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教導団のお正月

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教導団のお正月

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第2章 酒と食事とでかいコマ?

 パイナップルが飛び交う危険地帯から離れ、青 野武(せい・やぶ)が足を止めた。
「この辺りまでくれば大丈夫であろう」
「任務完了であります」
「無事、食べ物や飲み物を持ち出すことができましたな」
 黒 金烏(こく・きんう)シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)が、確保しておいたおせち料理や酒を近くのテーブルに置く。
 物騒な騒ぎが起こっているとはいえ、そこは歴戦の各学校の生徒たちである。
 彼ら以外にも、いち早く危険を察知し、騒ぎを遠巻きに普通に楽しんでいる者が大勢いた。
「では、あらためて、乾杯である!」
 落ち着いたところで、野武がグラスを掲げた。金烏とシラノもそれにならってグラスを掲げた。
 その瞬間である。
「わーっ! 食べ物いっぱぁ〜い♪」
 イルミナス・ルビー(いるみなす・るびー)が乱入し、テーブルの上の料理に飛びついた。両手のフォーク二刀流が炸裂する。
 苦労して運んできた野武たちのおせちもその被害に遭い、慌てて野武が声をかける。
「おぬし、それは我らの戦利品! 今すぐ返すのだ!」
「これ、うまーい!」
「聞いてないであります」
 金烏の言うとおり、イルミナスは食事に夢中で何も耳に入っていないようだった。
「やれやれ、しょうがないなイルミナスは」
 そんな彼らを眺めながら、ジャック・フリート(じゃっく・ふりーと)は優雅にダージリンのカップを傾けていた。
 爆破や悲鳴もなんのその、彼の周囲だけが別世界のように穏やかだった。
「彼女は貴殿のパートナーであるか?」
「いかにも」
 シラノの問いに、多少芝居がかった口調で答えるジャック。
「何とかできぬか?」
「いつものことだ」
 ジャックはにべもなく、
「戦士に許された休息の時……そして至福の一杯。この時間を止めることは誰にもできない」
 そう言ってジャックは、またダージリンを一口。どうやらパートナーを止める気は全くないようだった。実際、彼は戦場だろうがどこだろうが、お茶の時間はこんな調子なのだ。
「年の初めからこんなに食べれるなんて、今年は良い年だぁ!」
 彼らの会話の間もイルミナスは食事を続け、周囲に用意されていた料理はなくなっていく。
 危機感を覚えた野武がパートナーに号令をかけた。
「いかん、このままでは我輩たちの分がなくなってしまう! なんとかして捕まえるのである!」
「わかったであります!」
「しょうがありませんな」
 3人は周囲にいた被害に遭った人々と協力して、イルミナスを捕まえようと試みる。
 が、器用に食べながら逃げるイルミナスを、なかなか捕まえることができない。
「ぬぉわははははははは! 待つのである!」
「きゃははは!」
「新年早々騒がしいな……まぁ、これが教導団らしさってやつか……」
 至福の一時を味わいながら、ジャックが優雅に喉を潤している。
 テーブルに次の料理が補充されるまで、彼らの追いかけっこは続くのだった。
 
