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【2020年はじめ】こたつにみかん、であけまして

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【2020年はじめ】こたつにみかん、であけまして

リアクション



●新年の抱負を書き初めに込め、お餅を頂きましょう

(ええと、次の授業ではここまでを教えれば……ダメだ、今のままではとても単位が足りない……)
 生徒たちが新年の日を思い思いに楽しんでいる中、一人職員室でアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)が、生徒たちの授業計画を作成していた。
「……ふぅ」
 叩いていたパソコンから視線を上げ、アーキスが天井を、そして辺りを見回す。
(俺以外誰もいない、か。理事長は楽しそうにやってそうだな……)
 最初はいっそ文句でも言いに行こうかと思い、しかし『新年を楽しく過ごすのは当然』と思いとどまり仕事に耽るも、アーキスの心には寂寥感がひしひしと湧き起こっていた。
「……あら、お仕事ですか? お疲れさまです」
 そこに、半開きになっていた扉から、ミリアが顔を出して挨拶をする。
「ああ、いえ。これも生徒たちのためを思ってのことですから」
 表情を取り繕って、アーキスがミリアの言葉に答える。
「先生、ですか? さぞ大変ですわね。……少し、お待ちいただけますか?」
 何かを思いついたように、ミリアが姿を消す。しばらくしてミリアが、手に何かを持って再び姿を見せる。
「お待たせしました〜。これ、私が作ってみたんです。よかったらどうぞ」
 器から湯気を立てるそれは、お雑煮だった。香ばしい香りがアーキスの鼻をくすぐる。
「これはこれは、わざわざすいません」
 そういえば仕事を始めてから、何も口にしていなかったなとアーキスが思い至る。それを裏付けるかのように、お腹の虫がぐぅ、と鳴いた。
「お仕事、あまり無理しないでくださいね。お時間ができましたら、どうぞいらしてください」
 ミリアが笑みを浮かべて、職員室を後にする。早速口をつけたアーキスは、身体の中からほんわりと温まっていく感覚に、ほうっ、と息をつく。
(……一段落したら、少しだけ顔を出してみるか)
 微笑むアーキスからは、先程感じた寂寥感は跡形もなく消え去っていた。

 そして、皆が集まる部屋では、明智 珠輝(あけち・たまき)が主催する新年書き初めが執り行われようとしていた。
「道具は存分に用意させていただきました。皆様、己の欲望を存分にお書きくださいませ……ふふ」
「書き初めってそういう場じゃないだろ……」
 不敵な笑みを浮かべる珠輝に、リア・ヴェリー(りあ・べりー)が嘆息する。
「で、一応聞くけど、珠輝は何て書くつもりなの?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれました。私の新年の言葉は、これです」
 言って珠輝が、既に仕上げていた作品をリアに見せる。
 
 乳 よ り 尻 派

 直後、リアの無言の空中飛び膝蹴りが珠輝に炸裂する。
「少しは落ち着けっ……!」
「【妄想性活】や【家族計画】と悩んだのですが」
「聞いてないっ! こんなの他の人に見せたら、ドン引きだろう!」
 そう言い切るリア、だが驚きの展開はここからである。
「ですよねー。皆さん、どうして胸ばかり話にするんでしょう。あんなのただの飾りじゃないですか!」
「……言ってて空しくないですか、おば……豊美ちゃん」
「まあ、あったらあったで利用価値はあるからのう。……じゃが、最近は生徒共の嗜好も様々なようじゃしのう」
「? えっと、皆さん何の話をしているのでしょう?」
「ミーミルは分からなくてもいいことですぅ。私にもまだ関係ない話ですぅ」
(……意外と受け入れられてる!? それに、話が広がってる!?)
 珠輝の作品を覗き見た豊美ちゃんから話が派生していくのを目の当たりにして、リアが驚愕の表情を浮かべる。
「……ふふ」
「勝ち誇ったような顔をするな、するなよ!」
 世の中にはまだまだ自分の知らない人が沢山いる、そう悟ったリアであった。
「で、そういうリアは何と書いたのですか?」
 珠輝が、リアが手にしていた作品を抜き取って覗き見る。
 
