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リアクション
「ルツキンさん、こんな形に柵を拡張したいのですが……いかがでしょうかねぇ」
現時点である柵は、山羊がちょうど1匹入るくらいのもの。
これを『でこ』という漢字型にしたいと提案したのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
「う〜ん……申し出はありがたいが、遠慮しておくかな。あまり一度に山羊を入れると、今度は毛を刈る作業がやりづらくなるんだ。毛を刈っている間中、邪魔をしないように押さえていなければならないだろう? これだけ大人数いれば構わないんだが、今後それを使うのはファーナの親父さんとじいさんの2人だからな。その2人だけでも使える柵でないと、作っても無駄になるんだ」
「なるほど……確かにそうですね、分かりました。それでは私達も、山羊を追い立てに向かいましょうか」
「では、私の出番ですな」
「……ありゃ、やるもんじゃないね」
弥十郎の後ろでルツキンの話を聞いていた水神 樹(みなかみ・いつき)が、首を縦に振って歩き始める。
その身を狼へと変貌させて、カジカ・メニスディア(かじか・めにすでぃあ)も樹の脇へ寄り添った。
熊谷 直実(くまがや・なおざね)も弥十郎に生前の武勇伝を語りながら、樹とカジカを追いかけていく。
樹とカジカ、そして弥十郎と直実の4人は、【ソウルリンク】というグループを組んでともに行動していた。
「さて、私は『空飛ぶ箒』に乗って上空から山羊を誘導します。地上はお願いいたしますね」
言い置いて、持参した箒にまたがり飛び上がる樹。
残された3人は、弥十郎を中心に左右からカジカと直実とが一定数の山羊を囲い込む作戦だ。
(今日も可愛いなぁ……怪我したらぎゅっとしてあげたいな、でも怪我なんてさせない!)
樹の勇姿を眺めて弥十郎は、ほんわかと微笑む。
(いつの時代も初々しいのは変わらんね)
さらにそんな弥十郎を見て、直実は内心ほくそ笑んでいた。
「さぁ、覚悟するのだよ!」
約900年ぶりの乗馬ではしゃいでいるのだが、顔や素振りには一切出さない。
さすがの手綱さばきで岩場を越え、直実は山羊を平地へと追い込んでいく。
「おっとぉ、それはいけませんねぇ」
突然の大声は、弥十郎が直実へと送る忠告。
鹿狩りのノリで弓で射ろうとする直実に、山羊を傷付けてはならないことを想い出させたのだ。
そうして駆け抜けた後、無事に平地へと、柵へと山羊を追い込んだ4人。
しばしのんびり、休憩タイムだ。
「紅茶とクッキーです、どうぞ」
「ありがと……うわっ!」
「すまん。すまん」
「お2人とも、耳まで赤いですな」
ポットから紅茶を注ぎ、お菓子を出す樹。
礼を告げて手を伸ばす弥十郎に、転んだふりをしたカジカがぶつかる。
直実に指摘されて、恥ずかしさがさらに増す樹と弥十郎であった。
「ん〜良い空気だぜ!」
白いバイクを走らせて、この山岳地帯へとやってきた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。
依頼の一部始終を聞いていた際、ちょうどバイクで遠出をしようと思っていたところだったのだ。
「足場は悪いが……まぁ、写真を撮るだけなら大丈夫だろうな」
ヘルメットを脱ぎ、広大な景色を写真に収めようとした刹那。
「きゃっ!」
悲鳴を追って、女性が頭上から落ちてきた。
「うわっ!」
すんでのところで抱き止めた牙竜、それはちょうど【お姫さまだっこ】の形で。
「あ、ありがとうなのじゃ……よければお主の名を、聞いてもよいかの?」
「俺は、武神牙竜だ。あなたは?」
「わらわは迦具土赫乃じゃ」
腕の温もりを感じながら、迦具土 赫乃(かぐつち・あかの)は心中で牙竜の名を繰り返す。
その名に、まなざしに、心を掴まれたような感覚に陥る赫乃。
「どうしてこんなところにいたんだ?」
「あの……山羊を追い込む手伝いをしようと思って」