 さて、のんびりと新年会を楽しむ人々が多い一角で、怪しげな動きをしている人物がひとり。
「よし! 逃走ルート確認。あとはコマを全部起動させるだけだ」
 くくく、と少し危ない笑みを浮かべたのは佐野 亮司(さの・りょうじ)
 教導団が用意した遊具はパイナップル羽子板だけではないわけで、その中には巨大なコマというものがあった。
 コマの形状は一般的なものだが、直径は普通の人の肩幅ほどがあり、外側には鋭利な刃物がついていた。バッテリー内蔵の上、一度動かしてしまえば、あとはプログラムによって倒れずに自走するという、無駄に高性能な一品である。そして言うまでもなく、危険な代物であった。
 それが、亮司の足元に数十個。
「最初のパイナップルは上手くいったからな。今度はどんなふうに盛り上がってくれるやら……くくく」
 どうやら亮司は、開始直後の混乱にも一役買っていたらしい。
 亮司にとってこれらの行為は、純粋に場を盛り上げたいという気持ちからくるものである。
 べつに誰かに悪意が持っているというわけではない。傍迷惑なことには違いないが。
 準備を終えた亮司がコマのスイッチに手をかける。
「さて、それじゃあいって――」
「そこでなにをしている」
 コマが動き出す直前、亮司の背中から鋭い声をかけたのはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だった。
 さすがに亮司の行動を怪しく思ったのだろう。生真面目な性格と衛生科としての自負から、彼女は自分から進んで見回りや警戒などを行っていた。
「もう一度訊くが、そこでなにをしている」
 硬い声でクレアが問う。
 亮司はスイッチから手を離し、両手を挙げようとして、
「なにって、なにもしちゃいない――ぜっ!」
 素早く懐からパイナップルを取り出した。ピンを抜き、クレアに投げつける。
「なっ!」
「ふっ、誰も俺を止めることはできないぜ!」
 クレアが手榴弾を遠くに放る隙に、亮司がコマを起動させる。
 パイナップルが爆発すると同時、数十個のコマが高速で回転し、思い思いの方向へと散らばった。
 さっそく、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。
「やりたいことはやった! それじゃあな、あばよ!」
「待て!」
 混乱の最中、逃げ出した亮司を追おうとするクレアだったが、既にその姿はない。
「……やられたな」
 悔しげに呟いて、クレアは悲鳴の聞こえる方向へと走り出した。