 謹 賀 新 年

「……ふふ」
「……珠輝、今僕を笑っただろ? い、いいじゃないか、無難だって言われようと、やはり新年の大切さを――」
 反論するリアの手元から、もう一枚作品が滑り落ちる。

 三 食 昼 寝 付 き

「養いましょうか? ふふ」
「み、見るなぁー!」
 頬を染めたリアの、二発目の膝蹴りが珠輝を襲う。
「ポポガは何を書いたのですか?」
 何事もなかったかのように珠輝が、ポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)の太く、しかし子供のような字を覗き見る。

 り ん

「う、うん。ポポガプリン好きだもんなぁ」
「ポポガ、プリン、好き!」
 墨で汚れた顔を笑顔にして、ポポガが満足気に頷く。
「そうじゃなくてさ、もっとこう、願いみたいなものはないの?」
「願い、ですか……ふふ」
「ぼ、僕を見るな、見るなよ!」
「ポポガの、願い? んーーーー。難しい。いっぱいある」
 唸りながら、ポポガが次の作品を仕上げる。

 み ん な な か よ し

「一番、嬉しい、願い。今年も、仲良し、したい!」
「よろしいじゃないですか。平和はいいものですね」
 微笑んだ珠輝が、ポポガの顔を丁寧に拭ってやる。
「……僕、書き直してこよう……」
 ポポガの純真な言葉に、何だか負けたような感覚を覚えたリアが項垂れながら引き上げていく。

(みんな仲良し……二人にもぜひ見習っていただきたいものですね)
 その様子を横に見ながら、沢渡 真言(さわたり・まこと)が一生懸命『永』の字を練習しているティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)に話しかける。
「基礎はもういいようですね」
「お姉様が親切に教えてくださったんですもの、応えないわけにはいきませんわ」
 桃や藤といった色とりどりの花が鮮やかな晴着を纏ったティティナが微笑む。
「では本番といきましょう。ティー、何の言葉を書きたいですか?」
 真言の問いに、ティティナが自分が書きたい言葉を伝える。
「一生懸命。……とても良い言葉ですよ。すてきな一年を過ごせるといいですね」
 ティティナに微笑み、真言が和紙に手本を書いて見せ、それを手本にティティナが作品の仕上げに取り掛かる。
(では、私も一筆……)
 敷いた和紙に向き合い、心を落ち着かせてから、書いた言葉が本当になるように想いを込めながら一字一字筆を走らせていく。

 磨 斧 作 針

 どんな難しいことでも忍耐強く努力すれば、必ず成功する。かの有名な詩仙の逸話に基づいて生まれたとされる言葉を書き終え、真言が筆を置く。
(……目標を人に知られてしまうのは、恥ずかしいですからね)
 そんなことを思う真言の耳に、何やら騒がしい会話が飛び込んでくる。
「できたですぅ〜」
「おお、どれどれ……っておまえ、そりゃ呪いの言葉じゃろ。しかも相手をカンナにしおって」
「……あえて聞かせてもらうわ。何を書いたのかしら?」
「カンナのお凸でパンが焼けるようになぁれ、ですぅ〜」
 言ってエリザベートが、一見何が書いてあるのかさっぱりな作品を掲げて見せる。
「なるほどね。じゃあそれを私が使えば、あなたのその枝毛な髪を丸ごと燃やせるかしら」
「ホント憎たらしいですねぇ〜!」
 書き初め中にも関わらず一触即発のエリザベートと環菜、だが、その紛争は未然に食い止められた。
「校長ともあろうお方が、新年早々そのような事ではいけません。いいですか、そもそも書初めというものは水から若水という特別に汲んできて……」
「うぅ、足がいたいですぅ〜」
「何で私まで……」
 ティティナの一生懸命なのを邪魔されてはたまらないとばかりに立ち上がった真言の長々と続くお説教を、エリザベートそして環菜までもが受けさせられたのであった。

