげる。
「……それにしても、このような高価そうな着物を二着もよく買えましたね。玉藻、そんなにお金持ってましたっけ?」
つねられた頬をさすりながら尋ねる刀真に、前が何を言っているのだとばかりに言い放つ。
「金? そんなもの持っていないのはお前も知っているだろう。月夜と我の着物はお前の金で買った」
「ですよね……って、俺の金!? 一体どういう事ですか――」
「……カードというのは便利だな、すぐに買えたぞ」
言って、前が刀真に四角形のカードを投げて寄越す。
「ちょっ、これ俺のカードじゃないですか!?」
「我のところに何やら紙切れが来たが、よく分からんので燃やした。後は頼む」
「頼む、って……どうしましょう、いくらか分かりませんが、相当に高い事は確かですよね……環菜長にお金借りれるかな」
見た目の質感、そして触れた手に伝わる触感からある程度のアタリをつけた刀真が呟く。
「一緒に頼んであげるから、環菜にお願いしよう」
「……で、私のところに来た、と」
「済みませんどうかよろしくお願いします!」
「お願いします……ほら、玉ちゃんも頭を下げて」
「何故我が……分かった、分かったからそのような顔をするな、玉ちゃんと呼ぶな」
環菜に話を通した刀真が頭を下げ、月夜も頭を下げると共に前の頭を下げさせる。
「……元旦だものね。いいわ、受けてあげる。但し……」
呟いて環菜が取り出したのは、羽子板と羽根。
「私に羽根突き勝負で負けたら、トイチね」
(負けたらトイチ……ていうか環菜長、どうしてそんな言葉知ってるんですか……)
何やら身体を震わせている刀真を差し置いて、環菜が羽根を打ち出す。
「……刀真、来た」
「……とにかく、やるしかないですね! 月夜、環菜長に隙ができるまで粘りますよ!」
「うん。……でもこれ、動きにくい」
慣れない留袖に、月夜が戸惑いの表情を浮かべる。
「着物が崩れたら直してやるから、気にせんで良いぞ」
炬燵から前が声を掛けるが、「着崩れした着物姿というのも独特の色気があって良いな……直さなくてもいいか?」と呟いている辺り、本気で直すつもりはなさそうである。
「なら、余計に俺が粘るしかない!」
覚悟を決めた刀真が、一騎当千とでも評すべき活躍を見せる。金がかかると、人は変わることが多々あるようだ。
「!」
羽根を打ち返した環菜の、踏ん張った足が滑り、体勢が大きく崩れる。
「ここが勝機! 三技一体『爆雷閃』! この一振りは音速を超える!!」
勝機とばかりに刀真が、闘気を立ち昇らせた羽子板を振るう。打たれた羽根は音速を超え、その身に炎を宿らせて環菜へ飛び荒び、受け止めた羽子板を弾き飛ばす。そして羽根と羽子板が、パチッ、と電気を放射して地面に落ちた。
「……私の負けね。見事な技だったわ。私の方でイロをつけておくから、これからも蒼空学園に力を貸して頂戴」
言って立ち去る環菜に、刀真が深々と頭を下げる。
「……これでまた、新しい本が買える」
「思わぬ収入を得たようだの。良かったではないか、月夜」
「……あのー、受け取ったのは俺なんですけど?」
奮闘した割に、報われない刀真であった。
「……あれが噂の羽根尽きか」
皆が行っている『ハイブリッド羽根突き』を見やって、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)が呟く。彼は既に、羽根突きというものを『羽根を様々な技や魔術を用いて全力で打ち合い、遊び感覚で修行を行う』ものと思い込んでいた。
「羽根尽き……互いに命懸けですね」
傍らに立つラミ・エンテオフュシア(らみ・えんておふゅしあ)も、クルードの思い込みにそういうものなんだ、という認識でいた。……まあ、『ハイブリッド羽根突き』に関して言えば、その認識で概ね間違いない。
と、彼らの視界に、環菜の姿が映る。
「……行くぞ。今の俺の力……環菜で試してみよう」
「あ、はい。ちょっと待ってください、今変身しちゃいますから」
言ってラミが一瞬で、黒を基調として蒼が混じった制服に着替える。
「煌く蒼天が夕闇に包まれし時、空を支配する深淵が現れる! 闇に包まれる蒼天、【深淵のブラックサファイア】!」
「……俺は変身しないからな」
「そうなんですか? 後でアメリアさんが問い詰めてくるかもしれませんよ」
「……それでも、断る……!」
言い捨て、クルードが環菜へ勝負を挑みに行く。その後を、ラミが遅れないように付いていく。
「腕試しならエリザベートの方が適任な気もするけど……まあいいわ。あなたの実力、測らせてもらうわ」