「まったく、ここは皆が楽しむ場所ですよ」
 酔って暴れた連中を追い出しつつ、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が嘆息する。
 彼はパートナーの館山 文治(たてやま・ぶんじ)と共に、BAR『ARMS DUMP』の出張営業を行っていた。
 といっても、さすがに演習場に本格的な店を構えるわけにはいかない。
 そのため、ふたりは演習場の一角にカウンターや酒の棚、テーブルや椅子を用意して、それらしくしていた。
 もちろん、お客様の要望にはセオボルトと文治が出来る限り応えていく。
 丁寧な接客や警備が評判を呼び、客の入りは上々といったところである。
 カウンターの中に戻ってきたセオボルトに、ゆる族の文治が声をかけた。
「セオボルト、なにかあったか?」
「なんでもありませんよ。はい、注文のお酒はこれであってますかな」
「お、ありがてえ」
 セオボルトが棚から下ろしたお酒を手渡してやると、文治はカウンターの客に向き直り、活き活きとカクテルを作り始めた。
 接客の傍ら、セオボルトはその様子を満足げに見つめている。
「お嬢さん方、もう少し待っててくれ。今すぐ極上の一杯を振る舞ってやるからな」
 シェーカー片手に、ゆる族がダンディな口調でウインク。意外とダンディに見えるから侮れない。
 危なげない手つきで、文治がシェーカーを振る。
 その度にふわふわもこもこのしっぽがふるふると揺れた。
 その光景に、たまたま客としてきていたリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、ついにあの言葉を言ってしまった
「……可愛いですわ」
 文治の手がぴたりと止まる。
 リースはそれに気付かず、隣にいる戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)と呑気に会話をしていた。
「小次郎さん、あの方、可愛いと思いません?」
「……そうですね」
 正直どう答えていいかわからず、小次郎が答えに窮しているところに、ずいっと文治が迫った。
「お嬢ちゃん、おめぇ……俺の事を『かわいい』と言ったな……?」
「ええ、言いましたが……?」
 リースの視界で、着ぐるみがアップになった。
 その直後、文治がしっぽから銃を取り出す。すかさずリースを守るように動く小次郎。
 だが、
「……あまり大人をからかうもんじゃねえぜ」
 文治は一瞬だけ銃を構えた後、一回転させてまたしっぽに戻した。そして代わりに、できたばかりのカクテルをリースに差し出す。
「飲みな、俺のおごりだ」
「……ありがとうございます」
 カクテルに口をつけ、微笑むリース。そのまま文治とリースは世間話に興じ始めた。
(ここ、全部無料でしたよね、たしか……?)
 などと小次郎が思っていると、
「まずいですな」
 近くにいたセオボルトがそう呟いた。
「なにがです?」
「あれを」
 セオボルトが指差した先からは、大量のコマが高速回転しつつ、店に向かってくるのが見えた。外側に刃がついた、例のアレである。
「やれやれ、この辺りも物騒になってきましたね。あれをすべて止めるのは、苦労しそうですな。申し訳ありませんが、もしもの時は自衛だけお願いしますね」
「もとより、そのつもりです」
 小次郎がショットガンを構えた。進んで騒ぎに加わる気はないが、楽しい時間を邪魔されるのは、小次郎にとっても不本意だった。
 セオボルトが他の客にも同様の注意を呼びかける。
 すると、
「ここはオレに任せてもらいましょう!」
 バーで酒を飲んでいたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が立ち上がった。
「っとと」
 威勢よく立ち上がったルースだったが、すぐにその足をもつれさせる。明らかに気持ち良さそうに酔っぱらっていた。それでもルースは迫り来るコマの前に身を晒し、
「――とうっ!」
 かけ声と共に、跳んだ。
「はっ!」
 そして見事に、中央のコマの軸上に、片足で着地。そのままバランスをとりながら、重心をずらす。軌道を変えられたコマが、周りのコマを次々と弾いていく。
 だが、ルースの行動はそこで終わらない。
 ルースは傘とボールを取り出して頭上に掲げ、
「明けましておめでとうございま〜〜〜す!」
「おおっ!」
「すげえ……!」
 回るコマに乗ったまま、ルースは傘の上でボールを回してみせた。
 正月らしいルースの芸に、危険を忘れてバーの客が沸き立つ。歓声と拍手がルースに捧げられる。
 それを黙って見てられなかったのは、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)、それと彼女たちが声をかけて連れてきた波羅蜜多実業の仲間たちである。
 全て無料という言葉に惹かれて新年会に参加した彼女たちは、お腹いっぱいになったところで、次なる刺激を探していた。
「ブレイロック、あの人、楽しそうです」
「おお、たしかに楽しそうだな!」
「……負けるわけにはいきません。私たちもやりましょう」
 そう言ったガートルードの目は据わっていた。妖艶な見た目とは裏腹に13歳という年齢の彼女である。もしかしたら知らない間に酔っていたのかもしれない。
 が、それを止めるようなパートナーのネヴィルではない。むしろ自分も楽しそうに、 
「たしかに負けてられねえ! みんな行くぜ!」
「ヒャッハーッ! 宴会芸だー!」
「目立つのは俺だー!」
 ガートルードとネヴィルに釣られ、その場にいたパラ実の生徒が続々と立ち上がる。
 基本的に荒事が好きで、ノリの良い連中だった。
「突撃です!」
 ガートルードが叫ぶ。
 土煙を上げて走り出すパラ実の生徒たち。
 100人近い人間がコマの大群が走っている場所へと一斉に乱入した。