「はい、これで書く用意ができました。墨汁を使えば簡単なんでしょうけど、やっぱり墨の方が雰囲気が出ます」
「その点だけは豊美ちゃんに賛成ですね。書き初めには墨が一番です」
 別の場所では、ルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)セリア・リンクス(せりあ・りんくす)が、豊美ちゃんと馬宿に一つ一つ手順を教えてもらいながら、書き初めに取り組んでいた。
「ありがとうございます、豊美さん、馬宿さん。ねえセリア、何を書くの?」
「うーんとね〜……【一期一会】、かなぁ。たしか人との出会いを大切に、みたいな意味もあったよね?」
「りきゅーちゃんの言葉ですねー。りきゅーちゃんは身体が弱くて、よく「わたしがあなたと会えるのも、今日が最後かもしれないね……だから、今日の出会いを大切にしたいの!」って言ってたんですよー。ある日に突然いなくなっちゃったんですけど、どうしてますかねー」
(おば上……おば上は騙されてます。彼女はその後で「ちょろいもんよね」と呟いてました。おば上の前から姿を消したのも、ウソをつきすぎて日本にいられなくなったからです。……ま、話さない方がいいことは、この世には沢山ありますね……)
 馬宿が、誰にも聞かれないようにそっと、心に呟く。そんな彼の前で、ルーナが口を開く。
「私は……【日進月歩】と書こうと思うわ。日に日に進歩していく、というような意味らしいわね」
「そうですねー。二人ともいい言葉を選んだと思いますよー。私は何にしましょうか……」
「……【ダイエット】でいいのでは――」
「四字熟語でもなんでもないじゃないですか!」
「……ダイエットを否定はしないんですね。しかし、別に四字熟語であるという決まりは――」
「私がそんなことを書いたら、示しがつかないじゃないですか!」
 豊美ちゃん、一応自分が日本を治めた天皇であったことは気にしているようである。
「うーんうーん……」
「……頑張ってください。……よし、では作品に取り掛かろうか。筆の持ち方は分かるか?」
「ええと……済みません、教えていだだけますか?」
 悩む豊美ちゃんを置いて、馬宿がルーナとセリアに、筆の持ち方から書く時の姿勢までを丁寧に教えていく。その教えを受けながら、二人は初めての書き初めに取り組む。
「……できたわ」
「できたよ!」
 そして、筆を置いたルーナとセリアが、同時に自分の作品を掲げる。

 日 進 月 歩
 
 一 期 一 会

「初めてにしては上出来だ。そしてその言葉、忘れないようにな」
 馬宿の言葉に、二人が頷く。

「おや、今度は何を書いたのですか? ……ふふ、【豪華フルコース】、素敵ですね。私でしたら一日中お付き合いいたしますよ」
「うわ!! 見たな、見たんだな! 忘れろ、今すぐ忘れろー!」
 激昂したリアにがくがくと身体を揺すられる珠輝を横目に、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が笑顔を見せる。
「うん、明智さんは今日も色気抜群ですね。Goodです。リア、ワタシたちも書き初めをしますよ」
「おおぉ、これが炬燵か……一度入ったら二度と出られなくなるという魔性の暖房器具、一体どんな――」
 ルイがリア・リム(りあ・りむ)を呼んだその時、リアはちょうど炬燵に入ろうとしていたところであった。
「し、仕方がないな、付き合うよ。で? 何をどうするんだって?」
 後ろ髪を引かれつつ、リアがルイのところにやってくる。
「今年の目標を、この筆でこの和紙に書くのです!」
「なるほど、分かった。じゃあ僕は……っと、うん、出来た」

 武 装 追 加

「な、何だよルイ、そんな目で見るなよ。ちょっと気になるものを見つけたんだよ。……そういうルイは何て書いたのさ」
「ワタシですか? ワタシは、これです!」
 言ってルイが、自分が書いた作品を見せる。

 一 日 快 笑

「一日一回は心から笑顔になりたいですね!」
「ああ、うん……いいんじゃないかな」
 ルイの暑苦しい笑顔に、リアがもはや諦めたとばかりに息をついて答える。
「あっ、ルイさん、リアさん、明けましておめでとうございます」
 そこにミーミルが、自分が書いたと思しき作品を持って現れる。
「ミーミルさんは何と書いたのですか?」
「私ですか? あまり上手に書けなかったんですけど――」