そういうことならと、牙竜は赫乃をバイクの後席へ。
手近にいた数頭の山羊を平地へと誘い出すべく、エンジンを吹かせて走り出した。
「魔術は傷つけるだけではないのじゃ。モノは使いようじゃて」
負けじと、炎術で破裂音を木霊させる赫乃。
驚いた山羊は、ますます平地の方へと走りを加速させる。
(もしや、これは恋なのかもしれぬ……いや、そうに違いないのじゃ)
赫乃がそう確信するまでに、これ以上何も必要なかった。
平地まで降りる、その短時間に赫乃は牙竜への想いの名を知ったのである。
「いつもハダカの変熊……アイツが出歩くたびに薔薇学が何か誤解されていく気がする……何故だ」
藍澤 黎(あいざわ・れい)は、岩に隠れつつも悩んでいた。
そう、それは。
「鬼院と藍澤め、いいアルバイトがあるなんて言いやがって!」
全裸に薔薇学マント、赤マフラーの変熊 仮面(へんくま・かめん)のせいである。
黎の隣の岩に隠れる仮面は、両手で体を抱えてぶるぶると震えている。
「オレのせいにするな、決めたのはあんただ」
「さぁ尋人、行くぞ!」
冷たく言い放つと鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、呀 雷號(が・らいごう)とともに走り去ってしまった。
「もう無理……死んじゃう。なかに入れさせて……」
「ちょっ! いくら兄じゃだからって着ぐるみに入るのは!」
「お願いっ! 先っちょだけでいいから! いいから!」
こたつで冬眠していた巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)は、今回の依頼のためにたたき起こされて。
これを災難と言わず何と呼ぼう……しかも、チャックまで半ば無理矢理開かされた。
「ガーッ!!」
体長18メートルの巨大なイオマンテ、背中からは仮面の顔!
何とも奇妙な姿で、山羊を追い立てに繰り出した。
「……で、わしが山羊を追い立てて囲いの方に誘導すればいいんかいのう?」
「そうそう。イオマンテ、右! 右! わーっはっはっは!」
もちろん大部分の山羊達は、驚いて次々と逃げ出すのだが。
仮面入りイオマンテの出現にも怯まず、立ちはだかる1匹の山羊。
「ほほう……いい面構えだ! ビーストマスターのこの俺に対する挑戦受けて立とう!」
イオマンテから飛び出ると、ファイティングポーズをとる仮面……あれ?
「あいじゃわあたっく! ふっ、またつまらぬ者にあたってしまった……」
「まったく、そんな破廉恥な姿をここにいる方々に見せるでない!」
後頭部をあい じゃわ(あい・じゃわ)と黎に殴られ、仮面はうつ伏せに倒れ込む。
「いいか、お前らのせいで薔薇学の品位が損なわれ、イメージがどんどん悪くなってきているんだぞっ?! イロモノなら薔薇学といわれたときの絶望をどうしてくれるっ!」
その場に正座させると、黎は仮面に説教を始めた。
言葉の端々から、過去のうんざりな経験が伺える。
「女子もいるですし、あんまり変なことしちゃ、めーなのですよ」
「さぁこれを着て……馬車馬のごとく、働いてもらいますからね」
じゃわの優しい慰めも、黎の言葉に虚しく消えて。
黎とじゃわに連れられて、しっかり毛刈りを手伝わされる仮面とイオマンテ。
「尋人、よそ見してたら危ないですよ!」
「あぁ……すまないね」
仮面を巡る出来事に、ついつい眼がいってしまっていた。
名を呼ばれて改めて尋人が認識したその場所は、興奮している山羊の群れの真っ只中だ。
「しかし、難しいな」
4人と別れてから、必死に山羊を追いかけ回していた尋人。
だが持ち前の不器用さゆえか、思うように柵へと誘導することができないでいた。
雷號は、今回の依頼を尋人が『臨機応変に走り込む訓練』だと考えているため、手出しをしないようにしている。
「諦めずに頑張ってください!」
(頑張りやな尋人……パートナーを引き受けて、良かったのでしょうね)
左右に振られてバテバテの尋人に、檄を飛ばす雷號。