コンピューターを操作し、対戦の準備を整えた環菜が、羽子板を構える。
「……俺は負けない……行くぞ……」
言ったクルードの背に漆黒い片翼の翼が生まれ、感覚が研ぎ澄まされると同時に銀狼の耳と尻尾が出現する。
「【漆黒き雷霆】の異名は伊達ではない……動く事雷霆の如し!」
それらが生み出す神速の動きは、常人はおろか、ラミですらも追い切れるものではなく、彼女は癒しによるクルードの負担軽減に従事していた。
「確かに速い……けど、まだ追従の範囲内ね」
一人環菜だけが、コンピューターのサポートを受けてクルードの動きに追随し、その間を羽根が高速で行き来する。一呼吸する間に羽根が数回往復するような攻防の中、先に動いたのはクルードだった。
「……ここだ! その暗き事闇の如し! 【滅狼波】!」
クルードが羽子板を居合のように構え、肉体に限界の力を要求するべく精神に働きかけ、見開いた瞳で羽根を捉え、そこに最大限の速度と力を乗せた羽子板をぶつける。打たれた羽根は僅かながら音速を超え、超音速の世界に突入して環菜を襲う。
「なかなかね。けれど、もし私がこれを打ち返した場合は……どうかしら?」
「……何?」
まさか、と思うクルードの前で、羽根の正面に立った環菜のかざした羽子板が、速度と質量の積がもたらす運動量を全身に受けつつも、羽根を打ち返す。その動きは普通の羽根突きのように緩やかなものだったが、
「……ぐ……」
技を返された精神的ショックと、技を使用した反動により身体を動かすことが出来なかったクルードの前に、羽根がぽとり、と落ちる。
「クルードさんっ!」
「今度は、出力の調整を考えてみることね。一撃の威力も大切だけど、故障率が低い方が結果としていい結果を出すこともあるわ」
慌てて癒しの力をクルードにかけるラミ、そんな二人に背を向けて、環菜が立ち去る。
(……誰かの気配を感じるわね。また挑戦者かしら? エネルギー残量も少ないし、そろそろ止めにしてほしいところだけれど)
強化スーツの状態を確認していた環菜が、時折向けられる自分への視線に首を傾げつつ、作業を再開する。
(新年早々チャンスが巡ってくるとはな……御神楽環菜、この『ハイブリッド羽根突き』で学園中にお前の無様な姿を広げてやる! ……しかし、意外だな。あの御神楽環菜を倒す奴がいたとはな)
湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が心の中で環菜を罵倒しながら、持ってきたデジタルビデオの映像を再生する。そこには環菜が羽根突き勝負に負けたシーンが映し出されていた。確かにこの時点で、環菜は生徒相手に一敗している。逆に言えば一敗しかしていないのだが。
(いやいや、御神楽環菜は僕の手で辱めてやる! そのためなら手段は問わない!)
凶司が再生を止め、傍にいたエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)に振り向く。
「そういうわけでエクス、この飲み物を差し入れしてくるんだ」
凶司から飲み物を受け取ったエクスが、視界の向こうに佇む環菜を見やる。
「うーん……凶司と違っていい人そうだね……わかった、いってくるよ」
凶司の言う事には嫌悪感を示しつつも、相手が悪い人でなさそうなことを見て取ったエクスが、飲み物に疑いもせず受け取って環菜のところへ向かう。
「……何かしら?」
「あの、差し入れを持ってきました、どうぞ」
手渡された飲み物を受け取る直前、環菜のバイザーに幾本もの電子線が走る。自らの行動が世界に多大な影響を与えることを知っていれば、送られてくる物にスキャンをかけるようになるのは、ある意味当然のことでもあった。
飲み物の中に筋弛緩剤が含まれていること、それをエクスに渡すように仕向けたのが凶司であることを悟った環菜だが、
「ありがとう。受け取らせてもらうわ」
微笑んで、エクスから飲み物を受け取る。エクスに罪はない、悪いのは凶司なのだ。
(……さて、どうしてくれようかしら。……元旦早々面倒だけれど、それもいいかもね)
思い至った環菜が、携帯を手にする。
「カンナ様、僕と一勝負、受けてくれませんか?」
何も知らない凶司が、環菜に勝負を挑む。エクスは凶司から受け取ったデジタルビデオで、勝負の様子を撮影していた。
「いいわよ。あなたからいつでもどうぞ」
「ありがとうございます!」(くっくっく……その余裕もこれまでだ!)