 一 家 団 欒

「ミーミルさんらしいですね」
「こんな難しい字、よく書けたなー」
「えへへ♪ 馬宿さんに教えてもらいました」
 言ってミーミルが、自分の書いた言葉を見ながら呟く。
「お母さんは大切な人で、そして大切な家族です。それだけじゃなくて、イルミンスールに暮らす皆さんも、私にとっては同じくらい大切な家族です。……これからも、よろしくお願いしますね」
 ミーミルの笑顔に、ルイが負けじととびきりの笑顔を見せ、その笑顔にリアが呆れつつも、本人の顔には笑顔が浮かんでいた。

「よし、いくぞアリア。餅つきといえども負けるわけにはいかない。全力で勝利を手にするぞ」
 杵を手にした葛葉 翔(くずのは・しょう)が、返し手を担当するアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)に告げる。予め臼と杵を温め、炊いた餅米が冷えないようにといった対策も抜かりなかった。
(翔クン、気合入ってますね。……ですがこの勝負、どうやって勝敗決めるんでしょう?)
 アリアが首をかしげるのももっともで、この時点で餅つきをしようと申し出た者たちの分だけ、環菜から臼と杵が用意されていた。しかも皆、これといったルールも決めず、思い思いに餅をつき、出来上がったのを炬燵でぬくぬくと過ごしている者や、羽根突きで汗を流した者に振る舞っているのだ。
(……いいですよね。皆さんに美味しく食べていただけたら、それでいいですよね)
 結局アリアもそう納得して、全力で杵を振るう翔のタイミングに合わせて、拡散する餅を手で中央に集める。
「それっ!」
「はいっ!」
 びったん、と翔が餅をつき、それをアリアが集めてまた翔が杵でつく。翔はともかくアリアは初体験ではあったが、持ち前の運動神経の良さか、杵に手をつかれることもなく、無事に一つ目の餅の塊が出来上がる。
「よし、早速頂いてみよう。出来が悪くては勝負にならないからな」
 浮き出た汗を拭った翔が、事前に用意した醤油、黄粉、餡子の味に餅をからめて頬張る。アリアも餅をちぎり、味につけて口にする。
「うん、美味しいですね。これならいい感じじゃないですか?」
「そうだな。これにさらに改良を重ねて、より美味い餅を作るのだ。次いくぞ、アリア」
 餅を平らげた翔とアリアが、次の餅つきに移る。

「……ふぅ。これだけの餅が出来れば、十分だろう」
 翔の前には、人がついたとは思えない、表面に粗が一切ない餅が並べられていた。
「どうやら作り過ぎてしまったようだな。丁度いい、あそこで和んでるヤツらにも差し入れしてやるか」
 言って翔が、炬燵で和んでいるエリザベート、アーデルハイト、ミーミルに餅を差し入れにいく。
「よお、作りすぎたんだが餅食べないか?」
「食べるですぅ! 美味しくいただいてやるですぅ〜」
「こりゃ、言ってる傍から手を伸ばすな、はしたない」
「すみません、ありがとうございます」
 三人の手が、次々とつきたての餅に伸びていく。
(差し入れだなんて、いい所あるじゃないですか。……勝負のことは、もうどうでもよくなってるみたいですしね)
 美味しそうに頬張る姿を見ることができて、アリアも満足気な表情であった。

「こらっ、クロセル、さっさと手返しをしないか!」
「そ、そうは言ってもシャーミアン、そんなに勢いよく振るわれては怖くて手を出せませんよ」
 シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)の物言いに、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が反論する。「餅搗きをやりたい」と言い出したマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)の言葉に真っ先に食いついたシャーミアンが杵を担当し、半ば押し切られるように返し手を担当しているクロセルだが、餅が飛び散るのではないかと思うほどのシャーミアンの杵使いを目にして、クロセルはすっかり怯えきっていた。マナを巡って事あるごとに衝突しているのもあって、連携がいまいち取れていない。
「ならば、掛け声でも出してリズムを取るがいい。某も、それに合わせてやろう」
「俺が声を出すんですか……」
 他では杵が振るわれた時に「よいしょ〜」と声がかかってますが、とは言えないクロセルであった。
「何をしている、早くしろ!」
「じゃ、じゃあ行きますよ……はいっ!」
 クロセルが餅を中央に集め、手を引っ込めた直後に、物凄い勢いでシャーミアンが杵を振り下ろす。
(うぅ、餅搗きが終わるまでに、俺の手は無事でしょうか……)