 そんな騒ぎを遠目に眺めて。
「いいか、ああいう騒ぎにはできるだけ近付かないことだ。巻き込まれたら、命がいくつあっても足りない。だからって、危険から逃げろって言ってるわけじゃないぜ。無駄に命を危険に晒すなってことだ。わかるか?」
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)シュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)とパートナーのクラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)にそう語った。新人であるシュネーたちが教導団で上手くやっていけるように、玖朔は自分なりのアドバイスをしているのだ。
「はい、わかります先輩」
 玖朔の言葉に、真剣に耳を傾けるシュネー。
 一緒に話を聞いていた、黒猫の着ぐるみを着たゆる族のクラウツも大きく頷いてはいたが、
「なるほどニャー。ああして騒いでいると、きっと憲兵が現れるってことかニャー」
「……は? 憲兵?」
「そして、ついでにどっかの教団兵士もやってくるんだニャー。そしてそして、憲兵と教団はミーが隠し続けている真の姿を恐れて、手を組むんだニャー。ああ、ふたつの勢力に狙われたミーはどうすればいいんだニャー! 霧島先輩、どうか教えてくれニャー!」
「…………それはだな…………」
「……すみません霧島先輩、気にしないで下さい」
 疲れたようにシュネーが言った。
 シュネーの言葉通り、クラウツは答えを聞けなくても特に気にしていないようで、
「ああ、ああ、あのテーブルの下にはきっと、ミーの肉球を狙うハンターが隠れているに違いないニャー!」
 などと、体を丸めて匍匐前進していたりする。
 玖朔は気を取り直し、
「あー、なんだ……そうそう、巻き込まれるといえば、派閥には気をつけろ」
「派閥……ですか?」
「そうだ。教導団では小隊同士の小競り合いが多いからな」
「なるほど」
 ガラじゃないとは思いつつも、酒も手伝って饒舌になっていく玖朔。
 知り合いのいないシュネーも、食事と共に玖朔との会話を楽しんでいた。
「ミーは空気を読む男だニャー。常に危険と隣り合わせ、常に周りを警戒するいい男だニャー」
 クラウツも、まあ、それなりに楽しそうだ。
 そうしてしばらく話し続けるうち、
「あとは……そうだな、パートナーは大事にしろよ」
「……こんなのでもですか?」
「こんなのでもだ」
 微妙な表情で自分のパートナーを指差すシュネーに、肩をすくめる玖朔。
 茶化してはみたものの、シュネーは『パートナー』という言葉を口に出す時、玖朔がかすかに表情を変えたことに気付いていた。
 それは、大事にしろという彼自身の言葉とは裏腹に、決して好意的な感情ではなかった。
(……霧島先輩はパートナーが嫌いなのかな?)
 と、シュネーは思うが、詮索はしない。
 それは、玖朔が見せた感情が、単純な好意でも嫌悪でもない複雑なものであったからかもしれない。
 付き合いの短いシュネーには、その正体を推し量ることすら出来ない。
(いつか話してくれるといいですね)
 心の中でそう願うシュネーの気持ちに気付かないまま、
「ま、なんだ。なにかあったら遠慮なく頼ってくれていいぜ」
「はい。よろしくお願いします」
 笑顔で頷くシュネー。
 そんな彼女に、玖朔は少しだけ照れた様子で手を差し出した。
「入学おめでとうベルシュタイン」
「ありがとうございます、先輩!」
「ミーのこともよろしく頼むニャー!」
「わかったわかった」
 玖朔は苦笑しながら、クラウツにも手を差し出した。

 暴走したコマとそこに乱入した生徒たち。
 しばらくしてコマは止まったものの、その騒ぎは大きくなり怪我人が続出。
 クレアはそんな怪我人の手当てに奔走していた。
「他に痛むところはないな? よし、あまり無茶はするなよ。次の人ー」
 傷口を消毒し、包帯を巻く。
 ヒールやキュアポイゾン、ナーシングを併用し、手際よく治療していく姿は、衛生科の面目躍如といった所だろう。
 そうして働き続けるクレアの元に、パートナーのエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が帰って来る。
「おーい、隊長ー」
「ただいまですぅ」
「どうしたのだ、ふたりとも。私のことは気にしなくていいと言っただろう」
 見回り等で忙しい自分に付き合わせることはないと、クレアはふたりにそう言っておいたのだが、
「ああ、だからがっつり食ったし、コマ回しもやった。存分に楽しんできたぜ」
「とても楽しかったですぅ。ですから今度はクレア様も一緒に、と」
 ふたりの言葉に、驚いたように手を止めるクレア。だが、
「悪いが、まだ全員の手当てが済んでいないのだ。それに、その後もあまり時間は取れそうにない。皆が羽目をはずす時だからこそ、有事に備える者が必要なのだ」
 あくまでストイックなクレアに、パティはぽわぽわとした笑みを返した。
「わかっていますー。お仕事の邪魔をするつもりはありませんー」
「でもよ、飯を食うの時間くらいはあるだろ?」
 そう言って、エイミーとパティがタッパーを取り出す。中には、新年会で出された料理が詰まってた。
「一緒に食べようぜ。オレは少し腹いっぱいだけどよ」
「おいしそうなものがたくさんありましたよー」
「ふたりとも……わかった。手が空いたら一緒に食べよう」
 頷くクレアに、ハイタッチを交わすエイミーとパティ。
 そんなパートナーたちを眺め、クレアは自分の頬が自然に緩むのを自覚した。