薬の効果が出始める頃合を図りながら、凶司が最初の羽根を打ち出す。
「……っ!」
飛んできた羽根を打ち返した環菜が、顔をしかめて地面にうずくまる。
「え!? な、何がどうなってるの!?」
カメラを回していたエクスが戸惑う中、凶司の顔が笑顔で歪む。
(ハッハッハ! これで終わりだ、御神楽環菜! 生徒会長の座は僕がいただく!)
勝負に勝ったら生徒会長の座を明け渡すよう迫るつもりで、凶司が冷酷無比の一撃を見舞おうとしたその瞬間、環菜の指が携帯を操作する。
「なっ!?」
いつの間にか凶司の背後に回っていたルミーナが、凶司を羽交い絞めにする。その横を、羽根がぽとり、と地面に落ちた。
「こ、これは一体何のつもりですか、カンナ様――」
「……惚けるつもりかしら? これを私に差し入れしておいて」
環菜が、中身を空にした先程の飲み物をかざせば、凶司は次の言葉を紡げなくなる。
「私を狙う人は沢山いたわ。私には利用価値があるから。それ自体を拒否するつもりはないわ。……けれど、仮にも蒼空学園の生徒たるあなたがこのような行為に手を染めるというなら、その長たる私はあなたを処罰しなくてはならない。あなた一人を退学にすることなんて、私には他愛も無いこと」
「……僕を、どうするつもりですか」
険しい視線を向けてくる凶司へ、環菜が面倒そうに答える。
「切り捨てるのは簡単、けれど、それだけじゃ長は務まらない。……私に恥をかかせたければ、相応の知識と技術で向かってきなさい。私だって無敵の存在なんかじゃないわ。そこに映っているようにね」
「え、えっ!? これに何か映ってるんですか?」
一人話についていってないエクスが戸惑い続ける中、ルミーナから解放された凶司が、地面に崩れ落ちる。
「お疲れさまです、環菜」
ルミーナから、今度は何も入っていない飲み物を受け取って、環菜が一息つく。
「ここは学校だもの。生徒には小手先だけの駆け引きなんて使って欲しくないわ」
そう呟いた環菜の脳裏に、いつもいつも「負けないですぅ!」と突っかかってくる者の姿が浮かんで消える。
(……ああいうのも、分かりやすくていいのかもしれないわね)
思い至る環菜に、微笑んだルミーナから言葉が飛ぶ。
「ですが環菜、あなたいつだったか、転ばされた腹いせに株価操作を行いましたよね。あれはどう説明するのですか?」
「……人は変わるのよ、ルミーナ」
環菜、言っていることは正しいが、この場合は誤魔化しているだけである。
「強化スーツのエネルギーも切れてしまったことだし、この場は引き揚げかしらね――」
「か、環菜会長!」
言いかけた環菜のところへ、影野 陽太(かげの・ようた)とエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がやってくる。
「何かしら? 勝負なら断らせてもらうわ」
「いえ、違います! 俺、環菜会長とラリーがしたいです!」
陽太の申し出に、環菜が面食らったように動きを止める。これまで勝負だの腕試しだの言ってきた生徒は数あれど、ただ平凡な打ち合いだけをしようと言ってきたのは、陽太が初めてだったからである。
「環菜、付き合ってさしあげたらどうですか?」
「……そ、そうね。でも、その……」
珍しく狼狽した様子の環菜。本人としては付き合ってあげてもいいと思っているのだが、強化スーツの恩恵を受けられない今、つまり『素』の環菜は、あまり運動が得意ではない。無様な姿を望まず晒してしまうかもしれないと思えば、ええ、と頷くのに抵抗があるのも納得のことであった。
「俺、今日のために特訓してきました! それに、環菜会長の打ち筋は把握してきたつもりです! どんなスーパーショットだって受け止めてみせます!」
そう言い切る陽太の掌には、特訓で出来た無数の傷を隠すため手袋がはめられていた。
「……羽根突きってそういう遊びだったかしら? あ、もし落とした場合は相応の覚悟ができているようなので、面倒でしょうが付き合ってやってくださいませんか?」
エリシアが、手にした封筒をちらつかせながら言うと、陽太の表情にいっそう緊張が走る。
「環菜。彼は決して、あなたを笑うようなことはいたしませんよ」
ルミーナの言葉に、なお返事を渋っていた環菜が嘆息して、そして口を開く。
「……いいわ。だけど! あなた、私が動かなくても取れるような羽根を返しなさい。これは生徒会長命令よ」
「はい! ありがとうございます!」
「……ま、陽太がそれでいいなら、いいのかしらね」
