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教導団のお正月

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教導団のお正月

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第3章 去年はいろいろありました

 金 鋭峰(じん・るいふぉん)関羽・雲長(かんう・うんちょう)など、教導団の主だった人物が集まる一角では、周囲の物騒なバカ騒ぎにも動じず、楽しげに新年会が行われていた。
「旧年中は色々お世話になりましたぁ、今年も宜しくお願いしますぅ」
 幹部たちが座る中、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は彼らに挨拶とお酌をして回っていた。
 歓談の合間に、盛り上げ役の団員たちが宴会芸を行っている。
 宴会芸は進み、伽羅のパートナーのうんちょう タン(うんちょう・たん)の番が来た。
「21番、うんちょうタンでござる! 関羽様のモノマネをするでござる」
 青龍偃月刀っぽい何かを持って、うんちょうが剣舞を始める。芸としては地味だが、酔いもあって幹部からの反応は上々。
 その証拠に、剣舞が終わると関羽が上機嫌で立ち上がり拍手をした。
「なかなか良いものを見せてもらった」
「ほんとうでござるか! ありがとうでござる!」
 本人に誉められたことで舞い上がるうんちょうを、伽羅のサポートをしている皇甫 嵩(こうほ・すう)が微笑ましく眺めていた。
「さすがうんちょう、あ、あそこの料理がなくなりそうでございます」
「わかったですぅ。ついでにお酌をしてくるですぅ」
 伽羅は相変わらずちょこまかと動き回りながら、
「お久しぶりですぅ。一杯どうぞ」
「おっと、すまんの。おぬしもどうだ、一杯」
「下戸ですからぁ」
 幹部に対しても臆さず、飄々とごまをする伽羅だったが、内心は緊張していた。
 お酌の際に酒をこぼしたりしないよう、手の震えを止めるので精一杯だ。
 偉い人に囲まれると緊張してしまうのは、下っ端の悲しい性である。
(うう、やっぱり緊張しますぅ〜。でも――)
 それでも伽羅が頑張っているのは、団長のためであった。
「あけましておめでとうございます。ささ、団長もどうぞ」
「うむ、頂こう」
 手渡されたのは烏龍茶であった。
「病み上りですからお酒は控えてくださいねぇ。あ、何かお料理でも持ってきましょうかぁ? 食べたいものありますぅ? 何でも言って下さいねぇ」
「伽羅君」
 料理を取りにいこうとした伽羅を、団長が呼び止めた。
「気持ちは嬉しいのだが、せっかくの新年会だ。こんな時ぐらい人の世話ばかりでなく、自分も楽しんできたらどうかね」
 すると伽羅はにっこりと笑って、
「好きなことをしてますよぅ。私は団長のおそばで働けるのが嬉しいんですぅ」
 伽羅の言葉を聞いていた周囲の酔っ払いから野次が飛ぶ。
「ええぞ〜、やはり嫁はこうでないとな〜!」
「そ、そんなんじゃないですよぉ、給養は経理科の任務の一部ですよぅ」
 まんざらでもないように照れる伽羅に、周りがどっと沸いた。
「……そういう冗談は困るのだが」
 小声で呟いた団長の声は、宴のにぎやかさにかき消された。むっつりとしたまま烏龍茶に口をつける団長の隣に、関羽が座る。
「ああもはっきり言われては、貴殿も形無しか」
「……女性に振り回されているのは、お互い様だ」
「……そうかもしれぬな」
 去年のクリスマスに行われた合コンの惨事が関羽の脳裏に蘇る。それに釣られたのか、団長も苦々しげに去年のことを思い出す。
 思い出すまいとするかのように、ふたりは手の中の烏龍茶と酒を一息で呑み干した。
 