内心では、尋人の根性に感心していた。
「山羊を平地に追い込む作業? それならオレに任せとけ。見た目オオカミのオレがまとめて平地へ追い込んでやるぜ」
「スキルと見た目を利用するのか。いきなり逃げ出さなければいいけどね」
白い狼の外見をした、ゆる族のジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)。
パートナーである如月 玲奈(きさらぎ・れいな)につっこまれながらも、拳を握る。
「ルツキンさん、山羊を追い込むときにやってはいけない行動などはありますか?」
動き始める前に、橘 恭司(たちばな・きょうじ)はルツキンへと最終確認をした。
返答は、山羊を傷付けなければ、たいていのことは大丈夫だろうとのこと。
恭司も他の生徒達とともに、山羊を平地へと追い込む作業へと繰り出した。
「さあ、食べられたくない山羊さん達は私についてこーい」
「食われたくなかったら大人しく言うことを聞くんだな」
山羊の前後を囲む、玲奈とジャックの華麗なる連携。
「大人しいまま、平地まで行ってくれると良いのですが」
右側面では、恭司が山羊を観察しながら歩いている。
特に何をするでもないのは、今のところ順調にことが運んでいるから。
「危ないことのほうが面白そうだからね」
「私も、こういう役回りがなんとなく自分にあっている気がするんだよな」
霧雨 透乃(きりさめ・とうの)と霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)のコンビは、左側面をがっちりと固めていた。
「いくよ、やっちゃん!」
「うん、透乃ちゃん!」
フライパンとおたまで、控えめに音を立ててみる透乃と泰宏。
とは言うものの、障害物の無い山では結構な音が響き渡る。
「わぁ、山羊がっ!」
「透乃ちゃん、大丈夫だぜ!」
だがしかし、もしもの事態も想定ずみな2人。
率先して身を投げ出して泰宏が山羊を弾き付けているうちに、透乃が母性を全快にして山羊をなだめる。
何とかもとの位置へと山羊を戻して、再び平地を目指して歩き出した。
「山羊も追いかけられるから、逃げたり暴れたりしてしまってるんだと思います。逆に山羊のほうから平地に来るよう誘い込めないでしょうか。追いかけまわして柵に入れると暴れそうで、毛を刈りにくそうですから」
柵の近くから、皆が山羊を追い回すさまを観察していた神野 永太(じんの・えいた)。
もちろん現状でも一定数の山羊を平地へと送り込めてはいるのだが、効率の悪さが否めない。
「人間を惹きつけるほどの歌でしたから……敏感な野生の山羊も、上手くいけば平地に誘い込めるのではないでしょうか」
「セイレーンの美しい歌が人を惹き付けていたのであって、自分のような機晶姫の未熟な歌では人間どころか山羊の心にも伝わらないと思います」
永太の提案を、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は冷たくあしらった。
しかし。
「大丈夫、絶対伝わるよ!」
と断言する、永太の満面の笑みに負けて。
「かしこまりました」
歌うことを承諾すると、『歌姫』は口を開いた。
(伝わらなくてもいいから、歌いたかった……大好きな歌に嘘はつきたくない。歌いたいと思う気持ちは偽っちゃいけない……だからわたくしは、無心に、真摯に、歌を紡ぐ!)
胸に手を当て、眼をつむるザイエンデ。
以前セイレーンに教わった歌を、精一杯に。
山羊へ届くように、荒れた心を少しでも落ち着かせられるように、歌う。
「……ほら、言ったでしょう?」
「うん……ありがとう」
不思議に艶を保ったザイエンデの声音は、永太の狙い通りに山羊の興奮を治めた。
この事実により、岩場から平地へと山羊を追い込み、最後は歌で気を静めるという手法が確立したのでだった。
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