環菜の無茶な要求にエリシアが嘆息して、意気揚々と準備を始める陽太を見守る。
「さて、と……来てみたはいいが、相手がいなそうだな」
葉月 ショウ(はづき・しょう)とガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)のペアが、羽根が打たれる音が響き渡る中、相手を探して右往左往していた。
「お、お兄ちゃん……僕、あんなの無理だよ……」
ガッシュが、炎やら氷やら付加した羽根を打ち合う勝負を見ながら呟く。ショウは面白そうだと思いつつも、ガッシュの人前に出るのが苦手なのを治すという理由もあっては、あまり激しいことをさせるのもどうかと考える。
「つっても、誰も彼も派手にやってくれちゃって……お?」
ふと目に止まったそこでは、微笑みを浮かべた女性、そしてで自信を打ち砕かれたように項垂れながら去っていく生徒の姿があった。
「空いたみたいだぜ。何か優しそうだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「う、うん……あの人なら僕、大丈夫かも」
「んじゃ決まりだな。すみませーん、俺たちと一勝負してくれませんか?」
「ええ、いいですわ。不慣れですけど、よろしくお願いしますわ」
微笑んで女性、ミリアが羽子板を振って、羽根を打ち出す。
「まずは様子見といくか。ガッシュ、人に慣れる意味でも前に出てみるんだ」
「う、うん。……あの、変なところに打っちゃったら、ごめんなさいっ」
「いえいえ、私もやってしまうかもしれないので、気にせず打ってきてくださいね」
しばらくの間、山なりの弾道で羽根が互いを行き来する。
「……よし、そろそろ、本来の勝負といくか。ガッシュ、技を混ぜてみるんだ」
「え、えっと……ごめんなさいっ!」
ガッシュが、羽根に回転をかけて打ち返す。それにより弾道が変わり、ミリアは対応を迫られるはずだが――。
「それっ」
それまでと何も変わることなく、ミリアが羽根を打ち返す。
「……ん? ガッシュ、もう一度やってみるんだ」
「う、うんっ」
飛んできた羽根を、今度は利き手と反対の方向へ打ち返す。そのままでは打てないはずだが――。
「それっ」
やはりそれまでと何も変わることなく、ミリアが羽根を打ち返す。
「……おかしい。ガッシュ、俺と前衛を変われ」
ガッシュと位置を交代したショウが、飛んできた羽根に狙いを定め、羽子板に雷撃を纏わせ振り抜く。打たれた羽根は電撃をほとばしらせながら上空を翔け、やがて重力に引かれて落ちていく。
「これでどうだ!」
ショウが掌をかざせば、羽根にかかる重力が変化し、落ちる速度が増す。ここまですれば流石のミリアも打てないだろう――。
「それっ……あっ」
それでも難なく打ち返すミリア、しかし羽根が逸れ、ぽーん、と高く浮く。
「何っ!? だが、これで決める!」
打ち返されたことに動揺を覚えながら、気を取り直してショウが上空に飛び上がる。そのまま自らの体重を、そして炎を纏わせた羽子板を羽根にぶつけ、羽根は炎に包まれながらミリアへ迫る。
「ごめんなさい、次はちゃんと返しますわ〜」
それを見ても、ミリアの表情に変化はない。まさか、と呟くショウが地上に降りると同時、
「それっ」
かーん、とミリアが、やはり変わらないフォームで綺麗に羽根を打ち返す。
「バカなっ!? ……フ、フフフ……どうやら俺を本気にさせてしまったようだな。俺の必殺技は108式まであるぜ!」
本気になったショウが、次の必殺技を打つべく振りかぶる――。
「あっ、ごめんなさいね。私、お雑煮の方を見てこなくちゃ。羽根突き、楽しかったですわ」
ミリアが笑顔のまま、部屋を後にしていく。
「な、何故だ……何故俺の必殺技が、一つも決まらない……」
そして、結局108発全ての必殺技を、何事もなかったように返されたショウは、訳が分からないまま地面に崩れ落ちていた。
実は恐るべし、ミリア・フォレスト。
「……ふぅ。まったく、おば上の横暴は今年も変わらず、か」
すっかり真っ黒になってしまった顔を洗いに来た馬宿が、壁に放置された鞠を手に取る。
(……やはり、蹴鞠は忘れられた遊戯、か。かつては男子の神事として、天皇から一般市民まで持て囃されたというのにな)
馬宿が昔を思い返しながら、鞠を足で高々と蹴り上げる。
(それも、あの女が……信長が相撲を日本の国技として奨励したから、蹴鞠は衰退したのだ。信長……お前はあれほど蹴鞠を好いていたというのに、何故……)