「よし、立派な餅ができたな。……マナ様、後はよろしくお願いします」
「うむ、任せておくがいい」
 ほかほかと湯気を立てる餅を、マナが一つ一つちぎり、黄粉や餡子、ヨモギとからめていく。
(……うむ、こうしていると何だか食べたくなってきたのだ。……一つくらい、気付かないだろう?)
 せっかく作った餅を、マナがぱくり、と食べてしまう。
(うむ、美味いのだ! ……もう一つくらいいいであろう?)
 一つが二つ、三つが四つ……とツマミ食いが加速していくマナ。それを、シャーミアンは目にしながらも知らない振りをして餅をつき続け、クロセルは知らないまま返し手を続けていた。

「……おかしいですね。もっと沢山ついたと思ったのですが」
 予想よりも少ない餅に首を傾げながら、クロセルが何かを思いついたようにぽん、と手を叩く。
「味付けを工夫してみましょう。……これにはこれを、これにはこれ……」
 言いながらクロセルが、醤油に辣油を加えてみたり、どこからか取り出した激辛カレーに浸してみたりしていると、そこに環菜とルミーナがやってきた。
「美味しそうな餅ね。一ついただいていいかしら?」
 相手の了解を取らないまま、環菜が辣油入りの醤油に浸された餅を口にする。しまった、といった表情を浮かべるクロセルの前で、咀嚼し終えた環菜が感想を口にする。
「辛味が利いてていいわね。これ、よかったらもらっていいかしら」
「あ、お気に召したのでしたら、どうぞどうぞ」
 クロセルの言葉に、ありがとう、と頷いて環菜が皿ごと受け取り、炬燵の方へと向かっていく。……結局最後まで環菜は、辣油やカレーのことを知らないまま、こういう味付けもあるのねと感想を口にしながら、餅を完食してしまっていた。

(と、ここでは餅搗きをしていたのか。餅搗き……に、あまりいい思い出はないな。毎年、おば上に一度は手をつかれるからな……)
 蹴鞠を一通り楽しんだ馬宿が、戻る途中で餅つきをしている者たちを見かける。日本では毎年のように見られる光景だが、この地で見ることに馬宿は違和感と、そして過去の思い出に顔をひきつらせる。
「あ、馬宿。今一人? だったらお餅食べない?」
 そこに、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)が声をかけてくる。差し出した皿にはつきたての餅が乗せられていた。
「どれ、頂こう。……む」
 口にして直ぐに、馬宿は別の意味で顔をひきつらせる。
「あの、も、もしかして嫌いだった……?」
「いや、そうではないが……つきが粗いな。米の部分が残っている」
「ええっ!? ご、ごめんっ! 俺が食べたところは大丈夫だったから」
 慌てて謝るミサに、いい、と頷いて馬宿が口を開く。
「見たところ一人でついていたようだな。それではいくら力があっても、餅が分散して上手く伸ばせない。……仕方ない、俺が返し手をしてやろう」
「い、いいよそんな、悪いしさ」
 手を振って断るミサ、確かに馬宿に、手伝う義理はないのだが――。
「……何、気紛れだ。それに、どうせなら美味い餅をつきたいだろう?」
「そ、それはそうだけど――」
「なら決まりだ。杵はお前が担当しろ。俺がタイミングを取るから、お前はそれに合わせて杵を振るえ」
「……分かった、付き合うよ。あの、もし手、打っちゃったらごめんっ!」
「気にするな、俺がそんなヘマをすると思ったか?」
 自信たっぷりな笑みを浮かべて、馬宿が臼に餅米を入れ、ある程度まですり潰す。
「よ、よし、行くぞ……!」
 杵を手にしたミサが、慎重に振り下ろす。
「はい!」
 明朗な声、そして手が差し込まれ、餅が水分を得てツヤツヤと光り輝く。そこに杵の一撃が決まり、餅が伸ばされていく。
(おぉ、全然違うぞ!? ラクに打てる!)
 それまではドラゴンアーツを使っても汗だくだったのが、今では使わなくてもいいかと思えるほどに楽に杵が動くのを、ミサは感じていた。
「……よし、もう十分だろう。折角だ、お前が一番に食ってみろ」
 言って馬宿が、つきたての餅をちぎりミサに寄越す。
「ん……お、美味しい! 何これ、本当に餅!?」
「そこまで驚かれるとは意外だな。……まあ、悪い気はしないな。よし、準備ができたら次、いくぞ。皆にも振舞ってやりたいのだろう?」
「……ああ!」
 笑顔を浮かべたミサが、力強く頷いた。