 李 梅琳(り・めいりん)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、新年会を適当に見て回っていた。
「いつもお疲れ様です、お正月くらいは教官であることを忘れてゆっくりしてくださいね」
 と、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)李 梅琳(り・めいりん)にオレンジジュースを勧めている。
「ありがとう、頂くわ……変わった味ね」
 勧められるまま黄色い液体を口をつける梅琳から、祥子は目を離さずに、
「いつもお仕事大変ですよね」
「ええ。特に最近はいろいろと大変よ。でも、だからこそ、楽しめるときには楽しんでおかないとね」
「そうですね。思いっきり楽しみましょう。あ、この中華料理美味しいんですよ。脂っこいですから、飲み物足しますね」
 歩き回りながら、当たり障りのない会話を楽しむ梅琳と祥子だったが、
(――早く酔わないかしら)
 表面上は梅琳をいたわる言葉をかけつつ、祥子は心の内でそんなことを考えていた。
 実は、先ほどから祥子が勧めているオレンジジュースには、オレンジリキュールが混ぜてあったのだ。
(酔わせてしまえばこっちのもの。あとは医務室なり個室なりに連れ込んで……うふふ)
 危ない世界に突っ走ろうとしている祥子だったが、歩く梅琳の足取りはしっかりしており、酔ったようには見えない。
 ふと不安になって、祥子が訊く。
「あの、教官はお酒強い方ですか?」
「んー、どうかしら。限界までまで飲んだことはないからわからないわ。ただ、あんまり酔った記憶はないわね」
「……そうですか」
「でも、今飲んでるのはジュースだから平気よね」
 そう言って、オレンジジュースを飲む梅琳は、顔を赤くすらしていなかった。結構な量のアルコールを摂っているはずなのだが。
(なんてこと……ああ、でもこうやって飲ませて連れまわしていればそのうち――)
 などと考えている祥子をよそに、梅琳に声をかけてきた青年がいた。
「あ、いたいたメイリン。探してたんだ」
 声をかけてきたのは橘 カオル(たちばな・かおる)である。
 う、と梅琳が軽く警戒した。合コンの時、勝負に負けたのが尾を引いているのかもしれない。
 近付いてきたカオルが梅琳に、まずは新年の挨拶。
「あけましておめでとう」
「……ええ、おめでとう」
「やだなあ、そんな警戒しないでよ。今日は一緒におせちでも食べようって誘いに来ただけだから」
 カオルがひらひらと手を振った。梅琳は少しだけ警戒を緩め、
「まあ、それくらいなら構わないわ」
「あ、でもこの間の返事を聞かせてくれるっていうなら、それでも構わないぜ」
「返事?」
「またまたとぼけちゃってー。お付き合いの返事だよ」
 ふと真顔になったカオルに、梅琳は深く溜息をついた。できる限りいつもの調子で口を開く。
「悪いけど、今はそういうことを考えられないから」
「ふうん、そっか。ま、いいや。オレはまだ諦めるつもりはないし。気が向いたらいつでも連絡してくれてオッケーだから」
 断りの返事を聞いても、カオルはそれほど気落ちした様子は見せなかった。梅琳がもう一度溜息をつく。
「とりあえず今日は一緒に飲もう。それぐらいはいいんだよな?」
「ちょっと待ちなさい」
 と、それまでふたりを見守っていた祥子が間に割って入った。
「お姉様は私と話していたのよ」
「……お姉様?」
 唐突な祥子の言動に梅琳が首を傾げた。カオルはあくまでマイペースに、
「じゃあ一緒に飲もうぜ。それでいいだろ?」
「それは……」
 酔わせて連れ込めなくなるからダメだ、とはさすがに言えず、祥子が言葉を濁す。
 そこに、
「梅琳さん」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が大量の赤い薔薇を携えてやって来た。彼のパートナーであるクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も一緒である。
「昨年同様、今年も何かと教導団でお世話になると思います。今年もよろしくお願いいたします」
 そう言うと、にっこりと笑って、エースは薔薇の花束を差し出した。
「これは私なりの挨拶だとお思いください。出会った女性には花を贈って挨拶するというのが、私のポリシーでして――ああ、やはりよく似合う」
「あ、ありがとう……」
 苦笑いをしつつ花束を受け取る梅琳に、エースは感銘を受けたようで、
「やはりあなたは素敵な女性だ。凛とした中にも可憐な感性を持っている。話してみるとそれがよくわかる。以前に出会ったときもそうでした、あなたの強さと優しさにとても感動したものです。そうそう、感動といえばあなたにキスされたあの瞬間の衝撃と言ったら――」
「キス?」
「どういうことだ?」
 聞き捨てならないとばかりに、祥子とカオルがエースに食って掛かる。
 言い争いを始めた3人を見ながら、メシエとクマラがひそひそと言葉を交わしていた。
「エースはいったいどうしたのだ? この間のクリスマスから様子がおかしいが」
「ああ、エースってば合コンイベントで梅琳さんに、頬にキスしてもらっちゃったんだよ。それ以来、ちょっとぽーっとなっているんだよネ」
「ふむ、賞品のキスで舞い上がってるのか。女性に免疫無さ過ぎだとは思うが、薔薇学には女性が居ないしねぇ。社会勉強としては、共学の道に進むべきだったんじゃないかね」
「エースも母校より教導団の方が友達多いんだからさー。教導団に入学してた方が良かったんじゃ? そういえば、転校って出来たりしないのん?」
「それはわからんが、とりあえず今はエースを見守るとしよう」
 メシエとクマラが傍観者に徹すること決める間にも、場は混沌としてきていた。
「お姉様、この人たちは放って、ふたりで飲み直しましょう」
「おっと、メイリンはオレと飲むって約束したよな。オススメのバーがあるんだ」
「これから先のスケジュールを調整したいし、俺も梅琳さんゆっくりとお話したいな」
 ぎゃーぎゃーと言い争いを続ける3人。
 そんな様子に梅琳が最後にもう一度深い溜息をついた。