歯を食いしばり、拳を強く握る馬宿。彼の言う『信長』は一体誰のことであろうか。
「あ、馬宿くんだ。あけましておめでとうございまーす」
「あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願い致します」
十倉 朱華(とくら・はねず)とウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)から声をかけられた馬宿が、平静を装って挨拶を返す。
「どうした、お前たち。お前たちは蒼空の生徒だろう、御神楽校長のところへは行かないのか?」
「うーん、行ったは行ったんだけど、凄い羽根つきの最中だったからね。それよりも僕は、馬宿くんと遊ぼうと思って来たんだよ」
「……俺とか? ふん、お前も物好きな奴だな。まあいい、ちょうど手が空いたところだ、相手をしてやろう」
本当は声をかけてくれてとても嬉しいのに、こんな言い方しかできない馬宿、豊美ちゃん曰く「世話のかかる子なんだよー」である。
「うん、ありがとう。じゃあ早速だけど、僕とウィスタリアにに蹴鞠を教えてほしいんだ」
「そうか、分かった。ならば……しまった、鞠を先程蹴り飛ばしてしまった。拾いに行かなくては――」
鞠を探しに行こうとした馬宿を、呼び止める複数の声がある。
「あ、いたいた。アボ……違う違う、馬宿君、これ、馬宿君のでしょ?」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、馬宿が蹴り飛ばした鞠を持って現れる。後ろには、中原 鞆絵(なかはら・ともえ)と童子 華花(どうじ・はな)の姿もあった。
「馬宿君、蹴鞠得意なの? だったら教えてもらっちゃおうかな。あっちの二人に負けないくらいになりたいから、よろしくね!」
「……本当に、変わった奴らばかりだな、ここは。……だが、悪くはないな」
息をつくように微笑んで、鞠を受け取った馬宿が手本を見せる。
「本来は手順が細かく決められているのだが、まあ、それはいいだろう。基本は一人三足、飛んできた鞠を受け止め、一回蹴り上げ、相手に渡す。これだけ覚えておけば出来る。渡す時に渡そうとする人の名前を呼ぶようにすれば、混乱も抑えられるだろう」
ちょうど、バレーのレシーブ、トス、スパイクを一人で行うと思えば、分かりやすいだろうか。
「落としたら負けの個人戦と、どれだけ長く蹴り続けられるかの団体戦とあるが、まずは気にせずやってみよう。……朱華と言ったか。この鞠をそこから投げてみてくれ」
「うん、分かったよ。……こうかな?」
朱華から山なりに投げられた鞠を、馬宿の足が蹴り上げる。
「これが一足目。二足目で次に渡しやすいように調節して……朱華」
「わ、僕?」
馬宿から蹴り渡された鞠を、朱華が初体験ながら器用に足を動かして受け止め、蹴り上げる。
「えーと……ウィスタリア」
「と、私ですか。では……」
朱華から蹴り渡された鞠を、ウィスタリアが多少ふらつきながらも受け止め、蹴り上げる。
「それでは……リカインさん」
「私ね、オッケー!」
ウィスタリアから蹴り渡された鞠を、リカインが余裕とばかりに受け止め、蹴り上げる。
「馬宿君、返すよ!」
「よし、来い。……とまあ、こんなところだ。慣れればより遠くに広がって蹴り合うこともできるだろう」
言いながら馬宿が、頭を越すように鞠を蹴り上げ、今度は踵で蹴り上げを繰り返して遊ぶ。羽根突きの時には見られなかった、軽やかな動きであった。
「……うむ、見てるだけなんて我慢できん、オラも混ぜてくれ〜」
「よし、じゃあまずは、これを蹴り返してみろ」
輪の中に入ってきた華花に、馬宿が鞠を蹴り渡す。
「おおおおお……あぶ!」
飛んできた鞠を、華花は顔面で受けてしまう。
「あらあらハナさん、ほぉら、いたいのいたいのとんでけ〜」
「むむ……まだまだ、このくらい何てことないぞ!」
鞠を持った華花が鞠を蹴れば、当たり所がよかったのか、ぽーん、と山なりのいい鞠が飛んでいく。
「じゃあ、僕が取るね。……よっと」
朱華がその鞠を受け止め、高々と蹴り上げる。
「トモちゃんも入ったら? 入りたそうな顔、してるわよ」
「あらあら、分かります? 懐かしくてねえ。それじゃあ……」
鞆絵がスキルを発動させれば、かつての若々しい姿を取り戻す。
「加わらせてもらおうかしら!」
飛んできた鞠を鞆絵が蹴り上げれば、それは高々と宙を舞っていった――。