「それではアリス、我々の技術力を如何なく発揮し、最高のモチを作ってやろうではないか。さぁ、モチを捏ねる用意をしたまえ」
「了解です四条さん、がんばってお餅捏ねますよー」
 餅米を臼に投入し、いざ搗かんとばかりに四条 輪廻(しじょう・りんね)が杵を振り上げ、返し手にアリス・ミゼル(ありす・みぜる)がつく。
「む……意外と杵とは重いものなのだな」
 しかし、振り上げたはいいものの、かなりの重さに輪廻がふらつき、餅を捏ねているアリスの手の直ぐ傍に杵が振り下ろされる。
「って、捏ねてる途中に杵を振り下ろさないでくださーいっ」
「す、すまん。……ふむ、これは面白い研究対象だ。いかに軽い力で、しかも安定に餅をつけるか。中々に興味深い」
「早くしないとお餅が固まっちゃいますよー」
 アリスに急かされ、何とか一つ目の餅はつき終えるものの、その頃には既に輪廻は息も絶え絶え、両手は真っ赤でふるふる、と震えていた。
「くっ、餅つきがこれほどとは……」
「もー、だらしないですよー。……僕が言えたことじゃないかもしれませんけど」
 そこに、お雑煮の入った鍋を持ったミリアが通りかかる。
「あらあら。大丈夫ですか?」
「ああいえ、心配には及びません。少々慣れぬことをしただけですので」
「そうですか。無理をしない程度に、頑張ってくださいね」
 微笑んで、ミリアが励ましの言葉をかけて去っていく。
「……四条さん、鼻の下伸びてますよ。お餅みたいです」
「な、何を言う。さあアリス、休憩は終わりだ。次のモチづくりに取り掛かるぞ。準備をしたまえ」
 慌てて取り繕う輪廻に、アリスが呆れつつも楽しそうに笑みを浮かべて、次の餅をつく準備に向かっていった。

 餅つきの者たちによって振る舞われた餅が生徒たちに行き渡り、お腹の膨れた者たちがそこかしこですぅすぅ、と昼寝タイムへと落ちていく。
「むにゃ……もう食べられないですぅ……」
「お、おまえか……おまえがあの、『白いあくま』か……ぐぅ」
 まるで競い合うように餅を食べていたエリザベートとアーデルハイトが、仲良く寝言を立てながら眠りについていた。
「ウマヤドぉ、私をおば上と呼ぶの禁止って、何度言ったら分かるんですかー……すぅ」
「…………」
 豊美ちゃんに覆い被さられて、馬宿が苦しそうな表情を浮かべている。
「ふわぁ……私も、何だか眠くなってきちゃいました」
「ふふ、そうですね。皆さん、随分と遊ばれたようですから」
 ミーミルが欠伸をし、ミリアがふふ、と微笑んでいる。
「だらしないけど、まあ、元旦くらいはいいわよね。……でも、何か物足りないわね」
 呟いた環菜が、思い出したように携帯を手にし、どこかと連絡を取っている。
「何をしていたのですか、環菜?」
 ルミーナが尋ねれば、いくつかの作業を終えた環菜がその問いに答える。

「折角だから、初詣に行こうと思って」