 そんな梅琳たちを神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)のカメラが捉えた。
「一人の女性を巡っての骨肉の争い……ちょっと弱いか」
 翡翠が呟く。あちこちを撮影して回っている翡翠だが、そうそう良い写真は撮れないものらしい。
「団長はそうそう隙を見せないし、他に有名人っていないかな。あればいい金になるんだけど」
「あ、翡翠だ。おーい」
 一休みしようとした翡翠に、上機嫌で声をかけたのはパートナーのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)だった。
 座るレイスの周りには、大量の料理を食べた跡があった。
「くすくす……どうだった〜」
「ん、小金を稼ぐ程度にはな……って酒臭いぞ。大丈夫か? あまり強くないのに飲むからだ」
「飲んでないぞ〜、くすくす」
「いや、明らかに酔ってるだろ」
 レイスは酔うと笑い上戸になるのだ。
「おかしいな……くす……飲んでないはずなのに……くすくす」
「……おまえもしかして、あれ食ったか? 自分が持ってきたパウンドケーキ」
「ああ〜、食べた食べた。みんなで。くすくす、だってお前甘いの苦手だろ?」
「マジか」と翡翠が顔をしかめる。翡翠が持ってきたパウンドケーキには、度数の強いお酒がこれでもかと混ぜてあった。これを使って誰かを酔わせ、弱みを握れる写真を撮ろうというのが翡翠の目論見だったのだが、
「一応、成功と言っていいのか……?」
 そこら中に裸になったりして倒れている生徒たちは、パウンドケーキの被害者だろう。
「なにがだ〜、くすくす」
 カメラを準備する翡翠に、酔った勢いでレイスがのしかかってきた。
「お前は保健室で寝てろ」
「運んで〜……くすくす」
「ああもう、わかったわかった!」
 醜態を晒している連中の姿をカメラに収めてから、翡翠はレイスを保健室に運び始めた。